99話 必要不可欠な存在
一方、エルとロクサーヌの邂逅より少し前。エルが立ち入り審査を通過できず、辺りを彷徨っている頃。
一足先にジャペンへと足を踏み入れた五人はというと――――
「エルきゅん遅いわね……。何かあったのかしら……?」
「いえ、そんなはずはありません。私が列を抜けたそばから審査は始まっていましたし、門には沢山の監視の目がありますから、そうそう問題は起きないかと思いますよ」
(それにエル様は何者かに襲われて、黙って屈するような方ではありませんし……。大丈夫ですよね、エル様……?)
エルの身を案じ、心配そうに固く閉ざされた門を見つめるセリーヌ。それに対し、淡々と言葉を並べるスカーレットだったが、内心は彼女と同様にエルの身を案じていた。
「じゃあいつの間にか入ってきてて、街で迷子になってるんじゃない……?」
「それはないよリリィ。この門の扉は固く閉ざさていて決して開く事はない。開くのは僕達が通ってきたあの小さな入口だけ。それにオイラはずっとその入口を見てたから見落とすなんてことは無いと思う」
リリィの言葉にボンズは門に設置されている小さな扉を指差しながら、反対意見を述べた。ボンズは自分の言葉に余程の自信があったのか、いつにもなく堂々と話していた――――が、リリィは否定された事が悔しかったのか、彼の腹に杖で軽い打撃を与えた。
「てことはつまり……。エルってば、立ち入り審査、落ちたのか?」
ユーリは皆が薄々は勘づいていた事を、空気も読まずにあっけらかんとした表情で口にした。それにより、場の空気は凍り付いてしまう。それと同時に、ボンズが言っていた入口から、エルではない人々が次々と街へ入って来ていた。
「そ、そんなはずないわっ……! エルきゅんはあなたとは違うのよ、ユーリ!?」
「そうです。"偶然"、得意な料理の問題が出て、"奇跡的に"審査を通過したユーリとエル様とでは、頭の出来が違います……!」
「二人とも酷いなぁ……。俺だって審査を通過したんだから、もう少し褒めてくれたっていいじゃんかー」
パーティーのお姉様二人から辛辣な言葉を浴びせられたユーリはひどく項垂れていた。そんな彼の頭をリリィは優しく撫で始める。
「可哀想に……。ユーリはちょっと頭が悪いだけだよね」
「それ慰めになってないよ、リリィ……」
リリィの追撃にすかさずツッコミを入れるボンズ。そして更に項垂れるユーリと、門を見つめソワソワと落ち着きが無いスカーレットとセリーヌ。
しかし待てど暮らせどエルが街に入ってくる事はなく、一行は途方に暮れていた。
◇
暫くエルを待ち続けた勇者パーティとスカーレットだったが、日が沈んで来た事でかなりの時間が経った事に気が付いた。
そして痺れを切らしたセリーヌは、門にある小さい扉を叩いた。すると門の外から門番の男が顔を出した。
「はいはい、何ですか……ってさっきの勇者一行じゃないですか!? どうされましたか?」
「どうされましたかじゃないわよ……! 私達の後ろにいた可愛い男の子はどうしたのよ!?」
セリーヌは語気を強くして門番の男に詰め寄った。すると男は残念そうな表情で口を開いた。
「あぁ……。あの子なら、あまりにも常識が欠落していたので、審査を通過出来ませんでした」
「なっ……!?」
男から発せられた衝撃の事実にスカーレットは言葉を失う。そしてセリーヌは口を大きく開けて呆然と立ち尽くしていた。
「そんなっ……!? じゃあエルは……その男の子はどうしたんですか!? まさかその辺に捨ておいたのではないでしょうね!?」
すると次にボンズが、物凄い剣幕で男に詰め寄る。しかし肝心な所で気が弱いのか、しっかりと敬語を貫いていた。
「えぇ……。その子に関しては、残念ですがお引き取り頂きました。立ち入りを許可出来ないと伝えたところ、彼はトボトボとどこかへ歩いて行きました」
「どこかへって……。そんな適当な話があるか……!! 相手は子供だろ!? ちゃんとその後を確認しなよ!? あんたは大人だろうが……!!」
すると男の無責任な言い分に腹を立てたのか、誰も見た事も聞いた事もないような表情と声色で、怒りをぶつけるユーリ。いつもおっとりとした優しい彼からは想像もつかない程に怒り心頭であった。
「ゆ、ユーリ……。この人も仕事だったんだと思うよ。それにエルなら一人でも大丈夫だと、リリィは思うよ……」
そんなユーリの服の裾を軽く摘み、引っ張りながら声を掛けるリリィは、冷静に状況を理解していた。
「とにかく……エル様は、そこにはおられない……そういう事ですね?」
「えぇそうです。今日の船はもうありませんし、恐らくは街周辺を歩いているとは思いますが……」
「なら、探しに行くわよ……!!」
スカーレットが男にエルの所在を確認すると、セリーヌは気を持ち直し、そう提案する――――が……。
「申し訳ないのですが、今日の出入りはもう出来ません」
「はぁ……? 何でなんだ!? エルが一人ぼっちで外にいるんだぞ……!?」
「お、落ち着いてくださいユーリさん……!! 気持ちはわかりますが、今のユーリさんは、勇者としての振る舞いではありませんよ……!」
「すみません、規則なので……。船の往来が無くなるこの時間からは一切の出入りが出来なくなるのです……」
我を失ったユーリは、街の規則という理由から彼らの出入りを拒む男に更に突っかかる。ボンズはそれを力づくで制止し、彼の行動を諭すように言葉を掛けた。
すると落ち着きを取り戻し、我に返ったユーリは大きく息を吐き口を開く。
「はぁ……。わかったよ……。とにかくエルはここにはいない。それに街に入っても来られないし、俺達も外に出られない。そういう事だね……?」
「はい、残念ですが……」
「そう……。わかった……。みんな、とりあえずここを離れよう。いくら待ってもエルはここから入って来ない……」
ユーリは男に軽く頭を下げると、身体を反転させ街の中心部へと歩き始めた。彼の言葉を聞き、皆は黙って後を追う。
セリーヌは呆然と俯き、スカーレットは胸を抑え苦しそうな表情を浮かべ、リリィとボンズは男に謝罪をしてから小走りで皆を追いかけた。
◇
(さっきの人には悪いけど、子供一人を外に放っておくなんてどうかしてるよ……! エル……大丈夫かな……? お腹空かせたりしてなきゃいいけど……)
(このアホが通過したのに、エルきゅんが審査を通過出来なかったなんて何かの間違いよ、きっと……! でもさっきのユーリには少し同情するわ……。彼が言ってなかったら、私が噛み付いていたかもしれないもの……)
(みんな何も話そうとしない……。リリィはこんな時、どうすればいいのかな……。やっぱりこのパーティーにはエルがいなきゃダメだよ。早く来てよ……エル……)
(オイラ……ユーリさんに酷い事言っちゃったかな……。でもでも……! さっきのユーリさんは勇者としてはやっちゃいけない行動だとオイラは思った……! きっとエル君でも叱ってたよね……?)
(はぁ……。エル様と離れ離れになるなんて、エル様が家出した時以来だわ……。しかもお世話係である私が寸前まで傍にいながらこんな事に……。何故、私はエル様の後に列に並ばなかったのかしら……。反省すべきね……。あぁ……エル様……会いたいです……)
暫くの間、誰も話そうとはせず、それぞれが思い思いに考えを巡らせながら宛もなく歩き続けた。それだけ皆にとってエルは必要不可欠な存在になっていたという事だった。
そして気が付けば、日は完全に沈み街の提灯には火が灯り始めた。
そして街の賑わいと対照的に、沈み切った空気を纏い歩き続ける一行の、静寂を打ち破ったのはやはり勇者であるユーリだった。
「灯り……。もう夜か……。そういえばエル、ここの米が食べたいって言ってたな。買っておいてあげるか……」
するとユーリに続いて、セリーヌも口を開いた。
「そうね……。きっとエルきゅんも喜ぶわ……」
「うん。あと魚もつけてあげると、もっと喜ぶとリリィは思う」
「それはリリィが魚を食べたいだけだよね……?」
そんな二人に続いて、リリィとボンズも口を開く。そしてボンズのツッコミによって、一行に少しだけ笑みがこぼれた。
「ははっ……。――――あーあ……! いつまでもこんな暗い顔してたら駄目だよな! よし、みんな! エルの為に米と魚を買って、作戦会議を始めよう!」
そして漸く元気を取り戻したユーリは、皆にそう伝えた。他の面々もその言葉に頷いた。
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