28.炎上③
配信が終わり、部屋に静寂が戻った。僕はマイクをミュートにし、深い息をついた。緊張の糸が解けて、ようやく身体がほっとする。しかし、ふと視線を横に向けると、SOARAさんが部屋の隅にうずくまっているのが見えた。
「え…あの、SOARAさん?」
驚いて声をかけると、彼女は膝を抱えたまま、どこか遠くを見るような視線をこちらに向けた。その瞳には、どこか後悔と自責の色が浮かんでいる。
「…やってしまった…。」
小さな声で呟く彼女に、僕はますます戸惑う。あれだけ堂々とした姿を見せていたSO∀RAとは別人のようなその姿に、どう反応していいかわからない。
「えっと、何が…?」
恐る恐る尋ねると、彼女は溜息をつきながら言葉を続けた。
「私のせいで落ち込んでいる君を放っておけなかった。それで、ついしゃしゃり出てしまったんだ。でも…私の七光りを、君に背負わせてしまった…。」
その言葉に、僕は目を見開いた。体育座りのまましょげているSOARAさんの姿が、どこか痛々しく感じられる。
「七光りって…そんなことありませんよ。」
僕は慌てて否定しようとしたが、彼女は苦笑を浮かべながら首を振った。
「君は頑張り屋だし、素直だ。だけど、今日の配信を見ていた人たちは、きっと『SO∀RAがいるから』って思ったはずだよ。それが君にとってプレッシャーにならないか、私はそれが心配で…。」
彼女の声がだんだん小さくなる。僕はその気持ちを受け止めながら、自分の胸に湧き上がる言葉を探した。そして、正直な気持ちを口にする。
「でも、僕は嬉しかったです。」
その言葉に、彼女の瞳が驚きで揺れた。
「あなたになりたくて、配信を始めたんですから。SO∀RAさんがいなければ、今の僕はいません。今日、あの場であなたと一緒に配信できて…本当に誇らしかった。」
言葉を紡ぎながら、これが本心であることを自分でも再確認する。彼女の存在がどれだけ僕を支えてくれたのか。どれだけの背中を押してくれたのか。
「…そ、そうかい?」
彼女は少し照れたように視線をそらしながら、か細い声で尋ねる。その姿が、少しだけ可愛らしくも見えた。
「はい。僕は後悔なんてしていません。むしろ、もっと前に進みたいと思えました。」
その言葉に、彼女は静かに息をつき、やっと肩の力を抜いたように見えた。少しだけ緩んだ表情が、これまでの配信中の王子然とした姿とはまた違う、素の彼女らしい温かさを感じさせた。
「…ありがとう、あおい君。君がそう言ってくれるなら、私も少しは救われるよ。」
彼女の言葉に、僕はしっかりと頷いた。この人と一緒にいる限り、僕は前に進める。そう確信しながら、次の一歩を考え始めた。
SOARAさんが帰ったあと、部屋には妙な静寂が訪れた。母が興奮冷めやらぬ様子で、嬉々としてサイン色紙を抱きしめているのを見て、僕は複雑な気持ちで溜息をついた。SOARAさんが玄関先で母に丁寧にサインを書いてあげたときの笑顔が頭に浮かび、「ああ、本当にいい人だ…」と心の中で感謝する一方で、何か申し訳ない気持ちも湧き上がる。
「はぁ~、これで家宝ができたわ♡」
母は満面の笑みでサイン色紙を撫でながら、まるで宝物を手にした少女のように夢見心地で言った。その顔があまりにも嬉しそうで、突っ込む気も失せてしまう。
「…母さん、落ち着いてよ。サインくらいでそんなに大げさに…。」
軽く注意してみるが、母は全く耳を貸さない。それどころか、父が冷たい視線を送っているのに気づくと、ふっと振り返りながら誇らしげに言い放った。
「ふん、何よ。私だって推しに会えるために努力してるんだから!」
父が「またか…」という顔をするのが見えて、僕は胃がキリキリと痛み始める。この流れは嫌な予感しかしない。
「はぁ~…SO∀RAの家の近くに引っ越して良かった♡」
その言葉を聞いた瞬間、時間が止まったような気がした。
「え?」
思わず聞き返してしまった。母は全く悪びれる様子もなく、サイン色紙をさらにぎゅっと抱きしめてニヤリと笑う。
「だって、推しの近くに住むのが一番でしょ?万が一、困ったことがあったら助けてあげられるし、推し活に便利だもの。」
その言葉に、僕は耳を疑った。推し活?困ったことを助ける?いや、どう考えても迷惑でしかないじゃないか。
「母さん、それ…本気で言ってる?」
冷や汗をかきながら確認すると、母はキラキラとした目で頷く。
「もちろんよ!そりゃあ、SO∀RAのためなら私、何だってするわ!」
その瞬間、僕の脳裏に浮かんだのは、SOARAさんの穏やかな笑顔と、今の母の言葉がどう結びつくかという、最悪の想像だった。
(ああ…SOARAさん、本当にすみません…)
心の中でそう呟く。僕の母、間違いなく害悪リスナーだ。
父が黙って新聞を畳み、「推し活とかいうのはほどほどにしてくれ」と低い声で忠告するが、母は全く聞く耳を持たず、嬉しそうに色紙を眺め続けている。
「ねえ、あおい。今度またSO∀RAに会うときがあったら、この色紙にさらに何か書いてもらってくれない?」
「…無理だよ。っていうか、自分で頼んだら?」
「だめよ、ファンとしては直接お願いしちゃ失礼でしょ?」
この会話を聞いていた父が、再び深いため息をついた。
「本当に引っ越した理由がそれだったのか…」
ぼそっと呟かれたその言葉に、僕は心の中で頭を抱えた。この家族、大丈夫だろうか…。
ああ、SOARAさんが僕をどう思っているのかわからないけど、とにかく次のランニングのときに頭を下げよう。
「すみません、僕の母が害悪リスナーで…」と。
部屋に戻ると、配信の余韻がじわじわと押し寄せてきた。自分でも驚くほど疲れていることに気づき、椅子に深く腰を下ろす。一息つきながら、ふとパソコンの画面を開いた。いつもなら、配信後はエゴサーチをするのが習慣になっている。
「さて…どうなってるかな。」
検索バーに「SOR∀」と入力し、エンターキーを押すと、次々に関連するツイートや投稿が表示された。最初は、応援や感動のコメントばかりが目につき、思わず口元が緩む。
「『SO∀RAと一緒に歌ったの最高だった!』か…。嬉しいな。」
「『SOR∀、これからも応援します!』ありがたい…。」
順調にスクロールしていくうちに、ふと目に留まった投稿があった。
「え…何これ。」
クリックすると、そこには僕とSO∀RAが並んで配信していたときのスクリーンショットが貼られていた。その横には、大きな文字でこう書かれている。
「BLカップル確定www」
「SOR∀、完全にSO∀RAに恋してる顔じゃんw」
「え!?」
目を疑った。スクリーンショットに映る僕は、SO∀RAに向かって微笑んでいる場面だった。けれど、その表情が――。
「これ、まるで恋する乙女みたいじゃないか…!」
自分の顔が急激に熱くなるのを感じる。慌てて別の投稿も開くと、似たようなネタが次々と並んでいた。
「『SOR∀、ガチ恋勢だったんだなwww』」
「『これが新しい推しカプですか?ありがとうございます。』」
「『もう公式で付き合ってるってことでいい?』」
「な、なんでこんなことに…!?」
さらに深く掘り下げると、視聴者がキャプチャした配信中の一場面が大量に投稿されていた。そのほとんどが、僕がSO∀RAを見つめている瞬間のもので、どれも確かに自分の表情がやけに柔らかく、親密な雰囲気を醸し出している。
「これ…本当に僕なのか?」
自分では全くそんなつもりはなかった。配信中は真剣に話していたつもりだったし、SO∀RAの存在に助けられながら進行を考えていただけだ。それなのに、このスクリーンショットを見る限り、どう見ても…。
「う、嘘だ…。こんなの僕じゃない。」
心の中で必死に否定するが、画面に映るのは紛れもない自分だ。さらに追い打ちをかけるように、別の投稿に目が止まった。
「『この表情はもう恋してるわwww』」
「『SO∀RA×SOR∀、公式が最大手』」
「『この二人、付き合ってますよね?』」
僕は思わず顔を両手で覆った。呼吸が速くなり、心臓がドクドクと鳴る。どうしてこんなことになったのか、頭が混乱してしまう。




