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game  作者: ash
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Ⅰ 郵便物

プロローグ


「ハァハァ。」

自分の呼吸音と鼓動がこんなにうるさく感じたことはこれが初めてだ。

ここで気付かれたら計画が全て崩れてしまう。目を閉じ息と感情を殺す。

しばらくすると足音が近づいてきた。

「やるしかない。」

目的を果たすためには今日ここでやるしかないのだ。

手に持ったバッドを再び強く握りしめる。

電信柱と看板の陰に隠れているこちらには全く気付くそぶりはない。通り過ぎようとする男の背後に忍び寄ると大きくバッドを宙に振り上げる。

「game start」




Ⅰ.郵便物


「先月やった全国共通模試の結果を返すぞ。出席番号順に取りに来い。」

教卓にいる担任の前にぞろぞろとクラスメイトたちが並び始める。皆口にはしないが結果をかなり気にしている様子が見て取れる。緊張を隠そうと無表情を装う男子や無理にテンションを上げ結果など全く気にしていないと周囲にアピールしている女子もいる。

「次、佐川」

返事もせずぶっきらぼうに用紙を受け取ると席に着いた。結果は見なくてもだいたい分かっている。


「T大学合格判定D」


全国順位も前回を下回っている。雅嗣はすぐに用紙をプリント類が入っているファイルに入れると机の中に突っ込んだ。


「雅んちの弁当はいつも豪勢でいいなぁ。うちなんかこんなんだぜ。」

悠斗は敦に向かい合わせになるように机を動かしながら言った。

「そりゃそうさ。」

ニヤニヤしながら嫌みったらしく敦は雅嗣を見て、分かり切っていることをいちいち説明する。こいつらはいつもそうだ。なにかにつけては社長の息子だからとまくし立てる。そして心の中ではそのおぼっちゃんにテストで勝っていることに優越感を覚え満足しているに違いない。心の中ではうんざりしながらもここでも無表情を装い食事を続ける。

一緒に昼食をとる仲といっても高校三年の秋ともなると単なるクラスメイトではなく受験のライバルという意識が強い。いやむしろ友情のかけらも感じやしない。しかし、皆ライバル視していることを必死に隠し、自分は周りの事なんか気にしてない、仲良い友人関係を続けていると装っているのだ。


「模試の結果どうだった。」

敦が相変わらずのにやけ顔で聞いてきた。相当出来が良かったのだろう。

「そういう敦はどうだったんだよ。」

「俺はまあまあといったところかな。」

敦の表情を見て悠斗も察したらしくそれ以上模試の話題は避けた。だいたいこの時期になると暗黙の了解でテストの結果などの具体的な数値や志望校なんかを口にしなくなる。仲良し三人組を演じながらも深いところには一切踏み込まない相互不干渉条約を自然と締結している。


「そういえば、昨日あった事件知ってるか。」

くちゃくちゃ音を立てながら話す敦の問いに悠斗が食事の手を休めず興味なさそうに答えた。

「ああ。大学生の長男が一家三人を皆殺しにして捕まった事件だろ。たしか動機は小遣いが少ないとかなんとかいってたな。どんな理由だよまったく。なあ雅。」

自分が会話を続けるのが面倒だからといってこちらに話を振るのは辞めてほしい。

「確か俊二が朝そんなことを言っていたけどニュース見たわけじゃないからよく知らない。」

俊二は二歳下の弟で同じ高校に通っている一年生だ。

「ニュースも見といたほうがいいぜ。入試で時事ネタ結構出るからな。」

敦の役に立たない忠告に受け答えすることも煩わしく適当に返事をすると淡々と食事を続ける。

最近こういった殺人だのなんだのといった事件がワイドショーを賑わせている。コメンテイターは昔では考えられない事件だとか今の日本はおかしくなってしまったとか言っているがはたしてそうか?

あんたは100年前の殺人事件についてどこまで知っている?

日本以外の状況をどこまで把握している?

なにを基準に正常と異常を判断している?

ちらっと疑問が浮かぶがすぐに消えていく。正直大して興味がない。今回の事件も日本の一億人以上いる人口が数人減ったに過ぎない。海外で日々起こっているテロや飢餓であれ目の前で事が起こらなければそれはないに等しい。



放課後になると足早に帰り支度を始めた。三年生は部活動を引退しているため帰りが早い。クラスの八割が塾に通い、その他は家庭教師をつけたり、通信教育を受けているから他の学校の連中みたいにだらだらと教室に残ってお喋りしている学生などいない。雅嗣も人の流れに乗り教室を出た。

駅へと向かう途中シャーペンの芯が切れかけていたことを思い出し、学校の正門を出て二、三分歩いた道沿いにあるコンビニに入ると清涼飲料水とシャーペンの芯を買った。


コンビニから十五分かからない程度で駅に着く。学校から駅まではほとんど一本道で駅前の商店街通りを歩くことになる。しかし、商店街といっても店の半分はシャッターが下りており、道行く人もまばらだ。郊外にできた大型ショッピングモールに比べ有料駐車場にいちいち車を停めなければならない不便な駅前の商店街を利用するモノ好きは少ない。

いつもどおり電車に二十分ほど揺られ、自宅から最寄の駅に着いた。雅嗣は駅の構内にある本屋へと立ち寄った。雅嗣はクラスで唯一塾へは通わず、家庭教師もつけず、独自に参考書を買い揃え、一人で勉強していた。そのため、新しい参考書を買うつもりで店に入ったがしばらくして結局何も買わずに店を出た。

雅嗣からしてみれば塾に通っているクラスメイトの気がしれなかった。高校で既に60分の授業を6コマも受けているのに、また塾に行って同じような内容の授業を何時間も受けなければならないのか。そこまでして一体何になるというのだ。そんなことを考えていると参考書を買うことが馬鹿らしくなってきたのだ。

駅を出ると駐輪場へと向かった。雅嗣の家は駅から自転車で十五分ほどの距離にある。いつもよりも更にゆっくり自転車をこぎながら雅嗣は考えていた。

「小学校・中学校・高校と十二年間必死になって勉強して、志望の大学に入ったからといってそれが一体どうだというのだ。」

これはきっと受験生が誰もが抱く疑問であろう。今学んでいる数式や古文・漢文、化学式などが社会に出て何の役に立たないことは今更言うまででもない。それでも将来のためと皆は盲目的に机に向かう。

じゃあその「将来」っていつだ。

いい大学に入っていい企業に入社してサラリーマンになって一日中働き給料を貰う。しかしその給料は生活費や結婚していれば家族のために消費され、先行きが不安な老後のために貯金する。子供を一人大学に入れるためには国公立であれば最低二千万円、私立であれば四千万円必要となる。幸せな将来は一体いつ来るのだ。定年を超えた後か。年寄りになってから金があったからといって何になるんだ。

生活のために一生懸命働いているというが世の中のサラリーマンたちを見ていると「生きる」ために「生きている」だけではないかと感じる。生活のために働いて、ほとんどの時間を仕事に囚われて「生きている意味」はあるのか。

そういえば図書館で手にした「世界名言辞典」という分厚い本を何気なく開いたとき、誰の言葉かは忘れたが目に付いた言葉があった。

「人は泣き叫びながら生まれ

 苦しみながら生き

 絶望して死ぬ。」

まさに今の世の中を言い表している気がして心に残った。


駅を出てしばらくするとビルや照明がギラギラした商店が少なくなり閑静な住宅街に入ってきた。雅嗣の自宅はいわゆる一等地にあり、芸能人や各業界の著名人、企業の社長などの豪邸がひしめいている。

雅嗣にはわざわざ豪邸だらけの中に好き好んで自宅を立てる必要性が全くわからなかった。となりの家よりも敷地が広いとか門が立派だとかどれだけ金がかかっているかを競い合っているのだろうが、実際住んでみてもその金額に見合った生活がおくれるとは到底思えない。となりの住人に比べ金額が勝ったかどうかのために、なぜ働いて稼いだ金を使わなければならないのだ。

小さな小川に架かった橋を渡り、角を曲がると他の近代的な建物の中に一層目を引く洋風の古城を想起させる建物が見えてきた。ドイツかどこかの古城を元に名のあるデザイナーに造らせた物で値もそこそこはっているそうだ。しかし雅嗣にはそれが「勝っている」のかどうかよく分からなかった。仰々しい鉄柵でできた門をくぐり玄関を入ると自分の部屋に直行するつもりだったが丁度父親が家を出るところだったらしく玄関で鉢合わせになってしまった。

「帰ったのか。あいさつぐらいしていったらどうだ。」

玄関に腰を下ろし靴ひもを結びながら顔をあげることすらない。足もとに話しかけているようだ。

「父さんただいま。珍しいですねこの時間に家にいるなんて。」

こちらもそそくさと玄関の隅によけながら答える。父親は大抵帰りは遅く夕方の6時過ぎに家にいることなんてめったにない。

「着替えを取りに戻っただけだよ。そんなことより最近勉強の方はどうなんだ。俊はこの間の模試で全国百位に入ったそうじゃないか。」

企業主催のパーティーだとかお偉いさんの集まる食事会などが毎晩のように出掛ける父親の様子を見ていると昼よりも夜のほうが忙しいぐらいだ。

「そうらしいですね。僕は特に変わりないです。俊二を見習って頑張ろうと思ってます。」

とてもじゃないが模試の結果は見せられない。

「そうだぞ。受験はこれからが本番だからな。」

「分かっています。それじゃあ勉強があるので。」

そういって部屋に行こうと階段を昇りかけた所で今度は母親に呼び止められた。

「そういえば雅宛てに小包みが届いていたから机の上に載せておいたわ。」

母親の言葉に苛立ちを隠せず言葉に棘を持たせてしまう。

「ありがとう。でも母さん部屋には勝手に入らないでって言っておいたでしょう。」

「そうだったわね。これから気を付けるわ。」

そう言うと母親はキッチンのほうに歩いて行った。おそらくこれからも勝手に入るんだろうな。

部屋に入るとステンドグラスを用いたいちいちアンティークな窓と高校生には不釣合いな大きさのこれもまた西洋の物だそうだがベッドと机が我が物顔で出迎えた。こういった家具はもっぱら父親の趣向だ。時間も金も他人の人生であろうと常に合理的に、無駄を一切省こうとする経営手腕は大したものだが、家具は別らしい。あの父親の唯一の「無駄」だ。値段が同額の新製品の家具を使えばどれだけ便利だろう。

最近は経営が波に乗り休暇を取ったり、平日に一緒に食事をする機会も増えてきたが、雅嗣が幼いころは家でくつろいでいる父親を見た記憶がない。もちろん遊んでもらったり、勉強を教えてもらった記憶もないし、キャッチボールの相手はいつも弟だった。唯一の思い出といえばこの机を一緒に買いに行ったことぐらいだ。あれは確か私立中学の受験に合格した記念に郊外にある父親が懇意にしている家具屋に学習机を選びに行ったんだった。


「別にみんなが使っているような普通の学習机でいいよ。」

机なんて大したものじゃなくていいと思ったことも事実だが、それ以上に父親と二人で買い物に行くことを避けたかった。

「ダメだ。他の家具は安物でもいいが机は良い物を使うべきだ。父さんも新しい机が欲しかったから丁度良いしな。」

車を運転しているので横目で雅嗣を見ながら父親は上機嫌で答えた。

「何で机だけは良い物じゃないといけなかい分かるか。」

こういう時は質問形式ではあるが、子供が正答することを望んでいるのではない。薀蓄を披露したいだけだから、適当に考え知らないと返事をし、答えを聞いて関心したふりをするのが一番である。しばらくうつむいた後雅嗣が首を横に振ると、満足げに話し始めた。

「いいか、会社では役職ごとに机の位置が変わるんだ。ドラマかなんかで見たことあるだろう。部長だけみんなと離れた所に座っていて、幹部や社長になると個室に他の物とは一味違った机になる。役職が上がるごとに机もグレードアップするんだ。それに各部のトップの事を総括デスクなんて呼んだりもする。机ってのは一つの権力や地位の証なんだよ。」

それがこれから中学に入学する男子が良い机を買う理由になるのか分からなかったが、なるほどという顔をして頷いた。

店に着くと父親は店長らしき人と熱心に話しながら様々な机を眺めていった。父親が懇意にしているだけあって他では見られないような変わったデザインのものも多い。

「これなんかいかがですか。ちょっとサイズは大きめですけど佐川様好みだと思うのですが。」

「ああ。割とありきたりな感じがするがなかなかいいね。」

「フランス製で造りもかなり丁寧ですし、同じデザイナーの作品が隣にありますが一つ一つ手作りですので二つと同じものはありません。あともう一つこの机には他にはない特徴があるんですよ」

「特徴?なんだそれは。」

「ある一定の順番で引き出しを開け閉めすると机内の空気圧の作用で隠し扉が開くんですよ。ほら。」

そういって数回、上下不規則に引き出しを開け閉めすると、足元から本一冊が入るか入らないかぐらいの小さな引き出しが現れた。確かにこれだけ不規則で連続的に開け閉めすることは自然にはしそうにもない。隠し扉というだけはある。

「おお。これは面白いな。よし。となりのものも同じデザイナーだと言ったな。二つとも頂こう。」

やっぱり結局は父親が全部決めるんだから一緒に来る必要なんて初めからなかったではないか。

「雅もこれから思春期だし色々隠したい物もでてくるだろうからな。母さんには秘密にしておこう。」

そういった父親の顔は子供のことを考えている立派な父親だという自信に満ち溢れていた。


着替えをすませ机に向かうが勉強をする気にもならないので早速小包みを開けることにした。しかしこの時期、雅嗣宛てに届く小包みは受験関連のものばかりで、出版社が勝手に送ってくる参考書のサンプルか、入学率を上げたい私立大学を紹介する冊子ばかりだ。塾の勧誘の電話もしょっちゅう鳴り、しかも手の込んだことに友人を思わせる口ぶりで電話口に呼び出されるのでいちいち対応が面倒である。出版社や塾は一体どうやって受験生の情報を調べるんだろうか。有名高校のクラス名簿は高く売れるというがそういったところか。

しかし、雅嗣の予想とは裏腹にサイズはA4用紙ほどで、手に取ってみると何かが箱の中で動く感じがした。おそらく冊子などではないだろう。何か通販などで買った記憶もないし、宛名を見てみるが差出人の名前や住所は書かれていない。不審に思いながらも特に警戒せず乱雑にガムテープをはがし、蓋を開けてみると中にはタオルの塊と封筒が一つあるだけだ。封筒を箱から取り出し机に置き、まずタオルを手に取ってみることにした。何かがくるまれているようだ。

雅嗣は立ち上がり、向きを変え机に背を向けとタオルの端を持ち高く掲げ、塊を空中に放した。塊はクルクル回りながらタオルがほどけていき、ドスンという鈍い音をたて絨毯の上に転がった。

転がった黒い塊を見て雅嗣は思わず後ずさりし、机にぶつかって転びそうになった。


拳銃だ。



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