2.消えない光を胸に、僕は配信者になる②
幼いながらも、あおいはライブで何か特別なものを感じ取っていた。その瞬間から、SO∀RAの存在があおいの心に強く焼きついて離れなかった。白い髪、堂々とした姿、観客を魅了する力強い声。彼は、あおいの知る「配信者」という言葉の枠を超え、目の前に現れた初めての「スター」だった。言葉では言い表せないほどの憧れが、あおいの心に深く刻み込まれていった。
その夜、興奮冷めやらぬあおいはなかなか寝つけず、ベッドの中で目を閉じるたびにSO∀RAの姿が浮かんだ。何度も彼の言葉や歓声を思い出しては、胸が高鳴り、気づけば寝返りばかりを打っていた。いつもは寝る前にゲームのことを考えていたあおいが、「自分もあんなふうになりたい」という夢のような想いを抱いたのは、これが初めてだった。
それから、あおいの生活は少しずつSO∀RAに染まっていった。朝には母親が配信のアーカイブを流し、夜にはリアルタイムで彼の配信を欠かさず観るようになった。毎日観るたびに新たな発見があり、SO∀RAが語るひとつひとつの言葉が、あおいにとって大切なものとなっていく。彼はただゲームをするだけではなく、視聴者の悩みに答えたり、困難を乗り越える姿勢を見せたりして、あおいはその姿に共感し、自分も強くなりたいと感じるようになった。
また、母親と一緒にSO∀RAのグッズを買うのも楽しみのひとつだった。公式ショップでTシャツやポスター、ストラップを選ぶ時間は格別で、グッズが手元に届くたびに彼が少しでも近くにいる気がして、あおいの胸は誇らしさでいっぱいになった。
なかでも、あおいが一番のお気に入りにしているのは「スターライト」ポスターだった。夜空に浮かぶ星を背景に、SO∀RAが少し寂しげに微笑むそのデザインがたまらなくかっこよく見え、母親から「彼も夜空の星のようにみんなに輝きを与える存在なのよ」と教わったとき、ポスターをじっと見つめ、SO∀RAが自分にとってどれほど特別かを再認識した。
学校から帰ると、あおいはすぐに母親とSO∀RAの話をするのが日課になった。母親は楽しそうに配信でのエピソードやSO∀RAの言葉を話してくれ、あおいはそれを心に刻むように聞いていた。たとえば、SO∀RAが「自分を信じて、目の前の壁に立ち向かうことが大事だよ」と言ったときには、あおいもそんなふうに生きたいと思った。日々の生活の中で、SO∀RAの言葉があおいの背中を押し、彼の存在が支えになっていることを実感するようになっていた。
ある日、学校でいじめっ子にからかわれたことがあったが、そのときもあおいはSO∀RAの言葉を思い出した。「どんなときも、自分を大事にして、相手に流されないことが大切だ」という言葉が頭に浮かび、そのおかげで初めて自分の気持ちをしっかりと伝えることができた。それ以来、少しずつ友達もできるようになり、SO∀RAの言葉が実生活でもあおいを支えてくれていることがよくわかるようになった。
夜になると、SO∀RAの配信が始まるのを楽しみに待つのが日課になった。カメラ越しに語りかける彼の姿は、あおいにとってライブのときと同じく、本物のスターのように見えた。派手なステージはなくても、彼の落ち着いた声と優しい表情に癒され、安心感を得る時間だった。
SO∀RAが新しいゲームに挑戦するたび、あおいもそれを真似し、彼の言葉や仕草を自分なりに使ってみることも増えた。彼に影響されていく自分に気づきながらも、それが楽しくて仕方がなかった。配信が終わると少し寂しくなることもあったが、次の配信を楽しみにするその時間もまた、あおいにとって大切なひとときだった。
しかし、そんな幸せな日々が突然終わりを告げた。
SO∀RAの配信の最後で「引退ライブを開く」と発表されたとき、あおいは言葉を失った。心にぽっかりと穴が空いたようで、彼の最後のメッセージを聞きながらも、それが現実とは思えなかった。SO∀RAがもう配信をしなくなる? もうあの声を聞くことができなくなる? あおいの心は、突然何か大切なものが引き裂かれたように痛みでいっぱいだった。
その日から、あおいの生活は一変した。SO∀RAの引退という現実が重くのしかかり、学校の授業も頭に入らず、黒板の文字がただの無意味な線のように見えた。友達の声や笑い声も遠くに感じ、どこか現実感のないまま日々が過ぎていく。
―どうして、SO∀RAは引退してしまうんだろう…―
その問いが何度もあおいの頭を駆け巡り、答えの出ない悲しみで胸が締め付けられた。休み時間になっても、他の子たちが楽しそうに話す声が遠くに聞こえるだけで、あおいは誰にも声をかけず、机に顔を伏せてひとりで過ごしていた。心の中は、言葉にできない喪失感でいっぱいだった。
家に帰っても、その悲しみは消えなかった。夕食のとき、母親が何か話しかけてくれても、あおいはぼんやりとしか返事ができず、箸を持つ手からご飯がこぼれていた。食べる気力もなく、母親が心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくれたが、あおいはただ「うん」とうなずくだけ。視線を落とすと、涙が頬を伝っているのがわかった。
夜になると、布団の中で涙が止まらなかった。SO∀RAの引退が頭をよぎるたびに胸が痛み、涙を抑えられなかった。彼の姿や声が脳裏に浮かんでは消え、そのたびに喉が詰まるような切なさが込み上げた。自分でも驚くほどだったが、SO∀RAがそれほど自分にとって大きな存在だったのだと気づかされた。
あおいは何度も母親に「どうして? どうして引退しちゃうの?」と尋ねたが、母も答えを持っていなかった。ただ、母も同じように悲しそうな顔であおいの頭を撫でてくれ、その手の温かさに触れるたびに涙がまたあふれてきた。
「お願い、引退ライブに行かせて。最後にもう一度だけ、SO∀RAに会いたいんだ…」と懇願し、何度も頼み込んで、ついに母が引退ライブのチケットを取ってくれることになった。「ありがとう」と小さな声で伝えると、再びこみ上げる涙を必死にこらえた。最後に彼に会えるという思いが少しだけ支えになったが、それでもまだ心の中の寂しさと悲しみは消えなかった。
そして、引退ライブの日が訪れた。
会場に着いたあおいの胸は強く鼓動し、もう二度と会えないかもしれないSO∀RAにこうしてまた会えると思うと、嬉しいはずなのに不安や寂しさが押し寄せてきた。ファンたちの声もどこか切なげで、会場は緊張と悲しみが入り混じった独特の空気に包まれていた。みんなも同じ気持ちなのだろうか、とあおいは思った。
手の中のペンライトが汗ばんでいるのを感じ、その感触に少し心が落ち着くような気がした。ステージ前の大きなスクリーンには、過去のSO∀RAの配信やファンからのメッセージが映し出され、それを見つめるあおいの心は彼との思い出で再び満たされた。
周囲のファンたちも、どこか同じように切ない表情を浮かべていた。中には涙を拭いている人もいて、それを見てあおいの胸がぎゅっと締めつけられた。ここには、SO∀RAを愛する人たちがこんなにたくさんいるのだと気づくと、あおいの悲しみも少しだけ和らぐような気がした。彼は自分だけではなく、多くの人にとっても特別な存在だったのだ。
やがて会場が暗転し、ざわめきが少しずつ収まっていく。あおいは緊張で手が震えそうになるのを感じながら、目の前のステージに集中していた。最後のライブ。もう二度と会えないかもしれないSO∀RAが、今ここに現れる。そのことを思うと、胸の奥から切なさが込み上がる一方で、彼に出会えたことへの喜びが湧き上がってきた。