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第11話 対峙(後編)

後半です。一応胸糞注意。

 臆することなく、セリカは怪物と真正面から向き合った。

 怪物は彼女を捉えながらも、引き下がりながら低く唸る。


「……なにやってるのアルクくん? 早く、早くそいつを殺して!!」


 セラの怒声が、怪物の頭に浴びせられる。

 だが怪物はその命令を聞き入れることなく、武器を構えていた腕々をだらりと脱力させた。目の前まで迫った彼女を殺すどころか、魔物としてあるべき人間への警戒心をも完全に振り解いてしまったのだ。


「なんで……あたしの命令が聞けないの!?」


 誰も彼も、もう二人の心は動かせない。

 彼が目覚めるかどうかは、すべてセリカの言葉に託されていた。


「あんなやつの命令……もう、聞かなくていいんだよ」


 擦り傷で血の滲んだ顔で、セリカは淡く微笑む。


「ひどいこと、いっぱいされたでしょ。苦しかったよね」


 セリカが怪物にまた一歩近づく。

 怪物は拒むことなく、牛の頭を垂れ下げた。


「こんな身体にされて、わたしたちと戦わされて」


 筋肉質な怪物の胸に、セリカの手が触れる。

 彼女の体温が、荒んだ怪物の心を溶かしていく。


「兄さんはもう、自分で自分がわからなくなってるかもしれない」

 

 セリカはうつむき、悲しげに目を伏せる。


「でもね……わたしだけは、わかるよ」


 


「本当の兄さんは、わたしの知ってる兄さんは、まだ生きてるって」

 



 彼女の眼から、一筋の涙が流れる。

 怪我を負ったフェオリアたちも、二人の動向を見守っていた。


「こんな身体じゃなくて……こんなところじゃなくて」


 涙は止めどなく流れ落ちる。

 荒かった怪物の息遣いは、次第に落ち着いていく。


「もとの兄さんに……あたしの知ってる優しい兄さんに戻って」


 徐ろに、俯いていたセリカは顔を上げた。

 

「そしたらまた、あの家で暮らそう? 二人で、ゼロからやり直そう?」


 目を赤く泣き腫らしながら。

 それでもセリカは、笑った。


 そして、目を閉じたままのアルクの顔に手を当て。



 

「――帰ろう、兄さん」



 

 彼の頬に、そっとキスをした。


 彼女の体温に絆されるように、怪物も(こうべ)を垂れる。

 ぶら下げていた腕からも、ついに武器が転げ落ちた。


 様相を一変させた怪物の姿に、セラを含めた全員が目を疑った。


「なんで……あたしのことだけ見てればいいって、言ったのに……」


 自分の洗脳から脱し、別の少女を選んだアルクの意志。

 もう曲げようのなくなった彼の心に、セラは絶望した。


 彼の魂は、本能的にセリカを選んだのだ。

 彼女の洗脳技術が、彼らの絆の前に敗北した――






『ハハッ――実に、実に美しいな、人間の絆というものは!!』



 



 ……ように見えた。

 

 その刹那、怪物の胸に突き立てられたのは一本の()()()だった。

 


 

「…………えっ?」

 



 反応の遅れたセリカの頬に、怪物の返り血が飛び散る。

 そして何より、その剣を突き立てた人物に驚愕した。


「フェルディナンド、さん……? な、なにを……」

「ん? いやぁ、感動のあまり少し昂ってしまってね」


 フェルディナンドは何食わぬ顔で、怪物に刃を突き刺していた。

 洗脳が溶けたも同然の、アルクの胸に。



 

「いやぁ、よかった!! 実によかった!!」

 


 

 刀身を引き抜き、また突き刺す。

 


 

「姿形がどれだけ変わろうと、永久に不変の兄妹愛!!」



 

 赤い返り血が彼の顔を塗りたくる。

 それでも剣は突き刺される。

 何度も何度も何度も何度も。

 

 


「最高だ!! だがこれでいて、ハッピーエンドで終わらせるなんてもったいな」

「や、やめてください!!」

「――――うるさぁいっっ!!!!!!!!」


 


 止めに入ったセリカを、彼は腕一本で突き飛ばした。

 人間の力とは思えぬほど、強烈な力で。


「うっ、ごほっ……」

「セリカ、セリカ!! 何してるの、フェルド!!」


 フェオリアたちがセリカのもとへ駆け寄る。

 糾弾されたフェルディナンドは、再び歪な笑顔を作った。


 その背後で、心臓を破壊された怪物が崩れ落ちる――


「フハハハッ……まだ、そんな名で()を呼ぶ気かい?」

 

 彼の笑顔が、深みを増していく。

 高笑いとともに、その肉体が変貌していく。


「まったく、つくづく愚かだな。“恋する乙女”……というものは」


 金色の髪は変色し、病的な白色へ。

 その頭部は、黒い角が突き出した禍々しい有様へ。

 整っているとも言い難い顔面は、半分が()()に覆われ。


 その様子はまるで、全身が何かの魔法にかけられたようで……

 ――否、()()()()()()ようであった。

 

「っ……あなたは……何者?」

 

 『フェルディナンド』という名の化けの皮が剥がれ落ち。

 ついに露呈した、その正体こそ――


「……師匠?」


 セラの師にして、フェオリアたちを狂わせたすべての元凶。

 両陣営からことの成り行きを愉しんでいた、黒幕(フィクサー)



 

 ヒュプノクラウン――それが、彼の真名であった。



 

「し、師匠がなんでここに……っていうか、あれ、え……?」

「やぁ、セラ。『助けに来たよ』――」


 剣を引き抜き、彼はセラのもとへゆっくりと歩み寄る。

 それは師として、弟子のピンチに駆けつけた……ようにも見えたが。


「……なんて言うと思ったのかい?」


 彼の握った刃は、セラの首筋を容赦なく掻き斬った。


「っ、ゴフッ――!?」


 躊躇など微塵もない、致命傷を狙った一撃。


 黒幕としてすべての種明かしを終えた彼には今や、彼女のような足手まといにしかならない存在は不要だった。その証拠に、首を押さえて倒れ込む彼女を見下ろすヒュプノクラウンの目は、どこまでも冷酷だった。

 

「師匠……っ、なんでっ……」

「何故? 今更理由が必要かい? ……まあ、いいだろう」


 地に伏したセラの背に、彼は剣を突き刺して固定した。


「セラ……君には期待していたんだがね。洗脳術も悪くはなかったし」


 セラの背中に突き刺した刀身を、彼は当然のように捻る。

 彼女のあげる悲鳴を掻き消すように、彼は喋り続けた。


「ただ……君自身の精神が未熟だったようだ。あれほど手放せと言っておいた“失敗作”にいつまでも執着した挙句、ま・さ・か人間の絆の前に敗北するとは! 所詮、君の洗脳技術はその程度! 皮肉にも、失敗作は君の方だったようだなぁ!!!」


 高笑いしながら、地面に這いつくばるセラを彼は蹴り飛ばした。

 瀕死になった彼女は立ち上がるまでもなく、壁に激突する。


「はぁ……私もつくづく、弟子に恵まれないな」

 

 大袈裟に溜め息をつき、彼は地面に刺しておいた剣を取り上げる。

 

「そうは思わないかい? 君たちも」


 わざとらしく柔和な笑みを浮かべ、彼は振り返った。

 そこにいたのは、怪訝そうな表情を浮かべたフェオリアたちであった。


「……ずっと、騙してたの?」


 鋭い目つきで、フェオリアは言葉を発した。

 クレアたちも緊張で息を呑む。


「おいおい……騙していた、なんて人聞きが悪すぎやしないか?」

「だってそうじゃない! アンタの正体は、人間じゃなくて――」

「あーはいはいそうだね。確かに私は、君たちのことなんて心底どーーーーーーでもよかったし、そういう意味じゃ、私は君たちを騙したことになるのかもしれないね。知らんけど」


 クレアの叫びを聞き流して、ヒュプノクラウンは飄々と答える。

 面倒くさそうに耳をほじりながら、彼は呟いた。


「まあ……私としては、あれは“演じて”いただけなんだけどな」

 

 彼の呟きに対し、今度はアリシアが反駁する。


「演じるって……そんなの、結局は騙してたのと一緒じゃないですか! 私たちの心を弄んで、あなたは!!」

「結果としてはそうかもしれない。だがね、私はずっと『道化』を演じていたつもりだったんだよ」

「……道化?」

「そう、道化。道化(クラウン)さ」


 それからのうのうと、彼はすべてを語った。


 人間の心に触れるために、人間を演じたこと。

 彼女らの心を支配するために、自ら近づいたこと。

 自身の洗脳の手段である“言葉”を、彼女らに使ったこと。


 あくまで自分は、彼女らにとって都合のいい〈道化(クラウン)〉を演じたに過ぎなかったのだと、清々しいまでな残酷さとともにはっきりと言ってのけた。


「君たちはただ、“オレ”の言葉に振り回され、偽物の恋に落ちただけだ」


 彼女らの向ける好意すらも、彼にとっては最早どうでもよかった。

 彼が真に欲していたのは、人間の好意とは真逆のものだった。



 

「フフッ、私が憎いだろう……悔しいだろう! 

 だがそんな屈辱にまみれた表情こそ、私が本当に見たかったもの……

 ――人間の“醜さ”であり、“惨めさ“なのだよ!! 

 ああ、良い! 実に“良い”よ!! 

 興奮で思わず絶頂してしまいそうだぁ!!」

 

 


 高らかに、憎たらしく。

 彼は一人で、恍惚としながら少女らを嗤い続けた。


「ハーッ、ハーッ…………で、君たちはどうするんだい?」


 涙が出るほど笑ったあと、ヒュプノクラウンは訊ねた。

 既に屍同然と化した、怪物を背に。


「取り戻そうとした目標も……フフッ、既に死んだわけだが?」


 下衆な笑みを浮かべて、彼は少女らに問うた。

 だがそんな嘲笑を、彼女の言葉は跳ね返した。




「――――兄さんは死んでない!!」




 一際大きな叫びが、ダンジョンの奥底で反響した。

 自分の意志で立ち上がったセリカは、真正面から道化師に歯向かった。


「死んでないって……ハハハハッ!! 君ぃ、今更そんな馬鹿言っちゃいけないよ!! 君のお兄さんはきっちり私がとどめを刺したのだから――」

「あの程度で、わたしの兄さんは死なないから!!」

「はぁ? クソガキが何を……」

「あなたなんかに、わたしたちの絆は切り裂けない!!」


 涙を手で拭って、それでもセリカは力強く叫んでみせた。

 自分の信じる、兄との絆を胸に。



 

「そうでしょ!? ――()()()()()!!」



 

 少女の魂の叫びが、ダンジョン中に響き渡る。

 だがそれに答える声はなく、叫びは虚しくも宙に消える――



 

「アハハハハハハハハハハッ! 今更絆だのなんだのを語り始めたかと思えば、だーれも答えやしないじゃないか!? いよいよ聞いてるこっちまでかなしくなっ――がはぁああああああああああっ!?」

 


 

 ――はずもなかった。


 嫌味たっぷりにまくし立てたヒュプノクラウンが、吹き飛ぶ。

 彼の頭部を、背後から現れた人影が蹴り飛ばしたのだった。

 


 

「――ごちゃごちゃうるさいんだよ。お前」

 



 既に抜け殻となった怪物を背に、彼は立ち上がった。

 たった一人の家族の願いを聞き入れ、復活を遂げたのだ。


 

 


 

「セリカの声が、聞こえないだろ」


 



 

 巨悪を跳ね除け、主役(アルク)はついに舞台にその姿を現した。





次回の投稿は8/30。最終話です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 胸糞注意と書いていたのでおっかなびっくり読みましたが衝撃展開ですね。 胡散臭いと思っていた師匠、案の定ですか。 彼が一人でダンジョンに潜ったタイミングで久しぶりに現れた師匠。同一人物の可能…
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