15.見失う道②
あおいは配信をやめてから、少しずつ夜更かしや惰眠の心地よさに浸るようになっていった。毎晩、夜中までスマホをいじり、深夜の動画やSNSをぼんやりと眺め、気づけば真夜中を過ぎている。それでも、「明日はどうにかなる」と自分に言い聞かせ、布団に潜り込む。布団に入ってからも眠るまでの間、なんとなく過去の配信を思い出し、リスナーのコメントや応援の言葉が頭をよぎることがあったが、すぐにその気持ちをかき消すように、画面を眺め続けた。
翌朝、目覚まし時計が鳴るが、あおいはその音を止めると、また布団に潜り込む。「あと5分だけ…」と二度寝を繰り返し、気がつけば時計の針は出勤の時間をとっくに過ぎている。慌てて服を着替え、最低限の準備だけして飛び出すが、家を出る時にはもう疲れを感じていた。以前なら、朝はきちんと早起きし、配信のための台本を準備したり、体調管理に気を配ったりしていたが、今はそんな心構えもなくなっていた。
職場に着くと、周りからは「また遅刻?」と呆れたような視線が飛んできたが、あおいはそれを気に留めることもなく、ひたすら業務をこなすだけだった。以前のように仕事への意欲も失ってしまい、ただただ時間が過ぎていくのを待っているかのような日々だった。昼休みにも、ぼんやりと外を眺めることが増え、食事も簡単に済ませて、心ここにあらずという状態が続いていた。
夜もまた、惰性でコンビニに寄り、簡単な食事を買って帰る生活が当たり前になっていた。配信をしていた頃はリスナーのために体調管理に気を配り、自分を律していたが、今ではその気持ちもどこかに消えていた。冷えたコンビニ弁当やスナック菓子をかじりながら、なんとなくスマホをいじるだけの時間が増えていく。「まぁ、これでいいか」と自分に言い聞かせるたびに、ほんの少し後ろめたい気持ちが心に浮かぶが、深く考えることもなくその生活に流されていった。
休日の昼下がり、母が「あおい、ご飯できてるわよ」と声をかけてくれても、あおいは布団の中で「うん」と返事をしながら、起き上がる気になれなかった。お腹が空いたとしても、わざわざ食卓に行くのが面倒に感じ、簡単なインスタント食品で済ませることが増えた。母の手料理を久しく食べておらず、部屋の中には空き袋やスナック菓子のパッケージが増えていった。
次第に体調にも少しずつ変化が現れる。朝起きた時の体の重さが増し、肌の調子も悪くなり、以前はすぐに感じなかった疲れが、一日中まとわりついているように思える。しかし、あおいはそのことに気づきながらも、どこか「まぁ大丈夫だろう」と考えていた。
リスナーに喜んでもらうため、配信で最高の自分を見せようと心がけていた日々はもう遠い過去のことに感じていた。今はただ、なんとなく日々を過ごし、夜になるとスマホをいじり、昼近くまで寝て、時間が過ぎていくのをぼんやりと眺めている。
あおいは、配信をしていた頃に感じていたやりがいが、今ではどれだけ特別だったかを思い知らされていた。あの頃は、配信の準備や話題作り、リスナーとのやりとりが楽しくて仕方がなかった。自分が話したことにリスナーが反応してくれる、その瞬間の高揚感や達成感が今でも少しずつ心に残っていた。だが、今はその楽しさを感じることはなく、日々がただ無為に流れているだけだった。
友人に誘われて出かけても、心から楽しむことができない。かつてなら気軽に楽しめた食事やカラオケも、今は何をしてもどこか空虚で、何を見ても心が動かない。友人が笑い合う場面であおいも笑ってはいるものの、その笑顔はどこか薄く、自分がそこにいるべきなのかさえわからなくなってしまう。満たされないままの気持ちを抱えつつも、どうすればその穴を埋められるのか見当もつかず、焦りも次第に感じなくなっていた。
休日、気まぐれに新しい趣味でも見つけてみようと思い立っていろいろ調べてはみるが、どれも興味がわかない。結局、何も始めることなく、無意味な時間がただ過ぎていくだけ。手につくものがない状態が続き、いつの間にかその「何もしないこと」に慣れてしまい、毎日がぼんやりとした霧の中を歩くような気持ちで過ぎていった。
ある日、久しぶりに配信サイトを開き、懐かしい画面を見つめてみた。画面の中では、今もなお多くの配信者が盛り上がり、楽しそうに視聴者とやりとりをしている。あおいがかつての夢を追い求め、目指していた場所がそこにはあったはずなのに、今はなぜかそれが遠い別世界のように感じられる。
―あの頃の僕がここにいたなんて、本当に信じられないな…―
自分がリスナーに囲まれ、応援されていたあの瞬間がまるで幻だったかのように思えて、心の中がぽっかりと空いたままだった。画面の向こうの配信者たちは、どれも生き生きと自信に満ちて見え、彼らが自分と同じように迷いや悩みを抱えているようには感じられなかった。今の自分は彼らとは無関係で、同じ場所に立っているどころか、画面越しの「観客」にもなれないような気がしてくる。
少しずつ増えていく配信者のリスナー数や、賑わうコメント欄を見つめながら、あおいはぼんやりとした虚しさに囚われた。これまで築き上げてきたものが、ほんの少しの挫折で崩れてしまった自分の弱さが浮き彫りになり、言いようのない自己嫌悪がこみ上げる。
「やっぱり、父さんは正しかったんだ…」
つぶやきながら、かつての自分の選択が頭をよぎる。配信者として生きていくことを目指し、安定した道を選ばずに今の生活を続けることを選んだ自分を、父親はいつも「現実を見ろ」と叱責していた。今になってようやく、その言葉が骨身に染みるようだった。
「僕が…甘かったんだ」
父親の言葉に反発して、自分だけの力で夢を追いかけようと意気込んでいた自分が、ただ無謀で甘い考えだったことに気づき始めていた。自分を信じて努力していた日々が、いまや遠い過去の出来事のように感じられ、苦しくなったあおいは、画面を無気力に閉じた。
その瞬間、かつての目標や夢を持っていた自分は、完全に失われてしまったかのように感じた。配信をやめたあの時から、何もかもが変わってしまった。
画面を閉じたあと、あおいはぼんやりと天井を見上げたまま、心の奥に重く沈む感覚を味わっていた。時間だけが静かに流れていく中、彼の胸には虚しさだけが残っているようだった。
あおいは再びスマホを手に取り、少し前までの日々を振り返る。毎晩、配信の開始ボタンを押す瞬間の高揚感、リスナーたちと過ごす時間の心地よさ、応援やコメントが増えていく喜び──今では、それらすべてがただの思い出になってしまったことに気づかされる。その一つひとつが、どれほど大切で充実した瞬間だったのか、今になってようやく理解した。
「どうしてこんな風になっちゃったんだろう…」
思わず独り言が漏れた。かつての自分は、夢や目標を持って前に進んでいたのに、今の自分はただ空っぽな日常を繰り返しているだけだという思いがあふれてきた。自分にとって何が本当に大切だったのかを見失ってしまったことで、心の中には埋められない穴がぽっかりと空いているように感じる。
「もう一度…戻れるのかな」
心の中で小さな声が囁くが、すぐに頭を横に振り、追い払った。再び夢を追うには、自分にはもう失うものが多すぎる気がして、その一歩を踏み出す勇気がどうしても湧いてこなかった。
あおいはそのままソファに体を沈め、再びスマホを伏せると、深い疲労感に身を任せて目を閉じた。




