表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配信者のすゝめ~ 推しが引退したので、僕が配信界の王子になります!~  作者: 無月公主


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/29

19.君にかけた想い②

朝の空気は冷たく澄んでいた。あおいは普段より少し早く目を覚まし、まだ薄暗い空を見上げながら家を出た。こんな早い時間に起きるのは久しぶりだが、心の中に小さな期待と緊張が混ざり合っていた。



公園の入り口で待っていると、遠くから背の高い人影が近づいてきた。黒いランニングウェアにキャップを深くかぶったSOARAだった。その姿は、どこかシャープで洗練されていて、あおいは思わず目を奪われた。


「おはよう、あおい君。準備はいいかい?」


SOARAは軽く手を挙げて挨拶した。その動作すらも男性的で、カッコよさが自然とにじみ出ている。あおいは「はい」と返事をし、並んで歩き始めた。彼女はキャップに髪を全て隠しており、一見すると普通のランナーに見える。


「SOARAさん、意外と家近かったんですね。」


「そうだね。ここら辺は静かで住みやすいんだよ。私は普段リモートで仕事をしているから、滅多に外には出ないんだけどね。」


「リモートで仕事…なんだか現代的ですね。」


二人は軽く笑いながら、公園のランニングコースに入った。あおいはふと、隣を走るSOARAを見上げた。やはり身長が高い。自分も183cmとかなり高い方だが、彼女はそれをさらに超える存在感だ。


「やっぱり僕より身長高いですね…確か187cmでしたっけ。」


そう言うと、SOARAはクスっと笑いながら頷いた。


「よく覚えているね。まぁ、少し目立つから、気にされることも多かったけどね。」


彼女の背筋はピンと伸び、走る姿も滑らかで無駄がない。その仕草はどこか男性的で、長年SO∀RAとして配信していた影響が染みついているように思えた。あおいは胸の中で「カッコいいな」と素直に思い、ついていこうとペースを上げた。


ランニングが終わり、二人は公園のベンチで一息ついていた。冷たい空気が汗を引かせ、心地よい疲労感が体に広がる。あおいがペットボトルの水を飲んでいると、隣のSOARAがふと思い出したように言った。


「そうだ、重要なことを教えておかなきゃ。」


「はい?」


あおいが首をかしげると、SOARAは真剣な表情で続けた。


「いいかい?あおい君と配信者SOR∀は別人だ。君はこれからSOR∀を演じるんだ。どんな称賛も罵倒も全てSOR∀が受けることで、あおい君自身ではない。これを常に頭に入れておいてほしい。」


その言葉の重みに、あおいは一瞬戸惑った。意味を理解しようと考えを巡らせるが、しっくりこない。


「どういうことでしょうか…?」


その瞬間、SOARAは表情を切り替え、口調も声のトーンも変わった。まるで目の前でSO∀RAにスイッチが切り替わったかのようだった。


「いつ、何で炎上するかわからない。もしくはバズって調子に乗ってしまうかもしれない。だから道を外れないために大事なことだ。僕はSO∀RAと素の自分を使い分けることで、メンタルを正常に保ってきた。どれだけ酷いコメントを見ても、言われているのはSO∀RAで、私じゃないって言い聞かせる。」


その言葉には、これまで彼女がどれだけ配信者として厳しい世界に身を置いてきたかが詰まっていた。


「配信者に一番必要なのは鋼のメンタルだよ。それと、これからの配信では顔出しするときはSOR∀になってもらう。ウィッグとかつけて、素の自分と切り離す。いいかい?」


あおいはその言葉を聞きながら、自分がこれから背負うものの大きさを改めて感じた。SOARAがどれほど深く考え、配信者としての役割を全うしてきたのかが痛いほど伝わってきた。


「わかりました。僕、SOR∀を演じます。どんなコメントをもらっても、それを受け止めるのはSOR∀で、僕じゃない。そう思ってやってみます!」


その答えに、SOARAは少しだけ笑みを浮かべ、あおいの肩を軽く叩いた。


「それでいい。きっと君ならできるよ。」


久しぶりに朝から家で過ごす穏やかな時間だった。キッチンから漂う香ばしい匂いに誘われてリビングに向かうと、母がエプロン姿で朝食を用意している姿が目に入った。


「ほら、あおい。温かいうちに食べなさい。せっかく作ったんだからね。」


母がそう言いながらテーブルに並べたのは、湯気を立てる味噌汁、ふっくら炊き上がったご飯、そして香ばしい焼き魚。三ヶ月ぶりに見る母の手料理だった。朝食を家で食べるなんて、配信を辞めて以来、完全に忘れていた感覚だった。


「…ありがとう、母さん。」


照れくささを隠すように、そっけない口調で礼を言い、箸を手に取った。ひと口、味噌汁を飲むと、優しい味が口いっぱいに広がる。心にじんわりと染み渡るような感覚に、思わずもうひと口すくった。


「どう?久しぶりに家のご飯は。」


母がこちらを覗き込みながら言う。


「うん、美味しいよ。ほんと久しぶりだ…ありがとう。」


そう言うと、母は少し嬉しそうに笑いながら、湯気を立てる鍋を片付けに戻った。あおいはそんな母の背中を見つめながら、胸の中に湧き上がる温かさを感じていた。


朝食を終え、あおいは定刻通りに家を出た。久々に遅刻せず仕事に向かう足取りは軽かった。職場では、これまでどこかぼんやりとしていた自分を振り払うように、一つひとつの業務をしっかりとこなした。周りの同僚からも「今日はなんか調子いいね」と声をかけられ、素直に嬉しかった。


仕事を終えた後、あおいは真っ直ぐ家に帰った。以前のようにダラダラと時間を浪費するのではなく、配信の準備をしようという明確な目標が胸にあった。部屋に入るとすぐにゲームの起動準備をし、台本作りに取りかかる。配信での進行や話題を整理したメモを作りながら、自然とペンが走る。


SOARAの指導を受け始めてから、準備の段取りや進行のコツが明確になり、効率が格段に上がった。独学で配信していた頃は、何をどう準備すればいいのかわからず手探り状態だったが、今では具体的な指針がある。


「あぁ、やっぱり経験者に教えてもらうと違うな…」


小さく呟きながら、ペンを進める手を止めない。SOARAの的確なアドバイスが頭に浮かぶ。ゲームの攻略方法を配信でどう伝えるか、視聴者が興味を持ちそうなフレーズをどう仕込むか。彼女が見せてくれたノウハウが、今の自分を支えていると感じていた。


準備を終え、少し休憩をしようと椅子に深く座りながら、あおいはふとSOARAが言った言葉を思い出した。


―どんなコメントをもらっても、それを受け止めるのはSOR∀で、僕じゃない―


その言葉が胸に引っかかっていた。確かに意味は理解できるつもりだったが、完全に納得しているわけではない。「SOR∀になる」とはどういうことなのだろう?自分とSOR∀を使い分けるというのが、いまいち具体的に掴めなかった。


考え込んでいると、ふと昔SNSで見かけたSO∀RAに対するアンチコメントのことを思い出した。容姿や声を否定するような言葉が並び、それを目にしたときの衝撃が蘇る。


「もしあんなコメントを僕がもらったら…ショックだろうな。落ち込むに決まってる。」


あおいは静かに呟いた。これまで自分はほとんど批判される経験をしていないが、それでもあの時のアンチコメントを思い出すだけで胸がざわついた。


そんな自分の様子を見抜いていたのか、SOARAは以前、誹謗中傷で命を落とした芸能人たちの例をいくつか挙げて見せてくれた。その話は冷静に語られていたが、内容は重く、深く納得させられた。


「どれだけ人気があっても、必ず批判する人はいる。だから、配信者として自分を守る術を身につけてほしい。」


彼女がそう言った時の真剣な表情が脳裏に浮かぶ。


―でも、SOR∀になるって…どういうことなんだろう?―


あおいはふと、目の前のモニターを見つめた。SOARAとSO∀RAには、明確な違いがある。彼女は男女の差を利用してキャラクターを演じ分けている。それが彼女にとっての「自分」と「SO∀RA」を切り離す手段だったのだ。


しかし、自分にはそれがない。自分とSOR∀は、何をどう変えれば「別人」になれるのだろう?


「SOARAさんはすごいな…。僕には、そんな器用な真似ができるのか…?」


考えれば考えるほど、SOR∀になるという言葉の意味が曖昧になっていく。それでも、あおいの中には、どうにかして彼女の教えを形にしたいという思いが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ