乙女ゲーのヒロインに転生したけど攻略する気はありません!
どうやら私は、乙女ゲームのヒロインに転生してしまったらしい。
脳出血で搬送された私は、回復の兆しを見せたのも柄の間、気が付けば状態が一気に悪化して一晩待たずに死んでしまった。
享年は十七歳。
まだまだ人生これからという時なのに、これからの人生はゼロ歳から異世界でということになってしまった。
死ぬ前まで気分転換にしていたゲームは、スマホでできる女性向け恋愛ゲーム『あの丘へ君と共に』。通称『丘君』だ。
よくある王子様とか貴族かとどうにかなっちゃおう的なゲームで、私は通学の電車の中での暇つぶしに、友達から紹介されてプレイしていた。友達曰く、私には女子力とかときめきが足りないからちょうどいいらしい。
主人公のアリア・レイクフィールドは、淡い桜色のゆるふわロングが可愛らしい、小さな村のパン屋の娘だった。
しかし、十二歳の時にルーセント王国でも貴重な光の魔力があることが判明し、貴族達が通う二年制の王立魔法学園に十六歳で入学することになってしまう。
その学園で繰り広げられるラブストーリーというのが丘君である。
領主も殆んど足を伸ばさないような田舎の小さな村から魔力保持者が出るのは非常に珍しく、私に貴重な光の魔力があるとわかって王立魔法学園に入学することが決まった瞬間から、毎日がお祭り騒ぎ。村の者達総出で壮行会という名のお祭りが開かれた。
私はそんな村の皆の期待を一身に背負い、この学園へと送られた。
村から学園がある王都は馬車でも一週間は掛かる距離で、流石に一人で旅は嫌だなぁと思っていたら、国から迎えの馬車と護衛が送られてきて、三人と一頭での旅となった。
護衛の騎士は二人で、老齢の騎士であるマテルさんと、私と同い年で今年騎士見習いから騎士になったばかりのラルフ君が交代で御者をしながら街道を進んでいった。
ラルフ君は年は大分離れているけどマテルさんの義理の息子で、魔獣被害で孤児だったところを拾われて引き取られたらしい。
馬車の中で一緒に会話をしていると、彼がマテルさんに本当に大切にされて育てられたのがわかるし、ラルフ君がマテルさんを本当の親のように慕っているのが分かる。
こげ茶色の髪の毛をスポーツ刈りのように短くして、前世の日本でならスポーツ少年みたいに見える彼は、大型犬のような可愛さがあった。頼りになりそうかどうかはさておいて。
王都への道中二度ほど魔獣に襲われることがあったが、マテルさんは強すぎる程強すぎたし、ラルフ君も多少危なくて多少の怪我をすることはあったけど無事だった。
ラルフ君の怪我は私の光魔法で回復してあげたら、すごく感謝された。
「スゲーッ!オレ、回復魔法なんて初めて受けた!ポーションよりも回復はえぇのな!!じーちゃん見たか!?」
「ラルフ、はしゃぎすぎだ!……悪いな、嬢ちゃん。回復魔法を使えるのは大神殿の聖女様や王妃殿下くらいしかこの国にはいないからな。ありがとう、息子に貴重な魔法を使ってくれて」
「いえいえ、命をかけて守って下さったのですから、これくらいは。それに、任務でも、一生懸命守ってくれるラルフ君がこんなところでマテルさんみたいな騎士を目指せなくなるのは悲しいですから」
「儂とすれば、ラルフには危ない道を歩ませたくはないんだがな。コイツはちっとも聞いてくれねぇ」
「じーちゃんがオレを守ってくれたみたいに、オレだって誰かを守れる騎士になりたいんだ。しょうがねぇだろ」
と、こんなやり取りをしながら王都に入り、学園の入り口で二人の見送りを受けて私は門を叩いた。
+-+-+
そして入学したその日から、ゲームの攻略対象達に鉢合わせて、色々と、色々と厄介な気持ちになってしまった。
ルーセント王国第一王子、ユージーン・ルーセント。
第一王子の補佐兼宰相の息子、ケビン・マグナ。
第一王子の護衛兼騎士団団長の息子、ザック・ブレイズ。
ルーセント王国第二王子でユージーンの双子の弟、ティオ・ルーセント。
公爵家嫡男で生徒会長、ネッド・ヘイル。
宮廷魔導士で学園教師、ファルガス・トニトルス。
この六人が基本の攻略キャラで、ユージーン、ケビン、ザック、ティオが同学年。ネッドが一つ上の二年生。ファルガスが教師で二十代前半だったはず。そして、例に漏れず、全員が全員、めっちゃイケメン。髪の色もカラフルだし。
じゃあ私はこの現世で一体誰を攻略するのか。
…………そう訊かれると、正直返答に困る。
というのも、私には貴族や王族でやっていける自信など皆無。
前世も平凡な一般家庭だったし、この世界でも優しい父母が営む村の普通のパン屋だったんだから、そんな教養とか社交とか言われても、絶対に無理だ。
だから、誰とも好感度を上げずに卒業後は田舎に帰ってパン屋を継ごうと思っています。
なのに―――。
「アリア、何かわからないことや困っていることは無いかい?」
「アリア、貴族の女子達に嫌がらせなどされていないかい?」
「おうアリア!一緒に練習組む相手がいないなら俺としないか?」
「アリア、兄上より僕と一緒に勉強しませんか?」
「アリアさん。是非生徒会に入らないかい?」
「アリア・レイクフィールド。君は平民だが、向上心の無い貴族達と違って成績も優秀だ。私も担任として誇らしく思う」
などと、色々声を掛けてきたり迫ってきたりする。
避けているつもりでも、なぜか廊下や街で鉢合わせてしまったり、なんらかの強制力すら感じられる。
その所為で、学園の女子達からは厳しい視線を向けられることも多く、最近は痛くなった頭や胃を、覚えたての自分の光魔法で治すというマッチポンプ的な魔法の練習じみたこともしてしまっている。
「アリア・レイクフィールド!平民の分際で、貴女はなぜ婚約者がいる殿下達を振り回すのです!」
校舎裏に呼ばれ、何人かの貴族令嬢達に囲まれて、艶やかな金髪の縦ロールヘアーの女性から私は謂れのない糾弾を受ける。
ゲームでもあったなぁ、こんなイベント。とか思いながら、私は深いため息をつく。
今私に面と向かって叫んでいるのは、確かユージーンの婚約者でライバルの悪役令嬢の娘だったよね…………。この子、アリアがユージーンと結ばれると、婚約破棄されて、色々かわいそうな目に遭うんだよね……。嫌がらせとかしたことで、身分剥奪とか、追放とか。その他の子達も、よく見ればそれぞれのルートのライバル達。
唯一ライバルがいないのはファルガスだけだったような。
「えぇっと……、誤解も誤解で、別に私は、王太子殿下をはじめとした皆様には気に掛けて頂けていますが、個人的に身分も違いますし、正直どう接していいのかもわからないのです。そのことで皆様にご迷惑をお掛けしたりするのは、私としても不本意なのです。…………そもそも、婚約者がいる方々と親しくするほど礼儀知らずではありません」
そう。平穏な一般市民の生活を望む今の私としては、この攻略対象者達は邪魔でしかないのだ。
だから正直、婚約者達にはしっかりと手綱を握っていて欲しい。
平民が貴族社会に居ること自体が珍しいから、彼らも一種の熱病に罹っているだけなんだと思う。
「で、でも……殿下達はその……アリアさんに夢中で…………、私達のことなど蔑ろに…………」
気の弱そうな令嬢が一人、オドオドとした口調で私に告げてくる。
うん。それは悪いと思うけど、私の所為じゃないからね?私は全力で彼らが居そうな場所から逃げてるはずだから。
「ならば、こういうのはどうでしょうか。皆様とても素敵なご令嬢ですから、美しさや綺麗さ、優秀さについてはこの学園の生徒全員が認めている状態です。なのでここは、相手に意外性を見せて、新たな魅力を見せつけるのです!」
私の熱弁を、彼女達は生唾を飲み込みながら聴き、そして一斉に頷く。
ここに、攻略同盟が発足したのだ。
+-+-+
「で、具体的に何をすればいいのです?アリア・レイクフィールド」
「あー、アリアでいいですアリアで。ルミエール様」
「ならば私達も、名前で呼ぶことを許しましてよ、アリア」
「ありがとうございます、ミラ様」
学園の使われていない教室に私達は集まり、この貴族令嬢達のリーダーでもある、ユージーンの婚約者ミラ・ルミエールに、私は軽く詰められる。
「そうですねぇ。とりあえず、プレゼントというのはどうでしょうか?」
「残念ねアリア。プレゼントなら毎年誕生日に必ず渡しているわ」
「そうですわ。いつも真剣に選んで、ケビン様に喜んでいただけるように…………いただけるように…………」
「そこ、泣かないで下さい、リリアナ様」
ケビンの婚約者であるリリアナはどうも自分に自信がなくて泣きやすいみたいだ。小柄で可愛らしい見た目をしているから様にはなるんだけど。
「皆様もプレゼントを選んで渡しているのですか?」
『はい』
選んで渡す。ということは、買った物を渡しているんだ。
―――――じゃあ。
「手作りしちゃいましょう!既製品ではなく、オーダーメイドでもなく、手作りのモノを!!」
こうして、私による私の平和の為の料理教室が幕を開けたのだ。
とはいえ、私が作れる料理なんてたかが知れている。その中でも、相手に渡すことを前提としたものだと、…………パンとか焼き菓子か!!
というわけで、ミラ様のお力添えで次の休みに学園の調理場を借りれることになり、私と令嬢五人は休みに向けて街へと買い出しに出掛けることになった。
市場で材料を買って、帰りにカフェでお茶をして、なんやかんやで楽しくおしゃべりしながら学園の寮へと戻る。
流石に貴族令嬢達に荷物を持たせるわけにもいかないし、大した量も無かったので私が全部持っていたけど、それがいけなかった。
買い出しの翌日に私は攻略対象達に迫られ、ミラ達からパシリ的な扱いを受けているのではないかとかいじめられているのではないかと心配される。
「いや、一緒に買い物に出掛けましたけど、貴族のご令嬢方に荷物を持って頂くのも申し訳ないですし、荷物を持った代わりにカフェでのお茶代奢って下さいましたし……。気にしなくても良いとは言ったのですが。お互いがお互いを気遣い合った結果のどこにご不満があるのですか?」
そう言いきると、流石にユージーン達もばつが悪くなったのか、それならいいんだがと言って解散となる。
+-+-+
そして、待ちに待った休みの日、私達六人は学園の調理場に集まり、パウンドケーキ作りを開始する。
みんな料理初心者ではあるが、分量をしっかりと計り、温度や時間、手順さえ間違えなければちゃんとそれなりなものができるし、心配は言うほどしていない。
そして約二時間後、そこには色とりどりのドライフルーツが散りばめられた、香ばしい匂いを放つパウンドケーキの姿が!
令嬢のみんなも喜んで騒ぎ、それを見守るメイドや側仕えの方々も感涙している。
「あとはこれを冷まして切り分けてラッピングすれば完成です!」
「やった、やりましたわ!私にも料理ができましたわ!」
「お嬢様、ご立派です!!」
「あぁ。これであの方達が私達の方を振り向いて下されば…………」
「大丈夫ですよ、お嬢様。お嬢様が頑張ったのですから、きっとお認めになられます」
「ザック様には歯ごたえのあるナッツを入れてみたの。彼、クルミとか好きだから」
「健気ですぞ、お嬢様!」
等々、ご令嬢達は側仕えの者達とこの労働に対しての感想を喜々として伝え合っている。
なんというか、身分が関係なければ、この子達も普通の女の子なんだなぁと思ってしまう。
私はそんな彼女らを見て、多めに焼いていたパウンドケーキをこの場に居る人数分切り分けて皿に盛り、紅茶味のパウンドケーキを作る為に購入しておいた茶葉の余りで紅茶を淹れてテーブルをセッティングする。
「せっかくの焼き立てです。私達もお茶にしませんか?」
『えぇ、勿論頂くわ!』
令嬢達は力強く返事をし、側仕えの方々もお礼を言いながら席につく。
お茶の席ではみんな、思い思いに想い人……というか婚約者の過去ののろけ話を聴かせてくれた。
中でも、『王城ふしぎ発見事件』とか『トイレのエメラダ様』とかの話は在りえない感じで楽しかった。
「で、アリアはどなたか気になる殿方はいらっしゃいますの?」
やっぱり来たか、この質問。
女子がお茶をしながら恋バナをしていたら、高確率で好きな人を聞かれる。
「アリアさんは平民ですから、自由な恋愛ができますものね。あ、別に婚約者が嫌いとかではないのですよ?ただ、そういった人生もあるのかと思いますと、少し羨ましく思いますの」
そう言ってネッドの婚約者のハンナが少し寂し気に笑う。
「自由恋愛って言えば素敵ですけど、これって、言い方を変えると、ずっと結婚しないっていうことにもなるのですよ?それはそれで面倒って言えば面倒だし、自分から結婚を選択しなかったとしても、親兄弟親戚はともかく、村や職場の人とかからも、ねぇねぇいつ結婚するの?って、とってもフレンドリーにグサグサと何年も言われ続けるんですよ?」
「そ、それはそれで……」
私の言葉に令嬢達がドン引きしている中、横のテーブルを囲んでいるメイドさん達はうんうんと頷いていることに私は気付いた。
「でも、実際好きな人とか、気になる殿方のお一人くらいはいるのでしょう?婚約者の私が言うのもどうかと思いますが、ユージーン様とか、見目麗しく品行方正で文武両道の殿方で、女生徒からの憧れの的だと思うのですが……」
その気持ちはわからないでもないけれど、自分の婚約者が取られると思って私に絡んできていた割には、私に婚約者を推してくるのはどうかと思う。
ゲームだから好きになって攻略していた部分はある。フィクションだからこそできたことというか。
でも、丘君の世界が自分の現実になってしまうとそれは別だ。
自分の身のほどをわかっているからこそ、迂闊に手を出さない。見た目がどれだけイケメンでも、自分とは住む世界が違うこともわかる。
だからこそ、自分と同じような視点、目の高さで生きていける人が一緒の方がいい。
「…………ラルフ君……かな…………?」
私はぽつりとつぶやき、一人の少年を思い浮かべる。
好きかどうかと言われれば好きだ。それが恋愛ではないとは思っているけど。
王都への道中で沢山話して、王都に行かないといけないという不安を忘れさせてくれて、危ないながらも身を挺して私を守ってくれて、純粋な目をしていて。マテルさんを尊敬してそれに近づこうと一生懸命で。
「ラルフ……。そんな生徒、この学園にいましたか?」
「いえ、存じませんわ。アリアさんの地元の方でしょうか?」
令嬢達がラルフ君のことを訊きあうが、誰も知らなかった。それはそうだ。彼はゲームにも登場していない、登場していても冒頭のテロップで護衛としか書かれていないような存在だ。
「多分もう会えないとは思うんですが、いつか会える機会があればいいなぁと。一応、これって気になるってカテゴリーに入れてもいいんですか?」
私の問いに喰い気味にミラ様が身を乗り出して距離を詰めてくる。
近い。
「いいに決まってますわ!素敵じゃないの、もう会えないかもしれないけど、いつか会えると信じる男女!これぞ王道ストーリーの恋愛ですわ!―――で、最後にそのラルフ殿と会われたのはいつですの?」
「えっと、彼が私に会いたいと思っているかはわからないですが、ここに入学する直前だから、もう少しで一年ですね」
「一年間もお会いになられていないとは……、アリアさん、さぞお辛いでしょうに」
「いや、あの」
「私達の持てる権力を使い、そのラルフ殿と引き合わせて差し上げませんこと?皆さん!」
「えぇ、ミラ様!」
「私も頑張ります!」
「アリアさんの輝かしい未来の為に!」
「お菓子作りの恩、返させて頂きますわ!」
こうして、ご令嬢達は私を置いてきぼりにして、ラルフ君捜索作戦に興じ始めた。
私は視線で助けを求めたが、メイドや側仕えの人達は『諦めろ』と言わんばかりの表情で、全員首を横に振った。
ちなみに、プレゼントのパウンドケーキは無事、攻略対象達の手に渡り、彼らは婚約者に対して驚きと感謝の言葉を述べて、ちょっと優しくなったとかならなかったとか。
尚、これを機に定期的にお菓子作り教室が開かれることになり、私はレパートリーを捻り出しながらなんとか対応していった。
+-+-+
そして月日が流れ、ゲームでは本編最後のイベントとなる告白イベントが、二年生の卒業式の日に発生した。
――――――なんてことはなかった。特に強制力とかいうものが働くことも無く、普通に卒業生のネッド達を見送り、その後の卒業記念パーティーでも壁際待機で貴族様達のダンスをなんとなく眺めながら、出された食事を楽しんでいた。むしろ、実家に帰ったらこの料理を挟んだサンドイッチを作れば売れるかもとか、なんかそんなことを考えていた。
まぁ意図的に攻略対象達を避けていたんだし、こっちから好感度を上げるなんてこともしなかった結果の産物だろう。本来ならこのパーティーで呼び出しを受けて、この後王都を一望できる丘へと行くことになるのだが。
人生事なかれ主義バンザイだ。
+-+-+
学園に来て一年が経ったその日、進路希望調査のようなことがあった。
学園というか王家や国の重鎮達は私に国の機関に入って活動するか、有力貴族と結婚させたかったりしたらしい。けれど、私の出した希望は実家のパン屋を継ぐこと。もしくは、この光の魔力を活かして地元で治療院でも開こうかと。
先生方は渋い顔をしていたし、あともう少しで学園長に呼ばれてしまうという事態まで行きそうだったけど、ミラ達が抗議してくれて学園長との面談は取り下げられた。
ゲームでは悪役令嬢だった彼女らとは良好な関係を築けており、私もできる限りのマナーを守りながらではあるが、身分の差関係なく過ごせている。国でも有力な貴族でもある彼女らが私に対してそういう対応をしてくれていることが功を奏してか、他の女生徒達も入学当初よりも和やかに、普通に会話をしたり食事をしたりする仲になっていった。
攻略対象達は相変わらず私にコンタクトを取って来ようとするが、ミラ達が私を庇って、不必要に交流しなくてもいいように誘導してくれる。
きっと、ラルフ君の話をしたことがきっかけだろう。
「アリアがアリア自身の努力と才覚と実力で、私達から婚約者を奪うのであれば、それは素直に受け入れますわ!でも、私達は貴女に想い人が居ることも知っていますし、貴女が貴族や王族に興味が無いことも知っています。なので、ユージーン様達のことは私達に任せて下さいな」
と、少しだけ誤解も含まれているような気もしたけれど、私にとっては都合がいいからそこはスルーした。
「ちょっとした疑問なんですけど、なぜ王太子殿下達は私に優しくして下さるのでしょうか?正直平民と馴れ合っても、平民に理解のある王族・貴族っていう風に、ちょっとだけ評判が良くなる程度のメリットしかないような気がするのですが……」
最初から思っていた疑問。ゲームだからと言われればそれまでなんだけど、卒業記念パーティーの告白イベントが発生しなかった今、ユージーン達が私に優しくする必要など微塵も感じられない。
「光の魔力保持者は、この国、いえ、この世界では貴重ですわ。建国の母と言われた初代ルーセント王の王妃もまた、光の魔力保持者でした。光の魔力保持者を娶るということは、彼に近づけるということもありますし、富や権力の象徴としても見られます。なので、ユージーン様達は…………」
その伝説にあやかろうと思っているのか……。
少し切なそうに語るミラがちょっとだけかわいそうに見えて、私はミラをそっと抱きしめた。
「人を物扱いしているような方には、私は絶対になびきません。私は私を私として見てくれる方が好きです。なので、最初こそわだかまりがありましたが、そこからずっと一緒にいて下さるミラ様やリリアナ様、ハンナ様、セシア様、タチアナ様達のことの方がずっとずっと大好きです」
私はできるだけ優しい声で、ミラにそう伝えた。
+-+-+
数日後、ミラがラルフ君の所在を突き止めたらしく、お嬢様らしからぬ息の切らし方で走ってきて私に教えてくれた。
「アリア、貴女の想い人の所在が分かりましたわ!学業の合間に探すのは時間がかかりましたが、これでお会いになることができますわね!」
ミラが自分のことのように嬉しそうに笑い、私の手を優しく握り締めてくる。
「魔獣の討伐任務に就いているみたいで、その任務で王都近くのアーネリアの丘にいるわ」
アーネリアの丘。
物語のタイトルにも出てくる『あの丘』のことだ。
かつて、魔獣がこの世界にもっと多く生息し、常に危険が身近にあった時代、魔獣討伐で名を上げ、ルーセント王国を建国した初代ルーセント王と、その恋人であり当時の光の魔力の保持者の女性が未来を祈り、将来を誓い合った場所とされている。
アーネリアの丘からはルーセント王国の王都が一望でき、今も初代王と王妃が国を見守っていて、そこで将来を誓い合った者達は永遠の愛で結ばれると言われている。
要は、恋人の聖地だ。
話を聴いていると、アーネリアの丘の後ろに広がる森林地帯で魔獣の報告が多く出たことから、数日前から騎士団は丘に拠点を築き、昼夜問わず警戒と討伐を繰り返しているとのことだ。
「お嬢様、大変です!アーネリアの騎士団が…………!!」
そこに飛び込むように走ってきたミラのメイドが血相を変えて叫んだ。
森の魔獣討伐は順調に進んでいた。しかし、中に特別警戒手配の魔物が紛れていたらしく、騎士団はその魔物の襲撃を受けて壊滅的なダメージを受け、王都へと撤退を開始したらしい。まだ死者は確認されていないが、重傷者を含む負傷者も多数出ていて、事態を重く見た王国は騎士団でも指折り実力を持つ騎士達を派兵することとなった。
「…………ミラ様、私、すごく我が儘言いますが、聴いて頂けますか…………?」
聖女や王妃も回復支援で王都の入り口に設置された緊急用の拠点に向かったらしい。
なら、同じ回復魔法が使える私が行かないという選択肢はない。
なによりラルフ君に、彼に何かあったら嫌だって、そう思ったから。
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ルミエール公爵家で一番速く走れるという馬にミラと二人で跨り、私はざわつく王都を駆けていく。
数十分走り辿り着いた緊急拠点には多くの負傷者が寝かされ、被害の大きさを私の視界に訴えてくる。
「君、ここは部外者が立ち入ってはいけない!早く出て行きなさい!」
見張りの兵から注意をされるが、ミラが私の盾となって言い返す。
「私はルミエール公爵家の使いであり、王太子殿下の婚約者であるミラ・ルミエールよ。今ここに、魔法学園に在学中の光の魔力保持者のアリア・レイクフィールドを連れてきたわ。彼女も回復魔法を使えるわ。騎士達の処置に当たらせなさい」
「わ、わかりました!隊長に報告だけさせて頂きますので、少しだけお待ちください」
ミラの迫力に押されて、兵は怯みながら拠点の奥へと駆けていく。
「よかったの?家の名前まで出してしまって」
「いいのよ。回復魔法の使い手が増えることに越したことは無いでしょうし、このことで父上が何か言ってきたとしても、全部ねじ伏せさせて頂きますわ」
なかなか逞しいことをおっしゃるお嬢様だ。さすが悪役令嬢だっただけのことはある。
伝令を終えた兵士が走ってきて、中で回復支援に当たることを認められる。
手当たり次第に回復魔法をかけて、負傷した騎士達を治していく。
が、そこにラルフ君の姿は見えず、王妃と聖女が担当している重傷者の方にも顔を出す。が、そこにもラルフ君は居なかった。
「あの、ここにラルフという騎士は…………?」
回復させた騎士に問いかけ、彼がどこにいるかを確認する。しかし、騎士達はどこかばつが悪そうな顔をして言い淀む。
「ラルフは…………殿を務めて…………まだ…………戻って…………」
回復魔法をかけて傷自体は治っているがボロボロになって横になっている騎士が私の背中に答えを伝えてくれた。
しんがりって……、確か、部隊の最後尾を担当して追撃を防ぐ役割…………。
まだ戻ってきていないって、それって…………!!
「私、行かないと!」
マテルさんのような騎士になりたいと、笑顔で語っていたラルフ君のことを思いだす。
マテルさんと比べると圧倒的に力不足なこともわかっていた。
流石にミラを巻き込むわけにはいかない。
私は一人拠点を抜け出て、アーネリアの丘に向かって走りだす。
人間の足ではすぐに着くことはできないことはわかっている。
でも、私にはこれくらいしかできない。走らずに足掻かずに居ることなんてできない。
平原を走り、自分の疲労は回復魔法で誤魔化して、ずっと走り続けて、それでも丘はまだ遠くて。
「君は、……ここは危ない。王都へと戻りなさい」
背後から迫ってきた騎兵が馬上から私に声を掛けてくる。
きっと、丘への応援に行く実力者の一団だろう。なら―――。
「私は学園所属の光の魔力保持者、アリア・レイクフィールドです!お願いです、私も丘へ連れて行って下さい……!!…………ラルフ君が……!」
素性を叫び、騎士に懇願する。
馬上の騎士は一考してすぐに頷くと、私に同乗するように促す。
鍛えられた軍馬は早く、それまでの移動速度が嘘のような速さで丘が迫ってくる。
お礼を言いたいところだが、集中している騎士の邪魔をしてはいけないと思い、私は黙って騎士にしがみつく。
丘の上の拠点はボロボロとなり、資材やテントが無残な姿で放置されている。そして、それを背に戦い続ける人の影が一つ。
ラルフ君だ。
彼はもうボロボロで、でも相手の意識をしっかりと自身に向けて逃がそうとしない。
魔獣は大型の熊のようで、その巨体に似合わない速さで攻撃を放ち、一撃一撃を確実にラルフ君に当てようとしてくる。あの大きさだと、一撃をまともに受けるだけでも骨折するだろう。
「アリア殿。君はここで待機だ。決して戦闘領域に入ってはいけないよ?」
「わかりました……。ご武運を」
私を乗せていた騎士は馬ごと私を拠点跡に残すと、一緒に移動していた他の騎士達と共に魔獣の下へと向かっていく。
「よく耐えたな、ラルフ。後は儂に任せよ」
聞こえたその声は、マテルさんのものだった。
「残っているのは君だけか。ならば、その騎士としての心、我々が引き継ごう」
私を乗せてくれた騎士が剣を抜き、ラルフ君と魔獣の間に炎の壁を出現させる。
「ルーセント王国騎士団団長、リオリート・ブレイズ。……推して参る!」
団長を攻撃の要として、マテルさん含む三人の騎士が魔獣を挟撃し、確実にその力を奪っていく。
と思った瞬間、魔獣の首が胴体から切り離されて、血飛沫を上げながら宙を舞う。
「アリア殿、ラルフの回復を頼めるかな?」
団長は私の名前を呼ぶ。それに応えるように私は走ってラルフ君の下へと寄っていく。
鎧も破壊され、全身に酷い怪我を負いながらも戦い続けていたラルフ君は血に汚れ、意識もなくなる直前だった。気力だけで体を無理矢理動かしていたのだろう。肉体全体が悲鳴を上げているどころか、断末魔を上げているようだ。
あの拠点に居たどの騎士達よりも重傷のように感じた。
祈るように、願うように、私はラルフ君の体に手を当てて全力で魔法を発動させる。
淡い光が彼の全身を包んで、苦しそうに聞こえていた呼吸音が、徐々に穏やかな感じに落ち着いていく。
彼の傷が塞がり、折れていただろう骨も元に戻っていく手応えを感じる。と同時に、襲い来る強烈な眠気。
そういえば、今日だけで凄く魔法を使い続けていたし、これって、魔力切れによる昏倒なんじゃ………………。
とか思いながら、私は意識を手放すように、治したラルフ君の上に倒れ込んだ。
+-+-+
目を覚ますと、そこはやけに綺麗に整えられた部屋だった。
「ご気分はいかがですか?アリア・レイクフィールド」
「え?あ、はい……。ちょっとだけ眩暈はするけど、大丈夫かと…………。あの、ここって?」
私は声がした方に視線を向けて声を出す。
「ここは王城です。貴女はアーネリアの丘で倒れて、そのままここに運ばれたのですよ?もう丸々一日は寝ていましたよ?」
「ラルフ!そうだ、ラルフ君は!?」
女性の声を聴き、自分が倒れたことを知り、そして、自分が何をしていたかも思い出して叫ぶ。
「無事ですよ?貴女が全力で回復魔法をかけたのでしょう?…………少しだけその弊害が出てしまっていますが…………」
女性は少しだけ苦笑いを浮かべながら私にそう伝える。
弊害?それって……ヤバくない?
「あ、弊害と言っても悪いことじゃないですよ?むしろ、良すぎるというか。……歴代の光の魔力保持者でも前例がなかったというか…………」
しばらく経って落ち着いてから女性に案内されて連れてこられたのは、謁見の間だった。
「聖女レディアよ、その娘か?」
「はい、陛下。この者が騎士達の命を救い、騎士ラルフ・ヴォルテクスに加護を与えたアリア・レイクフィールドです」
私を看ていてくれたのはどうやら聖女様だったらしく、王の問いに淑やかに言葉を返している。
って、加護って何?
「アリアよ。お前のことは学園長からも息子達からも、騎士達からも聞いている。息子達がいつも迷惑をかけているようですまぬ。そして、我が国の剣である騎士達を救ってくれたこと、感謝する」
「……私のような者にはもったいないお言葉、ありがとうございます。ですが、これもルミエール公爵家のご令嬢や皆様がお力を貸して下さったからこそです。私一人では何も成し遂げることはできなかったでしょう」
「謙遜するな。お前はよくやった。して、なにか褒美を取らせたいと思うのだが、希望はあるか?」
いや、褒美とか急に言われても無いし、私はただ平穏に過ごせればいいって思っているだけだし。
結局褒美の話は保留にしてもらって、私はその日のうちに王城から解放された。
そして、聖女レディアに誘われて、一緒に騎士団の宿舎を訪ねることになった。
「ラルフ君…………」
「アリア…………」
彼も完全に回復していて、あの丘で起きたことを私に教えてくれた。
もうダメかと、ここで死んでしまうのかと思ったとき、マテルさんと私の顔を思い出したって。
「なんで私?」
「なんでかなぁ。ほら、多分アリアにかけてもらった回復魔法が凄くて、アリアがいてくれたら、オレはもっと戦えるんじゃないかって。でもなぁ、アリアを戦いに巻き込むのはダメだから、じゃあアリアを守る為ならオレはもっともっと強くなって戦えるんじゃないかって思ったんだ。そしたら、アリアが来てくれた」
ラルフ君の真っすぐな言葉に私は顔が真っ赤になっていくのに気付く。
同じ部屋に居る騎士や聖女様はニヤニヤと笑っている。
この言葉の意味に気付いていないの、多分ラルフ君本人だけだ。
「ありがとうな、アリア。お前に回復魔法かけてもらってから、オレ、調子がいいんだぜ?ちょっと怪我してもすぐ治るし、あんま疲れも感じなくなった!光の魔力ってすげーんだな、ホントに」
「ラルフくーん。そんな効果を出せるのも、そんな効果が出ているのも、アリアちゃんだけだし、君相手だけだよー。歴代の光の魔力保持者はそんな器用なことできないからー」
ラルフ君の言葉にツッコミを入れるように聖女様が軽い調子でそう伝える。
「そうなのか?じゃあアリアは特別で、そんなアリアの特別になれたんだな、オレ。ありがとうな、アリア!これでじーちゃんにまた追いつける!」
無自覚な言葉はまた私を恥ずかしい気持ちにさせる。
そして、また周囲がニヤニヤするのが空気でわかる。
結局いろいろと恥ずかしくなって、私は宿舎を抜け出て外の空気を吸う。
そうしていると少しだけ落ち着く。
「アリア」
「マテルさん」
昨日のことを思い返していると、マテルさんが声を掛けてきてくれた。
「ラルフを救ってくれてありがとう。アリアには感謝してもしきれない。……儂らがあそこに駆けつけただけでは、ラルフは死んでいたかもしれん。ラルフの命を確実にしてくれたのはアリア、お前の存在だ。本当に、本当に感謝している…………」
深々と頭を下げてくるマテルさんに、私は少しだけ戸惑いながら頭を上げるように伝える。
「ラルフは孤児ということで、誰かに認められるために無理ばかりをしてしまう悪い癖がある。今回の殿の件もそうだ。最初は何人かいたんだが、負傷する度にラルフが負担を肩代わりして、最後には全員逃がして一人だけで戦い続けた。バカだよ。アイツは」
「確かに無自覚バカっぽいところはあるけど、そんな理由が…………」
「お、おう。割とズバズバと言うな、嬢ちゃん…………」
私とマテルさんは夕日を眺めながら一つため息をつく。
「なぁ嬢ちゃん。儂から一つ頼みがあるんだが…………」
「なんですか?改まって」
「………………ラルフと一緒に居てくれんか?」
「なんでまた」
「アイツは鈍感だから、アイツ自身が嬢ちゃんに抱いている感情には気付いていないだろう。だが、ラルフが儂以外に好意を持つなんてこと、今までは無かったんだ。口では好きだ好きだと言うがな。嬢ちゃんと別れてから、ラルフの奴は口を開けば、アリアは元気かとか、アリアは貴族の中でちゃんとやっていけているのかとか、少しは強くなったオレを見てもらいたいとか、まぁアリアのことばかり気にしていたんだ」
私が学園で攻略対象達から逃げているときに、そんなことが…………。
「あのとき怪我したオレを、アリアは心配して悲しそうな顔をして見てたから、アイツを悲しませないくらい強くならねぇといけないよな、オレ。って、儂が稽古をつけているときには毎回のように聞かされた。……全く、惚れた女にくらい、ストレートに告白すればいいというものを、ラルフの奴はだらしない」
マテルさんは少し手厳しい意見を私に伝えてくる。それ以前に、自分の知らないところで気持ちを暴露されちゃうラルフ君がちょっとだけ可哀想。
「私がラルフ君を好きじゃないって可能性は考えないんですか?」
今日何度目になるかわからないため息をついて、私はマテルさんに確認する。
「…………あの平原をその足だけで走り抜けてまでラルフを助けてくれようとした嬢ちゃんを信用したんだ」
+-+-+
「ねぇ、ラルフ君。私のお願い、聴いてもらってもいい?」
あれから一週間が過ぎ、アーネリアの丘の周辺も元の静けさを取り戻してきた。
そんな中、私は騎士団の宿舎の前でラルフ君と話をすることになった。
「お、おう。内容にもよるけどな」
よくわかっていなさそうな表情を浮かべ、私の顔を少し高いところから見つめてくる。
「…………私の、騎士になってくれませんか?」
「オレはもう騎士だぞ?」
「そうじゃなくて、その、…………違う!」
「え?ん???」
あーもう、この鈍感バカは!
「好きだから一緒にいて欲しいの!学園卒業したら地元に帰ろうとも思ってたけど、帰ったら帰ったで、ラルフ君が無理してないかとか無茶していないかとか、すっごく心配だから、一緒に居て、一緒に暮らしたいの!!でも、光の魔力保持者は貴重だから、どこかに困っている人達が居たら聖女様や王妃殿下のお手伝いもしないといけないし、私一人で何かできるとも思えないから、そんなとき、ラルフ君に側で守ってもらいたいって………………。……………………だめ?」
告白を叫んだ後でなんだけど、正面のラルフ君の顔も真っ赤になっている。
私も多分真っ赤だ。
すごく体が震えている。
そんな体を彼がガバッと抱きしめて抱き寄せて、逃がさないように強い力でギュッとしてくる。
ちょっと汗臭いけど、それは別にいい。騎士としての鍛錬を頑張っている証だから。
「オレ、アリアの騎士になる。どんなことがあっても絶対、アリアを守る。で、アリアが悲しまないように、オレも強くなる。……だから、その、………………頑張る」
真っすぐにバカっぽい。
でも純粋で、信じられる。
気が付けば、宿舎から顔を出していた騎士達が各々に囃し立て、私達を祝福しているような見世物にしているような、変な盛り上がりを見せてくれた。
+-+-+
王城の謁見の間で、私は王に褒美の話をする。
そんな大層なものは要らない。ただ、卒業後に王都で住める部屋を用意して欲しいと。それだけを願った。
集合住宅の一室で十分だったんだけど、この前の働きと、これからの働きに期待されて、貴族街に近い、小さいながらもちゃんとした一軒家を褒美として与えられた。
そのときの王様は少しだけ笑って、私にこう言った。
「普通の集合住宅の一室では、二人で暮らすには狭いだろ?子ができれば尚更だ。聖女レディアやミラ嬢、騎士マテルからしっかりと聴いている」
私とラルフが付き合うことが王も知るところとなったことに、その言葉で気付かされる。
このことは私が知らない内に学園内にも広まり、私は女生徒から好奇の目で見られたり、直接話を聴きたいという人達に追われることとなった。
ただまぁ、この話のおかげで攻略対象達も私に変に近づいてくることは無くなり、一応平和にはなった。
+-+-+
そして季節は流れ、私達の卒業式や卒業記念パーティーが終わり、二年間お世話になった学園の門を通り抜けたところで、一人の騎士が私を待っていた。
彼に連れられて馬に乗り、アーネリアの丘へと向かった。
あのとき酷く荒らされていた場所も、今では穏やかな風が吹き、森からも木々の擦れる音や鳥や動物の鳴き声が聞こえて、平和そのものだった。
「なぁ知ってるか?ここの伝承みたいなやつ。実はな、この丘で―――」
「将来を誓い合ったカップルは、永遠の愛で結ばれる―――。でしょ?」
「なんだ、知ってたのか。せっかく騎士団の先輩達が教えてくれたのに」
「私も、同級生達が教えてくれた」
得意そうに言おうとした彼を、少しだけ意地悪にセリフをとって、そして互いに軽く笑い合う。
「オレは、ラルフ・ヴォルテクスは、一生アリア・レイクフィールドを愛し、守ることを誓う」
真剣な表情で私の顔を見つめながら、ラルフ君がこの丘に響き渡る声で私に宣誓する。
「私も、アリア・レイクフィールドは、ずっとラルフ・ヴォルテクスを近くで支え、愛することを誓います」
私の言葉を合図に、彼は私の肩に手を置いてそっと顔を近づけてくる。
私は少しだけ背伸びをして高さを合わせ、彼のぎこちないキスを受け入れた。
一瞬のようなキスが終わり、彼の腕がそのまま背中に回されて、強く抱きしめられる。私も負けじと腕を伸ばして抱きしめ返し、なんだかんだで放っておけない騎士を離さないように力を込めた。
これから大変だ。
私は彼が傷つく度に不安になったり緊張したり、居ても立っても居られなくなったりするだろう。
彼は彼で、私の不安を解消する為に無理して無茶して強くなろうとするだろう。
二人なら乗り越えていけるかもしれないけれど、二人だからこそ無理をしてみんなを心配させてしまうかもしれない。
でも、そんなときはマテルさんやミラ達がきっと心配して、注意してくれるだろう。
誰も攻略する気はなくて、実家のパン屋を継ぐつもりだったけど、一番最初に私は攻略されていたみたいだ。
名も無い新米騎士だった彼に。
物語に出てきても姿絵も無くテロップだけで流されるだけの存在は、でも、物語では一番重要なキャラだったのかもしれない。
彼がいなければ、主人公は魔法学園に辿り着くことも無かった。そうしなければ、物語が始まらない。
そして、その一番重要なキャラは、私の一番大切で愛おしい、放っておけない人になった。
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二年後、私とラルフ君の間に赤ちゃんが生まれた。
マテルさんは感激して大泣きするし、実家の両親も結婚式ぶりにわざわざ王都に来てくれたし、今でも交流が続いているミラ達もお祝いに来てくれた。大神殿の聖女様まで祝福に来てくれたのは驚いたけど。
攻略対象達はそれぞれが結婚して、学園時代に私にちょっかいをかけていた所為で、婚約者達の尻に敷かれているそうだ。
「ねぇラルフ君。赤ちゃんが生まれたんだから、もう無理はしないでね?この子の為にも」
「おう!大事な息子だからな!アリアと息子、両方ともしっかり守れるように、俺、頑張るぞ!」
どうやらラルフ君が無理とか無茶をしなくなる日はまだまだ来ないらしい。
R3.9.19追記
※この物語の、ラルフ・ヴォルテクス視点での物語『鈍感新米騎士は気になる少女の為に生きてみたい!』https://ncode.syosetu.com/n3793hf/ をアップしました。
よろしければ、アリアの物語と併せて読んで下さい!