4.消えない光を胸に、僕は配信者になる④
それからの日々、あおいはすっかり変わった。SO∀RAの引退ライブの夜に「自分も配信者になる」と決意し、その思いが彼の日々を支配するようになった。友達や家族にはなかなか理解されなかったが、あおいは強く信じていた。SO∀RAのように、配信を通して人々に感動を届ける存在になりたいと。
まず、あおいはSO∀RAの過去の配信を何度も繰り返し見返した。どんな言葉を使い、どんな表情でカメラに向かっていたのか。優しさと鋭さを同時に感じさせる声の抑揚や、ファンへの誠実な姿勢…それらを頭に刻み込むように見つめた。ノートにはSO∀RAの言葉や仕草の特徴がびっしりと書き込まれ、あおいはそれを開いては暗記するように読み返した。まるでアイドルの振り付けを練習するように、彼の仕草も鏡の前で真似してみた。最初はうまくいかなかったが、「SO∀RAのようになりたい」という強い憧れが、あおいを毎日突き動かしていた。
「機材を揃えなきゃ」。そのためにはお金が必要だった。あおいは誕生日やお年玉で貰うお小遣いを少しずつ貯め始めた。新しいゲームが発売されるたびに心が揺れたが、その欲望をぐっと抑え、貯金箱にお金を入れるたびに「これはいつか配信機材になるんだ」と自分に言い聞かせた。友達に遊びに誘われても「今日はちょっと用事があるから」と断り、部屋にこもって配信についての本や資料を読み漁った。ネットで配信に必要な知識を調べ、いつか実践できるその日を夢見て学び続けた。
中学生になった頃から、あおいはさらに本格的にボイストレーニングを始めた。動画で見つけた発声練習を繰り返し、腹式呼吸や発声の基礎を独学で学び、毎晩小さな声で練習を重ねた。SO∀RAのように、聞くだけで人を引き込む声になりたかったからだ。しかし、思春期が訪れると、あおいの声は急に低くなり、かすれたり不安定になったりしてしまう。思うようにいかない状況に心が折れそうになることもあったが、「今は未熟なだけ」と自分に言い聞かせ、根気強くトレーニングを続けていった。
学校では配信者としてのスキルを磨くために、積極的に機会を活用するようになった。運動会や文化祭では自らアナウンス係に志願し、大勢の人前で話す経験を積み重ねた。最初は緊張で声が震え、友達の前で顔が赤くなることもあったが、回数を重ねるごとに次第に慣れていき、度胸がついていった。いつの間にか「頼りがいがある」と周囲からも信頼を得るようになり、その経験がさらにあおいの成長を促し、配信者として人前に立つ覚悟も少しずつ固まっていった。
高校生になると、いよいよアルバイトを始め、機材を買うための資金を本格的に貯めるようになった。学校が終わるとすぐに制服のままアルバイト先に向かい、夕方から夜まで働いた。疲れて帰宅しても、配信の練習や勉強を続けることが何よりも充実していた。夜中まで資料を読み込んだり、ボイストレーニングに励んだりと忙しい日々だったが、そのすべてがあおいにとって大切な時間だった。
友達が部活や恋愛で青春を謳歌しているなか、あおいもときどき友達との放課後を楽しむことがあった。「たまにはお前も息抜きしろよ!」と言われ、気が抜けたように公園で遊んだり、コンビニで買い食いをしたりと、気兼ねなく笑い合える時間があおいには貴重だった。
高校卒業後、あおいは迷うことなく就職を選んだ。大学に進学するよりも、収入を得て配信の準備を進めたかったからだ。だが、これを知った父親は激怒した。大学に進まず、配信を夢見るあおいの決意を「現実を見ていない」と一喝し、激しく叱責したのだ。あおいは必死に説明したが、父はまったく理解を示してくれず、その言葉に傷ついた。けれど、そんな彼の決意を理解し、支えてくれたのは母親だった。あおいの情熱を信じてくれた母は、「彼の夢を応援してあげてほしい」と父に静かに語り、彼の決意を後押ししてくれた。
就職先は、あおいが選んだ融通の利く職場で、配信のための機材を揃えるには少しずつ収入を得ていくことができる場所だった。仕事の合間に少しずつ配信の準備を進め、仕事が終わると夜中までボイストレーニングや配信の研究を続けた。そして、ようやく揃えた機材を前にして、あおいは静かに胸の中で誓った。「絶対に諦めない」。長い年月をかけて積み上げた努力と、周囲の支えに応えるためにも、あおいは配信者としての第一歩を踏み出す準備を整えていった。
高校を卒業したあおいは、迷うことなく就職を選んだ。大学に進学するよりも、早く収入を得て配信者としての準備を進めたかったからだ。SO∀RAの引退ライブの夜に芽生えた夢。それは決して揺るがず、あおいの心を支えていた。
だが、その決断を知った父親は激怒した。もともと厳格な父だったが、あおいが大学進学を選ばないと知った途端、まるで彼の人生が終わってしまうかのような表情を浮かべ、あおいに一気に詰め寄った。
「お前は現実を見ていない! 配信者なんて夢物語だ!そんなもので一体どうやって生きていくつもりなんだ!」
父の言葉はまるで冷たい刃のようにあおいの心に突き刺さった。あおいは父の怒りに怯えながらも、必死に反論した。「SO∀RAさんみたいに、人を感動させられる配信者になりたいんだ。自分には、どうしてもやりたいことがあるんだよ!」と声を震わせながら言葉を絞り出したが、父は頑なに首を振り、息子の言葉を一切聞き入れようとはしなかった。
「くだらん!そんなものはただの自己満足だ。世の中はお前が考えているほど甘くないんだ!」と怒鳴りつける父の声が、あおいにはとても冷たく、そして遠く感じられた。理解してもらえない。自分の情熱が何も届かない。その現実に、あおいの胸は張り裂けそうだった。
「なんで…なんでわかってくれないんだよ…!」あおいは悔しさで涙がこぼれそうになるのを必死にこらえ、拳を握りしめた。彼にとっては、本気で追いかけたい夢だった。それをすべて「現実を見ていない」と否定されたことが、あおいにはどうしようもなく苦しかった。
そんな中、そっとあおいの背中に手を置いてくれたのは母親だった。母親は父親に向かい、穏やかだが強い口調で言った。
「彼には、彼の生き方があるのよ。私たちの子供がこれほどまでに一つの夢を持っているのは、簡単に諦めさせるようなものじゃないわ」
あおいの母親は、静かに、けれど確固とした表情で父親を説得し始めた。あおいがどれだけSO∀RAに憧れ、そのために日々努力を続けてきたか。どれだけ長い時間をかけて、配信者としての夢を真剣に追い続けてきたか。それをそばで見てきた母親は、息子の情熱を決して「自己満足」とは思えなかった。
父親はまだ眉間にしわを寄せ、不満そうな顔で母の言葉を聞いていたが、母の言葉には少しずつ力が込められていった。「たとえ結果がどうなったとしても、彼が自分の意思で決めたことを支えることが、親としての役目じゃないかしら」と語る母の姿は、あおいにとって頼もしく、心強く感じられた。
その後も父親はぶつぶつと文句を言っていたが、母親が根気強く話を続けると、ついに父はあおいに「お前がどうしてもやりたいというなら、好きにしろ」と、少し怒りを込めたまま言い放った。それでも、あおいにとっては「好きにしろ」というその言葉が、最大の許しの言葉のように感じられ、胸がじんと熱くなった。