27.炎上②
21時。緊張で少し乾いた喉を無理やり潤しながら、僕はパソコンの画面を見つめていた。配信開始ボタンを押す指先が微かに震える。今日の配信は、間違いなくこれまでで一番の勝負どころだ。
「大丈夫、リハーサル通りにやればいい。」
そう自分に言い聞かせて、深呼吸を一つ。SO∀RAが作ってくれたサムネイルが画面に映し出される。シンプルだけどインパクトのあるデザインで、「特別ゲスト登場」と大きく書かれた文字の横には、王子のようなシルエットが配置されている。視聴者を引きつける仕掛けは完璧だった。
すでに待機中の視聴者は3000人を超えている。普段の配信とは桁違いの人数に、心臓が跳ね上がるようだった。目の前の数字が現実なのか、何度も画面を見返してしまう。
「あおい君、行けるよ。」
数時間前にSO∀RAが言った言葉が頭に浮かぶ。その声が背中を押してくれる気がした。
「行くぞ…!」
配信開始ボタンをクリックした瞬間、コメント欄が一気に動き出した。「来た!」「待ってた!」というメッセージが流れ、画面が埋め尽くされる。待ち望んでいた人々の熱量が伝わってきて、自然と背筋が伸びた。
「こんばんは、SOR∀です。」
冒頭の挨拶を、リハーサル通りに丁寧にこなす。表情は画面に映る自分に合わせて調整し、声に少しだけ明るさを乗せた。
「今、大炎上中の僕ですが──なんとなんと!皆さんも気になっていると思いますが…炎上中の件について、すべてをお話しします!」
コメント欄がさらにざわつき始める。「マジで言うの?」「何が起こるんだ?」という言葉が飛び交い、注目が集まっているのを感じた。
「まずはじめに、今回の炎上について…。」
言葉を切る間、視聴者たちの期待が膨らむのがわかる。自分の声が震えないように注意しながら、続ける。
「皆さんもご存じの通り、『SOR∀ってSO∀RAのパクリじゃないか』という声が上がっていますね。この件については僕も真剣に向き合い、今日は特別なゲストをお呼びしています。」
このタイミングで、画面に「特別ゲスト登場!」と書かれたサムネイルを表示させる。視聴者の反応は爆発的だった。
「ゲストって誰?」「え、SO∀RA本人来るの?」
期待と驚きが入り混じったコメントが画面を埋め尽くす。リハーサル通り、間を取る。
「さっそくですが…お待たせしました!こちらです!」
シルエットから徐々に明らかになる姿。次第に王子服に身を包んだSO∀RAが現れ、画面いっぱいにその姿が映し出される。その瞬間、コメント欄は大歓声のように荒れ狂った。
「本物!?」「SO∀RAだ!!」「ヤバい!!!」
画面越しに熱気が伝わってくる。僕は視線を外さず、SO∀RAの登場を告げる。
「皆さん、こちらが本日の特別ゲスト、SO∀RAさんです!」
SO∀RAは一歩前に出て、カメラに向かって優雅に一礼した。彼の登場だけで、配信は一気に盛り上がりを見せていた。
SO∀RAがカメラに向かって笑顔を浮かべた瞬間、コメント欄がさらに活気づいた。
「皆さん、こんばんは。SO∀RAです。今日はSOR∀君を応援するためにやってきました。」
その穏やかで深い声に、視聴者たちは一層沸き立つ。コメント欄が次々と流れ、画面に収まりきらない勢いだった。
「本物だ…!」「神回すぎる…」「泣いてる!」
僕もその盛り上がりを感じながら、リハーサルで覚えた通り、ゆっくりと深呼吸をして言葉を紡ぎ始めた。
「みんな、聞いてください。実は僕、SO∀RAさんと偶然出会って、それから配信のノウハウを教わるようになったんです。」
一瞬の静寂が画面越しに伝わる。コメント欄が「え!?」や「どういうこと!?」と驚きの反応で埋め尽くされた。続けて、これまでの経緯を丁寧に話していく。
「最初はSO∀RAさんだって気づかなくて…でも、お話を聞いているうちに、あのライブで憧れたSO∀RAさんだとわかりました。それからずっと教えていただいていて…今日、こうしてサポートに来ていただいたんです。」
コメント欄には「感動した」「すごい話!」という言葉が並んだが、それと同時に、ある種の批判的な意見も出始めた。
「SOR∀じゃなくて、SO∀RAが復活すればいいのに」 「やっぱり本物がいいよね…」
そのコメントが増えていくのを目にした瞬間、胸がざわついた。言葉を止めてしまいそうになる僕に、SO∀RAが肩を軽く叩いた。彼は静かにカメラに向き直り、口を開いた。
「僕は…そんなコメントをするリスナーに育てた覚えはないな。」
その一言にコメント欄が凍りつくように静まり返る。SO∀RAは少し目を細め、冷静でありながらどこか鋭い口調で続けた。
「君は僕のリスナーのふりをするファンチだね。」
「ファンチ」という言葉に、コメント欄が再びざわつく。「ファンとアンチの両方ってこと?」といった疑問が飛び交う。
「SOR∀君、君は気にすることはないよ。みんなも聞いて。今後、SOR∀をいじめるような子がいたら、僕は容赦しないよ?」
その声は優しく、それでいて強い意思を感じさせた。そして、彼は視線を少し伏せ、再びカメラに向かって話し始める。
「僕は引退したんだ。今ここにいるSOR∀君は、正真正銘、僕が認めた後継者だよ。」
その言葉がどれだけ大きな意味を持つか、視聴者たちもわかっていたのだろう。コメント欄が「SOR∀頑張れ!」「SO∀RAが認めてるなら信じる!」と応援の言葉で溢れた。
そして、SO∀RAは僕の肩にそっと手を置き、少しだけ身を寄せた。
「この子はね、僕がずっと見てきた君たちにふさわしい配信者になるよ。」
その仕草は優雅で自然でありながら、どこか親密すぎる距離感にドキリとさせられるものがあった。コメント欄にも「え…?」「これBLか?」「尊い…」という言葉が混じり始めた。
僕はその手の温かさに驚きながらも、背筋を伸ばした。自分が今この瞬間、SO∀RAに守られているのだという安心感が胸を満たしていった。彼の仕草ひとつひとつが、どれだけ画面越しの視聴者たちを魅了しているのか、その場にいる僕が一番よくわかった。
SO∀RAは再び視聴者に語りかけた。
「皆さん、SOR∀君をこれからもよろしくね。」
その言葉にコメント欄は一気に沸き上がった。画面には次々と流れるメッセージ。
「名前が似てる理由、やっとわかった!」
「絵師が一緒だったなんて、そりゃ似てて当然だよね。」
「SOR∀=SO∀RAの後継者、納得!」
これまでの誤解や不安が少しずつ解消されていく様子が、文字越しにも伝わってきた。視聴者たちが受け入れ、理解し始めている。それがわかり、胸の奥がじんわりと温かくなる。
そして、配信の締めくくりにSO∀RAが切り出した。
「最後に、SOR∀君と僕で一曲歌おうか。」
その言葉に、一瞬固まってしまった。
「えっ!?歌を…一緒にですか?」
「そう。せっかく君とここにいるんだ。僕の曲を一緒に歌って、みんなに届けよう。」
その提案に、コメント欄は大興奮だった。
「何それ!贅沢すぎる!」
「この曲、二人で歌うの!?」
「ヤバい泣きそう…」
僕は喉が乾くのを感じながら、心を落ち着けようと深呼吸をした。これは想定外だったが、SO∀RAと一緒に歌えるなんて、こんな機会は二度とないかもしれない。そう思い、覚悟を決めた。
音楽が流れ出し、SO∀RAが歌い始める。彼の歌声はまるで魔法のように視聴者を引き込む力を持っていた。画面越しに見えるコメントは、次々と感動の言葉で埋まる。
「やっぱりSO∀RAの歌声最高!」
「泣ける…」
「これが本物の力か…」
そして、僕のパートが回ってきた。緊張しながらも、喉に力を込めて歌い始める。配信で初めて披露する歌声。画面の向こうの視聴者たちがどう感じるか、想像もつかない。でも、目の前のSO∀RAを信じて声を届けた。
歌い終わると、コメント欄が一変した。
「え!?SOR∀の歌すご!」
「これ…本人越えたんじゃない?」
「SO∀RAに続く才能だ…!」
予想外の言葉たちに、僕は思わず息を飲んだ。こんなに褒められるなんて思っていなかった。だけど、隣にいるSO∀RAはまるで意に介さず、相変わらずの柔らかな笑顔でコメントに応えている。
「ふふ、みんな、SOR∀君は頑張ってるからね。それを聞いてくれてありがとう。」
その余裕と落ち着きに、改めて彼の凄さを感じた。どれだけ称賛されても、どんなコメントが流れても、彼は常に変わらない。炎上しようが、叩かれようが、褒められようが、全てを受け止めて笑顔を絶やさない。
僕はそんな彼を横目で見ながら、胸が熱くなった。
―あぁ…やっぱり僕、SO∀RAが好きだー




