Ⅳ.疑惑
Ⅳ.疑惑
「兄貴起きてる?」
事件から1カ月事件やスキャンダルは毎日のように起こり人々の関心はあっという間に移って行った。そうして予想より早く事件現場となった自宅に帰ることができた。といっても週末には叔父の家に引っ越すことが決まっているので荷造りの最中の段ボールが部屋に積まれている。雅嗣は作業をする気にもなれず机を眺めていると俊二が部屋を訪ねてきた。
「ああ。」
返事をしながらドアを開けるとと俊二が深刻な顔で部屋に入ってきた。
「兄貴、俺警察には話してないんだけど引っかかることがいくつかあるんだ。」
「あの日のことか?」
俊二はあの日以来暗く沈んだ様子であったがここ最近になって前のような明るさを取り戻しつつあった。
「そう。事件からしばらくして冷静になってみて初めて気づいたんだけど、あの日銃声を聞く前に俺インターフォンの音を聞いていない気がするんだ。」
「インターフォン?」
「俺はあのときベッドに横になってはいたけど意識ははっきりしていたんだ。エンジン音が近づいてきてああ誰かうちにきたなぁ。エンジン音がバイクっぽいから宅急便か何かかなぁって思ったんだけど、しばらくしてもインターフォンの音が聞こえないからおかしいなぁって。」
俊二は眉間に拳を当てながら目をつむり必死にあの日のことを思い出しているようだった。雅嗣はただ黙って話を聞いていることしかできなかった。
「そしたら急にバン・バンって何回銃声がして、またエンジン音が遠ざかって行ったんだ。そうだ。まず犯人はバイクに乗ってうちまできたんだよ。」
「まずってことは他にも気付いたことがあるのか?」
雅嗣は上擦りそうになる声を必死に抑えて質問する。
「うん。あとインターフォンが鳴らなかったってことは犯人はうちの鍵を持っていたってことになる。事前に合鍵を作っていたんだよ。」
雅嗣の顔はたき火を前にしたかのように火照っているのに背筋は凍りついたかのように冷たくなった。思い返すと確かにあの日はいつものように自分の鍵で玄関を開けてしまっていた。来客であればインターフォンを押さなければ不自然ではあるが、それを2階で聞いている人間がいるとは想定していなかったので気が回らなかった。
「まだその話は警察にはしていないんだよな。ならまだ言わなくてもいいんじゃないか。」
「どうしてさ?犯人逮捕のきっかけになるかもしれないだろう?合鍵を作れる人物なんてそう多くはないはずだ。」
なんとか俊二を説得し情報が漏れることを避けなくては。
「そうかもしれないが他にも考えられるんじゃないか。たまたま玄関が開いていたのかもしれないし、父さんか母さんがちょうど家を出ようとしていたところだったかもしれない。実際母さんは玄関で死んでいたんだから。」
「ああそっか。そうだったら合鍵はいらないもんね。そこまで考えなかったな。」
「だろう?そんな素人の推理を警察に言う必要なんてないさ。」
俊二が部屋から出て行ったあと雅嗣は長い間水に頭を沈められていたかのように肩で息をし呼吸を整えた。
「俊二が警察に言うまでになんとかしなくては。」
しかし、いくら考えても妙案は浮かんでこない。あまり時間はないはずだ。もしかしたら明日にでも警察に伝えに行くかもしれない。
雅嗣は須藤にメールをした。もし雅嗣が捕まったら罪を軽くするために須藤の名前を出すのではないかと気が気じゃなくなるはずだ。そうならないように協力してくれる可能性はある。
意外にもあっさりと須藤は解決策を提示した。
『道は一つね。弟くんを犯人に仕立てること。そして自殺に見せかけて殺すことね。』
俺が俊二を殺す?




