21.君にかけた想い④
休日の午前、あおいは少しそわそわしながら自宅の玄関で靴ひもを結んでいた。これからSOARAと一緒に、顔出し配信用の衣装やウィッグを揃えるために出かけるのだ。普段は画面越しや通話で話すことが多い彼女と、こうして直接出かけるのは初めてのことだった。
待ち合わせ場所に着くと、すでにSOARAが立っていた。彼女はシンプルなブラウスにカジュアルなパンツスタイルという、一見普通の女性らしい服装だったが、そのどこか気品のある佇まいと柔らかな微笑みが、目を引く存在感を放っていた。ふわりと風に乗ってくる上品な香りに、あおいは思わず緊張してしまう。
「おはよう、あおい君。今日はたくさん歩くから、覚悟してね。」
SOARAは帽子を深めにかぶり、いつものように長い髪をしっかり隠していた。それでも彼女の顔立ちは整っており、どこかモデルのようなオーラが漂っている。あおいはぎこちなく頷きながら「おはようございます」と返した。
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目的地はコスプレ専門店だった。ビルの一角にある店舗に足を踏み入れると、鮮やかな衣装やウィッグが所狭しと並んでいる。壁一面に掛けられた衣装や、小物が並ぶ棚の圧倒的な量に、あおいは思わず「すごい…」とつぶやいた。
「ここが君のこれからの戦場だよ。配信者としての衣装やウィッグは、この手の専門店で揃えるんだ。」
SOARAは笑顔でそう言いながら、あおいを促した。
「…戦場、ですか。」
あおいは少し戸惑いながらも、店内を見回した。自分がこれからこの空間に通い、アイテムを揃えていくのだと思うと、どこか不思議な気持ちだった。
「はい、今日はまずウィッグからね。こっちだ。」
SOARAに案内されるまま、あおいはウィッグコーナーに足を運んだ。そこには色とりどりのウィッグが並んでおり、青、緑、ピンク、銀色と、どれも見たことがないような鮮やかさだ。
「これなんかどう?」
SOARAが手に取ったのは、SOR∀の立ち絵に合わせたような鮮やかな青のウィッグだった。前髪の形や後ろ髪の長さも立ち絵そっくりで、見るからにSOR∀のイメージを再現できそうだった。
「すごい…本当にこれをつけるんですか?」
あおいはウィッグを見つめながら、心の中で想像していたSOR∀の姿と重ねてみた。SOARAはそんな彼の反応を楽しむように微笑んだ。
「そうだよ。君がSOR∀になるための第一歩だ。ほら、試しに被ってみなさい。」
「え、今ここでですか?」
「そうだ。慣れることが大事だからね。」
あおいは少し照れくさそうにウィッグを手に取り、更衣室で試着することになった。鏡の前でウィッグを被ると、見慣れない青い髪が自分の顔を縁取る。最初は違和感しかなかったが、しばらく見つめていると、どこか「SOR∀」の雰囲気が漂い始めたように感じた。
「どうだい、あおい君?」
更衣室から出てきたあおいに向かって、SOARAは笑みを浮かべながら声をかけた。その目はどこか誇らしげで、彼を配信者として新たな一歩に導こうとしている意志が感じられた。
「思ったより…似合ってますかね?」
あおいが少し照れながら尋ねると、SOARAは頷いた。
「似合ってるよ。これで配信画面に映れば、君はSOR∀そのものだね。」
その言葉に、あおいは心の中で小さな自信が芽生えた。少しずつだが、自分がSOR∀になる準備が整ってきているような気がした。
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次は衣装コーナーだ。壁一面に並ぶ衣装の数々に、あおいは再び圧倒される。キラキラした布地や装飾が施されたものから、シンプルながらも華やかなデザインまで、目移りするほどだった。
「君のイメージに近いのはこれかな。」
SOARAが選んだのは、青と白を基調にした王子様風の衣装だった。肩や胸元に装飾が施され、袖口や裾に繊細な刺繍が入っている。まさにSOR∀の立ち絵そのものだった。
「これ…すごいですね。でも、僕にこんなの似合いますかね。」
「似合うさ。君が着ることで、ただの衣装が生きるんだ。さぁ、試着してみなさい。」
あおいは再び更衣室に入り、衣装に着替えた。袖を通し、鏡に映る自分を見て、少しだけ背筋が伸びる感覚があった。衣装の重みが、自分に配信者としての責任を思い出させるようだった。
「似合うね。」
SOARAのその一言が、あおいの背中を優しく押してくれるように感じた。
その日の帰り道、あおいはウィッグと衣装が入った袋をしっかりと抱えながら歩いていた。夜風が心地よく、先ほどのコスプレ専門店での出来事がまだ頭の中で鮮明に浮かんでいる。試着室で初めてSOR∀の姿になった自分。青い髪のウィッグと王子様風の衣装に身を包み、鏡に映る自分を見た瞬間の違和感と興奮。これが、自分が目指すべき姿なのだと実感した。
隣を歩くSOARAは帽子を深くかぶり、上品な歩調でゆったりと歩いていた。気品ある佇まいと漂う香りに、あおいはつい気後れしそうになるが、どこか安心感も覚える。彼女と一緒に歩いているだけで、少し自分が成長したような気持ちになるのだ。
「あぁ、そうだ。」
SOARAがふと思い出したように口を開いた。その声に、あおいは少し緊張しながら顔を向けた。
「これからなんだけど、閲覧数の高い配信や動画をしっかり見ておきなさい。」
「え?閲覧数の高い配信ですか?」
あおいが首をかしげると、SOARAは頷いて言葉を続けた。
「そうだよ。いいかい?自分が面白いと思うものと、多くの人たちが面白いと思うものが必ずしも一致しているとは限らない。多くのリスナーを獲得するためには、少数派でいるままではいけないんだ。」
その言葉に、あおいは少し驚いた。これまで配信は自分の好きなことを楽しむ場だと考えていたが、SOARAの言葉は、それがいかに甘い考えであるかを教えてくれた。
「でも…そういう場合、自分が面白いと思わないものを楽しむのは難しいんじゃないですか?」
正直な疑問を口にすると、SOARAは少し笑って答えた。
「確かにそうだ。でも、配信者として多くのリスナーを引きつけたいなら、時には自分の感覚を押し殺すことも必要なんだ。面白くないものを、面白いと言わなければならない場面だってある。」
その言葉に、あおいの足が一瞬止まりそうになった。配信で「面白くない」と思うものを楽しんで見せるのは、自分を偽ることになるのではないかと思ったのだ。
SOARAはそんなあおいの戸惑いを察したのか、足を止めずに続けた。
「君が本当にやりたいことや楽しみたいもの、それをリスナーに届けるのは、その後でいい。まずはリスナーの興味や好みに合わせていくことが大切だ。そこで信頼や人気を得られれば、君が何をしてもリスナーはついてきてくれるようになる。」
その言葉は、どこか厳しさを伴いながらも、あおいの未来を思ってのものだと感じられた。自分の好きなことだけをしていればいいわけではない。多くの人に受け入れられるためには、リスナーの気持ちを理解し、そのニーズに応えることが重要なのだと。
「あおい君、配信者はエンターテイナーであるべきなんだよ。リスナーに夢や楽しみを与える存在である以上、自分だけが楽しむのはただの自己満足だ。」
その言葉に、あおいは何度も頷いた。配信者としての責任と覚悟が、少しずつ自分の中に形を作り始めるのを感じていた。
「わかりました。まずは人気のある配信や動画を見て勉強します。」
力強く答えるあおいに、SOARAは満足そうに微笑んだ。
「それでいい。自分のセンスを信じるのも大事だけど、まずは土台をしっかり作ることが先だよ。君ならきっとやれるさ。」
その励ましに、あおいは再び小さく頷いた。




