26.炎上①
ある日、何気なくSNSを見ていた僕の目に、ある投稿が飛び込んできた。
「SOR∀って、SO∀RAのもろパクリじゃない?」
短いその一文。最初は気にも留めなかった。ただの意見のひとつだと思って流した。しかし、その投稿が徐々に拡散され、反響を呼び、大きな波紋を広げていくことになるとは思ってもみなかった。
気がつけば、コメント欄やDMに嫌がらせが届くようになった。
「お前なんか二番煎じでしかない。」 「SO∀RAの名前に泥を塗るな。」
画面に映し出されるそれらの言葉に、最初は強がって「気にしない」と自分に言い聞かせた。SOARAさんから教わった「SOR∀と自分を切り離す」考え方を頭に浮かべて乗り越えようとした。けれども、日を追うごとに状況は悪化していった。
コメント欄が荒れ始めたのは数日後のことだった。いつものように楽しく進めていた配信中、突如として画面に飛び交う攻撃的な言葉たち。
「パクリ配信者、消えろ。」 「お前にはオリジナリティがない。」
それを見た他のリスナーたちが「やめてください!」と止めに入るが、逆にそのリスナーたちに矛先が向けられる。
「お前も同類だな。」 「擁護するなんて恥ずかしい。」
配信が終わった後、DMにまで攻撃が届いた。
「お前のリスナーが俺を攻撃してきた。責任取れ。」 「リスナーの教育もできないなら配信やめろよ。」
僕の配信は、今まで平和で楽しい空間だったはずなのに、いつの間にか人々が争う場に変わってしまっていた。
次第に僕は配信を続けるのが怖くなった。視聴者の反応が気になって、画面を見ることさえ苦痛に感じるようになった。何より、SOARAさんに申し訳なさが募った。「SO∀RA」の名前を掲げて活動している僕が、こんな問題を起こしてしまったのだから。
それでも、SOARAさんはいつもと変わらず連絡をくれていた。
「今朝もランニングしよう。外に出て気分を変えよう。」 「状況が辛いなら話を聞くよ。」
けれども、その優しさに応える気力が僕にはなかった。彼女からの通話も無視し、ランニングの誘いも断った。どう答えたらいいのか、自分でもわからなかった。
「僕…どうしたらいいんだ…」
部屋の中で一人、膝を抱えながら、答えのない問いを繰り返す。机の上にはこれまでの配信の台本やメモが散らばり、その横には閉じられたままのパソコンが静かに置かれていた。立ち上げる勇気もない。
画面越しに届く誹謗中傷の言葉たちが、いつの間にかSOR∀ではなく、自分自身への攻撃のように感じられていた。今まで「自分とは切り離して考える」と決めていたはずなのに、その境界線が曖昧になっている。
夜中に目が覚めても、頭に浮かぶのはSNSやDMでの攻撃的な言葉たちだった。目を閉じるたび、リスナーたちが争っている光景が頭に蘇る。
―SOARAさん…僕は間違ってしまったのでしょうか?
心の中で何度も問いかけるが、返ってくるのは自分自身の後悔ばかりだった。やがて、深いため息をつきながら、僕は窓の外を眺めた。
夜の8時、家の中は静まり返っていた。唐突に鳴り響いたインターホンの音に顔を上げた。こんな時間に誰だろう?配達の予定もないし、近所の人が訪ねてくるようなこともない。
その次の瞬間、階下から母の驚いたような声が聞こえてきた。
「きゃぁぁぁ…!」
叫び声とも取れるその声に、心臓が跳ねる。何かあったのだろうか。慌てて椅子から立ち上がり、階段を駆け下りる。リビングへと足を踏み入れると、そこには予想外の光景が広がっていた。
王子様のような衣装をまとった人物が、堂々と玄関に立っている。
「そ、SO∀RA…!?なんで、うちに…?」
目を疑った。画面越しで見ていたあの完璧な姿が、今、現実の目の前にある。まるで画面からそのまま飛び出してきたかのように、キラキラとした衣装を纏い、優雅な佇まいを崩さない。
「するぞ!定期配信!」
彼は僕の質問を完全に無視して高らかにそう宣言した。
「君は1日も休んでいる余裕なんてないんだ。立ち止まっている場合じゃない!」
あまりに堂々とした物言いに、一瞬反論する隙を失ってしまう。
「で、でも…」
ようやく口を開くと、SO∀RAは鋭い目で僕を見据え、言葉を遮った。
「でもじゃない!そのために僕が来たんだ!」
その強い声に押されるように、何も言い返せなくなる。気がつけば母が隣でぽかんとした顔をして立ち尽くしていた。すると、SO∀RAは振り返り、母に向かって一礼する。
「…お母さん、上がらせてもらっても?」
その一言に母はまるで夢見心地のように頷いた。
「は…はい…♡」
僕の母がそんな反応をするなんて、見たこともなかった。SO∀RAの貫禄に押され、母はまるでファンそのもののように彼を家の中に招き入れた。
「早くSOR∀になるんだ。僕はここで待っている。」
階段を上がり、僕の部屋の前でSO∀RAはそう言い切った。背筋を伸ばし、威厳ある立ち姿は、そのまま王子そのものだった。
「準備ができたら教えてくれ。」
「は、はい!」
僕は思わず敬礼でもしそうな勢いで答え、急いで部屋の中に飛び込んだ。ドアを閉めると、壁にもたれかかり、深い息を吐く。いきなり家に現れたSO∀RAに動揺していたが、彼の目の真剣さを思い出すと、のんびりしている場合じゃないと気持ちが切り替わった。
「SOR∀…SOR∀になるんだ…!」
手早くウィッグを取り出し、衣装に袖を通す。鏡の前で髪型や姿勢を整え、準備を進める間も、心臓は高鳴り続けていた。こんな形で自分を立ち上がらせてくれるなんて、想像もしていなかった。だけど、それ以上に、こんな自分を見て駆けつけてくれたSO∀RAの存在に感謝の気持ちが湧いてきた。
ドアを開けると、そこには微動だにせず立つSO∀RAの姿があった。相変わらずの王子のような佇まいで、僕を真っ直ぐに見つめている。その視線に、自然と背筋が伸びた。
「準備できました。」
そう告げると、SO∀RAは静かに頷き、薄く笑みを浮かべた。
「いいね。君はSOR∀だ。これが今日の台本だ。15分で頭に入れて。」
差し出された台本を手に取ると、そこには力強い文字でメインのフレーズが書き込まれていた。
「今、大炎上中の僕ですが、なんとなんと!!皆さんのすべてを解決するべく、特別ゲストを呼んでいます!」
読むだけで鼓動が速くなる。自分が炎上中であることを正面から切り出し、そのうえで「特別ゲスト」としてSO∀RAが登場するという構成。正直、これはリスキーな内容だった。
「で、でも…これ、大丈夫なんですか?」
「もちろんだよ。下手に隠れるより、正面から笑いに変えた方がいい。視聴者は君が逃げずに向き合う姿を見たいんだ。」
その言葉にハッとする。自分一人だったら絶対にできなかった内容だ。でも、SO∀RAの言葉にはどこか説得力があった。
早速、彼と一緒にリハーサルを始めた。台本を手に取り、声に出して読む。
「今、大炎上中の僕ですが──」
「あおい君、もっとテンションを上げて。そこは自信満々に言うところだ。」
彼の指摘に頷き、もう一度トライする。
「今、大炎上中の僕ですが、なんとなんと──」
「そう!その調子だ。次はゲスト紹介の流れをスムーズにしよう。」
何度も台本を読み返し、少しずつ緊張がほぐれていく。SO∀RAは的確なアドバイスをくれるだけでなく、僕がスムーズに話せるまで何度でも付き合ってくれた。
「本番では君がSOR∀であることを思い出して。その姿を視聴者に見せるんだ。」
リハーサルを重ねる中で、不安は次第に自信に変わっていった。僕はもう一度深呼吸し、心の中でつぶやいた。
「僕は…SOR∀だ。」




