第4章 おはよう眠り姫 ~good morning, deep sleeping Princess~
ヒロインが起きるところまでは偽終章と同じです。
第4章 おはよう眠り姫
~good morning, deep sleeping Princess~
1・奇跡
~再開~
「やられたね」
「ええ」
逃眠病の画期的な治療法が発見されて一年ほど経ったある日、僕と姉さんはハジメから聞いたあるサイトを見ていた。そこには、一年前のインタビューや、それの資料に渡してあった逃眠病関係の資料がアップされている。
「どうする?何とかする?」
姉さんはひどく心配そうな顔で訊ねている。
「いや、このままでいいよ。資料はずいぶん簡略化されてるし、僕の名義で出してあるから他所が発表することは出来ない。インタビューについてはただの青春暴露話みたいになってるから平気でしょう」
タカシさんは全て計算して資料とインタビューを書いたんじゃないかと疑いたくなるくらい隠すところは隠していた。だから、僕は特に心配しなかった。
「そう?なら、ほっとくよ」
「はい、それじゃあ往診に行ってくるよ」
僕が背を向け、ドアに向かうと姉さんは話しかけてきた。
「ねぇ、雪花に薬を使わない理由はまだ話してくれないの?」
そう、僕は投薬による治療を雪花に行おこなっていなかった。
「アタシはね、どうしてだか何となく分かってるよ。でも、美月とハジメは分からない。もうそろそろ話してもいいんじゃない?」
「いや、駄目だ。これを今言うと全てが崩れるかもしれない。また覚悟が無いって言うかもしれないけどこの事はまったく実証の無い話だからもう少し待って欲しい」
「そう、わかった。ごめんね、変なこと言って。往診行ってらっしゃい」
「いつか、必ず話すから。…行ってきます」
バタン。
僕がドアノブに手を伸ばしたとき勢いよくドアが開いた。開けたのは雪花の専属看護師だった。いつもは冷静な彼女がひどく慌てているのを見ると嫌な予感がぬぐえない。
「四方先生、蛍会長、雪花さんが、雪花さんが」
「落ち着いてください、何があったんですか?」
三人は必死に冷静になろうとしている。
「は、はい。これを見てください」
彼女が差し出した紙は、
「これは、本当なんですか?」
「はい、先ほどから脳波に動きがありまして、現在では中等度睡眠期になっています」
信じられなかった。十年間何をしても深睡眠期から回復しなかった雪花が急に症状が軽くなるなんて。奇跡としか言いようが無い。
「姉さん、ハジメと美月を呼んでくれ。僕は雪花のところに向かう」
「ちょっと、往診は?って、もういないし。まったく、今日だけは特別よ」
僕は急いで雪花の元に向かう。もしかしたら起きるかもしれない、僕の眠り姫。何よりも大事な女性。心躍る感覚と言うのは実に久しぶりだ。院内を全力疾走してると、婦長さんに怒鳴られたが、気にせず走る。
僕が一番最初に雪花の病室についた。
「ハァ、ハァ。全力疾走なんて久しぶりだ」
パーン。
「いてっ」
背中に激しい痛み。後ろにはニヤニヤしてるハジメと、僕を殴ったであろうファイルを持った呆れ顔の美月がいた。
「まったく、嬉しいからって全力で走ってんじゃないわよ。婦長カンカンよ。」
「ま、良いじゃないか。十年越しに惚れた女に会えると思うならこうなるって」
美月もハジメも凄く嬉しそうにしている。
「けど、アンタは後で始末書書いてもらうからね。院内を全力疾走した分と、往診サボったぶんね」
姉さんも呆れ顔だけど嬉しそうだ。
当たり前だ。葉子さんの、僕たちの思いが今叶おうとしているのだから。
十年。
わずか二文字なのに、その時間は長かった。諦めかけたのだって一度や二度じゃない。ついに、眠り姫が起きるかもしれないのだ。
「よし、四方。起こして来い」
「は?」
ハジメは当たり前だと言うように言ってくる。
「眠り姫ってのは王子様のキスで目覚めるもんだろ?やってこい」
「いいわね、それ。四方、男見せてきなさい」
「やったら始末者無しにしてあげる」
三人――特に姉さん――は何が何でも僕にやらせる気でいる。三人の目は期待というより、楽しい見世物を見せてもらうような感じだ。
僕は断れないと判断したのもあるが、実際はそれで起こせたらかなりロマンチックだとも思っていた作戦の一つだった。
「う、分かった。行ってくる」
三人の冷やかしを背に僕は雪花の病室に入って、中から鍵を閉めた。三人は慌ててドアを叩いたがすぐに諦めた。多分予想してたんだろう。
僕は雪花に向かい、足を一歩踏み出し、囁く。
「雪花」
返事は無い。僕は近づき、もう一度囁く。
「雪花」
返事は無い。
不意に一年前のタカシさんの奇跡と言う言葉を思い出し、こう考えた。
王子様のキスで目覚めるならそれこそが最高の奇跡だ
僕は、顔を近づけ、唇が触れ合うだけの軽いキス。僕のファーストキス。多分雪花もそうだ。
顔を離しても、心臓はバクバク高鳴り、頭は真っ白になっている。
「う…ん」
離れたばかりの雪花の唇から僅かに声が漏れた。
次の瞬間。ゆっくりと目を開け、照準の定まらないぼやけた目が見開かれた。
「雪花、雪花」
僕は必死に名前を呼ぶ。
「う…ん」
寝ぼけた目をこすりながら、ついに雪花は眠りから覚めた。
「う…ん、おはろう」
まだ寝ぼけているのか、ろれつが回っていない。
夢にまで見た瞳。
十年間忘れなかった瞳。
夢にまで聞いた声。
十年間忘れなかった声。
嬉しくて、嬉しくて、涙が出そうになった。
でも、我慢だ。雪花が起きたら言おうと思っていたこと。それを言うまでは、いつも通りの僕でいる。
そして、僕は微笑みながら少しおどけた様子で、穏やかに、こう囁いた。
「おはよう、眠り姫」と。
雪花はいまいち状況がわかってないのか、ニブイ。
「雪花、僕の事わかる?」
一番不安な事を聞く、
「ん、え?あれ?え?」
やっぱり混乱している。
「え…と、四方…くん?」
覚えてた。
つまりここにいる雪花は、あの日に寝たまんまの状態だ。
「あ、は、ははは、あはははっははははは。やった、やった。ついに、雪花が目覚めた」
僕は嬉しくて笑った。喜びの涙で視界がなくなった。けど、すぐに、気を取り直し、
「ごめん、えっと、全部話すからちょっと待っててくれ」
廊下で待ってる三人を室内に入れた。三人はそれぞれ喜びを表した。
そして、全てを説明した。
葉子さんに教えられた未来、真実。葉子さんが亡くなった事。それからの十年は雪花と似た症状の病気が世界中に蔓延してきたこと。なんとか、治療方法も出来た事。そして、やっと雪花が起きた事を。
「そうだったんだ。私はそんなに長い間、寝てたんだ。でも、みんなが覚えててくれて、起こそうとしてくれて嬉しいよ」
「僕も、雪花を起こせて嬉しいよ。姉さん、雪花の両親には?」
「連絡したわ。婦長は今日は若い者で楽しみなさいって」
そう、さっき怒らせた婦長は雪花の母親なのだ。
「僕らもずいぶん信用されたね」
「ええ。それだけの事をやってきたのよ」
「そうだね」
雪花は目を丸くして、
「お母さんがここで働いてるの?」
「そうよ。娘のそばに居たいなんて良いお母さんじゃない」
「はい。ほとんど一人で私を育ててくれたような母ですから」
「父親の方も明日婦長と来るそうよ」
「本当ですか?」
意外だったのか、雪花はものすごく驚いた。姉さんも気圧されて、
「え、ええ。雪花のお父さんは今、日本にいますもの。最近まで、ハジメと世界を回ってたけどね」
「ふふ、父らしいです」
雪花は嬉しそうに笑う。
僕はこの笑顔を守るためにある決心をした。
「雪花、僕は雪花が起きたら必ずやろうとしてた事があるんだけど、良いかな?」
僕は緊張して、一枚の紙を取り出した。これは、僕が十八歳の誕生日の日から用意していたものだ。
雪花は不思議そうに
「なに?」
その紙には『詩月四方』と僕の名前が書いてあり、もう一人の名前が書く事ができる。
そう、婚姻届だ。僕は胸ポケットにさしてあるボールペンと一緒に、
「結婚しよう、雪花」
と、言って差し出した。
雪花はキョトンとした後、涙を流し、嬉しそうに、
「うん、四方君。ふっつかものですがお願いします」
と、言いながら最高の笑顔で微笑んでくれた。
三人は嬉しそうに、拍手をくれた。
雪花は今日から『詩月雪花』となった。
「近いうちに、二人の両親に会いに行こうな」
「ええ、あな…た」
雪花は自分で言ったのに照れて顔を赤くさせ、僕も負けず劣らず赤くなった。そんな僕らは、やっぱり三人の笑いの対象だった。
「何と言うか、初々しいね。じゃ、アタシ飲み物でも買ってくるわ。四人は雑談でもしてなさい」
姉さんは嬉しそうに飲み物を取りに行った。こういう時姉さんが何を持ってくるか予想出来る。院内では売ってないし、普通は飲まないものなので少し気が重たくなった。
「雑談ねぇ。お、そうだ、俺の名前分かるか?」
ハジメの問いは雪花を怒らせた。当然だ。雪花は馬鹿にされてるように感じたのだろう。けど、僕は質問の本当の意味を何となく判ったから何も言わないで会話を聞いている。
「馬鹿にしないでよ、ハジメでしょ」
「フルネームは?」
「もう、睦月ハジメ」
やっぱり予想通りみたいだ。
「正解、次に」
「じゃあ、私は?」
「ひどいよ二人して、私そこまでボケてないよ。ね、美月」
「フルネームでお願いします」
僕は必死に笑いそうなのをこらえている。
「弥生美月でしょ。まったく、馬鹿にして」
ハジメと美月も笑いをこらえている。
「んふふ、残念はずれ。面白いの見せるから、五分くらい待ってて」
美月は正解を告げずに、楽しそうに廊下に出て行った。
ちなみに、先ほどまで部屋にいた全員はこの病院の敷地内に住んでいる。
五分もしない内に美月は赤ん坊を抱いて戻ってきた。
「うふふ、この子の名前は何だ?」
雪花の顔がものすごく呆けている。
「っくっく」
僕は笑いをこらえきれずに少し漏らしてしまった。
「ふぉえ?はれ?れれ?」
さっきより混乱してるんじゃないかと疑いたくなるほど、雪花はうろたえている。
「ぶっ、あははははははっはっはははっははは」
僕はこらえきれなくなって、笑い出してしまった。それに釣られ二人も笑い出し、もう、三人とも隠さず笑い出している。ハジメなんか、腹を抱えて雪花を指差しながら笑いのたうち回っている。
一通り、笑い終わった後、
「あははは、はは、はぁ、可笑しかった。えっとね、私とハジメ結婚したの。だから、今の私は『睦月美月』。ちょっとごろが悪いのが難点ね。それで、息子の縁。まだ一歳にもなってないわよ、ちなみに結婚式はみんなでやりたいからまだやってないの」
雪花は呆け顔から笑われてる間は、少しふくれっつらになって、今は、
「おめでとう。幸せになっ…、ううん、ずっと幸せだね」
と、穏やかな笑顔で言った。美月も嬉しそうに、
「もちろん。そっちも、早く子供作りなね」
と言ってきた。
僕と雪花は、先ほどみたいにお互いの顔を見合わせまた赤くなり、また俯いてしまった。
そんな時、姉さんが戻ってきた。
「ちょっと、あんた達、院内で馬鹿騒ぎしすぎよ。当別病棟に入って瞬間から男共の気が狂ったような笑い声が聞こえてきたわよ。って、なんでこの二人はまたテレてんの?」
「私が子供作ったら?って言ったらこうなっちゃった」
「あー、もう、絶対に一年以内に可愛い赤ちゃん見せてやる」
僕は開き直った。すぐに開き直らなきゃならない出来事が待っている。それは姉さんの買ってきたものが原因だ。
「まぁまぁ、弟よ、そこで怒らず飲め」
予想通り姉さんが買ってきた飲み物はアルコール類だった。ビール、日本酒、ワイン、チューハイと何でも揃っている。ついでにおつまみも馬鹿みたいな量だ。僕らはとりあえずはお酒が飲める年齢だけど、雪花は高校一年から急にこの時代に来たようなものだから呑めるんだろうか?と、心配するやいなや、
「ハイ、みんな飲み物持った?」
全員の手にはいつの間にかお酒が握られている。もちろん雪花もだ。
「いくよー、今日のよき日に、カンパーイ!」
カチャン。ごくごくごくごく。
僕はこの状況を見て素面でいる事を決めた。姉さんは取り合えず酔っても何とかなる(ほっといても平気な)人間だけど、経験上、睦月夫婦はかなり不安だ。さらに、今日は雪花がいる。そんな僕の心配をよそに、
「ぷっはー、美味い」
「姉さん、オヤジくさいよ」
姉さんはいつも以上にはしゃいでる。
「ほらほら、雪花ちゃんも、ね?」
「は、はい。蛍さん」
「んもー、お姉様って呼んでぇ」
ヤバイ、姉さんはかなりイってる。
ごくごく。
「ぷはっ、苦いです」
雪花は取り合えずお酒好きにはなりそうに無い。
「ハハハハハ、雪花は子供だな」
「私みたいに豪快に呑んで見なさいよ」
あおるなよ親友一号、二号。
「まぁまぁ、じゃあ、これは?」
ごくごく。
飲ますなよ姉さん。肉体的に問題ないといっても今日まで病人だったんだから。
「炭酸ジュース見たいれ、おいしひれす(いです)、ひっく、このおはけ(おさけ)なら平気れふ(です)」
雪花はもう酔ってる、ろれつが回ってない。
「チューハイは、まだまだジュースだぞ。もっと強いの呑まないと大人の階段登ったっていえないな」
あおるな親友男。
「そうね、これは?」
雪花に渡されたのは、姉さんが作った梅酒だ。お酒が好きな姉さんだからものすごくアルコールが強いものだ
ごくごく。
「あまふへ(あまくて)、おひ(おい)ひひ(しい)の(の)」
これはヤバイだろ。そろそろ止めないと。
「おいおい、そろそろ、雪花に飲ますのはやめないか?」
それにたいして三人は、
「にゃんでー?」
「今まで呑めなかった分を今日呑まないといけないだろ?」
「なに?アタシの酒を飲ますのに文句あるの?」
三人とも出来上がってる。
「わらひ(わたし)、おほ(おと)いれ(いれ)、いっへき(行ってき)はす(ます)」
え?
ダン。
雪花が前のめりに倒れた。
場は一気に静まり返り、僕は最初に口を開いた。
「雪花、大丈夫か?」
「ごへん(ごめん)な(な)はい(さい)、あひにひかららはいらなふて(足に力が入らなくて)」
当然だった。十年にもわたる永い眠りについていたんだから足の筋肉が極端に落ちているのだ。さっきまでは、姉さんか、美月が手を貸していたけど今は馬鹿をやっている。いや、姉さんと美月の責任ではない。ここにいる全員の責任だ。
「なぁ、今日はもうお開きにしないか?雪花だってやみあがりだし」
「そ、そうね。急いで片付けるわね」
「いや、僕がやっておくよ、姉さんたちは早く休んだ方がいいよ」
酔っ払いに片付けは不安だから、僕は片づけを申し出た。三人は、口々にそう?とか、お願い。とか言って帰宅した。僕は雪花をトイレに連れて行った後、ベッドに戻し、黙々と片付け始めた。
暫くして、酔いのさめだしてきた雪花が話しかけてきた。
「ねえ、怒ってる?」
「怒ってるわけじゃないけど、そう見えるなら、雪花を危ない目に合わせた僕自身にかな。結婚していきなり危ない目にあわせるなんて、新郎失格だよ」
怒ると言うよりは、悲しいと言って方が正しいのかもしれないな。
それから、僕が片付けている間、二人でどうってこと無い会話を楽しんだ。そして、片付けも終盤に差し掛かった頃、
「ねえ?」
「ん?どうした?」
いきなりの疑問詞。
「さっき言った事、本気…だよね?」
さっき言った事?まさか、子作りか。
「子供の事?」
「うん」
当たったらしい。ここで、俯いちゃさっきと同じだ。
「本気だよ。子供は絶対に女の子が生まれてくる。運命ってやつ。名前は」
「「葉子」」
「やっぱり。そうだと思った」
雪花と意思疎通が出来てるのが嬉しかった。
「葉子さんと約束したんだ。きっと、僕らの子は葉子さんの生まれ変わりだって」
「そっか。じゃあ、はやく呼んであげよう」
「え?」
雪花は艶っぽい笑みをうかべた。
「私、覚悟できてるから」
雪花は寝巻きをゆっくりと脱ぎ始めた。僕は急いでドアの鍵を閉めた。
「二人で葉子さんを呼ぼう」
「うん」
僕と雪花は永い口付けの後――。
「あは、疲れちゃった」
普通に生きているなら絶対に出来ない、子供のようなあどけなさと、艶っぽさがある笑顔を浮かべて雪花は言った。僕は、
「僕もだよ。もう、今日は寝ようか?」
と言った。
「うん。そうだね。おやすみ四方」
僕は、不安を感じながらもこう言った。
「おやすみ、雪花」
と。
一夜明け、雪花がまた目覚めなくなるんじゃないかと不安だったが、普通に起きた。
もう、何も心配要らない。
十年前のあの日からやっと彼女と出会えた奇跡を僕は何があろうと忘れない。
2・幸せ
~普通の生活~
私、如月雪花は十年もの間眠り続けていました。けれど、そんな私を、何人もの人が支え、助けてくれました。私は幸せな眠り姫です。
そして現在――。
「よし、この一週間特になんとも無かったし、退院できるな」
主治医で夫の四方はそう言った。隣で母さんが、
「そうですか。ありがとうございました。四方さん。これからも、娘をよろしくお願いします」
と言った。先日、私の両親がお見舞いに来たとき二人で婚約する旨を告げたら、二人とも快く承諾してくれた。母さんはこの病院で婦長として働いていたから、四方の事を信用していたし、父さんは私の気持ちを尊重してくれた。でも、実際はもっと前に四方が二人に頼んでいたらしい。
「でだ、四方君、娘との式はいつにするんだね?」
「出来れば、すぐにでもと考えています。資金も十二分にありますし、家もあります。まだ、買ってないのは指輪とドレスくらいです」
四方が式の準備を着実に進めていた事に驚いた。何でも、十八の頃から進めていたらしいから、かれこれ七年間。ドラマとかでは結婚指輪は三か月分なのに、私は七年分もためてもらえてるみたいで嬉しかった。
「それで、今日はこれから僕の両親に会いに行こうかと思っていまして」
「そうか、そうか。私達は、家で雪花を待つとしよう」
「そうですね。では、四方先生、雪花をお願いします」
「はい」
四方はそう言って私の両親に一礼し、両親は帰宅して行った。
「ふー、何度会っても緊張するな」
「そうだね。私も四方の両親に会うの緊張するよ」
「僕の両親は二人いるから、緊張は二倍だな」
「あはは、そうだね」
たわいの無い会話をしながら二人で退院の準備を済ます。すぐに終わり、病室は、生活感の無い空間に変わった。十年間寝ていた思い出しかない場所に心の中でお辞儀をして、病室を後にした。
蛍さんの部屋、つまりは院長室に私達は来た。四方はノックもなしに入って行く。
「姉さん、父さん達呼んである?」
「ええ、けど今から行くとなると早くない?」
「それで、姉さんに頼みたいんだ。雪花をコーディネイトしてくれないか?」
え?私を?
「十年間寝てたんだし、新しい服とかも欲しいだろうから、姉さんに案内して欲しいんだ」
「良いわよ。そのかわり、あんたアッシーね」
「はいよ、ということで、雪花、おしゃれをしに行こう」
「え?私お金ないよ」
ちょっと卑しい質問だったかな?でも四方は笑いながら、
「僕は世界的な医者で、大財閥の跡取りの一人だよ。お金の事は気にしないで。そこまで贅沢しに行くんじゃないんだからさ」
と、言ってくれた。
「うん、ありがとう」
「どういたしまして」
そうしてると、後ろから声が聞こえた。
「あんた達、三十路過ぎの独身女の前でラブラブしてんじゃないわよ」
ちょっと、いや、かなり怒っているように見えた。
それからすぐに繁華街の女性専門店で、下着から、一生着る事が無いかもしれないパーティードレスまで見繕ってもらえた。私は着せ替え人形の気分を味わっていた。両手で抱えられないほどの服と装飾品を買ってもらい、蛍さんに、
「本当にいいんですか?」
と訊ねると、
「可愛い義理の妹にこんぐらいはやらせてよ。でないと、姉さんに怒られちゃうわ」
と言った。
もしかしたら、眠り姫、逃眠病、眠らず姫に一番囚われ、苦しんでるのは蛍さんじゃないかと思う。蛍さんはこの逃眠病に囚われた劇の中で私を起こす役でも、逃眠病を治す役でも、ヒントをあげる役でもない。今までの話を聞いてると、最悪、蛍さんがいなくてもこの劇は最後まで行くと思う。そんな、足手まといと感じてしまう感情が、私だけでなく、四方、美月、ハジメに惜しみない援助をする動力源になってるのではないかと不安に思う。
なんて、ちょっと、失礼だし、考えすぎかな。
「姉さん、いくら使ったの?」
ぼーっとしてると四方が蛍さんに訊ねている。
「んー、百万くらい?」
「え?」「ぶっ!」
そんなに使ったの?
「変?」
「いや、いい。姉さんらしいからほっとく」
四方は半ば呆れ気味で車を両親との待ち合わせ場所へ向かわせいる。車内では、十年間の流行とか、一時期しか出なかった珍しい味のお菓子、ジュースの話題、オリンピックやワールドカップの優勝国などの話を聞かせてくれた。寝る前に毎週楽しみだったドラマやアニメ、ゲームは全部揃ってると教えてくれたのが凄く嬉しかった。
そして、夕日が沈む頃に豪華な料亭に到着し、四方の両親たちがいる部屋に案内された。室内には、壮年の夫婦が二組おり、四方は最初手前の夫婦に挨拶に向かう。
「父さん、母さんお久しぶりです」
「まったく、十年間忙しいからとろくな連絡もしないで、連絡してきたかと思えば、いきなり結婚したい相手を紹介したいとは」
「まぁまぁ、良いじゃないですか。こうして元気な事を確認できたんですから。さっ、本当のご両親にも挨拶しなさい」
「はい」
今度は奥の夫婦に向かう。
「羽月夫妻、いえ、父さん、母さん僕は葉子さんの意思を継ぎ逃眠病を何とかする事に成功しました」
「そうか、よくやった。固くならずに、わしらは親子なんだ。四方には許される事をしたとは思ってないが、それでも、親と認めて欲しい」
「もちろんです。今まで、影からの手助けありがとうございます」
そうやって挨拶が終わったら、今度は下座に座り、
「今日、父さんたちに集まってもらったのは、僕の婚約者を紹介したかったからです。彼女は雪花。僕が今まで逃眠病を治そうと一番力を入れていた理由は彼女がいたからです。雪花の両親には娘を頼むといわれました。どうか、雪花との結婚を認めてください」
と言った。私は、
「よ、よろしくおねがいします」
と頭を下げた。場に居た人たちは、それぞれが、もちろん認めるといってくれた。私達は喜び、その後は私の両親も呼び、式の日取りを決めたりした。
そして、式は二ヵ月後に決まった。
世の中には、マリッジブルーという言葉があるみたいだけど、私は好きな人と結婚できるのが嬉しく、十年も眠りに囚われていたのだからこれ以上の不安がこれから先にあるなんて考えは持たなかった。いや、持てない。
そうして結婚式も終わりしばらくした頃。
私が妊娠九ヶ月目辺りを迎えた時期に高校の頃の四人と蛍さんで落ち着いて話せる機会が出来た。今までは、みんな逃眠病に対して色々と動いてたから五人が揃うなんて事はまず無かった、だから、久しぶりの集合をとても嬉しく思った。
「なあ、一つ気になってる事聞いて良いか?」
五人で談笑中にハジメが私と四方に尋ねた。
「なに?」
「雪花の妊娠の状態と、結婚式の日付っておかしくないか?」
私と四方は血の気が引いた。
そうなのだ。実は私たちが初めて身体を合せた日に私は妊娠してしまったのだ。それがあったから四方は式を挙げるのを急いでいたらしい。
「ん、まあ、その、な?」
四方は言葉をつなげていない。
「ボケ!」
ゴン。
美月の鉄拳がいつも通りハジメの頭にヒットしていた。
「野暮な事聞かないの。二人がいつやったかなんてどうだって良いじゃない。今はちゃんと夫婦で、おなかの子供だって望まれて生まれてくる子なんだから。それに、時期を考えると、雪花が寝てる間にやったわけじゃないからいいでしょ?」
「ぶっ」
美月の最後の言葉に四方は飲み途中のお茶を吹き出した。
「ちょっと、汚いわよ」
「み、美月が変なこと言うからだろ。やってないのに、疑われるだろうが」
「やってないなら堂々としてればいいのよ。雪花だって、疑ってないんでしょ?」
「う、うん」
「アタシは少しぐらいヤラシイ手つきで触診してたと思うんだけどね」
収まりそうな内容を蛍さんが再び焚きつける。私は少し想像して俯き、四方は、
「ね、姉さん」
と、抗議をする。
「だって、ねえ。健全な若者が好きな子にそういう興味を持たないで触診できるのかい?」
「ぐっ、そりゃ、好きな子なんだから少しはやましい気持ちもあったけど。でも、治すのを何よりも優先してたのはハッキリ言える」
「あー、はいはい。まったく、アツい夫婦だね。そういえば、子供の性別は分かったよ」
蛍さんはいきなり話を変えた。私は、
「え?」
と、言う事しかできなかった。
「姉さん、何度も言うけどそういう大事な事はこういう風に急に思い出すんじゃなくてしっかり言ってくれよ」
「アハハ、ごめんごめん。三つ子の魂百までって言うから許してよ」
「反省してないんだね。まったく」
「まぁ、まぁ。で、その子の性別だけど、女の子で確定だよ」
私は、いや、私達はその言葉に喜んだ。本当に葉子さんの生まれ変わりかもしれない子が生まれるかもしれないんだから。
「やったね、四方」
「ああ。これからも、家族で暮らしていけるように頑張らないとな」
「期待してるよ、パパ」
「お、おい。って、そうだな、もうすぐ父親か。大変そうだ」
「二人なら平気だよ。ね?」
「もちろん」
嬉しい。新しい家族。新しい絆。それだけで幸せ。
ハジメがいつも通り、
「あのー、もしもし。二人の空間じゃないんですけどー」
つっこむと、珍しく、
「あんたらん時も似たようなもんだったわよ」
蛍さんがかえした。
「確かに、あん時は僕も困ったな」
四方の言葉に睦月夫婦は下を向く。と、思ったらいきなりハジメが、
「ま、細かい事は言いっこ無しだ。騒ごうぜ」
と、言いながら、お酒を注ぎだした。昔から思ってたけど誤魔化すの下手だなぁ。
ハジメ以外の全員は、まったく、と言った様子でそのコップを手にする。四方はコップを持ち、飲む前にこう注意した。
「良いか、今日は飲みすぎない、飲ませすぎないを守ってくれよ。特に雪花は妊婦なんだからな」
「それは当然よ」
「姉さんが一番心配なんだけどね」
「ひどい弟ね」
「悪い、悪い。よし、新しく生まれてくる葉子を祝して、乾杯!」
『乾杯』
こうして、楽しい一夜が過ぎていく。私はこんな毎日が大好きです。
さらに、数週間後。
「イタ、四方、お腹、痛い」
ついに陣痛が来た。私達はすぐに蛍さんの病院に行った。
病院で一番落ち着いてないのは四方だった。蛍さんと私と美月は女だから判ってることだし、ハジメだって一度経験してる事だから四方とは比べ物にならないくらい落ち着いている。
「よし、よし。大丈夫だからね」
蛍さんは私たち、特に四方をからかい半分以上で和ませている。
「で、でも、不安なんだよ」
確かに、男の人から見たら出産と言うのは経験できないものだから不安らしい。
「あんた、免許持ってて、縁君も取り出したアタシが大丈夫って言ってるのに不安だって言うの?」
「平気だって、男が思っているより、危険じゃないものらしいぜ」
少し前に同じ経験をした友人がそういうのだから四方は覚悟し、
「ごめん、動転してた。姉さん、雪花の事任せたよ」
とまっすぐに言った。蛍さんは自信満々に頷き、
「任せなさい」
と言い、こう訊ねる。
「四方は出産中は外で待ってる?中で見る?」
「ん、雪花はどうして欲しい?」
最近は出産の現場を見せるのがあるらしいけど、私はやっぱり、
「恥ずかしいから、外で待ってて」
と答えた。
「オッケー。元気な子期待してるよ」
「うん」
そういって四方は部屋から出て行った。
「安心して、心拍数とかも普通だから母子共に健康的だよ」
「よかった。イタタ」
「ほらほら、しっかり呼吸して」
私は習ったとおりの呼吸をし、新しい命を生もうと必死になる。
そして。
子供が生まれた
でも、次の瞬間、ありえない事が起きた。
眠い。
眠い。
眠い。
「ちょっと、雪花、どうしたの?ねぇ?」
蛍さんが何か言ってる。私の子供、葉子が泣いている。でも意識が段々薄れていく。
「チクショウ、緊――――生。逃―病担当―、―月四方、睦月――メ、――美月―大至―特―病――で。繰―返す、―眠病担――、詩月四―、睦―――メ、睦――月―大至―特―――――」
もう駄目、蛍さんの声も葉子の泣き声も途切れ途切れにしか聞こえないほど眠たい。ごめんね、四方、葉子。私は駄目な母親みたい。
ガチャ。
誰かが入ってきた足音。多分四方だ。
四方が私の顔を覗き込んだとき、私は最後の力を振り絞り、こう言った。
「本当にごめんね。みんな。おやすみ」
と。
うろうろうろうろ。
僕は落ち着けなくひたすら動いている。
「落ち着けって」
僕は縁君が生まれるとき同じ言葉をハジメに言った記憶があった。頭では分かっているけど、やっぱり、心のどこかにある不安と言うのは取り除けない。
「わかってはいるんだけどさ。不安なんだよ」
「男ってのはそんなもんさ。うちのなんてほら」
ハジメが顎で指した先には自販機でジュースを勝って飲んでる美月と縁君がいた。
「のん気なもんだろ?俺らが思ってる以上に大丈夫なんだから、ほら、俺らも飲みに行こうぜ」
「そうだね」
確かに、ここで僕が慌ててもしょうがない。自販機でコーヒーを買って美月と縁君の会話に参加すると、
「縁、今から雪花お姉さんがすっごく美人な子供産むから早いうちにプロポーズしちゃいなさいよ」
「おい、子供になんてこと言ってるんだよ」
コーヒー飲んでなくてよかった。絶対に噴出してた。
「ん、ほら、親友同士の子が結ばれるなんてロマンチックじゃない」
「女心は分からないな」
後ろからハジメが小さな声で、
「あいつなりに場を盛り上げようとしてるんだ」
と、言い終わるとすぐにこう聞こえた。
「でも、ママより綺麗な人なんていないのよ」
僕は小さな声でハジメに聞いた。
「本当に場を盛り上げようとしてるのか?僕には素にしか見えないんだけど」
「多分な」
そうやって、話していると院内放送がかかってきた。
「―――ョウ。緊急事態発生。逃眠病担当医、詩月四方、睦月ハジメ、睦月美月は大至急特別病室まで。繰り返す、逃眠病担当医、詩月四方、睦月ハジメ、睦月美月は大至急特別病室まで」
何だこれは?確かに蛍さんの声。蛍さんは雪花の出産をしているんじゃないか。
「な、何だ」
「わからない。私は縁を家に置いてから行く。あんた達は急いで向かって」
こういう時はっきり出来ない自分にイライラしたが、すぐに、冷静さを取り戻し、白衣を着て特別病室に向かった。
ガチャ。
「姉さんどうしたんだ」
僕は部屋に入り、元気な赤ちゃんの泣き声に安堵したのも一瞬、姉さんに尋ねながら雪花の方に向かった。
そして、雪花はたった一言こういった。
「本当にごめんね。みんな。おやすみ」
と。