22.新たなステージの始まり①
翌日、あおいは仕事を終えた後、SOARAの家を訪れた。玄関を入ると、シンプルで片付いた空間が広がっていた。殺風景と言えるほど余計なものがなく、どこか仕事場のような雰囲気を漂わせている。
「どうぞ、上がって。」
SOARAは帽子を脱ぎ、髪をきちんとまとめながら声をかけてくれた。あおいは緊張しながらスリッパに履き替え、彼女の案内に従った。リビングにはデスクと椅子が置かれており、そこには配信用のPCセットが整然と並んでいた。高性能なモニターやカメラ、マイクが目を引く。唯一の個性を感じさせるのは、棚の片隅に置かれたいくつかのグッズだった。
「あれ…これ、SO∀RAさんのグッズですか?」
あおいが指差すと、SOARAは少し恥ずかしそうに笑った。
「あぁ、売れ残りだよ。ほとんどはファンに行き渡ったけどね。これは記念に取っておいたんだ。」
彼女の言葉に、あおいは何か温かな気持ちを覚えた。そのグッズには、SOARAが歩んできた道の一部が詰まっているように感じたのだ。
「意外とシンプルですね…もっと華やかな感じかと思ってました。」
あおいが正直な感想を口にすると、SOARAは苦笑いを浮かべた。
「ふふ、そう見えるかい?配信者って案外、普段の生活は地味なものなんだよ。まぁ、座右の銘は『シンプル・イズ・ベスト』だからね。」
彼女が冗談めかして言うと、あおいも少し緊張がほぐれた。
SOARAの部屋のテーブルには、ずらりと並べられた化粧品やスキンケアアイテムがあった。普段見慣れないものばかりで、あおいは思わず手を止め、じっとそれらを見つめた。
「こんなにたくさんあるんですか…。これ、全部僕に必要なんですか?」
あおいの戸惑いを察したのか、SOARAはクスリと笑った。
「ふふ、そんなに気負わなくていいよ。まずはスキンケアから始めるからね。基本を押さえれば大丈夫。」
そう言うと、彼女はテーブルの上から化粧水のボトルを手に取った。透明な液体が軽く揺れる様子を見ながら、SOARAは説明を始めた。
「スキンケアは化粧の土台作りみたいなものだよ。これを怠ると化粧が浮いたり、肌が荒れたりするから、絶対に欠かしちゃダメ。」
彼女の言葉に頷きながら、あおいは手渡された化粧水のボトルをじっと見つめた。
「まずは手のひらに少し取って。そう、それくらい。次に、軽く両手で温めるようにして広げるんだ。」
SOARAの手元を見ながら、あおいも同じ動きをしてみる。少しひんやりとした感触が手に広がり、指先が少し滑らかに動く。
「それを顔全体に優しく押さえる感じで馴染ませて。ゴシゴシやると逆効果だからね。」
言われた通り、あおいは顔全体を手のひらで軽く押さえながら化粧水を馴染ませた。肌に触れるひんやりとした感覚が心地よく、化粧水が少しずつ肌に吸い込まれていくのがわかる。
「こんな感じですか?」
「うん、いいね。次は乳液で保湿をするよ。」
SOARAは慣れた手つきで乳液のキャップを開け、少量を手のひらに取った。
「これも同じように、手で温めてから馴染ませるの。これで乾燥を防ぐんだよ。」
あおいも真似をして、顔に乳液を伸ばしていく。軽く押さえるように馴染ませていると、肌がしっとりとして柔らかくなる感覚があった。
「なんだか…肌が潤った感じがします。」
「でしょ?これだけで見た目も手触りも違うんだ。次に、化粧をするための準備が整ったってわけ。」
スキンケアを終えた後、SOARAはコンシーラーを手に取った。小さなチューブから出されたクリーム状の液体を指で少量すくい、あおいに見せる。
「これがコンシーラー。クマや肌の赤みを隠すために使うの。」
「クマを隠すんですか?そんなので隠れるんですか?」
半信半疑のあおいに、SOARAは微笑みながら説明を続けた。
「試してみればわかるよ。目の下に少し乗せて、トントンと指先で叩き込むように馴染ませてみて。」
あおいは恐る恐る指でコンシーラーを取ると、SOARAの指示通り、目の下に少し塗り、指先で軽く叩くように馴染ませた。鏡を覗くと、目の下の薄いクマが目立たなくなっているのに気づいた。
「ほんとだ…。なんかすごいですね、これ。」
「でしょ?これだけでも顔の印象がだいぶ変わるんだよ。」
SOARAは満足そうに頷き、次にアイブロウペンシルを取り出した。
「次は眉を整えようか。君は元々整ってるけど、少し描き足すだけで凛々しい印象になるよ。」
彼女が手本を見せるようにペンシルを使って眉を描くと、その手つきは非常に自然で慣れている様子だった。あおいも同じように挑戦してみたが、鏡に映った眉はどこかぎこちない。
「うーん、もう少し練習が必要そうだね。」
「やっぱり難しいですね…」
「でも大丈夫。毎日少しずつやれば慣れるよ。最初はみんなそんなものさ。」
化粧を一通り終えたあおいは、鏡の中の自分を見つめていた。いつもの自分と確かに違う。肌が明るくなり、目元の印象も変わっている。これが配信者として画面に映る自分なのだと思うと、少し背筋が伸びた気がした。
「どう?少しは自信がついた?」
SOARAが微笑みながら尋ねた。
「はい。最初は不安でしたけど、これならなんとかやれそうです。」
その言葉に、SOARAは満足そうに頷いた。
「それでいい。これからはこういう努力を積み重ねていくんだよ。君がSOR∀として輝けるようにね。」
その言葉に、あおいは小さく頷きながら決意を新たにした。自分を磨き上げることで、配信者としての自分をより良い形で表現する。それが彼の次なる目標だった。
「さて、だいぶと準備が整ってきたね。」
SOARAが椅子にゆったりと腰掛けながら、満足そうにあおいを見つめた。これまでの時間をかけて、あおいはスキンケアから化粧、衣装選び、そして配信スケジュールの構築まで、多くのことを学んできた。鏡の前に座るあおいも、その成長を実感していた。
「はい!ありがとうございます!」
声に力がこもるあおいを見て、SOARAは微笑みながら続けた。
「あぁ、そうだ。金曜日だけはセリフ枠をするのはどうだろうか。」
「セリフ枠…ですか?」
一瞬、ピンと来ないあおいが首をかしげると、SOARAは少し楽しげに頷いた。
「そうだよ。台本を読んで、リスナーに喜んでもらう枠だ。たとえば『お嬢様、お待たせしました』とか、『僕のプリンセスになってくれますか?』みたいなセリフを配信で披露するんだ。」
その説明を聞いて、あおいの頭の中にSOR∀がセリフ枠をしていた姿が浮かんだ。リスナーからのリクエストに応じて、SO∀RAが甘い声でセリフを読むたびに、コメント欄が歓声で埋まっていたことを思い出す。
「それって…SO∀RAもやってた…!」
「そうだよ。私もやっていたけど、リスナーがすごく盛り上がる内容の一つだった。特に女性リスナーは、こういう甘いセリフが好きなんだ。」
そう言いながら、SOARAは机の上に一冊の台本を差し出した。手書きの文字がびっしりと並び、ところどころ赤い線で修正が加えられている。それは、SOARAがあおいのために用意したセリフ台本だった。
「これを使うといい。私が女性が喜びそうなセリフを並べて考えておいた。」
「ありがとうございます…こんなに準備してもらって…」
あおいは台本を手に取り、その内容を少し覗いてみた。そこには甘くロマンチックな言葉や、少し照れくさいようなセリフがたくさん並んでいる。それらを読んでいるうちに、自分がこれを配信で披露する姿を想像し、少し顔が赤くなった。
「でも…どうして金曜日だけなんですか?」
素朴な疑問を投げかけると、SOARAは少し首をかしげて考え込む仕草を見せた。
「それはね、金曜日が週の終わりだからだよ。多くのリスナーにとって、金曜日の夜は特別な時間なんだ。仕事や学校が一段落して、リラックスしながら楽しみたい時間。それに、金曜日だけって限定にすると、特別感が出るだろう?」
「あぁ…なるほど、確かに!」
あおいは納得し、再び台本に目を落とした。この台本があれば、自分もSOR∀としてリスナーをもっと楽しませることができるかもしれない。




