50話 勇者の修行①
俺はユーリに修行をさせようと、街を海とは反対側に出た所にある草原へとやって来た。
「よし、ここなら誰の迷惑にもならんだろう。ユーリ! 今から貴様にやってもらいたい事がある」
「え、何。もしかして俺の修行相手ってエルなの?」
「そうだ。何か不満でもあるのか?」
ユーリはポカンとした表情で俺の顔をじっと見つめた。
暫く沈黙が続いた後、彼は突然大笑いを始めた。
「アッハハハ! いやいや、何で? エルが俺に修行をつけるっておかしいじゃん!」
「何もおかしくない。強い者が弱い者に修行をつけるのは当然だろう?」
「へ……?」
「……え?」
そしてまた暫く沈黙が続いた。
「いやいや、さすがの俺でもエルよりは強いよ!?」
「それはない。それよりユーリ。聖剣を出してみてくれないか?」
「凄くあっさり流されたんだけど!? ……まぁいいや。えっと、なに、聖剣? わかったよ……。でもあれって出すって言うよりかは呼び寄せるって感じなんだよね」
「いや、そんなの知らないし、どっちでも良いわ。早くしてくれ」
「何だよ冷たいなぁー。はいはい、わかったよ。やればいいんでしょやれば……【えくすかりばー】」
俺に軽く流された事が気に入らなかったのか、少し不貞腐れながらユーリは聖剣を発現させた。
しかしその声にはいつもの様な覇気が感じられなかった。
「おいどうした。真面目にやらないか」
「やってるじゃん! ほら! 聖剣だってこのと……おり。ありゃ……?」
俺がやる気のないユーリに注意すると、彼は反論し右手に持った聖剣を見せ付けようとした。
しかしその肝心の聖剣は、その名を冠するにはあまりにみすぼらしく、ふにゃふにゃに折れ曲がった剣だった。
「何だそれは?」
「せ、聖剣のはず……なんだけど……? こんな事になったの初めてだからわかんないよ!?」
「貴様があまりに覇気の無い声で聖剣を呼んだからじゃないのか?」
「えぇー……? そうなの? エクス君……」
――ユーリの聖剣は恐らく勇者固有スキルによるものだと思う。
そしてどうやらユーリが聖剣の名を呼ぶと、異空間に繋がる小さなゲートのようなものが開いて、そこへ手を突っ込んで引き抜くというシステムっぽいんだよな。
うん、見た感じ多分そうだと思う。知らんけど。
で、恐らくその呼ぶ声のトーンとか、その時のユーリの気持ちとかが発現する聖剣に影響していくんだろう。知らんけど。
あとエクス君って何?
聖剣に変な名前付けんなよ。
まったく……俺じゃなきゃ聞き逃しちゃうね。
「はぁ……。とりあえず一旦戻してみたらどうだ? その後、もう一度呼び寄せてみろ」
「う、うん、わかった……。えっと、一旦戻して……もう一回――――【エクスカリバー】」
ユーリは俺の言う通りに聖剣を一度戻し、再度呼び寄せた。
しかしそれでも彼の今の声は、いつもの様な元気で明るいものではなかった。
だからだろうか、二度目の聖剣は先より少しマシにはなったが、まだまだ百パーセントには程遠いものだった。
「んー……ちょっとはマシになったか?」
「んー多分? 少なくともふにゃふにゃではない……かな?」
「そうか。でもこれでハッキリしたな。貴様の聖剣は呼び寄せる時の声のトーンや、その時の貴様の気持ちなんかに影響されるのだろう」
「はぇー。なるほど……! エルは凄いね、そんな事がわかって!」
――はぇー。じゃねぇよ!
凄いね! じゃねぇよ!!
俺、もしかして馬鹿にされてるのか?
今のでだいたいわかるだろ普通。
まぁでもその時のテンションで、聖剣の強度が変わる事を知れただけでもコイツにとっては進歩だろう。
でもそうなってくると他のパターンも見てみたいな……。
ユーリを一回怒らせてみるか?
でもどうやって怒らせる?
ユーリはアホだし何を言っても怒らなそうだけど……まぁやれるだけやってみるか。
「おい、ユーリ! 貴様の母ちゃんでーべーそー」
「ん? 今の何? 俺の母さんはでべそじゃないぞ?」
――知ってるわ!
あ、いや、知らんけど。
ていうかまぁこのくらいじゃ怒らないか。
でもやっぱり家族、特に母ちゃんを馬鹿にされるのは嫌だと思うんだよな。俺もそうだし。
これを続けていけばもしかしたら、もしかするんじゃないか?
それじゃあ次は――
「でも本当に貴様はアホだよな。貴様を産んだ母親もさぞかしアホなんだろうな?」
「俺の母さんはアホじゃない!! 俺が知らない事を沢山知ってるんだぞ!!」
――そりゃそうだろ!
ユーリよりアホな人間なんてそうそういないだろうし、大概の人間がお前より物を知ってるわ!
……でも今のは少しくらったんじゃないか!?
さっきより声が大きくなったし、あと一押しってところか?
「貴様の母ちゃん――」
「――さっきからどうしたんだ、エル? 母ちゃん母ちゃんって。もしかしてお母さんに会いたくなったのか?」
俺が再度ユーリの母親をいじろうとすると、彼は突然口を開き、心配そうな表情で俺に見当違いな事を言った。
――何を言っているんだ?
俺はこの世界での母ちゃんの事はサキュバスだって事くらいしか知らない。
それに前世での母ちゃんも俺が若い時に亡くなって以降、思い出す事もあまりなかった。
だから俺は母ちゃんに……って。
「今は俺の母ちゃんの話はどうでもいいだろうが!!?」
「えぇ!? 何で急に怒るのさ!?」
エルを怒らせようとしていたのに、気が付けば俺が怒ってしまっていた。
やはりアホを相手にするのは疲れる。
ユーリを怒らせるのはもう辞めよう。
時間と労力の無駄だ……。
その内、魔族の配下がまた何かやらかしてそれを見たらユーリもさすがに怒るだろ。
怒った時の聖剣はその時見ればいいや。
「はぁ……。もう良い。じゃあ次はその聖剣を、敵に攻撃するつもりで思いっきり振ってみろ」
「え? ここに敵なんていないぞ?」
俺がため息混じりに次の指導へと移ると、これまたユーリのアホが炸裂した。
「はぁ……。わかっているわそんな事! つもりでと言っただろうが、つもりでと!!」
「あ、あぁ! そういう事ね! おし、任せて! よーし……。えいっ!」
そして俺はこめかみを押さえながら再度ため息をついた。
するとユーリはようやく言葉の意味を理解したのか剣を左右にぶるぶると振り始めた。
「貴様……。それは本気でやっているのか?」
「え? 何がー?」
「その聖剣を左右に振っているのは本気なのかと聞いているのだ」
「え、本気のつもりだけど、まだ足りなかった? よし、じゃあもっと……! おりゃあーー!!!」
そしてユーリは俺の問い掛けに答えたつもりで、聖剣を左右に振る速度を上げてみせた。
「どう? どう!? 速くなった!? これ以上は無理だよ!? 腕がちぎれちゃうからね!?」
「はぁ……。じゃあもういっその事ちぎれたらいいのではないか?」
「え!? 駄目だよ!? 何でそんなこと言うのさ?」
俺がそう言うとユーリは聖剣を左右に振るのを辞めた。
そして俺はそこら辺に落ちていた木の枝を拾い、彼にお手本を見せながら説明を始めた。
「あのなぁ、ユーリ。剣を振るって言うのはな、こうやって……縦に斬ったり、横に斬ったり、斜めに斬ったりとか。下から上に斬りあげたり、上から下に斬りおろしたりすることを言うのだ。わかるか?」
「あ、そういう事ね! それが剣を振るって事ね! わかったよ! それならそうと早く言ってくれればいいのに」
「だから最初からそう言っているだろうが……」
俺の説明を聞き終わると理解したのか、ユーリは生意気な事を口にした。
俺はこのアホ勇者に修行をつけることを決めた事に後悔し始めてるのでいた。




