閑話 青春日記
2章の語られていない日常です。読み飛ばし可の部分です。
「チェックメイト」
「あ」
「よっしゃー、今日も四方と雪花と葉子さんのおごりな」
僕らはここのところ、一時間目から三時間目を各自自習(ハジメは絵を描いたり、美月は小説を書いたり)や、適度におしゃべりしたりしていて、四時間目の授業を僕対美月の賭けチェスの時間にあてている。
羽月姉妹は基本的に教室にいるけど、授業をするわけでもなく、わからないところを聞きにいくと教えてくれる程度だった。けど、教えてくれる内容は数学、物理、外国語なんでも出来て、なおかつ、高校じゃ教えてくれないことまで事細かに教えてくれるから本当に助かっている。まぁ、四時間目はみんなと同じで賭けチェスを観戦している。
戦績は今のところ僕の全敗。なかなか良いところまでいくのだけど、どうしても勝てない。
ちなみに、雪花、葉子さんは僕に賭けて、ハジメ、蛍さんは美月に賭けている。
「四方はもっとキングを取るために兵隊を犠牲にしないと駄目だよ。そんな、犠牲が少ない戦い方で私に勝とうだなんて百年どころか、一生無理よ」
「ぐっ」
「でも、やっぱり、犠牲が少なくていいならそれにこした事はないと思うよ」
「まったく、雪花だけでなく、四方も甘いんだから」
美月はため息をつきながら「そこがらしいんだけどね」とぼやいていた。
「でもよ、美月とここまで良い勝負なんてその辺の大人はおろか、ネット上でもいないんだぜ」
「うんうん」
ザワッ。
後ろから何やら不穏な空気が流れてきた。
「へぇ~、じゃあ、私とやってみてくれない?そっちが勝ったら、遊園地の無料チケットでもあげるわよ」
葉子さんが自信満々に勝負を挑む。
「ちょっと、葉子」
蛍さんがとめるのを聞かず、
「そっちが駒握っていいわよ」
と、どんどん進めていく。いつもは冷静な葉子さんだけに、蛍さんが止める光景は非常に珍しい。
「あーあ、葉子ってさ美月ちゃんと一緒でチェスにはすごい自信があるんだわ。こりゃ、見ものかもね。三人は賭けしたい?」
「面白そうだな。オッズは?」
と、ノリノリのハジメ。
「そうね、今日一日パシリでどう?」
「のった!俺は美月」
「私も美月」
「じゃあ僕はいつも応援してくれるから葉子さん」
「ふっふっふ、今回は勝つ自信あるよ。アタシは葉子」
それぞれが賭けて、ちょうどよく向こうも始めるところだった。
「右」
「葉子さんが先行ですね」
「じゃあ、はじめようか」
数十分後。とっくに昼休みは始まっているが、初心者でもわかるような高度な戦いに僕らは息を呑んでいた。
そして、
コツン。
「私の負けです」
美月は駒を倒してリザイン――つまりは投了――した。
「すげぇ。美月がやられたのはじめてみた」
盤上には、白黒どちらの駒もそれなりに残っていて、まだ巻き返すのは可能に思えた。
「葉子さんの打ち方はどんな犠牲を払ってでもキングを倒すっていう気迫がありますね」
「ふふ、ありがとう」
お互いが今の勝負を考察してるときに、僕らは尋ねた。
「リザイン早過ぎないか?」
「ううん、何パターンか考えてみたけど、必ず手詰まりになるの、やってみるね」
――。
「ほらね?」
確かに、僕では見落としそうな攻め方をしても、葉子さんは容赦なくやった。
「次にね」
――。
「あ」
「予想外だった?」
「は、はい」
葉子さんは本当に美月の数個先の手を読んでいるようだった。
「本当に強いですね」
「私のお父さ…先生はもっと強かったわよ。勉強の合間の娯楽がチェスだったから自然とこっちも強くなっちゃってね」
葉子さんは珍しく子供のような笑顔で笑っていた。
「じゃあ、葉子さんが買ったから、ハジメ、昼食買ってきて。ハイ、お金」
「ぐっ、行ってくる」
僕ら最初のゲームの敗者から昼食代を受け取り走っていった。
「ま、面白かったわよ。ハイこれ、敢闘賞よ」
葉子さんは遊園地のチケットを美月に渡した。
「え?良いんですか?」
「ふふ、もとからタダであげるつもりだったのよ」
葉子さんも蛍さんに負けず劣らず食えない人だと思う。僕の勝手な想像だけど、蛍さんはわざとはぐらかしている節があって、葉子さんは相手の先の先を読んでこっちを試している気がする。というか、葉子さんは、年の割りに達観しすぎてる気がする。
バァン。
ハジメが勢いよくドアを開けて、今までうっすらと考えていた事が全て吹っ飛んだ。
美月と雪花は、「ゆうえんち~」と喜んでいて、羽月姉妹は微笑ましく二人を見ていた。
食事を取りながら色々まとめて見ると、今度オープンする羽月グループの遊園地が近くにあり、プレオープン用のチケットをくすねてきたから感想を聞かせて欲しいと言う事だそうだ。半分は千葉にある某国のようなファンタジー系でもう半分は乗り物に力を入れているらしい。しかも、日付は明日で、ちょっと早いけど遠足気分でいってらっしゃいと言うから、みんなははしゃいでいた。羽月姉妹は用があるので不参加だそうだ。
昼休みが終わって午後の授業。
「ふわぁーあ、眠い…」
僕がうとうとしていると、隣の雪花もうとうとしていた。
こうして見ていると、[眠り姫]のように原因不明の奇病で起きないことがあるなんて思えないほど幸せそうな顔だ。
葉子さんは微笑みながら雪花にタオルケットをかけた。寝ていても怒るどころか、こんな風に優しくしてもらえるのはこのクラスの特権だろう。その後、葉子さんは自身と僕を除く全員にタオルケットをかけた。
「ははは、すごいクラスですね」
眠たいが、何となく眠るタイミングを逃した僕は葉子さんと話していた。
「ええ、幼稚園のお昼寝の時間みたいね」
「本当にそうですね。しかも、呆れるを通り越して、すがすがしいものですよ」
「まったくだわ」
そうやって、とりとめのない話をしたあと、僕は少しチェスを鍛えてもらい、終了時刻のチャイムがなった。
雪花を見ると、ガバッと起きて、僕と目が合いエヘヘと照れ笑いをした。
普通だった。本当に普通の女の子だった。
「やっぱり、可愛いよな」
ボソリと呟いたこの一言にニヤニヤしてたのは葉子さんだけだった。
そして、遊園地のデートはとても楽しい思い出になった。
新しい友人とバカ騒ぎ出来る日々、好きな子と一緒にいられる幸せ。
そんな普通の事がやっぱり一番楽しいと思えてしょうがなかった。
出来るならば、このような日々が三年間続くことを祈っています。
神様、どうか、僕たちから雪花を取らないでください。僕たちはみんながそれぞれ必要な人間なんです。
だからどうか、この普通の日々が不変であることを。
この普通の日々が続くのが当たり前というわずかばかりの奇跡を僕らにください。