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口移しで飲ませてあげよっか

 暗い洞穴だが、あちこちに置かれた松明のおかげで視界の不自由はさほど感じない。


「手分けしたいところだが……」

「えー、あたしは大丈夫だけど、危なくない?」

「やっぱり、そうか」


 メインクエストのダンジョンはレベル平均に応じて敵の強さが設定される。ルキとノギノはレベル差が大きいから、このダンジョンの敵はルキには弱すぎるがノギノには少しばかり手強い。


「まぁ、いいじゃん。急がば回れっ!」


 言うが早いかルキは早速、枝分かれする道の一つへ入っていってしまう。ノギノもまた、脳内にマップを描きつつ後を追った。

 蠱惑の洞穴では簡単に言うと宝探しを行う。洞穴内に散らばる宝箱を片端から開けていずれかに入っている鍵を探す。有利となるステータスは幸運値だ。当たりを引く確率に影響するのだが、ルキもノギノもまったくの初期値である。マップもランダム生成、宝箱の位置もランダムとあって攻略情報はほとんど役に立たない。

 眼前、早速ハズレを引いたルキがミミックを一刀両断したところに声をかけた。


「ルキ。端から行こう。めちゃくちゃに入っているとどこに行ったかわからなくなる」

「えー、こういうのはめちゃくちゃに行くのが面白いんじゃん!」

「勘弁してくれ……」


 どこへ行ったかわからなくなり、結局最後の一つを探しに端からまわる羽目になるのが目に見えている。

 彼女とこうしているのはノギノとしても楽しい時間だった。何もなければ、時間を気にせずに遊ぶのも悪くなかっただろう。だが、今は急がなければならないのだ。一刻も早く、誓いの広場へ行かなければならない。


「んー……わかった。なら、向こうからまわろうか」


 ノギノにとって、これは遊びではないのだ。ルキもまたそのことは理解していた。けれど、誰かと普通にクエスト攻略をするのが新鮮すぎて、少しばかりはしゃいでしまっただけなのだ。

 大人しくなったルキと、ノギノは気まずさを感じつつ歩く。

 どうにも気が急いていた。焦ったところで仕方がないと頭ではわかっていても、なかなか余裕を持っていられない。

 前回と違ってガイドの必要がないから道中の会話は一切なかった。先ほどから感じている気まずさは距離を縮めたいという思いからくるものであると、ノギノ自身は気がつかない。ルキは至って平常通りで、淡々と歩く。時折出てくるラミアーを瞬殺し、空振りとわかりきっている宝箱をそれでも数を減らすために開けていく。

 何個開けたか数えるのも面倒になった頃、ふと思いついてノギノが声をあげた。


「……ルキ。君も……高校生、だったよな」


 リアルの事情を持ち込むのが憚られて、声は自然と潜められる。このマップには二人しかいないのだから誰に咎められることもないのだが、気持ちの問題だ。


「? ……うん。そうだけど?」

「参考までに聞きたいんだが……いじめの被害者が、加害者を庇う……というか、事実を認めない心理というのは、何かわかるか?」


 それは、彩香のことだった。昨日は花瓶を片付けて職員室に戻った時には、斎藤先生は部活へ行ったのか不在で、結局そのまま帰宅した。ずっと考えていたのだ。彼女は何を思ってあの言動をしたのか。例え本人が嫌がっても、事実があるなら救わなければならない。けれど、その本心がわからないままでは、悪戯に傷つけてしまいかねない。

 何の気なしの質問だった。正解など期待してはいない、気まずさを埋めるための問い。あるいは、何か新しい視点が得られるかもしれない、と。その程度の。

 けれど、ルキの反応は明らかだった。ピクっと猫耳が反応したかと思うと、プラプラと剣を揺らして歩いていた、その腕がぴたりと止まる。足こそ止めないものの、歩幅がギクシャクして速度が落ちる。先程まで上機嫌に揺れていた尻尾が一瞬にして垂れ落ちて、空気がピンと張り詰めた気がした。


「……さぁ。わからないな」


 答えた声は、感情を抑圧したかのように平坦だった。全てを押し殺してしまったかのような静寂。普段の溌剌とした彼女からは想像もできないような、暗澹とした雰囲気が彼女を包む。


「……そうか」


 気がつかないフリをして、そう答えるのがやっとだった。


(どうして、思い至れなかった……!)


 ノギノは内心で自責する。

 どうして、その可能性を考えられなかったのか。ヒントはあった。思い至っても良かったはずだ。高校生という年齢。こんなゲームで解消するようなストレス。常軌を逸した戦闘態度。

 彼女自身が、いじめの被害者である可能性。

 いつも明るく、元気なルキが、いじめられているというのは上手く想像ができない。それこそ彩香のような大人しそうな少女の方が想像しやすい。けれど、どんなに朗らかな子でもいじめ被害に遭って大人しくなるということを、ノギノはよく知っている。あるいは、ルキも現実では。


「っ……やば!?︎」


 ノギノが思考に沈んでいると、突然目の前にいたルキの体が沈んだ。次いで。


「……っう!?︎」


 スパン! と、強かに額が射抜かれた。

 仮想世界だけあって痛みはないが、頭の中に異物感があるのは妙な感覚だ。


「…………っふ、ふふっ、頭に……矢刺さって……ふはっ」


 咄嗟に屈んで矢を避けたらしいルキが、座り込んだままでケラケラと爆笑していた。目の前に空の宝箱があるのを見るに、トラップを引いたのだろう。


「……お前な」


 苦笑しながらも、ノギノは安堵する。地雷を踏んだことは間違いなく、触れてはいけない部分に触れてしまったことは疑うべくもない。それでも、笑っているということは許してもらえたのだろう。


「ねー、あっはは、早く抜きなよ」

「そうだった……これ、力任せに抜いていいのか……?」

「うん、大丈夫。ぐいっと一気に!」


 一気飲みの掛け声みたいなことを言い出した。言われた通りに、ぐっと力を込めると思いのほか簡単に矢は抜けて、手の中で光の粒と消える。


「……すまない」

「え? 何が?」


 割と真剣に謝ったのだが、笑い混じりに問い返された。それに首を振って答える。


「……いや。ほら、早く立ってくれ。こんなところを襲われたらたまらない」

「あっは、あーおもしろ。ありがと」


 自然と差し出していた手がグッと握り返される。ポリゴンの手だ。微かな体温はあれど、実際の人の手とは違う。手袋越しに握手したような、のっぺりとした感触が返るのは妙な気分だった。けれども不思議なことに、ここにいるのは確かに存在する人だと信じられる。


「こちらこそ」

「ん? あ、そうだ。はい、回復しといたほうがいいよ」

「え?」


 差し出されたポーションを見て、自分のHPを確認すると、三分の一ほど減少していた。トラップの矢とはいえ、頭に当たったのはクリティカルヒットだったらしい。受け取ろうと手を伸ばしたところで、ふっと引っ込められた。HP表示からルキに視線を戻すと、悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「口移しで飲ませてあげよっか?」

「……は? いや、待て。そもそもシステム的に口移しなんて」


 液体の処理、なんてただでさえ面倒そうだ。口に入れたものを吐き出すなんて器用な機能を実装する意味がない、と思ったのだが。


「できるよ。他のゲームのことは知らないけど。RSOだからね」


 マニアックなプレイにも応えてやろうという運営の矜持にかけて、実装しないはずがない、と。

 一瞬されるのを想像してしまった自分を嫌悪しながら、ルキからポーションの瓶をひったくる。


「冗談はよせ」

「本気にしちゃうから?」

「……誰がするか!」


 初対面がアレでは、本気にしても仕方ないと思いながらも全力で否定しておく。いくらゲームとはいえ、相手が女子高生では本気で洒落にならない。最悪失職である。

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