逃眠病についてのレポート(省略版)とインタビュー
レポート(省略版)、インタビュー
~逃眠病~
○レポート(著:詩月四方)
下記の内容はレポートの膨大な量の中から、ある人物が一部抜粋、編集したものである。
病名:
逃眠病(the escape sleeping sickness)
命名・発見:
詩月四方
症状:
人間だけにとどまらず、様々な動物に発病例あり。
個体差はあれど、突如眠りにつき、長い間起きない。稀に二度と起きないで永眠する場合もあり。
健康な人間が起きている時間帯の脳波はREM睡眠期に入っており、寝ている時間帯には深睡眠期に入っている。
原因:
不明。
一種の感染病の可能性有り。
現実逃避の手段とも仮定されている。
治療法:
不明。
薬剤を使う場合は、興奮剤の異常投与でマウスが起きるのは実証済みだが、しかし、摂取量の関係上、数時間後マウスは死亡。しかし、少量ならばすぐに寝てしまうが、起きる可能性は有り(公式記録での人体実験は未だ無し)
精神的には、現実と向き合う強い心(現実に目的を持たせる)を呼び起こせれば起きる可能性有り(未だ仮定段階)。
対策:
不明。
感染と仮定してもウィルスは未発見のため、対策無し。
精神的なら、強い心(目的)を持つ事(確証はなし)。
上記まで一般に出回る。
下記より詩月四方の個人的な意見の一部。極僅かに出回る。
仮定論文:
この病気はいまだ不明な部分が多すぎるゆえにどこまでが正確か分からない。むしろ、正確な事を記してない可能性も有る。故に、ここに記すことを全て信じるのではなく、自らの過程も信じて欲しい。
1.逃眠病患者について。
逃眠病患者は人種、老若男女問わずにいる。
年齢の公式記録では上は九十二歳、下は二歳であり、現在国連に加盟している国に最低でも数十人単位で逃眠病患者がいることが分かっている。
ここまで、無制限に広がる病は大変に珍しい。
現在のところ、逃眠病に耐性を持つ生物は見つかっていない。いや、いるのかもさだかではない。もし、見つかれば、限りなく大きな一歩である
2.逃眠病と過眠症について。
大きな違いとして、過眠症の患者が眠り続けると言う話は聞かない。それに対し、逃眠病患者は眠り続ける。
また、過眠症の場合は突如眠くなるのが殆どだが、逃眠病は主に寝たら長い間起きないのが殆どである。
極僅かにであるが、過眠症から逃眠病に移る患者もいる。突如眠くなり、そのまま寝続けてしまう。一例だと、過眠症にかかっていた学生が授業中に寝てしまいそのまま起きなくなった例がある。また、徒歩で移動中道端で寝てしまい、そのまま病院に運ばれた例もある。
世界的にも過眠より、不眠の理解が早かったせいか、過眠症の研究が満足な状態でないこの時期に過眠症から発展する可能性のある逃眠病という新しい眠る病の登場は世界を更なる混乱に招いている。
3.自殺者と逃眠病患者。
意外な事に、この二つは関係があるのかもしれない。
何故ならば、私の知る限りの最初の逃眠病患者がでた二〇〇八年以降年々自殺者が減っており、代わりに逃眠病患者が増えだしている。
つまり、逃眠病とは自殺に変わる簡易的な逃避手段ではないかと思う。
このままのペースでいくと後五年しない内に逃眠病患者と自殺者の数が入れ替わるだろう。
そして、死ぬよりは寝る方が救える可能性が増えているのではないかと考えられている。現に私もその考えである。
4.異常なまでの蔓延速度。
この奇病が僅か十年足らずで世界規模で広がった理由は、異常な蔓延速度が原因だと思われる。
まるで鼠算式のように増えているのだ。
しかし、おかしい点がある。どの逃眠病患者にもウィルスは見つからないのだ。もちろん周辺の空気にもだ。
もしかしたら、現代科学では見つけられない新しいウィルスと言う事もあるが、常識的に考えて、こうも見つからないのではウィルス感染と言う線は疑うしかない。
では、何で蔓延したのか考えると――以後、消された形跡あり――
5.最初の逃眠病患者について。
通称[眠り姫]
[眠り姫]と言う単語より分かる事だが、性別は女性である。これ以上は患者に対する秘匿義務により本名、名前、年齢等は公開できない。
彼女の周辺から逃眠病が広がり、逃眠病は感染病、彼女は感染源と仮定し、彼女を調べたが、彼女からはウィルスは発見されなかった。
未だに彼女は一度も起きることなく眠り続けている。
○インタビュー
これは、レポートを編集した人物と、逃眠病の権威、詩月四方との対話記録である。
「初めまして。私はタカシと言います。本日はインタビューを受けていただきありがとうございます。」
「いえ、こちらこそこのような場を設けていただきありがとうございます」
しばし談話。
「では本題です。実は、あなたの活躍を事前に調べさせてもらいました。そして、こう思ったのです。何故、様々な医療関係を学び、世界規模でも一目おかれているあなたが逃眠病の専門医を目指したのですか?」
………。
「えっと、笑わないで聞いてもらえますか?」
「はい、もちろん」
「実は、僕の初恋の人が逃眠病にかかってしまったのが一番の原因です。出会って一ヶ月もしない内に発病してしまって、…彼女との時間を取り戻したいっていう想いです。そして、亡き恩師は逃眠病を直す事ができず辛い思いを聞かされ、きっと直すと誓いました」
「…いやはや、ここまでなったのは、恋する力だったのですね」
「照れくさいですね」
「何を照れてるんですか、胸を張っていいことですよ」
「そうでしょうか?実際に、私はまだ、一人も目覚めさせておりません。そんなんじゃ、胸は張れませんよ」
「そうですか」
「………」
「詩月さん、ハッキリ言いましょう。あなたは背負いすぎじゃないですか?」
「なにを…ですか?」
「最初は初恋の人を起こしたいと言う思いだけだったんでしょう。次に恩師の思いを背負い、それからどんどんと沢山の患者、家族の思いを背負っている。あなたはもうつぶれる寸前でしょう。少しは降ろしたらどうですか?」
「それは出来ません。これは責任と期待の重さです」
「ハハハ、意地っ張りですね。詩月さんは初恋の人を起こす事だけ考えていれば良いんですよ。あなたの、あなたたちの思いが世界を救うなんてのは思い上がりです。あなたたちの思い、愛はあなたたちだけを救えばいいんです。他の人はそのおこぼれさえ貰えればいいんです」
「あ、は、はは、ははははは。あなた良い事言いますね。なんだか、スッキリしました」
「そういってもらえれば光栄です。それに、あなたたちの愛が世界を救うと言うより、あなたたちの愛が、あなた達を幸せにしたついでに世界を幸せにした、と言う方がカッコいいでしょう?」
「良い台詞ですね。あなたは、小説家に向いてるんじゃないですか?」
「では、あなた方の何年越しのか恋を元に恋愛小説でも書いてみましょう。そのためには、絶対にその女性を起こしてください」
「はい、任せてください」
「さっきより断然良い顔ですよ。では、取材はこれまでにしましょう。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、大変参考になりました。また、次の機会を」
しばしの沈黙の後終了。