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ワイヤレスでも近付きたい!

作者: シト

 一花架音いちはなかのんは、高校1年生である。


 今日も今日とて、ツインテールを結び、学校へと歩く日々。ひょこひょこと小さい体を動かしつつ、沢山の人の間を抜ける。

 友達は多い方だと自負はしてるし、事実として充実はしていると思っている。


 ただ、物足りないことが一つ。


(誰かと、特に男子とワイヤ付きイヤホンを共有したい!)


 架音はそう思った。



 彼女には、一つの憧れがあった。

 それは、いつか好きな人とあの紐で繋がっているイヤホンを二人で一個ずつ使い、頭を預け合うあの光景を自分自身にすることだった。


 きっかけは、昔読んだ少女漫画だった。

 好き合った男女が放課後の教室で、並んで座ってイヤホンを共有する。

 その光景が、同時小学生の架音には輝いて見えた。

 その時は今ほどワイヤレスイヤホンは普及しておらず、まだまだ普通の紐付きが主流だった。

 今ではすっかり見かけなくなっている。


 だが、架音は諦めきれなかった。

 理由は――――


(だって、好きな人とあのゼロ距離で合法的に一緒にいられるの最高じゃん!)


 ということだった。


 問題は、好きな人がいないことと、普通のイヤホンを使っている人がいないことだった。


 見事なダブルパンチに、最近は諦め気味の架音だった。


「おはよ、架音」

「あ、おはよう。めぐち」


 架音は挨拶をしてきた一人の友達に、返事をした。

 彼女は渚芽虹なぎさめぐ。ショートカットがよく似合うバスケ少女だった。


「どうしたの、そんな変な顔して」

「変な顔じゃない! 別に〜」

「さては、紐ありのイヤホンつけてる人探してたな?」

「……違うもん」


 芽虹はしたり顔で問いかける。架音は頬を膨らませてそっぽを向くことで返答したが、クックックと笑われるだけで、否定の意味には取られなかった。

 むしろやられたような気がした。


「こら、架音をからかわないの」

「ハルちゃん!」

「えっと……誰だったかしら?」

「いや、今さっき名前呼んだのに?!」

「ふふ……ごめんなさい」


 後ろから声をかけられ、二人は振り返った。そこには眼鏡を掛けたいかにも文学少女といった出で立ちの女子がいた。

 彼女は、椛春霞もみじはるか。別に部活には所属していないが、文化系の部活には色々と顔を出している人だった。


「ひどいよぉ……二人共。私だけからかわれる……」

「だって、なんかからかいたくなる顔なんだもん」

「それに関しては、しょうがないわね」


 肩を下げた架音に、追い討ちをかけるように芽虹と春霞は笑いながらそう言った。


 架音は肩にかけていたカバンの紐がずり落ちたのを感じた。


「え〜! ひどい!」

「「あははは」」


 架音の怒った仕草に、二人は逃げるように走り出していた。


 教室に入ると、ほとんどクラスメイトは来ていて、軽く挨拶をしながら自分の席につく。

 ふと、斜め後ろを見ると、ワイヤレスイヤホンを付けたままで机に突っ伏しているクラスメイトの姿があった。

 彼の名前は、兎耳山隼天とみやまはやて


 一度自己紹介で名前を聞いて以降、話したことはない。自己紹介を聞いただけでは、話したことに入らないが。

 それにしても、いつもイヤホンを付けていることで、架音の興味は深くなった。


(何聞いてるんだろう……?)


 彼女は、イヤホンへの強い憧れから、音楽も聴くようになり、最近は勉強のおともに音楽をイヤホンで聞いていた。


 先生が現れて、席につくように促した。

 今日も学校が始まる。





   ◆          ◆





 そんなこんなで学校がおわり、放課後。


 架音は委員会があり、少し遅くなっていた。芽虹も春霞も部活に行っていて、放課後は一人だった。


 何をしようかと、一旦教室に戻って考えようと思い、委員会の集まりがあった大会議室から、その足で自分のクラスに向かった。


「う〜ん……一人でどっか行っても面白くないよね……」


 架音はそんな風に腕を組んで独り言ちながら歩いていた。


 教室のドアを開けると、そこには隼天がいた。

 イヤホンを付けてぼーっと座っている。


 窓際の席だからか、外を眺めている。夕方に差し掛かった今の時刻は、茜色の日の光が隼天の顔に当たって、何となく煌めいて見えた。


 隼天は架音がずっと教室のドアを開けて突っ立っているのが気になったのか、イヤホンを外して架音の方を向いた。


「なに? どうしたの? そんなところで突っ立って……」


 隼天は不思議そうな顔で架音を見た。


 架音は何となく恥ずかしく思った。


「い、いや、なんでもないの! ただ、何聞いてるのかなって……」


 架音は高速で両手を振りながら、愛想笑いで誤魔化した。

 少し顔が赤くなっているような気がしたが、日光が当たっていて、上手くカモフラージュになっていそうで安心した。


 隼天はいつもの眠そうな目で、自分の手のイヤホンを見ると、それを片方差し出した。


「聞く?」


 隼天はそう架音に問い掛けた。


「えっと……良いの?」


 架音はゆっくりと近付きながらそう尋ねる。


「うん。俺は好きな音楽、布教したい派だし。これ気に入ってくれると嬉しい」

「じゃ、じゃあ、遠慮なく……」


 隼天はあっさりした様子で、頷いた。架音もそう言われれば、無理に遠慮する必要はなく、好奇心に従ってそのままイヤホンを受け取った。


 イヤホンを受け取って、椅子を近くから持ってきて、隣にに並べる。

 隼天はガタンっ! と大きな音を立てて、椅子ごと引いた。


「……え?」

「あ、ごめん! き、急に近くに来たから……」

「あ、近かった? ごめんね」

「いや、別に良いよ……」


 架音が首を傾げると、隼天は少し顔を赤くしてそう言った。首の後ろを指で触って何となく気まずそうだ。架音が笑って謝ると、隼天も適当にとりなした。


 気を取り直して、二人で並んで座る。


 架音は右耳にイヤホンを付けて、ゆっくりと目を閉じる。イヤホンから流れてきた音楽に、架音は押し流されそうになった。

 あまり聞いたことがない、音の感じだった。


 音の波に流されそうになる体験に、架音の気分は高揚した。目を見開いて、隼天の方を振り向く。


 隼天はしたり顔で笑っていた。

 その笑顔に、一瞬気を取られそうになったが、取り戻して、口から言葉を発した。


「これ! なに?!」

「ははっ! いいでしょ?! 俺も最近知ったんだよ。UnSkiller(アンスキラー)って言って、どっかのバンドらしい。初めて聞いた時、衝撃でさ。誰かに広めたかったんだよね」


 架音の言葉に、隼天は返した。架音にとって、初めて聞く名前のバンドだったが、一瞬で好きになりそうだった。

 何より、隼天のその喋る顔が楽しそうで、そんな顔も初めて見ることが出来たのも嬉しかった。


 いつもは見ることが出来ない、素顔。

 架音の鼓動は少し速かった。


 長い前髪がいつもは顔を隠しているのに、今はセンター分けのように二つに分かれている。すっかりと顔が見えた。

 切れ長の目に、スッと通った鼻筋。

 決して悪くはない顔立ちだ。


 その楽しそうな表情で、何やら架音の口角も上がっていくのだった。


「ねぇ、時々さ、良い曲見つけたって時教えてくれない? 私も最近音楽聴きだしたくらいで、あんまり分からなくて。ただ、兎耳山くんの勧めてくれるものは何か良いような気がするの。ダメかな?」


 架音は何となく、これで繋がりが切れてしまうのが、勿体なく感じて、そう両手を合わせて頼んだ。


「いいぜ。俺も布教したい人が丁度欲しかったんだ。むしろ嬉しいよ」


 隼天のその線の細い体付きからは想像できなかった話し方に、少し驚きつつ、サムズアップして快諾してくれたことは嬉しかった。


「じゃあ、連絡先交換しよ!」

「あぁ、うん」


 二人はスマホを突き合わせて、チャットアプリの連絡先を交換した。


 そして、顔を上げて目が合えば、何となく笑い合う。


「ふふっ! よろしくね、兎耳山くん」

「よろしくな、一花」


 二人はそう言って、お互いの顔を見た。


 耳に付けているイヤホンからは、更にクライマックスでボルテージの上がっていく音楽が流れた。


 二人のテンションは上がった。


 リズムの良い、テンポに二人はテンションが上がった。


 架音が隼天の方を見ると、隼天の顔はすぐ近くにあった。

 椅子をガタッ! と大きな音を立てて引くのは、架音の番だった。


 急に恥ずかしくなり、架音はイヤホンを外して、隼天に手渡す。


「あ、あ、あ…………、ありがとう! あ、私! 用事思い出したから、帰るね! イヤホン貸してくれてありかと〜! またよろしくね!」


 架音は猛ダッシュで教室から出て行った。


 近くで見ると、何故か鼓動が収まってくれなかった。

 熱くなった頬を、手で押さえて冷まそうとする。


(ひ〜! 何で逃げちゃったんだろ?!)


 架音はそんな風に思いながら、廊下を走って行った。



 一方の、隼天は。

 椅子や机がガタガタになっているのを直していた。当たりながら、教室を出て行った彼女は、痣ができていないだろうか、と少し心配だった。


 そして、音楽を聞いた瞬間の輝いた目と、先程の赤くなった顔を思い出して、その場にしゃがみ込んだ。


「ふぅ〜……一花は誰にでもあんな感じだから。それ以上誤解するな。距離が近いんだよ……」


 隼天の顔もまた、茹で上がったように真っ赤だった。


 二人の頬は、沈みかかった夕日でも誤魔化せなかった。


((次、話すのいつだろう……?))


 架音は家路を歩きながら、隼天はイヤホンを付け直して座りながら、そう思った。

何となく思いついたので書いてみました。取り敢えず短編で出してみましたが、予想以上に気に入ってしまったので、連載になるかもしれません。

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