卒業パーティで婚約破棄は止めましょう~婚約破棄の脇で
「エリザベス! 貴様はこのか弱いミレーヌに嫌がらせを繰り返し…(中略)…貴様との婚約は、今ここで破棄する!!」
「マイルズ様…」
ここはある王国の貴族と一部平民の通う学園。
その卒業パーティの真っ最中である。
突然始まった公爵家次男のマイルズから、婚約者である侯爵家の一人娘であるエリザベスへの婚約破棄に、周囲の視線は釘付けとなる。マイルズが婚約者では無い男爵令嬢のミレーヌを連れているから余計にだ。
そこから少し離れ、デザートを楽しみながらマイルズ達に冷ややかな視線を投げる女性が二人。
「ねぇ…今って、私達の卒業パーティよね?」
「そうね」
男爵家令嬢キャシーと、子爵家令嬢のステラであった。
「高位貴族様の劇を見る会じゃないわよね?」
「そうね」
マイルズが大きな声を出しているので、会場は殆どそちらに集中している。本当に劇を見ている様に息をのんで見守る人も居る位だ。
「というか、侯爵令嬢のエリザベス様があの娘虐める理由って何?」
「あれじゃない? 婚約者が取られそうだから嫉妬とか?」
しかし、マイルズの主張に興味の無い二人は怒鳴っている内容を聞きつつお互いの考えを話し出す。
「あはは、無い無い。だってエリザベス様、マイルズ様とあの娘が一緒に居る所見ても気にしていない様子だったし、そもそもあの娘に嫌がらせをする様な無駄な時間も無いじゃない」
「気付いてないのはマイルズ様とあの娘だけよね。お互いしか見えてないから」
少し愉悦を含んだ笑みを見せつつ、エリザベスに対するマイルズが勘違いしているのは間違いないというのが二人の…いや、会場内大半の思いだろう。エリザベスには同情の、マイルズ達には冷たい目が向けられている。
『貴様は感情を表に出さず…(中略)…爵位の低い者を見下し…(中略)…』
「……感情を表に出さないって、当たり前よね」
「そうね。淑女教育の基本だわ。エリザベス様であれば更に厳しく教育されてるでしょうしね。まあ、あの娘は喜怒哀楽を表に出しすぎよね。うちの姪 (5歳) でも、もっとお姉さんぶろうとするわよ?」
更に続くマイルズ劇場の言葉の端々に、違和感を感じ溜息を吐く二人。
「…でも、エリザベス様の笑顔、可愛いのにね」
「美味しい物を召し上がられた時にフワッと微笑まれるのは最高よね」
「いやいや、動物を愛でている時も良いのよ」
「あぁっ! それ、見た事ある! 確かにそれも捨てがたい」
食堂で見た姿や、偶然中庭に迷い込んでいた猫を愛でていた姿を思い出し、二人はうっとりする。
「それに、低位貴族見下した事あったっけ?」
「無いと思うわ。それどころか平民にも普通に話しかけてらっしゃったけれど。そして骨抜きになった者多数」
気さくに話しかけてくれるエリザベスに悪印象を持つ者は少ない。
逆に爵位の高さを鼻にかけるマイルズや、高位貴族以外に興味はないとばかりのミレーヌの評判の悪さの方が多いはずだ。
「あ~、分かる。近くで見ると更にお綺麗だし、いい匂いするよね。ああ、ちゃんとお話ししてみたかった…」
「ね。学生の時位しかお話しできる機会が無かったのに残念だわ。……あんな完璧な婚約者が居て、あの娘に靡くマイルズ様の気が知れないわ」
「顔良し、頭良し、性格良し、侯爵家跡取りのエリザベス様の何処に問題があるのか分からないわ」
「……もしかして… (劣等感)…?」
「あっ…(察し)」
完璧ともいえるエリザベスの婚約者として、マイルズは全てにおいて比較されていただろう。そして彼の成績がエリザベスを上回った事は無い。
そういった小さい事でも、積もれば山となる。そこに甘い言葉で囁かれれば落ちるのも仕方の無い事なのかもしれない。
「でもあの娘、他にも色々…よね?」
「ええ。あそこで微妙な顔してる侯爵家の三男とか、伯爵家の嫡男とかあちらこちらに。……ああ、一時期尊い方とも噂があったわね。まあ一瞬だったけど」
ほんの少しだけ声を落として、視線を廻らす。
「ほんと皆見る目ないわよね。私の所の商会で、皆が代わる代わるあの娘に貢いでるの知って笑っちゃったわよ。凄いのよ、あの娘。皆に同じ物買わせるの。で、一通り買わせた後に、身に着ける一つだけ残して後は全部売り払う。感心しちゃって娼館のお姐様方に教えちゃったわよ」
「ちょっと、そんな事言って大丈夫? 商人の守秘義務は?」
ははん、と鼻で笑うキャシー。彼女の実家は大きな商会で成功し、三年前に叙爵され男爵家となった。その為、本人的には貴族としての感覚よりも平民としての方が強い。
「大丈夫、個人名出して無いし。それにどうせあの娘も終わりでしょう?」
「そう?」
「だって、あんな分かり易い嘘で、更にこんな場所で婚約破棄させたのよ? 侯爵家に正面から喧嘩売ってる様なものじゃない。それにエリザベス様は全部知ってるっぽいわよね」
「え? そうなの?」
「一人娘へ婿入り予定の人の行動把握位、侯爵家ならするでしょう? マイルズ様は何を勘違いしているのか分からないけれど、婿入り予定の相手に婚約破棄叩きつけて、ご自身はどうするつもりなのかしらね? 自分は公爵家で爵位は上と言っても、どうせ次男でしょう? こんな騒ぎ起こす人、公爵家として放っておくかしら」
「……それもそうね」
貴族に上がって間もないものの、貴族の怖さは知っている。
高位貴族ともなれば、色々な情報収集は欠かさないものだ。
「侯爵家だって怒るだろうし、二人揃って平民がいい所じゃない? どうせこの先、良い縁談なんて来ないって」
「あらら、お可哀想に…」
「こらそこ!! 先程から好き放題何を言っている!!」
可哀想にと言いながら、ふふふと笑う二人にマイルズからの怒声が飛ぶ。
「あら? 聞こえてた?」
「盛り上がっちゃったからね」
小声でこそこそと話しながら、楽しんでいたデザートを片付け、二人はほんの少し前に出る。
「これは失礼いたしました。どうぞお続け下さい」
「こちらは口を噤みます」
体裁を整え、軽く礼を執りながら一応失礼を詫びる二人。
「いや…というか、むしろ詳しく聞きたいのだが…」
「何をでしょう?」
「……私達揃って平民がいい所とか、どういう事だ」
一瞬二人はぽかんと口を開けた間抜け面を晒してしまった。
「え? 今そこ?!」
「うわぁ…やっぱりおめでたかった…」
我に返った二人の口をついたのは、正直な驚きだった。
「何?!」
「マイルズ様、彼女達の驚きは当然の事ですわ。それを問える貴方様には本当に驚きしかありません」
反射的に怒りを見せるマイルズに、エリザベスが声をかける。
「何だと?!」
自身に視線が移ったと同時に、エリザベスは言葉を続ける。
「婚約破棄のお申し出は受け入れます。貴方が彼女達にぶつけた質問に対してですが……貴方様は当家に婿入り予定だったのです。浮気の挙句、侯爵家に泥を塗った貴方様の行く先は、果たしてどこになるのでしょうね? 貴族籍を抜かれる可能性は考えなかったのでしょうか。それにミレーヌ様…とおっしゃったかしら? わたくしにあらぬ疑いをかけた事、相応の罰を受ける覚悟をなさいませ」
マイルズとミレーヌを真正面から見据え、エリザベスは宣言する。
「エリザベスっ! 貴様っ!」
「声を荒げれば良いという訳ではありません。そんな威圧、なんの効果もありませんわ」
簡単に婚約破棄を受け入れ、表情を変える事もせず淡々と話を進めるエリザベスにマイルズは顔を歪める。
しかし、それをにべもなく受け流し、エリザベスは一つ嘆息する。
「当たり前の事しか言われて無いのに、何であんなに怒るんだろうね?」
「人は図星を指されると怒るものだからよ」
マイルズとエリザベスの会話に移ったと思い少し気の抜けた二人は、ついつい感想を述べてしまう。
「だから何だお前らは!!」
マイルズが顔を真っ赤にしてこちらに向き直る。
本当に図星だったらしい。
「失礼しました」
「つい本音が」
マイルズの余りの顔の赤さに笑いを堪えつつ、二人は頭を下げる。
軽く咳払いをし、エリザベスがマイルズに声をかける。
「マイルズ様、もう少し落ち着いて下さいませ。話が進みません」
「しかし、こいつらが」
それでも二人に文句を言いたいマイルズを目で制し、エリザベスは言葉を続ける。
「彼女達の方が状況をしっかり理解していますわ。……というか、大半の方が、ですけれど」
「は?!」
「もう皆、下らない言い分に飽きてるよね」
「パーティ諦めて帰ろうとしてる人もいるね。家に報告する為かな?」
顔を上げないまま小声で話す二人だが、周りが静かな為マイルズの耳にはしっかり届いていた。
「……っ」
「マイルズ様…」
はっと会場を見渡したマイルズとミレーヌは、自分達の置かれた状況をやっと客観的に見れた様だ。
「とりあえず、当主へお互い婚約を続ける気が無い事を報告しに参ります。両家の話し合いはまた後日と言う事で。……わたくしも疲れましたわ。失礼いたします」
マイルズがエリザベスに視線を戻した所で、少し疲れた顔のエリザベスが礼を取る。
「くそっ!!」
「まっ…待って下さい、マイルズ様!」
会場内の冷たい雰囲気に押されたのか、マイルズとミレーヌは逃げる様に会場を後にする。
礼を解いたエリザベスは二人に近付き、声をかける。
「貴女方も巻き込んでしまって…ごめんなさいね」
「いいえ、私達の声が大きかったのが悪かったので…」
「まさか演者の一人になるとは思いませんでしたが、少し面白かったです」
素直に謝るステラと、面白がるキャシー。
そんな二人につい笑みが漏れるエリザベス。
「面白い方達ね。今度お茶にお誘いしてもよろしいかしら?」
「凄く嬉しいです!……が、侯爵家のお茶会は…私達には格式が高いというか…」
「あっ、城下のカフェなど行った事はございますか?」
お詫びを兼ねつつ、もう少し話してみたいと思ったエリザベスから、二人にお誘いをかける。
「残念ながら無いの。興味はあるのだけれど」
「では、是非いかがですか? キャシー…こちらの彼女の商会の直営店で評判が良い所があるんです!」
「スイーツが凄く美味しいので、エリザベス様にも楽しんでいただけると思います!」
二人の勢いに、エリザベスはコロコロ笑う。
「まあ嬉しい。では、日時の連絡は後日」
「はい! お待ちしております!」
「何が何でも行きます!」
笑顔のエリザベスの直撃を受け、二人のテンションはうなぎ登りだ。
「うふふ、ありがとう。では、ごきげんよう」
「はい! ごきげんよう!」
「ごきげんよう!!」
嬉しそうに笑いながら去るエリザベスに、満面の笑顔で応える二人。
「やばい…近くで見るエリザベス様、超やばい…」
「超綺麗だし、やっぱりいい匂いした…」
エリザベスが会場を出た後も、二人は余韻に浸っていた。
「デートに誘っちゃったけど本当に大丈夫だったかな?」
ハッと我に返り、キャシーは真顔になる。
「でも、侯爵家でとか無理でしょう? ガチガチになって何も喋れないよ」
「だよね。あーでも楽しみ~」
「ね~。お出かけの衣装新調しないと~」
「是非我が商会をご利用下さい」
「ええ、喜んで」
ステラのフォローに、それもそうかと納得するキャシー。
二人の意識はもうエリザベスとのデート以外に無い。