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たかがゲームの一フレンド

 早めにログインしたノギノは、そわそわとルキを待っていた。

 あれからSNSの投稿を遡ってみたが、随分と荒れた投稿が多かった。ドロドロとした感情を叩きつけるような投稿の数々。けれどそこに、一片の悪意もないのが印象的だった。他者を貶す類の言葉が、一つもないのだ。むしろ、自分がもっと強ければ、と嘆いているものが多かったように思う。自分に厳しい性格なのだろう。


「……遅い、な」


 時刻は既に九時をまわっている。そろそろ来てもいいはずだ。手持ち無沙汰にフレンドリストを開いたその時、ちょうどルキのオンラインフラグが点灯した。待ち合わせは街の外れだ。間もなく来るはず……と考えた瞬間、今度はメッセージフラグが点灯した。

『ごめん。行けなくなった』

 即座に『何かあったのか』と打ち込んで、しかし送信することなく削除する。聞いてどうするというのか。ノギノはたかがゲームの一フレンドに過ぎないのだ。ノギノのフレンドリストにはルキしかいない。けれど、彼女のフレンドリストにはもっと大勢並んでいるのだろう。つい先日会ったばかりの自分が、特別になれる道理などない……とそこまで考えて、ハッとした。


(俺は……特別になりたいのか……)


 本当の名も顔も知らない。高校生というのは本当だろうが、それだって証明はできない。男性である可能性すらある。実態のない、データ上の関係だったはずなのに。

 ノギノは知らず手を握りしめていた。

 ルキのオンラインフラグは消えない。きっと今頃は宿でお楽しみなのだろう。思わずその様を想像してしまいそうになるのを振り払う。


「……気持ちに、嘘はつけないな」


 ルキが望んでいないことなどわかっている。ただそれでも、さして長くもない関係だけれど、幸せであって欲しいと思うのだ。現実で理不尽に苦しんでいるのなら、救ってやりたいと。ならば、ノギノとて覚悟を決めねばならない。安全圏からの大人の言葉などでは、ルキには届かない。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 翌日からも、彩香は約束をサボり続けた。行きたい気持ちはあったのだが、ヤりたい気持ちの方が強かった。それに……今はまだ、明るく元気なルキになれる気もしなかった。

 斎藤先生の信頼を勝ち取ったからか、いじめはよりエスカレートしていた。机には露骨な罵詈雑言の落書きがされるようになった。物がなくなることは日常茶飯事で、暇を持て余しては突き飛ばされる。突き飛ばされてよろめいた先でさらに突き飛ばされる。まるで、ボールにでもなった気分だ。遂には、暗黙の了解のように手が出されずにいた教科書が池に捨てられていた。


(……言った方が、いいのかな)


 何をするともなくベッドに横になって考える。「俺に言え」と、和泉先生に言われた。けれど、会いに行くのが怖い。それに、言ったところで何も改善しないという気がしていた。

 ごろんと寝返りを打って、指先で銀環を弄ぶ。今日は土曜日だ。さすがに行かなければならない。けれども、動くのが億劫だった。銀環を頭に装着して起動する、ただそれだけの動作が億劫でならない。

 ようやく起動した頃には、約束の時間を過ぎていた。

 前日のうちに待ち合わせ場所まで移動してログアウトしていたから、ログインすると目の前にノギノがいた。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



「……ん。お疲れ様。忙しかったのか?」


 ノギノは意識していつも通りの声を出す。ここのところ『怠い』と『辛い』で埋め尽くされていた投稿に思うところはあるが。


「うん、ごめんね。来れなくって。なんかムラっちゃってさぁ!」


 カラッと笑ってそんなことを言う様子はいつも通りだ。けれど、その内心を知っている身からすると痛々しくすら見えてくる。


「……そうか」


 そんな思いが、顔に出ていたのだろう。ルキは不思議そうに首を傾げた。


「……どしたの? なんか元気ない?」


 慌てて、笑って首を振る。


「……いや。別に大したことじゃない。それじゃあ、行くか」


 三つ目の宝玉がある、惨劇の館。おどろおどろしい雰囲気を醸す巨大な洋館が、目の前に鎮座していた。

 事前情報の通り、館に足を踏み入れても特に露出狂じみたモンスターは出て来ない。その代わり。


——ウルオォォォ……


 わんわんと反響して、どこから響いているのかわからない。複数が重なって複雑な色合いを増す奇怪な叫び声……というより鳴き声と言うべきか。

 ズズン……! という重々しい地響きと共に、館の玄関広間から見上げた階上。隆々とした筋肉を鎧のように全身に纏った、牛頭の巨大な怪物が斧を構えて屹立していた。背丈はノギノの倍以上ある。


「……っひ」


 ルキが小さく悲鳴を上げる。

 牛頭の怪物だけあって一見するとミノタウロスのようだが、その容貌は一層醜悪だった。奇形、とでも言えば良いだろうか。巨木の如き右腕からは小さな手が無数に生えてウゾウゾと蠢く。同じく巨木の如き左腕は硬質な鱗が覆っている。首の横からはさらに二本の腕が伸び、頭は割れて脳がこぼれ落ち、六つの瞳がそれぞれに動いていたのがギョロリと一斉に二人に向く様には思わず怖気が走った。


——キエエェェェ……!


 再度の奇声。響きが違う理由は、獲物を見つけたためであると聞く者に直感させる叫び声。


「……やあぁぁぁ!?︎」


 ルキが悲鳴を上げて走り出す。一拍遅れてノギノも後を追った。

 普段であればモンスターとは倒すものだ。しかし、この館においてあのミノタウロスは討伐不可能なレベルに設定されている。防御力を鍛えていなければ、ほぼ確実に一撃で死ぬ。館中を我が物顔で跋扈するモンスターから隠れつつ、最奥に安置されている宝玉を目指すのがこのステージだ。

 走りながらノギノは頭の中で、攻略サイトに載っていたマップと今走っている場所を照らし合わせる。この館は雰囲気こそ洋館であるものの、実際のところは迷路だ。どん詰まりに追い詰められるのだけは避けたいところだった。


「……ルキ! 左に行こう。右へ行くと追い込まれるかもしれない!」


 前方、分かれ道に差し掛かるルキに声をかける。


「ふえぇ、ノギノ先行ってよー!」

「いや……先に走り出したの」


 そっちだろ、と言いかけたところ背後で爆音が轟いた。怪物が突進して今しがた曲がってきた角の壁に激突したのだ。

 足を早めたいところだが、走る速度は敏捷力ステータスに依存するからこれが最速だ。もっとも、敏捷力を上げていたところで怪物側もそれに比例して速度を増すようになっているらしいから無駄だが。


「ねぇ、次どっち行けばいい!?︎」

「待て、追いつかれる。その辺に隠し部屋か何かが」

「えぇっ!?︎ 隠し部屋!?︎ どこに!?︎」

「壁を調べろ!」


 駆け寄りながらノギノも片手を壁に当てる。走りながらでもわかる程度の引っ掛かりがあるはずだった。


「壁……壁って、言われても」

「……! これか!?︎」


 壁を撫でるように触れていた指に不意に引っ掛かるものがあって足を止めた。


「っ……あったの!?︎」

「ああ、たぶん……」


 見ればつるりとした壁に細く切れ目が入っている。取手のようなものは見当たらないが、細い切れ目は壁を四角く切り取るように走っていた。試しにグッと押してみると思いの外軽く、バコッと奥に開く。


「や、やだ! もう来る来る来る!」

「っ……わ!?︎」


 ルキに押し込まれて転がるように中に入る。随分と狭い。なんとか体を捩って向きを変えると、ルキがバコッと扉を閉めたところだった。内側にも取手が付いている。二人揃って耳を澄ますと怪物の唸り声が聞こえた。

 ズズン、ズズン、と足音……というより、地響きと言った方が近いものが空気を振るわせる。

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