24.新たなステージの始まり③
通話を終えた後も、僕の心には彼女の言葉が響いていた。これからが本当の勝負だ。あの500人の視聴者がまた来てくれるように、そして新たな視聴者を呼び込めるように、僕は全力でSOR∀になりきる。
机の上に置かれた立ち絵のイラストを見つめながら、僕はそっと拳を握りしめた。
「僕は、次も絶対に成功させる。」
次の配信では視聴者数は123人だった。初回の500人から大幅に減ったが、SOARAが事前に教えてくれていたおかげで動揺することはなかった。「初配信の数字に惑わされるな」という言葉を思い出し、視聴者数の変動に一喜一憂しないように努めた。むしろ、この123人が自分の配信を見に来てくれていることに感謝しながら、台本通りにSOR∀としての振る舞いを続けた。
「みんな、今日も来てくれてありがとう!SOR∀です!」
自分の声が自然と明るくなる。コメント欄に「推しが推しすぎる」「今日も癒される」といった言葉が流れるのを見て、心の中で小さな達成感が芽生えた。ゆっくりとではあるが、確実に成長していることを感じられた。
そして金曜日がやってきた。今日は初めての「セリフ枠」を行う日だ。SOARAが用意してくれた台本を手に、僕は緊張しながらも配信をスタートさせた。
「こんばんは、SOR∀です。今日はセリフ枠です。リクエストがあれば、どんどんコメントしていってくださいね!」
配信を始めると、視聴者数が急激に伸びていった。画面の隅に表示された数字は、瞬く間に20、30、さらには200を超えた。コメント欄もいつになく活発で、これまで見たことのないリスナー名が次々と現れる。
「イケボ!」「セリフ枠っていいね!」「こういう配信、待ってた!」
リクエストが飛び交う中、僕は台本を手に、SOR∀になりきってセリフを読み上げる。
「お嬢様、お待たせしました。」
「君の笑顔を見るたびに、僕の胸が高鳴るんだ。」
コメント欄は「キャー!」や「最高!」で埋め尽くされ、リスナーたちの盛り上がりを肌で感じた。セリフ枠をきっかけに新たな層のリスナーが増え、彼らが少しずつ通常配信にも顔を出してくれるようになった。ひと月、ふた月と時間が経つにつれ、僕の配信には安定した視聴者が集まるようになり、数字にも手応えを感じ始めた。
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ある日の夜、SOARAから通話が入った。いつものように画面に表示された名前を見て、すぐに応答する。
「あおい君、そろそろ収益化の審査結果が出てるんじゃないかな?」
「はい!さっきメールが届きました。」
画面に表示された通知を開き、手に汗を握りながら結果を確認する。
「…通過しました!」
その瞬間、胸の中に大きな達成感が広がった。これまでの努力が一つの形になったことを実感し、思わず拳を握りしめた。
「おめでとう。これで君も配信で食っていけるようになるね。」
SOARAの穏やかな声が、心の中に染み渡る。彼女は心から喜んでくれているのが伝わった。
「ありがとうございます…本当に…!」
「あとはメンバーシップも作っていくといいよ。リスナーとの距離を近づけるいい方法だからね。」
「メ…メンバーシップ?」
初めて聞く言葉に戸惑いを隠せない僕を見て、SOARAは軽く笑った。
「メンバーシップっていうのは、リスナーが月額料金を払って君をサポートする仕組みだよ。特別な絵文字や限定コンテンツを用意することで、応援してくれるリスナーに特別感を与えられるんだ。」
「なるほど…そんな仕組みがあるんですね。」
「そうだよ。ただし、無理に作る必要はない。君が準備ができて、やりたいと思ったときに始めればいい。でもね、リスナーにとっても応援の形を示すいい機会になるから、考えてみる価値はあるよ。」
SOARAの言葉に、僕は頷いた。これからの配信が新たなステージに進むことを実感すると同時に、少しの不安も感じた。
「僕に…できるでしょうか?」
「もちろんだよ、あおい君。君はここまでやってきたじゃないか。これからも、私がしっかりサポートするからね。」
僕は画面の向こうで微笑む彼女に感謝した。
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配信を始めると、毎日は忙しさの連続だった。しかし、不思議とその忙しさが苦ではなかった。朝は早めに起きて、SOARAと一緒にランニングに出かける。冷たい空気を吸いながら足を動かすたびに、頭の中がすっきりとしていく。
「今日の配信はどう進める?」とSOARAが軽い口調で尋ねてくる。
「昨日リスナーからリクエストがあったゲームをメインにしようかと考えてます。」
「それなら、どのシーンを盛り上げるか考えておくといいね。SNSで少し前宣伝もしておこう。」
走りながら、SOARAと話を進めていく。スマホを取り出し、投稿するSNSの文面を一緒に考える。配信の概要や注目ポイントを簡潔にまとめた文章ができあがると、SOARAが「いいね」と微笑みながら頷く。その流れがすっかり日課になっていた。
仕事中も集中力が以前より高まっているのを感じていた。規則正しい生活が影響しているのだろう。職場でもミスが減り、同僚からも「最近調子いいね」と声をかけられることが増えた。心の中で「SOARAのおかげだな」と思いながら、そっと微笑みを返す。
夜の配信も充実していた。画面に映る自分の姿はSOR∀そのものだ。視聴者数も安定し、コメント欄にはリスナーたちの明るい言葉が溢れている。配信中に感じる一体感や、リスナーからの応援メッセージが、自分をさらに前向きにしてくれる。
配信が終わると、少しだけSOARAと話す時間があった。
「今日もお疲れ様。リスナーの反応、すごく良かったね。」
「ありがとうございます。でも、SOARAさんが手伝ってくれているおかげです。」
「ふふ、それはどうかな。君が頑張ってるからこそ、リスナーが君を応援したくなるんだよ。」
SOARAの言葉に背中を押されながら、僕はその日の出来事を振り返る。そして、早めに寝る準備をする。しっかりとした睡眠を取ることで、翌日に疲れを残さないように気をつけていた。
そうして日々を過ごすうちに、ふとした瞬間に気づいた。今の僕は忙しいけれど、辛くはない。それは、SOARAがいつも助けてくれるおかげだ。彼女がゲームをプレイして企画を練ったり、台本を作ってくれたりしているおかげで、負担が大幅に減っている。
だが、考えるたびに胸に引っかかるものがあった。
―SO∀RAはこれを全部、一人でやっていたんだ。
配信者として輝いていたあのSO∀RA。彼が背後でどれほどの努力を重ねていたのか、今の僕には少しずつ想像がつくようになってきた。リスナーの笑顔を作るために、一人で台本を考え、企画を立て、ゲームを研究し、配信内容を磨き上げていた。
「僕も…甘えてばかりじゃいけないな…」
小さくつぶやく自分の声が、静かな部屋に響いた。SOARAがいてくれることで、僕は配信者として成長できている。でも、いつかは自分も一人でやりきれるようにならなくてはならない。そう思うと、不安と同時に小さな決意が心の中に芽生えてきた。
―もっと成長しなくちゃ。いつかは、SOARAに頼らなくてもやり遂げられるように。
自分にそう言い聞かせ、翌日の予定を確認しながら、僕は深く息を吐いた。忙しいけれど、前を向いて進む日々。それは確実に僕を変えてくれていると信じていた。




