18.君にかけた想い①
酔いがすっかり冷めたのか、SOARAは急に落ち着きを失い始めた。さっきまでの涙や後悔の言葉が嘘のように、顔を赤らめて小さく身を縮めている。そして、バツが悪そうに視線を逸らしながら、突然声を上げた。
「なっ、何をしているんだ!私はっ!!ご、ごめん、あおい君!君にこんな情けない姿を見せてしまって!!」
その姿があまりに焦りに満ちていたため、あおいは思わずぽかんとした顔になった。自分のせいで泣かせてしまったことを申し訳なく思っていたのに、今度はその彼女が必死に自分を取り繕おうとしている。
「あ、いえ、そんな…もとはといえば僕のせいで、SOARAさんをこんな姿に…」
あおいが慌てて弁解するように言葉を返すと、SOARAは口を尖らせ、拗ねたように顔を背けた。
「こ、こんな姿で悪かったねぇ…」
その言葉に、あおいは一瞬驚いたが、次の瞬間には思わず吹き出していた。真剣にふざけている彼女の表情がどこか愛らしく、先ほどまでの沈んだ空気が嘘のように軽くなった。
「ふふ…すみません。でも、SOARAさん、やっぱりそういうところが…好きです」
「なっ…なんだい、それ。恥ずかしいことをさらっと言うもんじゃないよ…!」
SOARAは赤くなりながらも、どこか楽しそうに口元を緩ませた。二人は互いに苦笑し合い、その場の空気が和らいだ。
ふと、あおいの頭に疑問が浮かぶ。ずっと聞きたいと思っていたけれど、どうしても聞けなかったことだ。しかし今なら、彼女が本当の理由を話してくれるのではないかと感じた。
「あの…どうしてSOARAさんは配信を辞めてしまったんですか?」
その問いに、SOARAは少し目を細め、遠くを見るような表情を浮かべた。しばらく考え込むようにしてから、静かに答えた。
「私かい?私はね…見ての通り、女性だからだよ。」
あおいはその答えに驚いた。女性であることが理由?それだけで、あれほどの成功を収めたSOARAが配信を辞める決意をしたとは思えなかった。
「それだけ…ですか?」
そう問い返すと、SOARAは小さく笑い、首を振った。
「あぁ、それだけだ。若い頃にね…それこそ君が初めて私のライブに来てくれた時くらいの年齢の時、私は大病を患っていてね。髪の毛が全部抜け落ちて、治療が終わったあとも、真っ白な髪が生えてきただけだった。学校にも行けなくて、行ったとしても白髪をからかわれてしまうだけだったから…友達がほしくて配信を始めたんだ。」
彼女の声には、どこか懐かしさと哀愁が混じっていた。
「すると、この声のせいもあって…身長も高いし、男だと思われることが多かった。だから、男として配信することにしたんだ。最初はただ、それだけの理由だったんだよ。」
あおいはその話を聞き、目の前の彼女が抱えていた孤独や苦しみを想像して胸が痛くなった。
「昔はね、雑談してるだけで人がわんさか来たんだ。あの頃は配信者も少なくて、少し顔が整っていれば、それだけでリスナーが増える時代だったからね。調子に乗って、私はそのまま走り続けた。」
SOARAの表情には微かな苦笑が浮かんでいたが、その瞳はどこか寂しげだった。
「でもね…一途に私を想ってくれる女の子たちがいることに気づいた時、申し訳ない気持ちでいっぱいになったんだ。私は彼女たちに本当のことを言えなかった。それに、暴露配信が流行り始めたこともあった。私はいつか、自分の正体がばれるんじゃないかって、ずっと怯えていたんだよ。」
その声には後悔と安堵が入り混じっていた。あおいは息を飲みながら、彼女の言葉を一つも聞き逃さないように耳を傾けていた。
「だから、私は引退を決意した。もしかしたら、私は逃げたのかもしれない。…でもね、綺麗なままで終わりたいと思ったのも本当だ。リスナーの前で、嘘をついたままでいる自分に耐えられなかったから…」
彼女の言葉が終わると、あおいはその場でじっと彼女を見つめていた。SOARAの背中に漂う寂しさと後悔が、冷たい夜風に乗って伝わってくるようだった。
「僕…また戻れるでしょうか…?」
その問いかけは、自分自身に向けたものでもあった。かつての夢にもう一度向き合う勇気があるのか、自分自身に問いかけながら、同時に彼女の答えを求めていた。
SOARAはその言葉を聞いて、少しの間、目を伏せていた。彼女の長い白髪が夜風に揺れ、その横顔に浮かぶ表情は何かを決意するような鋭さを帯びていた。やがて彼女は、静かに顔を上げ、まっすぐあおいの目を見据えた。
「戻れるでしょうかじゃないだろ?戻るんだろ?」
その言葉には、かつての配信者SO∀RAの堂々とした輝きがかすかに宿っていた。まるであおいの中にくすぶっている迷いを吹き飛ばすかのように、力強く、そして断定的だった。
あおいはその言葉を聞き、目を見開いた。心の奥にあった不安や迷いが一瞬で揺さぶられるような感覚だった。そして、胸の中で小さく燃え始めていた炎が、今、ようやく形になって見えた気がした。
「…戻ります。絶対に。」
彼はぎゅっと拳を握りしめ、はっきりとした声で言い切った。その声にはもう迷いはなかった。自分が進むべき道を見つけたような確信が、そこにはあった。
―僕は、もうSOARAさんをこんな姿にさせない。
あおいは心の中でそう強く誓った。彼女が自分を信じ、手を貸してくれるのなら、もう二度と逃げたりしない。彼女が自分にかけてくれる期待を裏切ることなく、ただひたすら前に進む。それが自分にできる最大の恩返しだと思った。
SOARAはあおいの決意を見て、少し微笑んだ。その笑顔はどこか優しさと同時に、厳しさを感じさせるものだった。
「いい目をしているね。その目があれば、どんな壁だって乗り越えられるよ。」
その言葉に、あおいは大きく頷いた。夜の公園に吹く冷たい風が二人の間を流れるが、その空気の中には、どこか温かなものが満ちていた。あおいの心には新たな決意が灯り、そしてSOARAの言葉がその決意を強く後押ししていた。
「だいぶ休んでしまいました。またいちからですけどね。」
そう言うと、SOARAは少し首をかしげて考えるふりをしてから、軽く肩をすくめた。
「丁度良い。未来を見通して君を鍛えなおす。いいかい?」
その言葉は、まるでかつてのSO∀RAがリスナーに向けて語りかけるような堂々とした口調で、あおいの胸に響いた。あおいは思わず背筋を伸ばし、大きく頷いた。
「はい!」
SOARAは微笑みながら続けた。
「まずは、健康的な生活をするところからだ。運動もして体力をつけよう。配信はそれからにしようか、あおい君。」
その提案に、あおいは少し戸惑いつつも頷いた。
「はい…でも、あの…どうして僕の名前を知っているんですか?通話のツールで名前、出てましたか?」
彼が問いかけると、SOARAは少しだけいたずらっぽく笑いながら、軽く肩をすくめた。
「あぁ、僕が好きなあおい君は君しかいないんだ。」
その一人称が「僕」に変わった瞬間、そこにいたのはSOARAではなく、配信者としてのSO∀RAそのものだった。堂々とした言葉の響きに、あおいは驚きながらも耳を傾けた。
「ファンクラブに入ってくれてる幼い女の子のファンはちらほらいたけど、幼い男の子のファンは君一人だった。ずっと覚えてるよ。配信で顔を見た時から、もしかしてと思ってたけど、話を聞いて…あの時の子だってわかったんだ。」
その言葉に、あおいの胸が熱くなる。かつての自分が、画面越しにただ一方的に見ていたSO∀RAが、自分のことを覚えていてくれた。それも、特別な存在として。彼の胸には、少しだけ涙が浮かびそうになるような、温かな感情が広がっていた。




