23.新たなステージの始まり②
ついに配信の日がやってきた。化粧の練習を始めて数週間、スキンケアから衣装、台本作りまで準備を重ねてきた僕は、配信環境を整えた部屋に座り、画面に映る自分を見つめた。鏡の中の青い髪の男、SOR∀がそこにいる。
「僕は…SOR∀だ。」
小さくつぶやくと、心臓が高鳴るのを感じた。まるで違う自分になったような感覚があり、それが少し心強くもあった。画面の隅には「定期配信21時から」と書かれたテロップが映っている。それを見て深呼吸を一つ。手元の配信開始ボタンを押すと、緊張とともに胸の中に覚悟が芽生えた。
「こんばんは、SOR∀です。」
配信開始の挨拶をする。自分の声がマイクを通して聞こえ、少しだけ緊張がほぐれた。画面のコメント欄を見ると、まだ人影はない。やはり0人からのスタートかと思ったが、ふと視聴者数のカウンターを見ると、「1」の数字が表示された。
―誰かが見てくれている。
それだけで胸が温かくなる。そしてその数字が少しずつ増えていった。2、3、10…気づけば、あっという間に「100」を超えている。心臓が飛び跳ねそうになるのを感じながらも、事前にSOARAからもらったアドバイスを思い出した。
「いつ何かバズるかわからない。だから、調子にのらず、乱さず、君は練り上げた台本をSOR∀になりきって披露するんだ。」
画面の向こうにいる100人以上の視聴者。彼らにとって、この瞬間の僕は「SOR∀」でなければならない。顔を整え、姿勢を正す。
「今日は、簡単なゲームをしながら楽しくおしゃべりしていこうと思います。よろしくね!」
視聴者が一斉にコメントを打ち始めた。「イケメン!」「待ってました!」「青い髪、似合う!」と、画面が文字で埋め尽くされていく。その反応に、嬉しさと少しの恐怖が入り混じる。
―大丈夫、僕はSOR∀だ。
選んだゲームは、誰でもわかりやすく、手軽に楽しめる人気のパズルアクションゲームだ。ルールを説明しながら、軽快なトークを交えてゲームを進めていく。
「ここがちょっと難しいって聞いたんだけど…あ、こうやればいいんだね!」
軽いミスをしたところで、わざと大げさに「あーっ!」と悔しがる。コメント欄には「かわいい!」や「ドジっ子w」といった反応が溢れる。それを見て、タイミングを逃さずに返事をする。
「いやいや、かわいいじゃないよ。これも作戦のうちさ!」
冗談を交えた返答に、コメント欄がさらに賑わう。SOARAから教わった「視聴者との会話を途切れさせない」技術が、少しずつ自分のものになっている気がした。
しばらくして、ふとコメント欄に異変が起きた。急に視聴者数が伸び始め、「この人、すごい!」「初めて来たけど面白い!」といったコメントが増え始めた。数秒前まで150人だった視聴者数が、気づけば200人を超えていた。
「これは…」
どうやらSNSで誰かが僕の配信を紹介してくれたようだった。急に流れ込むコメントに、軽い混乱と興奮を覚えながらも、冷静さを保とうと必死だった。
―このチャンスを逃しちゃいけない。
視聴者が増えたことに気づきながら、いつも通りのSOR∀を演じ続けることに集中する。
「おっと、新しい人たちが来てくれたみたいだね。いらっしゃい!SOR∀です、今日はこのゲームで盛り上がっていこう!」
視聴者数はさらに増え、300人を超えた。コメント欄は「イケボ!」や「なんでこんなに面白い人知らなかったんだろう!」といった言葉で溢れている。その盛り上がりに、僕は心臓が高鳴るのを抑えながらも、内心で喜びを感じていた。
配信を終えるころ、視聴者数は500人を超えていた。終始SOR∀として振る舞い、リスナーとのやりとりを楽しんだ。台本に沿ったトークと、リスナーのリアクションを的確に拾うことで、初めての顔出し配信は大成功だった。
画面に向かって最後の挨拶をする。
「今日も見てくれてありがとう!明日の21時にもまた会おうね!」
配信を切った瞬間、椅子に深く腰を預け、大きく息をついた。手に汗が滲み、心臓の鼓動がまだ速い。だが、その胸には確かな充実感と自信が広がっていた。
―僕は、きっとSOR∀になれる。
配信を終えた僕は、椅子にもたれかかり、大きく息をついた。心臓はまだドキドキと速いペースで動いていて、興奮と緊張が入り混じった感覚が胸の中を占めていた。
―500人…同時接続500人。
画面に表示されていたその数字を思い出すたびに、自分が本当に経験したことなのか信じられない思いが湧いてくる。震える手を見つめながら深呼吸をしていると、通話の着信音が鳴った。
「SOARAさん…!」
モニターに表示された名前を見て、慌てて通話を繋げる。
「お疲れ様!どうだった?」
SOARAの明るい声が耳に響く。配信が終わったばかりだというのに、その落ち着いたトーンに僕は少しホッとした。
「あの…僕…本当に…今、震えてます…。同時接続が500人なんて…。」
「そうだね。初配信でこれはすごい数字だ。」
SOARAの言葉は嬉しかったけれど、同時に自分が背負ったものの大きさを実感して、少し怖さも感じた。
「あの数字…どうしてこんなに増えたんでしょうか?」
僕が尋ねると、SOARAは笑いながらリンクを送ってきた。
「これだよ。」
表示されたリンクをクリックすると、SNSの投稿画面が開いた。そこには見覚えのある名前があった。
―SO∀RAのイラストを担当していた絵師さん…。
投稿には、僕が使っている立ち絵のイラストとともに、次のような文が書かれていた。
「新たな配信者『SOR∀』の立ち絵を担当しました!デビュー配信は21時から。ぜひ応援してください!」
驚いて画面を見つめる僕に、SOARAが言葉を続けた。
「私がお願いしたんだ。君が生まれ変わる瞬間を、この立ち絵とともに盛り上げてもらおうってね。初配信の日に合わせて発信してもらったんだよ。」
「SOARAさん…これ…」
言葉がうまく出てこない。僕のためにここまで準備を整えてくれた彼女の気持ちが、胸の中でじんわりと広がった。感謝の言葉を伝えたくて仕方がなかったが、喉の奥で詰まってしまった。
「でも、喜ぶのはまだ早いよ。」
SOARAの声が少しだけ真剣なトーンに変わった。
「次の配信では、きっと今日より視聴者が減る。これは、初配信だからこそ注目された結果なんだ。」
「減る…ですか?」
「そう。最初は話題性で集まった人たちが、君を見て『本当に面白いのか』を判断する。だからこそ、次が大事なんだ。」
彼女の言葉に、僕の胸は再び緊張で締め付けられた。次の配信で失望されたらどうしよう。そんな不安が頭をよぎる。
「でも大丈夫だよ、あおい君。今日の君はちゃんとSOR∀になりきっていたし、リスナーとのやり取りもうまくできてた。少なくとも君は成長してる。」
少しだけ安堵した僕に、SOARAはさらに重要なアドバイスを加えた。
「そして、忘れないでほしい。人気があるのは君じゃなくて、SOR∀なんだ。どんなに嬉しいコメントをもらっても、どんなに辛いことを言われても、それを受け止めるのはSOR∀であって、あおい君じゃない。」
その言葉はSOARAが何度も僕に言い聞かせてきたものだった。でも、今日の配信で初めて、それがどれだけ大切なことなのかを実感した。
「はい。僕はSOR∀です。」
「その意気だよ。次の配信も、しっかり準備して挑もう。」
通話の向こうでSOARAが笑みを浮かべているのがわかる。その笑顔に支えられながら、僕も自然と笑顔になった。




