7.底辺配信者②
あれから何日も経ったが、視聴者は相変わらず「3」のまま。あおいは配信画面の小さな数字をじっと見つめ、ため息をついた。これまで自分なりに一生懸命やってきた。勇気を出して少ないリスナーにDMも送ったし、話題が盛り上がるよう工夫を重ねた。ゲームのスキルも磨き、毎回トークの内容も考えてきた。それなのに、画面の向こうにいる人たちは増えない。コメント欄は、相変わらず静まり返ったままだ。
「あれほど準備したのに、なんで誰も興味を持ってくれないんだろう…」
自分が一生懸命配信をしている間も、ただ黙って画面を眺めているだけの視聴者たち。時折「初見です」とコメントが入ることもあったが、何の反応もなく去っていく人も少なくない。数人がいるはずのその静かな空間に、あおいは自分が一人でしゃべり続けているだけだという感覚に襲われた。まるで壁に向かって話しかけているようで、喉に乾いた虚しさが残る。
「やっぱり、僕には無理なのかもな…SO∀RAさんにはなれっこない」
ぽつりと、自分でも驚くほど自然に口から言葉がこぼれた。
あおいの心に、あのSO∀RAの姿が鮮明によみがえってきた。彼のライブで見た、あの堂々とした存在感と、ステージを包む圧倒的な輝き。あおいはあの日、彼のようになりたくて、この道を決意したはずだった。どんな困難があっても夢に向かって進もうと誓ったはずだった。
でも、あおいの配信は静かなままだった。画面の向こうの「3人」は、ただ無表情にこちらを見ているだけで、何のリアクションも示さない。たまに、「面白かったです」や「また来ます」という温かいコメントをもらえることもあったが、あおいが想像していた賑やかさや応援の声には程遠い。まるで、自分が必死に呼びかけているのに、誰も振り返ってくれないような、そんな孤独が心にのしかかっていた。
「あんなふうに、たくさんの人に見てもらうのって、僕には無理なのかもしれない…」
心の中でつぶやくと、胸がじんわりと痛みで締めつけられた。SO∀RAの姿は、あおいにとってあまりに眩しく、手の届かない場所にいるように感じられた。彼のように人を惹きつける力が、どうして自分にはないのかと問いかけるたび、自分の中にある欠けた部分がどんどん大きく感じられてきた。
ふと、SO∀RAの配信のことを思い出す。彼がゲームをしていると、どんな小さなミスにもファンたちがリアクションを送り、たった一言で場が笑いに包まれていた。SO∀RAが冗談を言えばそれに応える笑い声が溢れ、誰もが彼の一挙一動に夢中だった。その光景を思い出すと、あおいの心はさらに重くなり、深くため息をついた。
ーこんなに違うものなのか、同じ配信なのに…ー
やり方が悪いのだろうか?それとも、ただ自分に才能がないのだろうか?考えれば考えるほど、自信が揺らいでいく。配信画面に映る自分の姿が、どこか頼りなく見えてきた。自分の中に、何も魅力がないように感じられ、努力が報われない自分に腹立たしさすら湧いてきた。
「SO∀RAさんはすごいんだ…」
またその言葉が心に浮かぶたびに、あおいの心にチクリと痛みが走る。あの輝きに少しでも近づきたいと願ってきたけれど、現実は厳しく、どうしても手が届かない。あおいの配信には、彼のような光は宿っていない。
目を閉じると、空虚なコメント欄が瞼の裏に浮かび、心が冷たい重みで満たされた。
「今日の配信、どうしようかな…」
あおいはため息をつきながら、目の前の配信画面に向かってぽつりとつぶやいた。新しいゲームの配信も考えたが、どれだけ頑張っても視聴者数が増えず、反応も薄い現実に、やる気が湧いてこない。これまで何度も工夫してきたが、何ひとつ結果につながらない。「もう雑談でいいか」そう自分に言い聞かせて、淡々と配信ボタンを押した。
「こんばんは、SOR∀です…今日も配信やっていきますね」
いつもより力の入らない声で、そう挨拶をしたが、画面には相変わらずコメントは流れない。あおいは視聴者リストのアイコンをぼんやりと見つめるが、誰も反応を示す気配がなかった。
「えーと…今日はですね、最近の話とかをしようかなと思います」
いつもより低いテンションで、最近あった出来事やふと思いついたことをぽつぽつと話し始めた。しかし、相手が無反応のままでは会話のテンポも続かず、話題もすぐに尽きてしまう。まるで自分がどこかに置き去りにされて、独り言を呟いているような気分だった。これまで何度も似たような場面はあったが、今日は特にその感覚が強かった。
「そういえば、皆さんはどんなゲームが好きですか?」
話を広げようと思って質問を投げかけたが、やはり返ってくる言葉はなく、ただ沈黙が流れるばかり。リスナーのアイコンが3つ並んでいるが、どれも動く気配がない。画面の向こうで何をしているのかもわからず、あおいはただ静かな空間に一人取り残されたような感覚に襲われた。
ふと視聴者数を確認すると、「3」と表示されていたはずの数字が「1」に減っていた。それを見た瞬間、あおいの胸に虚しさが込み上げてくる。「どうして見てくれないんだ…?」と、口元からこぼれたその言葉に、自分がどれだけ追い詰められているのかを改めて実感した。
―どいつもこいつも、コメントを残さないんだから―
苛立ちが小さく胸の奥で芽生えた。配信はリスナーとの交流があってこそだ。コメントがあれば、その一言で会話を広げることができるし、場を楽しくすることもできるはずだ。自分がトークを盛り上げようとしても、視聴者が黙っているばかりでは、ただ自分の声が空回りするだけだ。「コメントがあれば、僕だって…」そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。
視聴者のことを責めたいわけではなかった。でも、どうしても一人で語り続ける虚しさから逃れられなかった。毎晩、どれだけ頑張ってもその静けさが埋まることはない。誰も応えてくれない、まるで無人の部屋に向かって話しているような配信に、自分が何の意味もない存在に思えてしまう。
「本当は、誰かに応援されたい…」
心の中でそうつぶやいた。SO∀RAのように、誰かの心を動かし、支えになれるような存在になりたかった。自分もいつか、ファンと一緒に配信を楽しみ、画面いっぱいに流れるコメントで埋め尽くされるような時間を作りたかった。でも、現実はあまりにも違っていた。数年も努力して夢を追いかけたのに、その夢は今やかすんで見えなくなっていた。
「ああ…もう、やめようかな」
口の中で小さくつぶやき、ついに配信を切り上げる決意を固めた。「今日はこれで終わります。見てくれた皆さん、ありがとうございました」ぎこちない挨拶で、配信を終えた。ボタンをクリックし、画面が暗転すると、部屋には静寂だけが残った。
ただ、深いため息をついて画面を見つめることしかできなかった。今まで続けてきた配信の意味が、ただの独りよがりのように思えてくる。「一体、自分は何をしているんだろう」と、胸の中で虚しさが広がっていった。何のために配信を続けているのか、自分でも分からなくなっていた。
その時、スマートフォンが小さな通知音を立てた。画面を見ると、そこにはいつも配信を見てくれるリスナー「SOARA」からのDMが届いていた。