20.君にかけた想い③
朝の冷たい空気の中、あおいとSOARAは並んでランニングをしていた。体が少し温まってきた頃、あおいはずっと胸に引っかかっていた疑問を口にした。
「あの…SOR∀になりきるって、どんな感じなんでしょうか。すみません、やっぱりまだピンとこなくて…」
少し申し訳なさそうに尋ねると、SOARAは穏やかに笑いながらペースを落とした。
「あぁ、そのことなら心配ないよ。今、準備を進めているところだから、少し待っていてくれる?」
その言葉に、あおいは少し安心しながら頷いた。
「はい…わかりました。」
SOARAは意味ありげな笑みを浮かべて再びペースを上げたが、その背中を追いながら、あおいは胸の奥で不安が消えたわけではなかった。「SOR∀」としてどう振る舞うべきなのか、それを自分が本当に理解できるのか――その疑問は残り続けていた。
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それから数日が経ち、ある夜、あおいがゲームの攻略動画を見ながら台本を書いていると、パソコンの画面に通話の通知が表示された。
「SOARAさん?」
少し驚きながら通話に出ると、電話の向こうからSOARAの弾んだ声が飛び込んできた。
「で、できた!」
「えっ…できたって、何がですか?」
SOARAの突然の興奮に戸惑いながらも尋ねると、彼女は「君の立ち絵だよ!」と嬉しそうに言った。
「え…立ち絵?」
メッセージにはファイルが添付されていた。あおいがクリックしてファイルを開くと、画面いっぱいに美しいイラストが現れた。それは、青い髪と王子服をまとった立ち絵だった。細部まで丁寧に描き込まれたそのイラストは、どこか見覚えがあった。
「これ…かつてSO∀RAさんのイラストを描いていた絵師さん…?」
驚きとともに問いかけると、SOARAは満足そうに頷く気配が伝わってきた。
「そうだよ。彼にお願いして、SOR∀君の立ち絵を描いてもらったんだ。君にはこれを使う資格があると思ったんだよ。」
その言葉に、あおいの心は大きく揺れた。憧れのSO∀RAが認めてくれている――その思いが、胸の奥から押し寄せるように広がり、目頭が熱くなるのを感じた。
「…ありがとうございます。」
それだけ言うのが精一杯だった。視界がぼやけ、頬を一筋の涙が伝う。自分でも驚くほどの感情が溢れ出し、胸がいっぱいで言葉が出てこない。
「なんだ、泣いてるのかい?」
SOARAのからかうような声が聞こえたが、あおいはどうにも感情を抑えきれなかった。彼女の声には冗談めいた響きがあったが、どこか優しさも感じられた。あおいが泣き続けているのを察してか、SOARAはそれ以上何も言わず、静かに見守るように黙っていた。
しばらくして、あおいは絞り出すように口を開いた。
「ありがとう、SOARAさん。僕、これからも頑張ります…SO∀RAさんみたいな配信者になれるように、もっと…」
感謝の言葉が次々にこぼれ落ちた。涙とともに、これまでの苦労や悔しさ、そして新たな決意が言葉になって溢れ出していく。それは、単なる憧れを超えた感情だった。
電話の向こうでSOARAが静かに息を吸う音が聞こえた。そして、彼女は優しく語りかけてきた。
「その意気だよ、あおい君。君にはちゃんとその素質がある。一緒に頑張ろう。」
その言葉があおいの胸に深く刻まれる。認めてもらえたという安心感と、新たな目標に向かう覚悟が、胸の奥で強い光となって輝き始めた。
「あおい君。SOR∀君のデビューは、これからだよ。」
あおいがまだ余韻に浸り、涙を拭っていると、通話の向こうでSOARAが続けて言った。
「あとはこれだ。」
通知音とともに、メッセージに新たなファイルが添付されてきた。あおいがそれを開くと、そこには華やかなデザインの画像が映し出された。SNS用のヘッダーと、配信プラットフォームのヘッダーだ。どちらも青を基調としたデザインで、まるでイラストのSOR∀に合わせたかのような高貴な雰囲気が漂っていた。
「これ、僕に…?」
あおいは驚きのあまり、声を詰まらせた。
「私からのプレゼントだ。」
SOARAは軽い口調でそう言ったが、その背後にある彼女の真心を、あおいは感じずにはいられなかった。
「こんな…ありがとうございます。本当に…」
言葉を探していると、SOARAは少し照れくさそうに笑う声を漏らした。
「ウィッグも専門店をいくつか知ってるから、今度一緒に選びに行こう。君はこれになりきるんだ。」
「…これになりきる?」
「ああ。君はSO∀RAのようになりたいんだろう?」
「はい。なりたいです。」
あおいが力強く答えると、SOARAは少し間を置いて問いかけてきた。
「じゃあ、どんな配信者を目指すべきか、なりきるべきかわかるよね?」
その問いに、あおいは頭の中でSOR∀の姿を思い浮かべた。王子様のようなイラスト、堂々とした振る舞い、リスナーを魅了する姿…。憧れの姿が鮮明に浮かぶ。
「キラキラしていて…王子様みたいな!」
その答えに、SOARAは満足そうに笑った。
「そうだ。その王子様が配信で愚痴をこぼしていたら、どう思う?」
「…確かに、王子様はそんなことしないですね。」
あおいが苦笑しながら答えると、SOARAは冗談めかした口調で続けた。
「そうだ。王子様はリスナーに夢を与える存在だよ。でも、実はね…私も昔、愚痴を配信でやってしまったことがあってね。」
「えっ、SO∀RAさんが?」
その意外な言葉に、あおいは驚きで目を丸くした。
「ああ。調子に乗って愚痴を話してしまったら、案の定リスナーに叩かれてね。それが原因で落ち込んで、メンタルがボロボロになりかけたこともあった。」
「そんなことが…」
「でも、その時に気づいたんだよ。叩かれているのは私じゃなくてSO∀RAだってね。それ以来、私は自分とSO∀RAをきちんと分けるようになった。そうすることで、何があってもメンタルを正常に保つことができるようになったんだ。」
SOARAの声には、どこか懐かしさと苦労を乗り越えた誇りが混じっていた。彼女の話を聞きながら、あおいは自分の中にまた一つ学びを得たような気がした。
「そうだったんですね…」
「私だって最初から完璧だったわけじゃないさ。試行錯誤の連続だったよ。でも、だからこそ、君にも焦らずにゆっくりやっていってほしいんだ。二人で、一緒にね。」
SOARAの言葉には温かさがあった。彼女があおいを一人で戦わせようとしているわけではないのが伝わり、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「あおい君は一人じゃない。私も君を支えるよ。」
その言葉に、あおいは力強く頷いた。
「はい!僕、頑張ります!」
その答えに、SOARAはまた満足そうに笑い、続けた。
「よし、それなら次はウィッグを選びに行く準備をしようか。君がこのSOR∀になりきる姿、今から楽しみにしてるよ。」
通話越しに聞こえる彼女の声は明るく、あおいの心を照らしていた。彼は手元に残されたイラストやヘッダーを見つめながら、これから進むべき道が少しずつはっきりしてきたのを感じていた。




