エピローグ その絆は永遠に
完結から半年近く経ちましたが、カクヨムでの連載に合わせてこの話だけ少し改稿しました。前のバージョンでは若干投げやりっぽさを少し改善した形です。予告なしの変更ですみません。
(2024 4/30現在)
ヒュプノクラウンとの決戦から、一ヶ月が経った。
あの日、何とか彼から勝利を勝ち取った俺たちは、それから無事にダンジョンを脱出して地上へ還ってきた。セラと過ごしていた地下のアジトから、俺は再びセリカと暮らしていたあの家に戻ることにしたわけだ。
魔族ではなく、人間として。傀儡ではなく、兄として。
俺はまた、セリカとの生活をやり直すことに決めた。
セラの最期は残念だったが、これは彼女の願いを叶えることでもある。
より大切にしたいと思ったあのなんでもない日々を、ただただ穏やかに重ねていく。あれだけのことがあった俺たちだ、ささやかな幸せを望むことくらいはきっと許されるだろう。
そんなわけで、俺たちの日常は元に戻った。
――少しだけ、予想外の形で。
「今日はいい天気だな……」
澄み渡った青空を仰ぎながら、庭にいた俺はなんとなく呟いた。
前はセリカといるとき以外は億劫だった快晴も、今は不思議と喜ばしいものに思えてくる。セリカ以外の人やものは全部ゴミ……なんて思っていたあの頃の俺が、最近は少しバカらしく感じてきた。
寝起きの身体を伸びをしてほぐしながら、背後へと振り返る。
「……にしても、いつ見てもでっけー家」
そこにそびえ立つのは、豪奢な邸宅。
――巨大な二階建ての屋敷にして、今の俺の住居でもある。
実を言うとあの激闘のあと、俺たち兄妹はフェオリアたちの住んでいた屋敷で暮らすことになった。
元々はクレアの家が持っていた別荘だったらしいのだが(にしてもデカい)、魔族化した俺の身体をフェオリアの魔法とアリシアの治療で元に戻すがてら、フェルディナンドの分の空き部屋に俺たちは住まわせてもらっている。
女子四人に男一人――いきなりの女所帯、まさに俺が以前忌み嫌っていたハーレム状態だが(実際はそんなことはないけど)セリカが楽しんでいるなら、俺はそれで満足だった。
……ただ、本音を言うとあのオンボロ一軒家も恋しい。
「俺、こんな幸せでいいのか……?」
色々あったとはいえ、今の俺は昔じゃ考えられないくらいに満たされている。
それも少し、不安になってしまうくらいに。
でも俺は、セリカが幸せそうならそれでいいのだ。
セラも言っていたように、俺の愛する妹の『幸せ』が俺の一番の『幸せ』だ。
(セラ……)
何気なく、腕に巻いていたコインを空に掲げた。
本当なら忌むべき、セラの所持していた洗脳道具。
あれからというもの、彼女の唯一の遺品であるこのコインだけは、無意識に身に着けてしまっている自分がいる。彼女の『洗脳』とやらがまだ生きているからかもしれないし、単なる俺の気持ちの問題かもしれない。
ただ、忘れたくないと思った。
彼女の本当の気持ちを理解してやれるのは、俺だけだ。
「――また、それ見てたの?」
聞き慣れた声がして、俺は振り向く。
そこにいたのは、俺の幼馴染のフェオリアだった。
「おはよう、寝坊助さん」
「なんだ、また見られてたか……」
「ふふ、セリカには黙っといてあげる」
「ああ……助かるよ」
庭にあったベンチに、俺たちは並んで座った。
あの一件があってから、俺たちの関係は「気まずい感じの幼馴染」から「ちょっと仲の良い幼馴染」にいつの間にか戻っていた。フェルディナンドというしがらみもなくなり、お互いにきちんと話す機会が増えたのも大きい。
「まだ、忘れられない?」
コインを仕舞った俺に、フェオリアは訊ねた。
彼女らしく言葉足らずではあるが、質問の趣旨は十分伝わってくる。
「んー、どうだろうな……」
あの一件から、早一ヶ月。
思うところは多々あれど、ずっと気掛かりではあった。
「今でも、考えるよ。もっと上手いやり方があったんじゃないかって」
もっと上手いやり方。
種族の垣根を超えて、セラとも仲良くできた方法。
セラの愛を、真っ当に受け止められた方法。
そんな漠然としたものを、俺は延々と考え続けていた。
今さら見つけたって、もう遅いのに。
「……そうやって、一生ものの傷になるつもりだったのかな」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、別に」
まあ、何はともあれだ。
後悔はあれど、今こうしてまた『アルク・キルシュネライト』として生きていられることに感謝すべきなのは変わりはない。俺を救ってくれたセリカの尽力にも、それを助けたフェオリアたちの協力にも。
「フェオリアも、ありがとな。色々」
照れくささもありつつも、空を見上げながら彼女に告げた。
「なに? 色々って」
「色々は……色々だろ」
「たとえば?」
「いや、そういうのは……ねぇよ」
「そっか。相変わらずケチだね」
「いやケチってなんだよ!?」
どうやら、俺の渾身の感謝はケチだったらしい。
どういう理屈だ。
「じゃあ、そんなケチなアルクに……ひとつ訊いていい?」
すると今度は、少し歯切れの悪い質問が飛んできた。
やけに改まった口調に、俺も少し身構える。
「なんだよ?」
「明日、空いてる?」
「は?」
突拍子もない問いかけに、少し半目になった。
「空いてるけど、なんでだよ?」
「いや、その……たまには出かけるのもありじゃないかなって思って……二人で」
「二人で?」
「うん……だめ?」
珍しい彼女の上目遣いに、思わずドキッとする。
駄目かと言われれば、そうでもない。俺も明日は暇だ。
というか、それはいわゆるデートというものになるのでは……?
(でも、俺にはセリカがいるし……)
最愛の妹をおいて、俺はデートになんて行けるのだろうか。
シスコンを自負していた、この俺が。
(……って、いつまでもこんなこと言ってられないか)
今はもう、これまで通りの共依存的な兄妹でいる必要も無くなった。あの一件を通してセリカが強くなったように、俺も少しづつ、変わらなければいけないのかもしれない。
「……わかった。行くか、たまには二人で」
「えっ、いいの?」
「ああ。行きたいところ、考えとけよ」
「う、うん……考えとく!」
フェオリアは強く頷いてみせる。
心なしか彼女も嬉しそうに見えた。
ベンチから立ち上がり、俺はセリカのもとへ向かうためにその場を後にした。
◇◇◇
アルクが去った後のベンチで、フェオリアはひとり顔を赤らめていた。
そんな彼女の背後に、二つの足音が近づいてくる。
「よかったじゃない、うまく誘えて」
「これはもう脈アリですね!」
「!? ふ、二人ともいつからそこに……っ!?」
にやけた顔のクレアとアリシアが、ベンチの裏に立っていた。
二人はフェオリアの友人として、ひそかに彼女の恋路を見守っていたのだ。
「にしても意外ね。あいつシスコンだし断るかと思ってたけど」
「う、うん……でもきっと、アルクも変わったんだよ。前みたいに、張り詰めた表情しなくなった」
「色々あって、逆に余裕ができたんですよ。セリカちゃんだって、もうアルク先輩に頼りきりになる必要もなくなりましたから!」
「……だね。いい変化かもしれない」
口々に言い合って、三人は妹のもとへ向かうアルクの背中を眺めていた。
激戦を経て成長した彼の姿に、どこか感慨深いものを感じながら。
「……でも、あのシスコンぶりはしばらく治らないと思うな」
「そうね。あれは治らないわ」
「なかなか重症ですもんね……」
少年はたしかに、変わった。
しかし、その根底にあるものは、そう簡単に消えるものではない。
少女たちは呆れたように、そんなアルクのことを笑った。
・・・
閑話休題。
デート云々はともかく、俺の一日はまだ始まったばかりだ。
そろそろ、会いに行こう。
俺の愛する、たった一人の妹に。
「今日の洗濯当番は、たしかセリカだったっけか……」
独り言を呟きながら、ぐるりと豪邸の周りを半周する。
門とは逆側、邸宅の裏庭でセリカは洗濯物を干しているはずだ。
「セリカ、いるかー?」
裏庭に少し顔を出してみる。
するとやはり、彼女はそこにいた。
「あ、兄さん! おはよ〜!」
陽射しのもとで輝く宝石のような笑みが、そこにあった。
セリカは洗濯物を抱きかかえながら、嬉しそうな笑みをこちらに見せた。
いつもと変わらない妹の姿に、安堵の笑みが溢れる。
「おはよ、セリカ」
「兄さん、まーた遅くまで寝てたでしょ? 置いてあった朝ごはん食べた?」
「ん、食べたよ。何か手伝おうか?」
「うん、ありがとう。じゃあ、そっちのやつをね……」
セリカの指示を聞きながら、俺は洗濯物を広げていく。
最近はこうして、セリカの家事を手伝うことも増えた。
金銭面の問題が半ば解決され、前のように日夜ダンジョンに潜る必要がなくなった分、兄妹でいられる時間も必然的に増えた。おかげで今は、セリカに一人で寂しい思いをさせることもない。
結果的には、俺はこの生活が好きだ。
「兄さん、もう身体ほとんど元に戻っちゃったね」
「そうか?」
「うん、髪だってもっと白くてかっこよかったのにー」
「そう残念がられてもなぁ……」
「でも、いつもの兄さんが戻ってきたって感じで私は嬉しいよ!」
そういってセリカは、また微笑んでみせた。
変わってしまったものが、少しづつ元通りになっていく。
失いかけた俺たちの時間を、俺たちの手でこれから取り戻すんだ。
きっとそうやって、この日常は続いていく。
それが今は、一番嬉しい。
「――おかえり、お兄ちゃん」
ふと、セリカは俺に向けてそう言った。
なんでもないセリカのその一言に、俺も頬を緩ませる。
「ああ。ただいま」
少し間を空けて、俺は答えた。
涼やかな風が、並んだ洗濯物に吹き付ける。
燦々と陽が照らしつける空を、俺たちは仰いだ。
これからまた、俺たちには辛いことや苦しいことが訪れるかもしれない。
兄妹の絆を引き裂かれるようなことが、あるかもしれない。
けど、それでも俺たちはきっと大丈夫だ。
俺が、生粋のシスコン、アルク・キルシュネライトである限り。
俺たちは、世界で一番固い絆で結ばれた、兄妹だから。
〈作者(腰痛)からのあいさつ〉
ひとまず本編に関してはこれにて完結です。
週一連載は何気に初めてだったのですが、計画性の重要さというものを学んだので、私にとってはなんだかんだいい経験になりました。
とまあ、作者的にはこんな感じではありましたが、まだまだ拙い今作についてきてくださった読者の方々には本当に感謝しかないです。マジでありがとうございました。
それでは、またどこかで!