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game  作者: ash
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Ⅴ.自殺

Ⅴ.自殺



自分に何の興味も抱かない母親。彼女の眼には文武両道でかつ愛らしい弟しか映っていなかった。

テストの点数でしか価値を判断しない父親。自分の後継者にふさわしいかどうか、合理的に感情を度外視して家具を品評でもするかのごとく息子を見下ろす独裁者。あの二人は消してもいいと思った。殺害を要求されたとき、そもそもあの時には送り主にはうすうす気づいていたぐらいだから回避する方法はいくらでもあったはずだ。しかし雅嗣はあえて二人を殺害すること選んだ。

でも、俊二は違う。あいつはいつも俺を兄貴と慕い、両親の悪口を言い合える唯一の理解者であったはずだ。対して会話は多くはないし、高校に入ってからは一緒に遊んだりすることはなくなったが小さい頃はいつも何をするのも一緒だった。キャッチボールをしたり、父親に出されたパズルやら暗号やらを一緒に頭を抱えながら解いて手を取り合って喜んだりしていた日々が脳裏をよぎる。

『後戻りはできないの。あなたはもうその道を歩んでしまったのだから。』

須藤からのメールを思い出す。

『パソコンで遺書を作って弟を銃殺して。あとは拳銃をその手に握らせておけば誰が見ても自殺よ。』

もう自分はありきたりの人生のレールから外れ人殺しの道を歩んでしまっている。引き返すことも道から外れることも叶わない。もう進むしかないのだ。


雅嗣は父親が死んだ書斎へと向かった。そこには雅嗣の部屋にある机と酷似した机が部屋の中央奥にあり、両サイドは大量の本で埋め尽くされている。まっすぐに机へと向かうと引き出しを操作した。隠し扉が開くと雅嗣は拳銃を手にする。なぜかこの冷たさを感じると余分な感情が排除されるような感覚に襲われる。両親の命を絶ったこの銃を持つと弟を撃つことへの抵抗感が薄れていくのを雅嗣は感じていた。


あの日玄関で母親の頭部と胸部に2発撃った後、すぐに1階にある書斎に向かった。父親は家にいるときは書斎にいることが大半だった。ドアを開けようとすると父親が銃声を聞いて慌ててドアを開いたので父親が出てくる前に部屋に入った。父親の眼の前には拳銃を手にしたフルヘッドの男がいた。後ずさりする父親に向けて母親と同じように頭部と胸部に1発ずつ。さらにうつぶせで倒れている父親に留めの一発を撃った。そうして目的を果たした拳銃を書斎にある父親の机の中に隠したのだ。凶器は堂々と現場に残されていたのだ。


部屋に戻るとパソコンで遺書をしたためる。そこにはあまり飾りすぎず警官を襲って拳銃を奪ったこと、自分が両親を殺したこと、罪の意識に苛まされ自ら命を絶つ決心をしたことを最後に佐川俊二の名前で綴った。あとは警察に伝えられる前に計画を遂行しなければ。今日の夜にでも実行するしかない。



「兄貴覚えている?小さい頃父さんに出されたパズルとかを一緒に解いたのを。」

俊二も昔のころを思い返しているのだろうか。その日の学校から帰った後荷造りにも飽きた二人は居間でくつろぎながら思い出を語りだした。

「二人で相談しながら一生懸命解いたよね。解けた時には二人で本当に大喜びしながら。」

俊二が何気なく二人分のコーヒーを淹れてくれる。こういった優しさが今は心を締め付ける。

「暗号とかちょっとした計算問題みたいなのもあったな。解くのが面白くなって夢中でやったのを覚えているよ。」

これから殺そうとしている弟と思い出話をしているのがどこか滑稽だが少し心地よい気持ちもした。

「でも実はあれには秘密があったんだよ。」

俊二が雅嗣の眼をしっかり見据えて告げる。

「あれはIQ診断だったんだよ。父さんが兄貴のIQを計るために用意したテストでそれを二人で解いたってわけ。父さんは結果を見て驚いたはずだよ。あまりにいい出来だったからね。」

雅嗣を捉えた眼光は全くそれる気配がない。

「でも父さんは勘違いをしていたんだ。あれは兄貴一人で解いたものだって。だからあの結果は兄貴のIQなんだって。予想以上の息子のIQに父さんは喜んで兄貴にずっと期待していたんだよ。優秀な自分の後継者が育つことを。だから学校の成績がいくら悪くても兄貴を信じていた。いつか大成する日がくるって。そして俺はどんなに学校でいい成績をとっても対して期待なんかされていなかったんだ。」

俊二の声はいつも澄んでいる。だけど今はいつもと少し違った。

「父さんは、佐川嗣は、自分の名前を分けた兄貴だけを、自分と同じ机を買い与えた息子を、温かい目で見守っていたんだよ。」

いつもなら澄み切っていて、耳から入り脳に溶けていくような優しさを含んでいるはずの俊二の声にはかすかに、でも明らかに澱みが混じっていた。

こんな弟を雅嗣は知らなかった。誠実で純粋で何事にも汚されていないかのような弟の心。しかしそこにはずっと前から雅嗣の気付けなかった闇が潜んでいたのだ。

「実際にはあのIQは二人で協力したものだったからどちらが勝っているのかは解らない。そこで俺は一つgameをすることにした。」

俊二はこの世界が崩れてしまうほどの衝撃に満ちた言葉を浴びせてきている。なのに雅嗣の思考は海面に落ちた石のように深く深く沈んでゆく。

「やっと薬が効いてきたみたいだね。」

薬?

声は出そうにも呼吸するだけで精一杯で言葉にならない。さっき出されたコーヒーに薬を盛られていたのか?必死に考えようとしても思考は海底へと引きずられていく。

「兄貴が須藤里佳子だと思ってメールをしていた相手は俺だよ。もちろん拳銃を送りつけたのも。」

何だって?

「兄貴が送り主を須藤だと突き止めることは想定の範囲内だったよ。送り主を当てた兄貴はそこで推測をやめた。その時点で兄貴の負けは決まってたんだよ。」

沈みゆく意識の中で俊二の声が脳内に響く。

「そもそも愛人の存在を教えたのは誰だったのか。なぜあの日に限って俺がうちにいたのか。銃声が聞こえたのに部屋から出ずにいたのはなぜか。情報を持っていながら警察に伝えない目的は?」

全てのピースがはまっていく。

「俺は兄貴にいくつものヒントを出していたのに。兄貴がもし俺が送り主だと気付いたら俺の負けだった。でもこのgameに勝ったのは俺だ。」

もう息をすることも叶わずただ身悶えるしかなかった。

「兄貴は完全犯罪だと自負していたけどバイクや着替えが警察に発見されないとでも思っていたのかい?警察はとっくに兄貴を犯人だと気付いているよ。捕まるのは時間の問題。そこであんたは自ら命を絶つことを選択するんだ。」

俊二を殺し自殺を装うために書いた遺書も全てはこの結末のためか。徐々に弱まる鼓動を感じもはや苦痛すらなくなっていった。光が消え闇が世界を包む。雅嗣を見下ろす俊二の眼は勝ち誇った男の喜びではなく愛おしい時間が過ぎゆく寂しさを含んでいた。


「game over おやすみ。兄貴。」


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