1.消えない光を胸に、僕は配信者になる①
真っ暗な会場に、ざわめきと期待が渦巻いていた。ときおり前方の席で携帯の光がぼんやりと浮かんでは消え、観客の小声が波のように耳をかすめる。大勢の観客が開演を待ちながら固唾をのんでいるなかで、ただ一人、少し緊張した面持ちで立っているのは、十歳のあおいだった。
母親にしっかりと手を握られたまま、あおいは見上げるように周りの大人たちを見渡していた。周囲は彼よりずっと背の高い大人の女性ばかり。みなカラフルな服を着て、顔には美しいメイクが施され、ほんのりと香水の香りが漂っている。まるで自分が知らない別世界に足を踏み入れたかのようで、あおいは小さく息をのみ、圧倒されそうな気持ちを抑え込もうとしていた。
「どうしても来たかった」と母親は言ったが、正直あおいには「SO∀RA」のことがよくわかっていなかった。名前を聞くのも初めてだし、ライブに来るのも初めてだ。母が一生懸命に説明してくれたことも、あおいには何か不思議な夢の話のようで、あまりピンとこなかった。
「きっと気に入るわよ」と母が楽しそうに話していたSO∀RAのことを、あおいはまだ実感できていなかったが、母の嬉しそうな顔に押されて「うん」とうなずいてしまっただけだった。
会場の観客たちが、まるで何かの到来を待ち望むように息をひそめ、全員が一斉に舞台に視線を向けている。その空気には、あおいも少しずつ「何かすごいものが始まる」という予感を感じ始めていた。それでも、まだSO∀RAがどんな人なのかも知らず、彼が一体どんな風に人々を魅了するのか想像もつかない。
「SO∀RAって、どんな人なんだろう?」あおいは思わずそう考えた。母の話では「かっこよくて、ユーモアがあって、どこか不思議な人」だというが、それがライブでどう現れるのかは全くわからなかった。会場の片隅で一人、周りの熱狂や期待にまだ馴染めず、少しだけ不安を感じていた。
その時、会場の照明がふっと落ちた。あおいは思わず母の腕にしがみついた。暗闇の中、観客が息をのむ音が重なり、一瞬の沈黙が訪れた。
あおいは、母親がリビングで夢中になって観ていた配信を思い出していた。画面の中に映る「SO∀RA」は、白銀の長い髪を肩にかけ、まるで絵本の中の王子様のような姿だった。それが有名な配信者だと聞かされ、当時のあおいにはただ「きれいな人」という印象しかなかった。彼の姿よりも、むしろ画面に釘付けになる母親の方が不思議に思えたのだ。
「男の人なんだよね?」そうつぶやいたあおいに、母親は笑って「SO∀RAは、ただの人じゃないのよ」と答えたが、その意味はわからなかった。今も、会場に集まった大勢の人々が待ち望む存在がどれほどのものか、まだ掴めていなかった。
突然、嵐のような歓声が会場を包んだ。前方のステージに光がともり、ぼんやりと浮かぶ影がゆっくりと姿を現す。
「おお…」と、あおいは思わず声をもらした。影がはっきりと見えてくるたび、周囲の歓声が高まり、あおいも胸が高鳴るのを感じた。ステージに立つのが「SO∀RA」という人物なのか?
「ねぇ、ママ。あれが…?」とあおいが母に尋ねると、母は微笑みながら「そう、あれがSO∀RAよ」とうなずいた。
その瞬間、ステージ上でSO∀RAの姿が鮮やかなライトに照らされた。
「…すごい…」と、あおいは思わず息を飲んだ。白い髪が柔らかく肩にかかり、長いコートが空気をはらんでふわりと揺れている。彼は会場全体を見回しながら、そこに立っているだけで何百人の視線を集め、全員を黙らせてしまう存在感を放っていた。
「王子様みたい」とあおいは思った。母親が夢中になる理由も、観客が彼の登場を待ちわびる理由も、まだ完全には理解できないが、目の前に立つ彼の圧倒的な存在に引き込まれていく自分がいた。
「ああ、SO∀RA! かっこいい!」
あおいのすぐ後ろから、興奮を抑えきれない女性の声が響き渡り、会場は一気に熱気を帯びた。ステージに立つSO∀RAは、画面越しに見ていた彼とはまるで違い、圧倒的な存在感で輝いていた。背筋をぴんと伸ばし、一瞬一瞬が計算され尽くしたかのような見事なポーズ。ライトに反射する彼の白い髪と衣装は、まるで舞台に魔法をかけるかのように観客を魅了し、その一つひとつの仕草に、あおいは目を奪われ、息をのむように見つめていた。
こんなふうになりたい──心の中でその思いがふつふつと湧き上がる。大勢の視線と声援を一身に集め、この広い空間を支配するように堂々と立つ姿に、あおいは自分にはないものを感じていた。胸の高鳴りを感じながら、手のひらに汗がにじむのがわかった。
そのとき、SO∀RAがそっとマイクを口元に持っていき、「みんな、来てくれてありがとう」と優しい声で語りかけた。静寂に包まれた会場に響くその低く温かな声には、不思議な魔力が宿っていた。あおいは思わず耳を傾け、その言葉がまるで自分の心に直接届くかのような感覚に陥った。まるでSO∀RAが一人ひとりに語りかけているかのように感じられ、会場は一瞬の静寂に包まれた。
数千人が息をのむなか、あおいは初めてSO∀RAがどれだけの人に愛され、どれほどの影響力を持っているのかを実感した。彼はただの「配信者」ではなく、多くの人にとっての特別な存在なのだ。観客たちは彼の登場を心待ちにし、彼の一言一句に耳を傾ける。
「すごいな…」とあおいはぽつりとつぶやいた。ゲームが好きで配信も楽しんでいたが、それが人の心をこれほど動かすものになるとは考えたことがなかった。SO∀RAの存在そのものが、言葉を超えて人々に語りかけているように感じた。彼がここまでの力を持つのは、きっと長い時間と努力を積み重ねたからに違いない、とぼんやりとだが理解した。
SO∀RAが軽く手を挙げ、観客に指を向ける。その動作一つで歓声が再び巻き起こり、さっきまでの静寂が嘘のように会場は熱気で満ち溢れた。あおいはこの光景に、「これが配信者の力なんだ」と心の中で驚嘆していた。
「配信者」というと、家でリラックスしながらゲームをしたり、おしゃべりをしたりする姿が浮かぶかもしれない。けれど、目の前のSO∀RAはそんなイメージとはかけ離れていた。彼は一流のエンターテイナーのように人々を魅了し、そのたたずまいには一切の隙がなかった。観客の感情を一瞬の動きで引き出すその様子は、あおいにとって「ただの配信者」ではなく、まさに「スター」そのものだった。
「かっこいい…」思わずそう感じた自分に驚きながらも、あおいは彼から目が離せなかった。「こんなふうに人を魅了する存在になりたい」──その思いが心の中で膨らんでいくのを感じていた。SO∀RAが観客に向けて微笑むと、それだけで場の空気が一気に和らぎ、まるで彼に操られているかのようだった。
かつて配信で見たSO∀RAの姿とは違い、今、リアルなステージで目の前に立つ彼は、その存在感をさらに強く感じさせた。あおいは自分が将来、配信者として彼のように人々を惹きつける存在になりたいと、胸の中でその思いを強くした。
そのとき、SO∀RAが再び口を開き、柔らかな微笑みを浮かべながら「今日は楽しんでいってね」と声をかけた。その言葉がまるで魔法のように、あおいの心にじんわりと染み込み、観客たちも拍手と歓声でそれに応えた。あおいはその一体感の中で、今度はただの観客ではなく、SO∀RAのようにステージに立つ自分を想像していた。
「いつかこんなふうに…」まだ小さな憧れだったが、胸の中にその想いが確かに芽生えた。それは、自分の中の迷いや不安を打ち消すような、明るい未来の光となり、あおいの心に深く根付いたのだった。




