ギニア
ツェツェグを乗せた気球は森の中へ。そこで出会った貧しい家庭の水くみを手伝うことになった。
その帰り道思いもがけぬ楽しい出来事が。少女を元気にしたものとはいったい?
ツェツェグたちを乗せた気球はふわふわと風に乗り、1日近くかけて、移動した。
そして森のようなところに着陸した。
「うわぁ、たくさん木があるね。向こうにあるのは何かしら?」
ツェツェグが川のほうに歩いていくと、どこからか人の声がした。
「ブー、ブーッ!」
恐る恐る声の方向を見ると、ツェツェグよりも4,5歳下と思しきよく日焼けした少年のケイタが立っていた。
「だれだ、おまえ?」
「ツェツェグだよ。きみは?」
「にんげんなんだな。ちんぱんじーじゃないんだな?」
「うん。そうだけど」そう言ってケイタを睨んだ。
「こわいよ。ママー」
ケイタは泣き出して、走っていってしまった。
しばらくすると、ケイタと一緒に母親のカマラがやってきた。
「こんなところに、どこの民族? アンタこの大陸の人間じゃないね」
「え? 遠くからきたんだよ、わたし」
カマラは疑念からか眼力に迫力があり、ツェツェグは恐怖を感じた。
「何しにきたんだ?」
「何しに?わかんない」
「親はどうした?」
「遠くだよ」
「親のところに帰りな!」
「まだ着いたばかりだよ」
カマラはため息とつきながら言った。
「あのねぇ、あっちに川が干上がっているのが見えるだろう。それから向こうは森がほとんど削られてしまっている。おかげで水がなくて、水のある川に何時間もかけて汲みにいかなきゃならないとこなんだよ。よその子どもの面倒なんかみてやれないんだ。さっさと帰んな」
「そうなんだぁ。じゃあ、私も水汲みをやろうか?」
「あらー、手伝ってくれるのかい? それは助かるわ」
「うん。なんだか面白そう」
「どうだろうね。重いけど、ちょっとくらいなら役に立つかしらね」
そう言うと、カマラは歩いてどこかにいってしまった。
ツェツェグがしばらく待っていると、カマラはリアカーを2台引っ張って現れた。
「あたしがこの大きなほうを運ぶから、アンタ、小さいほうを運んで」
リアカーには大きな容器がカマラのほうに2つ、ツェツェグのほうに1つ乗せてあった。
「じゃあ出発するよ」
「うん」
行きは水を入れていない空の状態なので軽く、引っ張るのは苦ではないが、道は土でデコボコしていて、衝撃も強く、途中で手のひらにマメができるほどだった。
「ハァ、ハァ、つかれたなぁ」
「あとちょっとだよ。頑張んな」
10分ほど立つと、大きな川が見えてきた。
「すごーい。なにこれ」
「ここなら飲める水を汲み放題さ」
カマラはリアカーに積んであった容器の蓋を開け、川に入れて、水を汲んだ。
「よっこらっせと。次はこっちだ」
同じように2つ目、3つ目と水を満杯に汲んだ。
「たくさん入ったね」
「これから来た道を帰るんだよ」
「えっーー?やだー」
「今度は引っ張るの重くなるからね。覚悟しな」
ツェツェグは絶望的になり、泣きそうだったが、カマラは気にせずに歩き出した。
「アンタ、家に帰ったら、美味しいごちそう作ってあげるから」
ツェツェグは首を左右に振り、黙って下を向いていた。
すると、カマラが突然歌いだした。
「チェチェクレ チェチェ コフィンサ コフィンサ ランガ カカ シランガ クム アデンデ クム アデンデ ヘイ!」
「なにそれー、すごい」ツェツェグは急に目を輝かせた。
「いいかい、あたしが歌ったところを後から真似してごらん」
「うん」
「チェチェクレ」
「チェチェクレ」
「そう。いいよ」
「チェチェ コフィンサ」
「チェチェ コフィンサ」
カマラは手を3回叩いた。ツェツェグも続いた。
「手を叩くのは一緒にだよ」
「カカ シランガ」
「カカ シランガ」
「クム アデンデ」
「クム アデンデ」
「最後は一緒に」
「クム アデンデ ヘイ!」
「なにこれー。たのしい」
「じゃあ、もう一回通して歌ってみるか」
「うん、やるやる」
こうして、カマラとツェツェグは帰りの道中、リヤカーを引きながらこの民謡を10回以上歌って、それから家にたどり着いた。
「ふう、着いたわよ。ありがとさん」
「うん。疲れたけど、楽しかったぁ」
「アンタのおかげで生活水がいつもよりも多く汲めて助かったわ。今からご飯作るから待っててな」
平屋の簡素な家には、年老いた夫婦が寝たきりで、最初に出会ったケイタとその妹のコンテがいた。
肌の色の違う思わぬ来客に、怖がって誰も近づこうとしなかった。
しばらくするとカマラが料理をテーブルに並べた。
「はい、どうぞ」
「うわーすごい」
お米と野菜と肉と魚が油で炊き込まれたものだった。
「おい、お祝いでもないのにリグラとは何考えているんだ!」
老夫が驚き、怒っていた。
「いいのよ。今日はこの娘に水汲み手伝ってもらえたし」
年に1度くらいの思わぬごちそうにケイタとコンテも目を輝かせている。
「うん、おいしい!」
「いやー、リグラはいつ食べてもうまいな」
ごちそうを食べている間に暗かった家族の表情はみるみる明るくなっていった。
「今日は遅いし、泊まっていくかい?」
「え、う、うん」
ツェツェグは家に泊まることになった。
「今日はありがとう。助かったわ」
「うん」
「昔はこの村も森も豊かだったし、赤い花をたくさんさかせる大きな木もあったんじゃ。外国から船でくる連中もそれを見るのが楽しみじゃったんだが、今は森も破壊され、川も干上がって、遠くまで水汲みにいかなければならない。命の危険もある。ワシらは足が悪くていけないんだよ」」
老夫が言った。
「へぇ、そうなんだ。大変」
「お嬢ちゃん、昼間の歌、一緒に歌おうか」カマラが提案した。
「うん。あれ大好き」
「チェチェクレ チェチェ コフィンサ コフィンサ ランガ カカ シランガ クム アデンデ クム アデンデ ヘイ!」
ツェツェグはケイタとコンテと大きな声で歌い、手をたたき、一緒に踊った。
それを見ていたカマラが部屋の奥からジャンベという木製で筒状のものにヤギの皮を張った太鼓を持ち出して叩きだし、さらに盛り上がっていった。
さながらパーティーをしているかのようだった。
そして、翌朝。別れの時がきた。
カマラとケイタが見送りにきた。
「これから家に帰るのかい?」
「わかんない」
「おかしな娘だね。ひとりかい?」
「ううん。仲間といくの」
気球に近づくと、待っていたクオッカ、ワラビー、ウォンバットがバスケットで出発の準備をしていて、それを見たカマラは目を丸くした。
「あらまぁ。なんてことかしら」
「ぼくもいきたい。ねぇママー」
「ダメよ。どこにいくかもわからないし」
「いきたいよ〜。えーん」
ケイタは足をバタバタさせて泣いた。
「それじゃあね」
ツェツェグを乗せた気球は高度を上げて緑の大地を離れていった。
「どうだったの?」
「水汲み大変だったけど、歌がとっても楽しかった」
「ぼくにもおしえてくれる?」
「いいよ。じゃあ歌うよ」
「ちょっと待って。高度が上がってからにしよう」
「うん。そうだね」