ネパール
次にツェツェグがたどり着いたのは山間地帯で、市場で知り合った同じ歳の子と一緒にひよこ売りをすることに。手渡しされたバイト代に対し、ツェツェグは意外な行動をとってしまう。
出発してからずいぶんと時間が経った。気球は長いこと揺れて、ツェツェグが次に着いたのは山合いの村だった。
「うわっ、寒い。私のふるさとの冬みたいだ」
高度が高いのか、これまで訪れたところよりもずっと気温は低かった。
山道をしばらく歩いていくと、街が見えてきた。さらに進むと路上でシートの上に商品を並べる簡素な市場のようなものがあった。
「これは売っているのかな」
「いらっしゃい!」
お店にはシャツ、下着、帽子といった衣類、スパイスや乾き物などの食料、鍋、食器など日用品など様々なものが並んでいた。
「へぇ、いろんなのあって面白いね」
ツェツェグが並べられているものを興味深々と眺めていると、後ろから声がした。
「キュウリはいらんかね!」
「え?」
振り向くと、背の低い女の子が立っていた。
「いらないけど」
「キュウリはいらんかね!」
「いらないよ!」
「買いなよ!」
「絶対買わないよ。お金もってないもん」
「なーんだ。バカっ!」
「何、バカって、おまえがバカだ!」
ツェツェグは怒って、女の子と取っ組み合いのケンカになった。
「おい、よすんだ!」
近くにいた男が二人を止めた。
「お嬢さん、すまんな。カナクァン、よすんだ。よそから来た人に」
「だって、だって、買ってくれなかった」
女の子は泣き出した。
「お前は11歳にもなって、まだ泣くのか。そんなんじゃあ貧乏から抜け出せないぞ!」
「え、キミ11歳なの?」
「うん」
カナクァンはツェツェグよりも15センチくらい背が低く、体も痩せこけていて、顔も幼いので、ツェツェグは自分よりも2,3歳下だと思っていた。
「私も11歳だよ」
「ええっ? おんなじなんだ」カナクァンは目を丸くした。
同い歳というだけで二人は急に親近感が湧いてきた。
「働いてないの?」
「え? 前は馬に乗って働いてたけど、今はしてないよ」
「働かなくていいなぁ」
「知らない島のおうちに売り飛ばされちゃて」
「売り飛ばされる?」
女の子は理解できないようだ。
「そうだ、キミのうちに連れて行ってよ。カ、カナ、えっとなんだっけ?」
「カナクァン!いいけど。 キミの名は?」
「ツェツェグって言うんだ」
「無理!言えない。 テンテンでいいね」
「え?」
「テンテンいこう!」
「はぁ?」
こうしてツェツェグはカナクァンについて行って、家に行くことになった。
しばらく歩くと、集落があり、古い石積みの建物が並び、見るからにかなりボロいが、そのうちのひときわ不格好なものがカナクァンの家だった。
「ここだよ」
建物の中に入ると電気は通っていなくて薄暗かった。階段を上ると、部屋があり、何人か人がいた。屋根の一部は壊れてビニールシートで覆われていた。
「この子、友達のテンテンだよ」
「あら、他の民族かな?」
おばあちゃんが言った。
「今日知り合ったの」
「そう。じゃあ何か食べるかい?」
「えっ?うん」
「ダルバートでも作るかな」
そう言うとおばあちゃんはキッチンで料理を始めた。
どうやら奥で男性が二人くらい寝ているようだが、起きてこない。昼間だが部屋が暗くて顔もよく見えない。
「できたよ」
しばらくしておばあちゃんが皿を運んできた。豆の汁、ご飯、野菜の入ったスープだった。
ツェツェグが食べ始めると、
「テンテン、おいしい?」
「うん」
「良かったぁ。いっぱい食べてね」
「おい、ウチは貧しいのに、よその人間に食わすんじゃねーよ!俺の分がなくなるだろ」
奥から男性の怒鳴り声がした。
「うわーん」
突然の出来事にツェツェグは怖くなり、泣き出してしまった。
「あんたは寝てばかりで働いてないんだから、言えた義理ないだろ。この役たたずめが!」
おばあちゃんが男性に怒りをぶちまけた。
「うるせぇ。体が悪くなければ働いてるわ!」
「カナクァンは学校にも行けず、毎日働いてるのに、その友達に失礼だこと」
「この国は女と子どもは働くしかないんだよ。みんな貧乏が悪い!」
「もうやだ。テンテン、いこう」
「うん」
ツェツェグはカナクァンに手を引っ張られて、家を出た。
「ごめんね」
「ううん。いいよ」
「私そろそろ次の仕事にいかなくちゃ」カナクァンが言うと、
「あたしも行く。手伝うよ」
「本当?ありがとう」
「キュウリを売るんだね」
「何を売るかはその時によって違うんだ」
「そうなんだ」
二人はしばらく歩き、ボロい石積みの建物に入ると、ランニングを着た小太りな中年男がタバコをくわえてメガネを鼻の端にかけてヨレヨレの新聞を読んでいた。
「おう、カナクァン、今日はこれだ」
男は棚から四角い大きな箱を取り出した。箱のあちこちから鳴き声がする。
蓋を少しあけると、中にはひよこがたくさんいた。
「わぁ、かわいい」
「誰だい?その娘は」
「テンテン。新しい友達。仕事手伝ってくれるって」
「そうか。それは助かるな。頼むぞ!」
二人は箱を抱えて、街へ向かった。
このまえとは違う市場のような出店が並ぶところに着いた。
カナクァンが空いているスペースを見つけると、箱を置いた。
蓋を開けて、中が見えるようにして、ひよこが逃げないように、ネットをかぶせた。
たくさんいるだけあって、ひよこの鳴き声はとても賑やかだった。
「かわいいなぁ。私がほしいくらいだよ」
するとタバコをくわえて茶色いセカンドバッグを持った一人の男が現れた。
「おう、20匹もらおうか」
「はい」
男は金を払い、自分で選んでひよこを持っていった。
「あの人、家で飼うのかなぁ?」
「わかんないけど、にわとりになって卵を売るとかじゃないかな」
「そうなんだぁ」
その後も、2人ほど男がきて同じように15匹、10匹と買っていった。
「たくさん売れたね」
「そうだね。今日は多いほうかな」
「じゃあ、いっぱいお金もらえるね」
「ううん。たくさん売れても、もらえる金は同じなんだ」
「なにそれ。ズルいね」
「うん」
二人はさっきの石積みの建物に戻り、男から報酬をもらった。
「ごくろう。はい、キミの分もね」
カナクァンだけでなく、ツェツェグにもコイン5枚の報酬が手渡された。
「え、そうなんだ?」
「良かったね」
それから二人は一緒に手を繋いで歩いて、気球のある場所に戻った。
「これ、私いらないからあげる」
「えー、テンテンの給料だよ」
「私、もう別のところにいくから、あげるよ」
「わぁ、ありがとう」
「お別れだね」
「また、会えるかな」
「いつか会えるよ。元気でね」
「うん」
この旅で初めて友達のできたツェツェグは、爽やかな気分で気球のゴンドラに乗り、空へ飛び立った。
「どうだった?」
「友達ができたんだ」
「良かったね。何をしたんだい?」
「一緒にひよこをたくさん売ったんだ」
「どう思ったんだい?」
「うーん。同じ歳で、学校に行かなくていいのかなって」