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空の涙に願いを込めて

作者: 海藻 若芽

 一年のほとんどで雪が降っているスノ王国。その北のひときわ大きな山を越えた先に、万年雪に覆われた村、フブ村にキノと言う少年がいました。

 キノは自分の部屋の窓から見える山をじぃーっと眺めていました。山は連日の大雪で白銀に染まり、陽射しを反射させて目を細めたくなるほどに太陽と同じぐらいに燦燦と煌めいています。


「もう。そんなに眺めていてもお父さんは夜に帰ってこないわよー」


 その様子を後ろから見ていた母のミーサが呆れながらぷっくりとした厚い唇を動かしました。それでもキノは金色の瞳をランランとさせて窓の外から離しません。

 キノの父であるシーンは王国の中心部にある都市に出稼ぎに出ており、年末年始にしか帰ってこられないのです。そして、今日はその父がバスで村に帰ってくる日なのでした。父が出向く前、キノはとある約束をしていました。それは、10年に一度起こる流星群を一緒に見ること。今年はその年で、予報ではちょうどこの時期に流星群が起こるだろうと、キノは週に一度配られる新聞から把握していました。なので、キノは月に一度の郵便配達で何があっても今日中には帰ってくるように手紙で念押しをしていました。そして、いつもよりもずっと、父の帰りを待ち遠しにしていました。


 しかし、昼過ぎに着くはずのバスは予定の時間を過ぎても到着する気配はありませんでした。きっと積もった雪のせいで少しゆっくり走っているだけだ、と膝をそわそわと揺らしながら今か今かと待っていましたが、日が暮れてもバスは村を訪れません。

 キノはもう我慢の限界でした。キノはいてもたってもいられず、鹿の皮に羊毛を縫い付けた服を着て、母に何も言わずに外へ飛び出しました。



 村は夕日に照らされて茜色を変わっていました。

 キノがザッザっとブーツで雪を踏み鳴らしながらバス停に着くと、他にも様子を見に来たのであろう村人たちが同じように防寒着に身を包んで立っています。キノは白くなった息を手袋に吹きかけながらすっかり擦れてしまった標識の時刻表を確認しました。時刻表はやっぱり昼過ぎにバスが到着すると書いてあります。


 お父さんに何かあったのではないか?


 キノの頭に考えたくもない不安が否が応でも浮かびます。キノは帽子の耳あての部分を掴んで、ずっぽりと目深に被ると直立しました。夜が更けるにつれて、村人たちの一人、また一人が帰路に就いて、最後にキノだけが残りました。


「お父さん、遅いな……」


 キノが独りごちる。街灯がないこの村では民家から漏れる薄ぼんやりとした光だけが辺りを照らしています。いくら厚いブーツを履いてきているといっても長い間その場に立っていれば雪が染み入ってきます。寒さと疲れで脚はもう棒のようでした。それだけ待ってもバスはその影すら現しません。


「キノ、まだこんなところにいたの」


 息子の帰りがあまりにも遅いことを心配して、ミーサがキノより一回り大きい毛皮のコートを携えてバス停にやってきました。


「こんなところにいたら凍えて死んでしまうわよ」


 ミーサの呼びかけに、キノは頭を振って答えました。


「帰れないよ」

「そんなわがまま言わないで。お父さんがまだ帰ってきてないだから」


「きっともうじき山を下りてくるわ。だから、家に帰りましょう」


 手を引こうとするミーサを、キノは身体をよじらせて振りほどいて標識に抱き着くようにくっつきました。かたくなにここを動こうとしない息子に、ミーサはほとほと困ったように深いため息をつきました。まったくこの頑固な性格は一体誰に似たのか。この子をどう説得すれば納得して家に帰ってきてくれるのかと頭を悩ませていると、禿げた老人が左手で杖をつきながらバス停へやってまいりました。


「お前さんら、家にいないと思ったらこんなところにおったのか」

「村長さん、どうしてここに?」


 ミーサに村長と呼ばれた老人は、二人を交互に一瞥してから杖を持っていないほうの手で頭を掻きました。そして、しばらく黙ったのちに重い口を開きました。


「バスを待っているようじゃが、今日はもう来んよ」

「ど、どうして?」


「……さっき、家に連絡があってな。ここ数日の積雪で、山の道を塞がれてしまったそうでのぉ。どけようにも元々が狭い道じゃから、すぐには動けそうにないとな」


「それじゃあ、バスは今どこに?」

「山のふもとの町へ一旦戻ったそうじゃ。もしかするとここに到着できるようになるのも数日かかるやもしれん」


 キノは目と口をこれでもかと大きく開いてから、がっくりと項垂れました。そして、標識から離れるとミーサの方に足を向けました。


「残念だけど、帰りましょう」


 ミーサは項垂れたキノを不憫に思い、優しくぎゅっと抱きしめました。持ってきていたコートを羽織らせると、せめて少しでも気持ちが和らげばと手を繋いで帰宅しました。


「ごちそうさま……」

「うん……」


 キノはこの日のためにと準備されたご馳走がほとんど喉を通りませんでした。ミーサはそのことを咎めたりせず、部屋に籠ろうとしているキノの背中をそのまま見送りました。

 キノは昼間と同様に窓から北の山をじぃーっと眺めます。煌びやかな山は夜の帳にどっぷりと覆われて、昼間の姿は見る影もありません。あの山を越えた先に父はいるのだ。


 キノの金色の瞳が涙で揺らめきました。父が今日中に帰ってこられないどころか、今年の内に再会できないかもしれない。何より、約束を果たしてもらえないことがショックで堪らなかったのです。決壊した眼からはとめどなく涙が溢れてきます。嗚咽を漏らしながらも、眼を離せずにいると、数多の星たちがまたたいている夜空を光る何かが一閃するのを目撃しました。

 流星群が始まったのだとキノは直感しました。滲んでいた視界を拭い、空を見上げます。先ほどの流れ星をスタートの合図に、次々と星が駆けていきます。夜空を彩る幻想的な光景はまさに自然が生み出したイルミネーションのようだと思うことでしょう。


 この場に父がいれば、満天の星空を全力で味わうために二人で外に飛び出していたはずだ。キノは窓枠に落ちた涙を袖で拭き取りながらそう思いました。ですが、今のキノに一人でそんなことをする気力はありません。キノにとっては、この流星群はまるで自分と一緒に空が泣いてくれているのだ、悲しんでくれているのだ、と思えました。


「お父さんが、どうか明日には無事に帰ってきますように」


 心の中で切実な願いが口を紡ぎました。

「お父さんがどうか明日には無事に帰ってきますように。お父さんがどうか明日には無事に帰ってきますように。お父さんがどうか明日には無事に帰ってきますように!」

 夜空に向かって叫びます。キノの願いは流星群を目指して夜空を昇っていきます。願いが届くように。流れ星のどれかが願いを叶えてくれると信じて言い続けました。

 何度も何度も言っているうちにどんどんキノの意識は遠のいていきます。寒空の中、長時間待っていたことや泣いたり大声を出したりと、キノの体力は限界を迎えていたのです。キノはベッドに倒れ込むこともせずに窓枠に突っ伏したまま眠ってしまいました。


 窓から差し込む朝日でキノは目を覚ましました。知らず知らずのうちに寝てしまった。大きな欠伸をしながら、ベッドから上半身を起こしました。


「お。起きたか」


 ベッドの横にある椅子に座っていたシーンは、にかっと笑みを浮かべました。


「しかしお前、また一段と大きくなったなぁ。ベッドに運ぶとき一苦労だったぞ」


 ガッハッハと笑うシーンにキノは呆然としました。何故お父さんがここにいるのか。まだ自分は夢でも見ているのではないかと考え、頬を抓ってみますが、痛みを感じることが出来ました。夢ではないと自覚しても、どうしてお父さんが帰ってきて来ることが出来たのか見当がつかずに混乱しそうでした。

 その困惑する表情を読み取って、シーンは笑いながらキノの背中をバシバシと叩きました。キノに強烈な痛みが走りました。


「実は昨日の夜に、あの北の山で雨も降ってないのに雪崩があったんだよ。運がいいのか悪いのか、その雪崩のおかげで道を塞いでいた雪も流されたみてーでな」珍しいこともあるよなぁ、とシーンは首を傾げます。様子を見に行った連中が『道が開いたぞー』って慌てるだから、寝ていた運転手を叩き起こして深夜に帰ってきたってわけよ」


 キノは少しの間だけ呆気に取られていましたがこれが現実であることをようやく把握して、大喜びでシーンの筋肉で硬くなった腹に抱き着きました。


「願いが叶ったんだ!」

「願い。何の話だ? 流星群を一緒に見る約束じゃなくてか」


 今度はシーンが困惑した表情を浮かべることになりましたが、そんなことをよそにキノは喜びの声を上げるだけです。

 キノの願いが流星群に届いたのか、それともただの偶然なのか。それはあまり大事なことではないのです。一日遅れではありますが、お父さんとこれから一緒に過ごすことが出来る。それだけでキノにとってはもう満足でした。


「あなたたち、朝ごはん出来たわよー」


 ミーサがドアを開けてキノとシーンを呼びます。二人は返事をしてから部屋を出ます。

 キノの部屋の窓から見える青空は、キノたちの笑顔のように輝いていました。


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― 新着の感想 ―
[一言] お父さん、帰ってこられて良かった^_^
2023/04/24 15:52 退会済み
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