34話 シギサという魔人
「「いつまで寝てんの! 早くこの子供をやっつけなさい!!」」
ケシカとランナの叫びに反応し、床に倒れて眠っていた若い男が目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。
「ん……。お呼びでしょうか……?」
「「お呼びなの! 早くそこのちびっこいの倒して!!」」
――ん……?
今このロリショタは俺の事をちびっこいのと言ったか?
俺は魔王だぞ? 中身は四〇歳だぞ? なめんなよ……?
「うーん……。まだ起きたてで頭が良く働きません……」
男の魔人はフラフラとよろけながら半目を開けた状態で部屋の中を歩き回っている。
「「何やってるの! 早く起きなよ!!」」
ケシカとランナは懸命にその男魔人を起こそうと呼び掛けるが、あまり効果は無さそうだった。
――はぁ……。仕方ないな。
コイツが誰なのかわからないんじゃ、俺もどうしていいかわからないしな。
「――――【瞬足】! さて、ちょっと失礼するぞ?」
俺はそう言いながら言霊の能力【瞬足】を使い、未だ寝ぼけている男魔人の懐へ潜り込んだ。
「ん、ん……? 何ですか、君は……?」
「あ、俺? 俺は魔王だ。――――【魔王パンチ 二〇パーセント】!」
「うっ……ぐふっ……!」
俺は男魔人の溝落ちに【魔王パンチ】をお見舞いしてやった。すると男魔人は自らの腹を押さえ呻き声を上げた。
――説明しよう!
【魔王パンチ】とは、言霊の能力で発現させられる技の一つで、その名の通り俺が思い描いた数値の威力で相手を殴る事が出来るのだ!
実在する物や効果以外を発現させる事が出来ると知ったのはこの技が初めてだった。
因みにこれに類する技は【壁に耳あり障子に目あり】などがある。
――いやー、うん。やっぱり目覚めが悪い時は溝落ちにグーパンチだよなぁ。
俺も学生時代はよく母ちゃんに殴られて起こされたっけ。
それで起こされた日の目覚めは最悪だったけどな……。
すると俺の渾身の【魔王パンチ】の甲斐あってか、男魔人は完全に目を覚ましたようだった。
「い……いきなり殴るなんて酷いですね。痛いじゃないですか」
起き抜けに何を言い出すかと思えば、男が発した言葉は泣き言だった。
「それ程痛くないだろう? たかが子供のパンチだぞ?」
「それでもです。寝起きを襲うなんて反則ですよ?」
「すまんな。そこのロリショタが貴様の寝ぼけた姿に苛立っているようだったのでな」
「ふっ。そうですか。まぁ良いでしょう。それよりも困りますねぇ。勝手に出歩いてもらっては。先程私は、あちらの部屋でお待ちになっていて下さいとお伝えしたはずですが?」
「……はぁ?」
――コイツは何を言っているんだ?
さっきあっちの部屋にいたのは俺とスカーレットとシギサだけのはずだが……?
そのシギサはこっちに来て殺されて――――ってあれ……?
シギサの死体はどこだ……?
シギサがこの部屋で殺されたのなら彼の死体がどこかにあるはずだろ!?
それなのにこの部屋にはソレがない……!
「お、おい! そこのロリショタ!」
「「ロ、ロリショタ!?」」
「シギサの死体はどこへやった!?」
「「何言ってるのー? ちびっこー」」
「だから……。さっきこの部屋で人間の男が殺されたはずだ! その死体は何処へやったのかと聞いている!」
「「だから、何言ってるのって。そこにいるじゃん。シギサなら」」
そう言うとケシカとランナは俺の目の前にいる男を指さした。すると男は俺に向かって大きく首を縦に振ると、おもむろに口を開いた。
「そうです。私がシギ……ぐふぅ!?」
「【魔王パンチ 八〇パーセント】! ったく……貴様は黙っておれ。今は大事な話をしているのだ」
男は何やらドヤ顔で話し始めたが、俺は大事な話の途中だった事もあり、ついまた溝落ちに【魔王パンチ】をくらわせ、吹っ飛ばしてしまった。
加えてこの時俺は、数値の設定を誤り、割と強めに殴ってしまったのは言うまでもない。
そして俺は再度ケシカとランナに向き直り、話を戻した。
「すまない。邪魔が入った。それよりも貴様らは何を言っているんだ? こんな時におふざけはよすんだ。コイツがシギサなはずがないだろう!? シギサは人間だぞ!?」
「「だーかーらー!! 今ちびっこが殴り飛ばしたその魔人が、シギサなんだってば!! 人間のシギサが、アイリス様のお力で魔人になったの!! ほんっとに察しが悪いなぁー!」」
俺はケシカとランナの言葉に驚愕した。
――人間を魔人に変えるだと……!?
まさかそんな事が……?
いや、でも確かスカーレットが、吸血鬼のアイリスは自らの血を与えて眷属を増やすとか言ってたっけ。
もしかしてそれの事か……?
シギサが死に、アイリスが現れ、その死体に血を与え眷属として魔人に変えた。
つまりはそういう事か?
確かにそれなら全てのレーダーの反応に合点がいく。
俺は先程殴り飛ばしてしまった男の元へ向かい、倒れている奴の胸ぐらを掴んで引き上げた。
「おい、貴様! 貴様は本当にシギサなのか!?」
「だ、だからそうだとさっき言おうとしたでしょう……? それなのにあなたは突然……ぐっ……!」
「それはすまない。貴様のドヤ顔があまりにも……アレだったものでな」
俺はそう言いシギサから手を離した。
するとシギサはゆっくりと立ち上がる。、
「アレとは何ですか、アレとは。……それよりも、あなた。私が突然魔人になった事が信じられないといった顔をされていますね?」
「……あぁ。何故人間だった貴様が魔人になろうと思ったんだ?」
「ふっ。何だ、そんな事ですか……。では話してあげますよ。私が魔人になろうと思ったきっかけをね」
そしてシギサはそう言うと俺に昔話を始めた。
「あれは私が二〇歳になった頃でした。そうですね。その日はとても暑い日で――――」
「おい……。おい!」
俺はシギサの話の導入がまるでアニメで言う所の一話を丸々使った回想シーンにでもなりそうな気がして話を止めた。
「何ですか、人がせっかく昔話をしているのに!?」
「その話は長いのか? それとその、暑い日とか云々は別に必要ないだろう?」
「あのね、僕ちゃん。話には順序というものがありましてですね」
「誰が僕ちゃんだ。それより、もっと話を簡潔にまとめて話せ。んー、そうだな。五〇字だ。五〇字でまとめろ」
「ご、五〇字ですか!?」
「元商人なんだろう? 言葉を扱うプロなのだろう? ならばそれくらいしてみせろ」
「ふ、ふん。わかりましたよ……!」
(何なんだ、この偉そうな子供は!? 魔人になった私が怖くないのか!?)
そしてシギサは暫く考え込み、時折指で字数を数えながら話の構成を練っていた。
その時俺は「あー。この時間があれば普通に話させてもよかったなぁ」と少し思ったりもしていた。
「よし。これなら……!」
「お? 出来たのか? なら説明してみせよ」
俺はようやく出来たというシギサの話を、腕を組み聞く体勢に入った。
するとシギサはコホンと一つ咳払いをして話を始めた。
「私が二〇歳の頃。私は必死に毎日働いていました。そんな時とある事件が起こったのです。それはどる…………ガバァ……!!」
「【魔王パンチ 一〇パーセント】!!」
俺は設定した文字数をオーバーしたシギサの溝落ちに再度【魔王パンチ】をお見舞した。
するとシギサは腹を押えて膝をついた。
「ぐっ……。あなたね……! 回想中は誰も動かないというのがお約束でしょうが!?」
「いや回想も何も、貴様は人間だった頃から詐欺を働く悪人だったと思い出してな。そんな者に与える慈悲も時間も無いだろう?」
「ぐっ……何と非道な……! あなたは魔王か何かですか!?」
「ん? そうだが?」
「え……。はい……?」
俺が魔王だと再度告げると、シギサは顔を引き攣らせていた。
そして暫くの間、二人の間に沈黙が流れた。
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