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レッドストリングオンライン

「……っは……っ」

「あぁっ……んっ」


 暗い部屋の中、微かに響く男女の喘ぎ声はしかし、システム的に部屋の外に漏れることはない。

 やがて、ご丁寧に再現されたベッドの軋む音も止むと、男の方と思しき人影が体を起こした。


「ふぅ……良かったよ、ルキちゃん。またヤろうね」

「ほんと最ッ高だよ。ありがとねー」


 五感を完全に没入させるフルダイブ式のVRMMORPG。近年急速に普及したゲームの中でもいささか特殊な地位を確立したタイトル——レッドストリングオンライン。通称RSO。ここはそのゲームの中、宿屋の一室である。


「んじゃねー」


 男が軽いノリでメニューウィンドウを操作。装備を身につけてかき消えるのを確認して、残されたルキは真顔に戻るとふぅっとため息を吐いた。

 水色の髪に涼しげな目元、透き通るように白い肌には一枚の薄い毛布だけを纏っている。頭には猫耳、毛布の下からは尻尾が覗く。その姿はまさしく半獣人だ。


「まぁ……悪くない、か。んー、けどちょっと足りない……」


 視界の端に映る時刻は二十三時。もう一人を見繕ってベッドにインして、行為を終えるまでに零時は超えそうな気配だ。


「ま、明日午前中で終わりだし」


 少しくらいの夜ふかし大丈夫だと判断して、ルキはよいしょっと立ち上がるとメニューウィンドウを操作する。装備セットの中から選んだのは露出度の高いワンピースだ。黄色の花柄、華やかなワンピースは胸元も背中も大きくはだけている。そんな際どい衣装を恥ずかしげもなく翻して、ルキは颯爽と部屋を出た。

 宿屋の受付にさほどのスペースはない。これから行為に及ぶであろう男女が数組いるだけだ。宿屋とは名ばかりのラブホテルである。そのまま受付をスルーして外へ出ると、そこにはRPGでお馴染み、西洋風の街並みが広がっていた。

 道を行くのはエルフや半獣人……だけではない。ツノを生やした龍人。肌に鱗を纏い、水掻きもついた半魚人。毛皮に覆われた、見た目は完全に歩く犬の獣人。鱗だけでは飽き足らず魚のような顔をした魚人。もちろん普通の人間もいる。やたらと小柄な子供から、絶妙に小太りなおじさん、果ては白髪の老婆まで。そのレパートリーは多岐に渡る。

 何度見ても壮観だ、とルキは思いつつもその瞳は完全に獲物を見る目だ。

 ルキは面食いである。イケメンならばとりあえずその他はどうでもいい。というか、多少は妥協する。

(あの人に決ーめたっ)

 今宵、そのお眼鏡に叶ったのは、普通に人間の男だった。

 灰色の髪に、黒い瞳。顔つきはアバターにしては控えめだが、現実世界でいればイケメンの部類に入るだろう。涼しげな一重の目元と薄い唇はルキの好みでもある。年齢設定は二十代半ばといったところか。


「おにーさん、こんにちはっ」


 ルキは外面用の笑顔を貼り付けて、にこやかに声をかける。これをするとNPCに間違われがちだが、NPCにはそうとわかるカーソルがついている。だから、最初は胡散臭そうな顔をしてもすぐに戸惑ったような顔になるのが常……なのだが。

 男は胡乱げにルキを見下ろしたまま、絞り出すように声を出した。


「何か用か……?」


 この反応にはルキも戸惑う。


「え。えーと……あたしと、ヤりません……?」


 普段ならばこれで伝わるのだが、男はなおも怪訝そうに見返してきた。


「やる……? 何の話だ……?」


 よくよく見れば男の格好は簡素なTシャツと短パン……いわゆる初期装備というやつである。

(まさか、このゲームが何なのかよくわかんないままログインしてる……?)

 RSOは、R18のゲームだ。理由は単純で、本番行為ができるから。大抵のゲームでは装備をすべて解除すれば下着姿になる。しかしRSOでは下着も解除できるし、性器も実装されている。もちろん他のR18モノでもそういったものはあるのだが、このRSOが特別なのはそれをMMORPG内で実現した点にあった。つまりは、AIではなく人とできるのだ。


「だから……えっちしよって言ってんの……!」


 半ばやけくそにルキは叫ぶ。ここで時間を食った以上、今から他の男を見繕うほどの余裕はない。

 男は一瞬何を言われたかわからないようにポカンとし、次いで意味を理解したのかカアァッと頬を紅潮させた。


「……っな、何を言って……!?︎」


 言いながら辺りを憚るように視線を泳がせる。その様子にルキは確信した。

(あっ……この人ほんとにわかってない)


「おにーさん、ちょーっと、こっち来てくれる?」

「はっ……ちょ」


 男女の体格差がある。現実であれば男が抵抗すればそれまでだろうが、ここはゲームの世界だ。始めたばかりの初心者とそれなりに長くプレイしているルキ。筋力値的にルキに軍配が上がる。

 いとも容易くルキに引き摺られた男が、抵抗虚しく先ほどの宿屋、もといラブホテルに連れ込まれるのにそう時間はかからなかった。


「いい加減に離せ!」


 男がようやくルキの手を振り解いたのは、既にルキが支払いを済ませた宿部屋の中だ。より正確に言うならルキが男の腕を離したのが宿部屋の中だった。

 ルキは呆れたようにため息をつく。どうやらこの男は、本当に何も知らないらしい。


「いやいや……感謝して欲しいくらいなんだけど。あのままじゃおにーさん、襲われて犯されてたかもよ?」

「お前はさっきから何を言っているんだ……」


 男はさもうんざりした様子で頭を抱えているが、頭を抱えたいのはルキの方だった。よもやこんな初歩的なレクチャーをする羽目になるとは。


「えーっとさ。まず、このゲームが十八禁ってことは知ってる?」

「……そうなのか?」


(そこからかー)


「……っていうか、それも知らないって、どうやってこのゲーム始めたの? 中古屋で適当に買ったとか?」


 言ってから、それはなさそうだなとルキは思う。少し話しただけだが、男は生真面目そうな性格に見えた。適当にゲームを買ってプレイするような人には見えない。それどころか、ゲームを遊ぶような人にすら……。果たして、男は視線を泳がせて言い淀んだ。


「それは……」

「……別に。言いたくないならいいけど。まだやるつもりなら緊急脱出コードくらい覚えといた方がいいよ」

「……君は、このゲームに詳しいのか?」

「ん。まぁ、そこそこ長いけど」

「なら……シンシアというプレイヤーを知らないか?」


 少しばかり食い気味に尋ねられて、ルキは驚いたように身を引いた。


「え? 知らないけど……。人探し?」

「まぁ、そんなところだ」


 どうにも歯切れが悪い。


「ふーん。まぁ、何でもいいけど。とりあえずあたしはもう落ちるから、あなたも今日のところはログアウトして、ちゃんとこのゲームのこと調べた方がいいよ」


 もう少しごねられるかと思ったが、男は思いのほか素直にルキの言葉に頷いた。


「……わかった。俺も、焦りすぎていたらしい。忠告感謝する。ところで……名前を聞いてもいいだろうか?」

「え? あたし? ルキっていうの。おにーさんは?」

「ノギノ、だ。その……」


 迷うように言葉を濁らせる。ヤれない以上ここに用はないルキとしてはさっさとログアウトしたいのだが。


「なに」


 ルキが促すと、ノギノは思い切ったように言った。


「……恥を偲んで頼む。このゲームのことをもう少し教えて欲しい」


 予想外の言葉だった。


「え……? いやまぁ、それはいいけど……」


 別にこれくらい調べればいい話だ。というか、ルキのような得体の知れないプレイヤーに聞くよりそっちの方がよほど安心だろう。


「助かる。もちろんまた後日でいいんだが……」

「ならフレンド登録しとこ」


 言うが早いか、ルキは早速ウィンドウを開いて操作する。ノギノの前にピコン! という効果音とともにフレンド申請のウィンドウが開いた。ノギノが躊躇いつつも『承諾』ボタンをタップ。即座にそれを知らせる通知がルキの視界の端に映る。


「明日の同じ時間に会えるか?」

「うん。じゃあ、おやすみ」


 至って軽く答えて、ルキはログアウトボタンをタップした。

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