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この時間がもう少し続けばいいのに

 ログアウトとして自室に戻った彩香は、ベッドの上でごろごろと悶えていた。


「………………うー。馬鹿。最悪……あー」


 焦って、怖くて、失態を演じたことが恥ずかしかったが、そんなことより。


(手……手……!)


 RSOをやっていると優しく抱かれるなんてことはそうそうない。少なくともルキは体験したことがない。あのゲームの利点は、いくら乱暴に、それこそAVでしか見ないようなプレイをしても痛くないどころかしっかり気持ち良いところにある。丁寧に触る必要がないのだ。そもそも女性を丁寧に扱ったえっちができるような人間は、こんなゲームやっていない。

 だから、あんな風に肩を抱かれたのは初めてだった。思わず胸がときめいてしまった彩香を誰が責められるだろう。


(怖いなら落ちていいなんて、かっこよすぎじゃん。ズルい、ズルい、ズルすぎる……!)


「あー……もう……!」


 ゲームのアバターに本気で恋をするなんてことあり得ない。せいぜい素敵だと、好感を抱く程度だと、そう思っていたのに。このままだと顔も知らない相手が本気で恋愛対象になってしまいそうで怖かった。


 翌日。ノギノはきっちり宝玉を入手していたばかりか、ルキがログインした時にはルキが昨日落ちた安全地帯にまで戻ってきていた。


「ん、もうそんな時間か」


 ルキがログインしてきたことに気がついて顔を上げる。


「ノギノ、早いね。待つかと思ったのに」

「ああ、昨日のうちに宝玉は手に入ったからな。少し早めにインしてここまで戻ってきた」


 ノギノの言い回しに、ルキは疑念を深める。ずっと気になっていたのだ。


「……ノギノってさ。VRゲーム初めてなんだよね」

「ああ。初めてだ」

「なら、他に何かネトゲやってたりしたの?」


 唐突なルキの問いにノギノは小さく首を傾ける。


「たしかに、やってはいたが……?」

「そうだよね。ならさ、そのこと……妹さんは知ってる?」


 ゲームに慣れていない、とルキは最初に感じた。だがそれは、初心者特有のぎこちない動きや、ゲーム自体への理解の薄さから思ったことだ。けれど、ノギノはシステム面に関しての理解は早かった。武器種の弱点関係に物足りなさを感じているようだったし、スキル性の成長システムを特に引っかかることなく飲み込んでいた。ルキには馴染みがある故に気にしていなかったが、よくよく考えれば『インする』や『落ちる』といった単語もオンラインゲーム特有の言い回しだ。

 ノギノは今度は少し考える素振りを見せた。


「……特に隠してはいないが、どうだろうな。やってたのはもう十年以上昔の話だ。妹はまだ、幼かったからな……知らないかもしれない。それが、どうかしたのか?」

「いや……妹さんは、なんでこんなゲーム選んだのかなって。誓いの広場は確かに特別かもしれないけど、それでもわざわざR18ゲーなんて選ばなくない? なら、システムが単純で初心者でも理解しやすいからコレだったのかなって思ったんだけど」


 この意見にノギノは自嘲した。


「まさか。嫌がらせだろう。そもそもVRで話すだけならゲームである必要すらない」


 それはその通りだ。誓いの広場は特別かもしれないが、それだって身内ではあまり意味を成さない。だからこそルキも思ってはいても言わなかった。確信が持てなかったからだ。けれど、いまだ交流の浅いルキですらノギノの人の良さは充分過ぎるほどに感じている。実の妹にこんな手の込んだ嫌がらせをされるような人にはどうしても思えないのだ。


「うーん……けど」


 それをどう説明したものか、と思案しつつ口を開いて、ルキが硬直した。

 硬直したルキの視線を追うようにノギノが振り返る。そこには、例のミノタウロスがのっそりと歩いている。無論この場所は安全地帯であり、彼らが襲ってくることはない。ただ、だからといってその見た目のグロテスクさが緩和されるということもまた、ない。ルキの視界を塞ぐようにノギノは視線上に移動してくれた。


「とりあえず、外に出るか」

「そう、だね……」


 またアレを見るのかと思うと、辟易とした気分でルキは頷いた。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 怪物が角を曲がって見えなくなったことを確認してから、ノギノは背後に隠れるように視線を逸らせていたルキを振り返る。


「じゃあ…………大丈夫か?」


 アバターだというのに心なしか顔色が悪く見えたのは、あるいは心情を顔色に反映する機能でもついていたのかもしれない。赤面があるくらいだから青ざめることがあってもおかしくはない。


「……うん! よし、さっさと行こう!」


 殊更に明るい声を上げたルキに、ノギノは迷った末に提案した。


「……怖ければ、目瞑っててもいいぞ」

「……え? 目瞑ったまま歩けないじゃん……?」


 冗談と判断するかどうか迷ったような返答に、ノギノは照れ臭く頭を掻く。こんな提案二度としたくないが、あの怪物が異常にグロテスクなのは間違いない。


「俺が、手引いてやるから」

「…………へっ?」


 ルキの頬が赤みを帯びたことに、あらぬ方へ顔を背けているノギノは気がつかない。


「それなら目瞑ってても平気だろ」

「な、なに、それ。ノギノにしては、積極的じゃん?」


 互いに照れ臭さから顔を背ける様は、側から見る分にはまるで初々しいカップルのようである。


「っ……嫌ならいい。さっさと行くぞ」

「えっ、待ってごめん! お願いしますっ!」


 慌ててノギノに駆け寄ったルキがその手……ではなく腕に抱きついた。


「っ!?︎」


 ノギノが驚愕したのは言うまでもない。手を引く、とは言ったが、ノギノとしては手首を掴んで引っ張って行ってやる、くらいのつもりで言ったのだ。これは聞いていない。なにしろ……ダイレクトに胸が腕に押しつけられる。

 一方、ギュッと目を瞑ったルキは準備万端の様子で言った。


「よし。いいよ行こう。あの化け物が戻ってくる前に……!」

「…………わかった」


 この方が恐怖感が薄いであろうことくらいはノギノにも理解できる。葛藤を押し殺して、ダンジョンを抜けるまでだと自分を納得させて、ノギノはそのまま安全地帯を出た。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「終わったぁぁ……」


 洋館を出るや否や、ルキはゴロンと大の字に寝転がる。

 幸いなことに帰り道では隠し部屋に潜むことなく脱出できた。


「次が最後か……」

「……そうだね」


 その事実に、ルキは寂しさを覚える。ノギノと過ごす日々は楽しかった。この時間がもう少し続けばいいのに、と思うが、それは過ぎた願いというものだ。


「……ルキ。この後、まだ時間大丈夫か?」

「え? ああ、もうこのまま行っちゃう? すぐ終わったもんね」


 時刻を確認すればまだ午後の二時過ぎである。ログインしてから一時間程度しか経っていない。


「いや。その前に、話したいことがあるんだ」


 改まった様子のノギノに、ルキも体を起こした。


「何の話?」

「……俺の、妹の話だ。君には、話しておくべきかと思ってな」


 そう言ったノギノは、何か覚悟を決めたような表情をしていた。だが、そんな覚悟をしてまで話して欲しいことなどない。


「聞きたくない。別に、知らなくていい」


 ノギノは意外そうに眉を上げる。


「どうしてだ?」

「余計なこと、知りたくない」

「余計? どうしてこれが余計な話になる」

「ノギノのリアルの話とか興味ないって言ってんの」


 突き放すようにルキはそう言って立ち上がった。対峙した二人の間、空気がひりつく。


「…………頼む。ルキに、聞いて欲しい」


 驚くべきことに、ノギノはそう言って頭を下げきた。まさか言い下がられるとは思わず、虚をつかれる。


「ちょっ……なんで、そこまで」

「これは、俺のエゴだ。ただ、それでも聞いて欲しい。知るべきなんだ、君は」

「…………わかった。街に戻ろうか、宿でなら人に聞かれないから」

「ありがとう」

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