3.消えない光を胸に、僕は配信者になる③
「今日で最後なんて、信じられないよね」
隣にいた女性ファンが友人に話しかける声が聞こえ、あおいの胸はさらに締め付けられるようだった。開演前からずっと感じていた悲しみや不安が、重く心にのしかかる。やがて会場全体がじわりと静寂に包まれ、ファンたちの囁きも自然と収まっていった。あおいは思わず息を飲み、緊張で手が震えるのを感じた。
そのとき、ステージ上空から一筋のスポットライトが静かに降り、ステージ中央を鮮やかに照らした。眩い光の中に、白銀の髪を揺らしながらSO∀RAが姿を現した。まるで夢の中の王子様のように、彼は静かに、そして堂々とその場に立っていた。その姿を目にした瞬間、あおいの胸には温かさと切なさが入り混じり、「もう会えなくなる」という現実が胸にずっしりと重くのしかかった。
「みんな、来てくれてありがとう。今日は特別な夜にしよう」
SO∀RAの声が会場に響き渡る。その声はいつも以上に深みがあり、会場全体を包み込むように広がった。彼の表情には穏やかさとどこか寂しさが混じっていて、あおいの目頭が熱くなり、涙をこらえながら彼の姿をじっと見つめた。
最初の曲が始まると、SO∀RAの声が会場に溶け込み、まるで彼の心を覗き込むような気持ちになった。歌詞が胸に染み渡り、彼の声が言葉を一つひとつ丁寧に紡ぎ出すたびに、あおいの心も共鳴するように揺れ動いた。曲が終わると、会場中が拍手と歓声で満たされ、ファンたちはそれぞれの感謝を込めて熱い拍手を送り続けた。
次々と演奏される曲も、どれもがファンにとって特別なものばかりで、SO∀RAは時折観客に向かって微笑み、心を通わせるように視線を交わしていた。そのたびに歓声が上がり、会場はさらに熱を帯びていった。
ライブが進むにつれ、会場のテンションも最高潮に達した。SO∀RAが高く手を挙げ、観客に手を振ると、ファンたちは一斉にペンライトを振り、会場はまるで星空のように輝いた。あおいも夢中でペンライトを振りながら、こみ上げる感情を必死に抑えようとした。けれど、彼が楽しそうに微笑むたびに、「これが本当に最後なのか」と心に突き刺さる現実に、胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
ライブ後半、SO∀RAはファンに向けてこれまでの思い出を語り始めた。ゆっくりとした口調で、初めての配信のことや応援してくれたファンへの感謝を語る彼の表情には、どこか寂しげな微笑みが浮かんでいた。その言葉を聞きながら、あおいの頭にはSO∀RAの配信を見始めた日々の思い出が浮かび上がった。初めて彼を見た日のこと、勇気をもらった日々、母親と一緒にグッズを集めた時間…。それらすべてが宝物のような思い出として、あおいの心に刻まれていた。
「みんながいてくれたから、ここまでやってこれた。本当にありがとう」
SO∀RAがそう言った瞬間、会場全体にすすり泣きが広がった。あおいも目を潤ませ、その言葉をしっかりと心に刻んだ。彼の声には、支えてくれたファンへの深い感謝が込められていて、あおいはその気持ちを噛みしめるように聴き入っていた。
ラストの曲が始まると、会場はさらに一体感を増し、観客たちは思い思いに声援を送った。SO∀RAがステージを駆け回りながら、ファン一人ひとりに視線を向け、手を伸ばすたびに会場は魔法がかかったかのように歓声と熱気に包まれた。あおいもその瞬間を夢中で目に焼きつけていた。この時間が、彼にとっても自分にとってもかけがえのないものになると感じていたからだ。
曲が終わりに近づくと、SO∀RAは静かにステージの中央に立ち、最後の歌声を響かせた。その声が会場の隅々に染み渡り、観客たちは息を詰めてその瞬間を見守った。まるで時間が止まったかのように感じられ、あおいはSO∀RAの姿を目に焼き付けながら、胸の奥で小さな祈りを捧げるようにその場に立ち尽くした。
「ありがとう、SO∀RAさん…」
そして、曲が終わり、会場は嵐のような拍手に包まれた。SO∀RAが深々とお辞儀をするたびに、ファンたちの拍手はさらに熱を増し、まるでその場にいる全員が彼に「ありがとう」と心からの感謝を伝えているようだった。涙を拭いながらも拍手を続けるファンの姿に、あおいも心が熱くなり、頬を伝う涙を拭うことすら忘れ、ただただ拍手を送り続けた。
やがて拍手が少しずつ静まり、SO∀RAが再びステージ中央に戻ると、彼は穏やかに微笑みを浮かべ、深く息を吸い込んだ。そして、静かに、けれども力強く「これが僕の最後のステージになります。でも、みんなとの思い出は永遠です」と言葉を紡いだ。
その一言が響いた瞬間、まるで全員の心が弾けるように会場中からすすり泣きが聞こえ始めた。SO∀RAの最後の言葉はシンプルだったが、その言葉がどれほど重く、切ないものかがファン全員に伝わっていた。「永遠」という言葉に込められた彼の想いが、ファン一人ひとりの胸に深く刻まれた。
あおいも堪えきれず、ぽろぽろと涙が頬を伝い落ちた。どうして引退してしまうのか、その理由を知りたくてたまらなかったが、問いかけても答えは返ってこない。ただ、その理由が何であれ、SO∀RAが「永遠の思い出」を残すために最後のステージに立っているのだと、あおいは痛いほど理解していた。
SO∀RAが優雅に手を振り、観客に向かって微笑むその表情には、深い感謝とファンへの愛情が感じられた。彼がステージの端へとゆっくりと歩くたびに、ファンたちは熱い視線でその姿を見守り、あおいも一瞬たりとも目を離したくなかった。
照明が徐々に暗くなり、SO∀RAの姿が薄れていく。完全に姿を消すその瞬間まで、あおいは息をするのも忘れて見つめ続けていた。最後にファンに向けたSO∀RAの笑顔は、まるで「さようなら」と「ありがとう」を一度に語っているようで、あおいの心に深く刻まれた。
照明が完全に落ちたとき、会場に重い静寂が訪れた。現実が押し寄せ、あおいの心は冷たく沈んだ。もうSO∀RAはこのステージには戻ってこない。もう二度と、彼の声もその姿も、ライブで見ることができない。その事実を受け止めきれず、あおいはただ呆然と立ち尽くしていた。
会場にあった熱気や感動の余韻が消え、残されたのは深い寂しさと喪失感だった。ぽっかりと空いた心の穴を抱えたまま、あおいは動けなくなっていた。母親がそっと肩に手を置き、「あおい、帰りましょう」と優しく声をかけてくれた。彼はその温もりに少し救われる気持ちがしたが、声を出すこともできず、ただ小さく頷くだけだった。
会場を出る道すがら、あおいは何度も振り返り、最後の思い出が刻まれた会場を見つめていた。SO∀RAとの特別な時間が本当に終わったことが、まるで夢のようで信じられなかった。
その夜、あおいは眠れなかった。暗闇の中でじっと天井を見つめていると、SO∀RAの姿や声が何度も脳裏に浮かんできて、胸が切なく締めつけられた。ステージ上で最後に見たSO∀RAの笑顔、深く響く声、観客全員を魅了した堂々とした姿…。それがすべて、永遠に失われてしまうという事実が、どうしても受け入れられない。
けれども、同時に心の中に新しい思いが芽生えていた。「僕もあんなふうになりたい」。SO∀RAのように、人を感動させ、心を動かす存在になりたい。その思いは、心の奥でじわじわと強くなり、眠るどころか、ますます胸が高鳴っていった。