97話 ロクサーヌの夢
ロクサーヌは立派な現代ギャルへと変貌を遂げた。それは見た目だけではなく、扱う言語にまで影響を及ぼしてしまった。
「なんか僕ちん、ヘラってる感じだけど、大丈夫そ? もし無理そーなら、どっか適当なとこでタピる?」
「…………ヘラってるのはロクサーヌの話し方のせいだし、そもそもタピオカはこの世界には無い。それよりそのギャル語。よっぽど気に入ったみたいだな……」
「うん! マジどちゃくそアガるー! てか僕ちん、マジ秒であーしをギャルにしてくれたし、染髪料? とかいうの出してくれたあの魔法も、ガチレベチだったわぁ」
飲み込みが早いのか何なのか、ロクサーヌは教えた現代の言葉を巧みに扱い、流暢に会話を繰り広げる。
教えた俺自身にも責任はあるが、まさかここまでモンスター化するとは思ってもみなかった。
「やっばい。とりま生まれ変わったあーしを早く誰かに見てもらいたいし、外行く?」
「行かない。ていうか俺もさっき気が付いたけど、外はもう夜だぞ?」
「マ!? あーし夜好きなんだよねー。マジ、チルいよねー」
ロクサーヌと出会った時はまだ昼くらいだったように思うが、彼女に色々と教えているうちに、気が付けば夜になっていた。加えてこのマイペース。正にギャルそのものである。
そしてチルいとは落ち着くという意味だ。
「うん、まぁそうだな。気持ちはわかる」
「そーっしょー? てか僕ちん、そろぼち名前教えてくんない? あーしも教えたんだし、別にいいっしょー?」
「あぁ、構わないよ。俺の名は――――エルだ」
「エルっていうんだー! じゃあ今から僕ちんはエルピだねー!」
「はぁ……? 何だよエルピって……!? 普通にエルって呼べばいいじゃないか!」
「ダメだよー! だってエルピは、あーしをギャルにしてくれたんだよー? ギャルは好きな人に"ピ"をつけるんでしょー? だーかーらー、エルピなのっ! いいっしょ?」
長々とよくわからない説明をした後、ロクサーヌは俺の顔を覗き込んではにかんだ。
――くっ……可愛い顔しやがって……。
でも残念な事に、その"ピ"は"人"という意味だ。
好きぴとは好きなピープル。
つまりエルピだと、エルピープルになる。
ほら、わけがわからん……。
「ふんっ。まぁ好きに呼べばいい。それよりロクサーヌ、貴様は何故、ジャペンにいるのだ?」
そして俺は「お遊びはここまでだ」と言わんばかりに、先までの話し方を改め、魔王ムーブで口を開いた。
「えー、どしたの急にー? 何かキャラ違くなーい?」
「この際だからハッキリさせておこうと思ってな」
「ふーん……。そうなんだァ……」
俺の魔王ムーブとエルという名前でピンと来たのだろうか。ロクサーヌは途端に真剣な顔付きに変わり、俺をじっと見つめて来た。
「貴様は俺の事が好きなのだろう? ならば、正直に話せるよな? もう一度聞く。――――どうして貴様はこんな所にいる?」
「それはねぇ………………ぷっ! キャハッ……! キャハハハハハッ! あぁー、もう無理ー! 我慢してたけど、やっぱ笑っちゃうわー!」
「は……?」
俺の魔王ムーブに気圧されたのか、真剣な表情をしていたかに見えたロクサーヌだったが、何故か突然吹き出すように笑い始めた。
「何がおかしい!? そんなに俺のキャラが違うのが面白いか!?」
「いやいや、そうじゃなくってさ……!」
俺の問いに涙を流しながら笑うロクサーヌは、大きく息を吐き、涙を拭くと再度口を開く。
「――――ふぅ……。マジでごめんねー、笑っちゃってー。てかさ、本題だけどエルピって――――魔王様なんでしょ?」
「…………っ!?」
そしてロクサーヌは、俺が自らの正体を明かす前に、俺が魔王だと言い当てた。
――何故、気付かれた……?
俺は言霊の能力で角と目を隠してる。
これは今までどんな魔族と会ってきても、決して暴かれるようなものではなかった。
それなのに何故……?
俺はひどく動揺していた。目も泳ぎまくっていることだろう。だが、ロクサーヌは構わず続ける。
「実は初めからわかってたんだよねー。エルピが魔王様だって事はさー!」
「何故だ!? 何故それがわかった!? 俺は外見を変えているのだぞ!?」
「いやいや、だってあーしリッチーだよ? 魂を扱う能力に長けてんだよ? だから、一目見ただけでエルピが魔王だって事は丸わかりだったんだよねー」
――そういう事か……。
つまり俺は、今までロクサーヌの手のひらの上だったって事か。
「そうか……。なら何故、俺が魔王だと知った上で泳がせていたのだ?」
「いやいや、そんなつもりはなかったんだよー? ただエルピの魂が二つ見えてさ。これじゃあ本当に魔王様かわかんなかったから、とりま家に呼んだってわけ」
「なるほどな。俺は異世界人だから魂が二つあるってことか。そして、俺はまんまと貴様の術中にハマり、自分の事をベラベラと話してしまったというわけか」
「まぁ結果的にはねー。んでー、エルピの名前とその話し方で、あぁこれ決まりだわーってなったんだよねー」
――なんたる失態……。
これは……この世界に魔王として転生して来て初めての敗北だな……。
まさか、こんな事になるなんて予想もしていなかった。
「ねぇ、そんなに病まないでよー。別にあーしはエルピが魔王だからってどーもしないよー?」
「そうか。それは助かるな。で? 貴様はジャペンをどうするつもりだ?」
「うーん……。エルピ、何を聞いても怒んない……?」
「さて、それはどうかな。貴様が俺を怒らせるような事を言えば怒るもしれんな」
俺がそう言うと、ロクサーヌはうつむき加減でチラチラと俺の顔色を伺った。そして腹を括ったのか、ゆっくりと口を開き、話を始めた。
「ママはさ、楽しいことが大好きだったんだよ」
「ん……? 何の話だ?」
「いいから聞いてっ……。でね、あーしはママが大好きじゃん? だからあーしもママみたいに楽しいことを沢山したいって思うんだよ。でもさ……。あーしは死んで、魔族になっちゃったわけじゃん? これまで通り、人間と楽しく暮らすなんて、出来るわけなかったんだよねっ……」
涙を零しながらも微笑むロクサーヌの話は、一見俺の質問とは何の関係もないような事だったが、俺はひとまず彼女の話を黙って聞いた。
「だからあーし、頑張ったんだよ? 魔法の練習して、リッチーになって、強くなって。遂には五芒星の一員にまでなれた。それもこれも全部、夢を叶えるためだったんだー」
「ロクサーヌの……夢……?」
「うんっ……。あーしの夢。それは人間とか魔族とか、どんな種族かなんて関係なく、みんなが笑って楽しく暮らせる世界にする事なんだよねっ……」
「…………。」
――まさかロクサーヌがそんな夢を持っていたなんて……。
俺はロクサーヌの夢を聞き、絶句した。その夢の内容は俺が目指す世界そのものだったからだ。
「でもあーしの夢はさ、魔族の中では有り得ないことでさ。だって、先代……エルピのパパから続く真意とは真逆じゃん? どれだけ言葉を尽くしても、誰もわかってくんなかった。――――だからあーしは、一人でやる事にしたんだっ」
「何をだ……?」
「――――"世界征服"……」
ロクサーヌから飛び出した言葉に俺は戸惑いを隠せないでいた。人間と魔族が共に笑って暮らせる世界を目指す彼女が、何故そんな答えに行き着いてしまったのか。
だが、ロクサーヌが発した"世界征服"という言葉に秘められた想いや真意は、言葉通りの意味とは全く異なるものだった。
「あーしが、楽しいことで世界を埋めつくしちゃえば、みんな幸せハッピーになれるはずじゃん?」
「ん……?」
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