57話 延長線上のラッキースケベ
リリィとアイリスの修行に見切りをつけ、別荘へと入った俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
そして日が沈んだ頃に目を覚まし、窓の外を見るとリリィとアイリスの姿は無かった。
「もう修行は終わったのか……?」
俺は眠い目を擦りながら風呂場の隣にある脱衣所に設置された洗面台へと向かう。
「顔を洗ってシャキッとしよう……」
そして俺は脱衣所の扉の前に立ち、半目の状態でドアノブを握り扉を開いた。
するとそこには白い桃が二つ並んでいた。
「んあ……?」
俺はそれに気付いたが寝起きという事もあり冷静に判断することが出来ず、足を止めずにそのまま二つの桃に激突してしまった。
「ウゲッ……!」
俺は変な声を上げて尻もちをついた。
そして尻もちによる痛みで、段々と俺の意識が覚醒して行った。
――尻が痛い……。
まぁまぁの勢いで転んじゃったからな……。
ていうか脱衣所にあんな桃あったっけ?
リリィ達が置いたのか?
そもそも白い桃って何だよ?
そして俺はその白い桃を確認するように目線を扉の中へと向けた。
「桃だ……。いや、待て。これって――」
俺がその白い桃の正体に気が付いた刹那。
桃の持ち主である二人が声を発した。
「あんた何してんのよ……!? てか何で入って来てるのよ!?」
「エル、お尻大丈夫……?」
俺がぶつかったのは桃ではなく、リリィとアイリスの尻だった。
その事に気付いた時には既に、アイリスは身体を手で隠し俺を怒鳴りつけ、リリィは前かがみになって座り込んでいる俺に手を伸ばしていた。
そしてどういう訳か、彼女らの大事な部分が髪の毛や謎の光によって俺の目線を遮られていて何も見えなかった。
「え、あぁ、ごめん! 二人が入ってるって気が付かなくて……! 寝起きだったし……」
「そんなの言い訳にならないわ! レディがいる脱衣所に入ってくるなんて信じらんない!」
アイリスは色白の肌を真っ赤にして激怒していた。
「ごめんってば、アイリス。でも扉に鍵はかかってなかったし、気が付かないのも仕方なくない?」
「え!? 私、え? 鍵…………あっ」
アイリスは慌てながらドアノブに着いている鍵を確認した。
そして自分が鍵をかけ忘れていた事に気が付いたのか、更に頬を赤くして目を伏せた。
「それでも! 勝手に入るなんてダメでしょ!? 許せないわっ!」
自らの失態に気が付き恥ずかしがりながらも、もう引っ込みがつかなくなったのか涙目で俺に強い言葉を浴びせた。
得てしてツンデレとは何故かトイレや風呂場の鍵をかけ忘れる傾向にある。
そしてツンデレという属性の延長線上には必ずラッキースケベが存在しているというのが世の理である。
――しかしまさか、自分がこんな王道ラブコメのテンプレ的なラッキースケベに遭遇するとは思いもしなかったな。
ありがとう女神様……。
俺、これからも魔族と人間の争いを止める為に頑張るよ……!
そして俺は差し出されたリリィの手を掴み起き上がった。
「ありがとうリリィ……!」
「いいえ……。それよりエルも一緒にお風呂入る……?」
「え!? いいの!?」
――え!? いいの!?
「言い訳ないでしょバカ! リリィ、あんたも何言ってんのよ!?」
――余計な事を言うなアイリス……!!
漸く……漸く俺にも女神様からの褒美が与えられたというのに……!
邪魔をするなァ!!
「だってエルも一緒に入りたそうだったし……」
――うん、入りたい……!
「ダメに決まってるじゃない! まだ子供とはいえエル君は男! 立派なレディはね、そんな簡単に男に裸は見せないものよ?」
――何を言っている?
俺はもう君の生まれたままの姿を見ているのぞ?
謎の光が邪魔だが……。
「そう……。わかった……。姉様の言う通りにする……。リリィは立派なレディになりたいし……!」
――諦めんなよぉぉぉ……!!!
別に裸を見せたくらいで立派なレディになれないなんてことある訳ないじゃないかァァ!!!
「じゃあそういう事だから。あんたはそこで大人しくしてなさい?」
アイリスはそう吐き捨てると、バンッと脱衣所の扉を勢いよく閉めた。
――あぁ、またしても千載一遇のチャンスを逃してしまった……。
こんな王道ラブコメのテンプレ展開があったとしても、俺は大人になれないというのか……。
そして俺は膝の皿が割れるのではと思う程の勢いで膝から崩れ落ちた。
すると脱衣所の扉が少しだけ開き、アイリスが顔を覗かせた。
「エル様、先程は失礼な物言い失礼しました。でもいくら魔王だからといって覗きはダメですよ?」
――なんだよ!?
期待しちゃったじゃんか!!
そんなの今は求めてねーんだよ!!
同情するなら中に入れてくれよ……。
「……あぁ、わかっておる」
そして俺は感情とは真逆の返答をし、アイリスはそれを聞き扉をそっと閉めた。
俺は打ち付けた膝を優しくさすりながら、一筋の涙を流した。
この涙は膝の痛みからなのか、それとも悔しさによるものなのか、この時の俺にはわからなかった。
◇
その後風呂から上がった二人だったが、アイリスに突然眷属からの通信が入り、今すぐ魔王城へ戻らなければいけなくなったらしく、ホカホカのまま別荘を飛び出して行った。
暫くリリィと他愛もない話をしながらアイリスの帰りを待っていると、何やら浮かない表情を浮かべて彼女は別荘へと戻ってきた。
「姉様……? どうかしたの……?」
「え……!? な、何でもないわ! 大丈夫よ!」
「そう……?」
リリィはとても心配そうな顔でアイリスを見つめていた。
――絶対に何でもない事はないだろ。
どう考えても挙動がおかしい。
魔王城で何があったんだ……?
そして俺は【念話】をアイリスに繋ぎ、事情を聞き出す事にした。
(アイリス、魔王城で一体何があった?)
(エル様……。それが結構面倒な事になっておりまして……)
そしてアイリスは魔王城で何があったのか、全てを俺に話した。
その内容は魔族内で謀反を起こした者がいると騒ぎになっているというものだった。
話を進めていくと、どうやら五芒星の一角ダグラスが旧魔王軍四天王と結託し、俺の首を取ると表明した事が発端らしい。
――勘弁してくれよ……!
ただでさえ暴走する五芒星を止めるのに手一杯なのに、旧魔王軍四天王とかいう、これまた面倒そうなのを引っ張って来るなよ……!!
頼むからお爺達は魔族領で大人しく余生を過ごしててくれ……。
そして本来ならばこういった事は五芒星の誰かが事を収めるらしいのだが、現在アイリスと事の発端になっているダグラス意外の五芒星の面々は領外へ出払っているらしく、結果アイリスが一人でその責務を果たす事になったそうだ。
(もう本当に勘弁して欲しいです……。何で私が爺さん達の面倒を見ないといけないのでしょうか……)
(五芒星の中で手が空いているのは貴様しかおらんのだから仕方あるまいよ)
――ごめんアイリス……!
多分俺がまだ子供のくせに偉そうに魔王を名乗って、人間との争いを止めようとしているからだと思う……。
後は……頼んだ……!!
その後俺はボヤき続けるアイリスを何とか宥めて、その任にあたらせた。
そしてアイリスがこの場を去るという事は即ち、リリィの修行も終わるという事になり俺達はフォルトスへと戻った。
翌日、俺はケシカとランナに事情を説明し、アイリスとスカーレットがいなくてもしっかりと業務に励む事を指示し、その後同じく修行を終えたユーリ達と合流し、次の街へと旅立つのだった――――
◇
その頃、世界各地では次々と知恵なき魔物による人間への被害が頻発し始めていた。
しかし事態はそれだけに留まらず、エルの真意を曲解した五芒星達により、山の麓にある小さな村が壊滅、エルフや妖精、魔女が共存する大森林が炎上、世界に点在する墓地での怪奇現象の多発などが、ほぼ同時期に起こっていた。
そしてエルの首を狙う老輩達の魔の手も迫り、エルと勇者パーティの旅は更に厳しさを増して行く。
果たしてエルはそれらの困難を全て払い除け、悲願である『魔族と人間の争いを止める』事が出来るのであろうか――――
第四章 第二の街ウォルトス編 〜完〜
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