墜落
家族で外国に出稼ぎしている貧しいサーカス団の一員のツェツェグは11歳だが、抜群の運動神経を誇り、馬を乗りこなしていた。ある日不法就労の監査が入り、生活が一変する。南の島で彼女を待っていたのは。
「ミルクティーできたわよ」
「おう」
「私はいらない!」
「あら、ツェツェグ、どうして」
「ボクは飲むよ。お母さん」
「ツェツェグ、少しはオチルを見習えよ」
「そうだぞ」
「イヤよ!お兄ちゃんなんか大嫌い」
家族は大陸から出稼ぎに来ていた。ホルロ一家は遊牧民だったのだが、岩石でできた島で暮らす移民である。
その勝ち気な女の子は独特の髪型をしていた。前髪と横髪と後ろはまげがあるが真ん中は剃り上げたというか肌が見えている。 まるで時代劇の大五郎カットとでもいうか。
11歳のツェツェグは学校に通っていない。だから読み書きもあまりできない。ここは一応義務教育のある国なのだが、在留資格があるのかも怪しい。巨大なテントの中で、ホルロー一家は馬のショーに出るのが仕事だ。そこで演じるのはチンギス・ハーンの物語だった。
GenghisKhanの曲でショーが始まり、鮮やかな動きはまるでサーカス団のようで、クライマックスのシーンでは、トップスピードで馬がぐるぐる回っていた。
次の瞬間、ツェツェグは馬にまたがったまま、上半身をひねり、馬の外側で頭が下がった状態になり、下に落ちそうに見えた。
ところが15秒後、上半身をふわっと上げて元の状態に。観客からは大きな歓声が上がった。小柄ゆえにできる技で、これは成人男性には無理であろう。
ショーが終わり家に帰ると、ツェツェグは母のサラーナに言った。「あー疲れたぁ。お腹空いた。お母さんアイス食べたい」
「あら、もうないわよ」「なんで〜、楽しみにしてたのに」「オチルが食べたのよ」「うわーん。どうして。ひどいわお兄ちゃん」極度の疲労と空腹に、さらにショックが加わり、大泣きした。
「もう、今度はツェツェグにだけ買ってあげるから」
「じゃあ、タラク味にしてよね!」
「まったくこの子は、そんなのこの島には売ってないから。困ったこというんじゃないよ!」
平和で平凡な家庭だった。
ある日のこと。地元警察がこの”サーカス団”に立ち入り、不法就労や届出なしの長期滞在の疑いで家宅捜索を始めた。 これによりホルロー一家は祖国に強制送還される恐れがでてきた。
警察と一家で7〜8日にわたる話し合いの結果、村役場に転入届のなかった娘のツェツェグだけ国外に行くことになった。 地元のブローカーが仲介し、話をつけた。 極貧の祖国へではなく、遠く離れた南の島の裕福な家に養子になるという。 その金持ちはツェツェグが運動神経良さそうというシンプルな理由で契約したのだという。
1ヶ月後、ツェツェグは青々とした空と強い日差しが照りつける南の島に着いた。7LDKの家には他にも養子が2人いた。 肌の色が黒く、チリチリの髪の毛で16歳の男エフレムと、肌の色が白く、金髪で青い目をしていた9歳の女カタリナだった。
養父アレンと養母ケイトはツェツェグを他の2人と変わらず、可愛がってくれた。
大きな住まいは、周りは海や山で自然に恵まれていて、生物もたくさんいた。ツェツェグの祖国のある大陸とも、出稼ぎをしていた岩でできた島ともまた違う自然豊かなところであった。
ある日、アレンが面白いものに乗せてやると言ってツェツェグを連れ出し、4WD車に乗ってしばらく揺られて行くと、そこには大きな気球があった。
「すごーい。これはどうなるの?」
「これで空を飛ぶんだよ。今から」
「ええ、本当?楽しみ!」
アレンとツェツェグはそこにいたスタッフ3名とオレンジと緑の模様の気球に乗り、空に飛び立った。
「なにこれー。高い!山も見える」
「ああ、雲の上にもいけるさ」
「ええ、それはすごいわ。見てみたい」
「なぁ、ちょっと雲のほうに行ってもらえるかな」
「旦那、予報で今日はこの後崩れるようです。やめたほうが」
髭を生やしたスタッフが言うと、アレンは、
「ちょっとだけでいいんだ。今日は特別な日なんだ」
「うーん、承知しました」髭男は渋々受け入れた。
気球は高度を一気に上げて、風向きが変わり雲の多いほうへ流れていった。
「うわー、真っ白。全然見えない」
「だろ。雲はこうなっているんだ」
「くっ、よっと、雲ってつかめないんだね〜」
すると、大きな音を立てて雷が鳴り、激しく雨が降り出した。
「やばい。早く戻れ」
「旦那、だから言ったんです」
「うるさい、なんとかしろよ!」
視界もほとんどない状態で雨は強まる一方だった。
スタッフが必死に着陸を試みるが、運悪く雷が気球に直撃し、制御できなくなり、墜落してしまった。
いったいどれくらい時間がたったのだろうか。ツェツェグが目を覚ました。
「あれれ、どこだろう?」
「.......」クオッカというリスのようなぬいぐるみのようなかわいらしい動物がこっちを見て手招きしてる。
ついていくと、そこには真っ白な気球があった。
クオッカがしゃべった。
「旅に行くよ。さぁこれに乗って」
「えっ? は、はい。どうしてしゃべれるの?」
バスケットの中にはウォンバットやワラビーもいた。気球を飛ばそうと準備をしていた。
「やぁ、よろしくね」「なかよくしてね」
「は、はい。えっ、なんなの〜」
「ボーッ」という音と共に気球は空高く、どんどん上昇していった。