第1章 長い春休み ~The long spring vacation~
逃眠病 ~the escape sleeping sickness~
高層ビルと大木がアンバランスに立ち並ぶ場所に一人の女性がいる。
「静かな場所」
彼女の呟きがいくら離れていても聞こえそうなほど、ここは静まり返っていた。
だが、生物の気配は感じる。集中し、よく耳を凝らすと生物の呼吸音――寝息――が聞こえてくる。静まり返った町、ここが以前ギャンブルの都市ラスベガスといって信じる人はいないだろう。
「ここも駄目ね」
落胆した声が響く。
彼女はこれまで日本の山奥を出発し、東京、大阪、そして外国に足を伸ばし北京、シドニー、ロンドン、果てはバチカンまで通り、アメリカのラスベガスまで来ていた。もちろん、起きている生物には一度も会わなかった。
世界は眠っている。
全ては二〇〇八年に一人の少女が発病した病気が始まりだった。それからその奇病どういうわけか十年しないうちに世界へ広がり、誰にも治すことが出来ないまま、現在――二〇五三年――には彼女を除く世界中の生物全てがさめる見込みの無い眠りについた。
彼女は再度辺りを見回し、次の場所へ向かった。
「眠り姫とお父様が出会えればきっと何かが変わったのに」
唯そう言い残して。
その後彼女を見たものはいない。
第1章 長い春休み ~The long spring vacation~
1・雪花の場合
~眠り姫の予兆~
私が彼の存在を知ったのは三月の中頃。
連絡をもらったのは三月の終わり。
出会ったのが四月の始め、高校の入学式だった。
そして、離れ離れになったのは、四月の終わりだった。
彼は今も私を覚えているだろうか…。
私――如月雪花――は中学を昨日卒業してかなり優秀な進学校、しかも、特別クラスに進学が決まっている。入学式までの春休みは長い。親友の弥生美月は彼氏とデートの時間が増えると喜んでいたが、私は社交性や協調性があまりないので卒業旅行にも誘ってもらえなく、とにかく暇でしょうがなかった。
ピリリリリリ。
部屋でゴロゴロしていると、携帯がなった。
美月だ。
「もしもし、どうしたの?」
「これから合流しない?ハジメもいるんだけど」
ハジメ――睦月ハジメ――は私達の幼馴染で、美月の彼氏。ちなみに二人の仲は私が持った。時々こうしてデートに誘ってくれる。でも、一度も誘いに乗ったことはない。
今日も、
「ごめん、遠慮…するね。デートの邪魔したくないの。ハジメによろしく」
と、断った。
「そう、ならまた今度ね。雪花も彼氏作りなさいよ。バイバイ」
ガチャ。いつも通り美月の声は残念そうだった。
「ふぅ、私って…本当に社交性ないな。それにしても、彼氏かぁ」
私だって恋愛に興味はある。でも、小説とか漫画のように燃えるような、救いようのない心を揺さぶられる恋愛にあこがれているから現実の恋愛は上手くやる自信がない。この間は兄妹とは知らないで出会った二人の恋愛小説を読んで感動したなぁ。(現実にそんな状況になったら嫌だけど)こんな大恋愛をしたい。
でも、現実を感じない現実が一番現実なのかもしれないなとも思う。
昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日。作業のような生活が最良とは言えなくても幸せであると思う。こんな毎日も高校に行けば変わるのかな。彼氏ができれば変わるのかな。
「悩んでもしょうがないよね、暇だし外にいこう」
少し気持ちを切り替え私は繁華街のほうへ向かった。
繁華街に着いたとき時計は3時を過ぎていた。ちょうど帰宅部の学生がたまっている時間帯だった。てかてかした化粧や、日本人離れした髪の色を見ると少し怖い。
私は服やアクセサリーには興味ないから、繁華街に来てもすることは特に無い。ゲームセンターで少し遊んで、本屋に行っておしまいだ。
今日もいつも通りにゲームセンターと本屋を出たら時計は六時をさしていた。
ここでいつも通りに帰っていれば私は現実的な毎日に縛られ彼に出会えなかった。出会えても、一ヶ月であそこまで惹かれはしなかったはずだと思う
明日が美月の誕生日だということもあり、本屋の隣にあるアクセサリー類などの小物が売っている店に足を向けた。
店内には私以外のお客さんの姿はなかったけど、何となく甘いアロマの香り?や、かわいらしい内装が自分に似合わないと感じ、人がいなくても恥ずかしく、早く出ていきたかった。
私はすぐに美月が好きな色のペンケースにカラーペンが何本か入ったのを見つけ、それを買おうとしてカウンターに行った。店員さんは大学生かそれよりちょっと上くらいの女性ですごく綺麗だった。元がよく、薄い化粧が魅力を際立たせていた。
「いらっしゃいませ。こちらはプレゼント用ですか?」
「はい。あの、包装できますか?」
「かしこまりました」
「どれくらいかかります?」
「そうですねぇ、お客さんもいないですし、すぐに出来ますよ。お待たせしている間裏で紅茶でも出しますからこちらへどうぞ」
急な申し出に断りきれずつい、
「は…はい」
とうなずいてしまった。すると、クスッと店員さんが笑った。
顔をあげるとさっきより砕けた感じで店員さんは笑っていた。
「あはは、雪花、私よ私」
店員さんは私を知っている感じだ。
「わからないかな、ずいぶん変わったからなぁ」
少し残念そうな顔に心が痛んだ。必死に記憶を探るがどうしてもわからない。こんなに綺麗な人は見たことが無い。
「もう、羽月葉子よ」
羽月葉子、ハヅキヨウコ。
突如記憶が作られたように急に思い出せた。
「あっ、葉子さん…ですか?」
記憶の中の葉子さんは本をよく読んでいそうな、本当におとなしそうで、おしとやかな女性だった。今とは大分違う感じなのだ。
「そうそう。この店は六時に閉店なんだよ。片付けてたら見たことある子が来たからからかっちゃった」
「すいません、電気がついてたからまだやってるかと思って」
「ふふ、誤んなくていいのよ、ここ私の親の店だし。それに今はほとんど私がやってるようなものだしね。はい、紅茶は出せなかったけどプレゼントは包み終わったよ」
葉子さんは私と話しをしている間に綺麗に包装してくれていた。
「ありがとうございます。それではまた」
と、言い終えた瞬間、
「待った、雪花って彼氏いないでしょ?」
突然の言葉。
思考の停止。
唖然とした。
我に返ってでた第一声は裏がえっていた
「なっ、何を突然言うんですか」
「いやいや、私も中学卒業後の春休みは暇で本屋に来て、その後に自分に似合わないと思いながら可愛い物が売っている店で友達の誕生日プレゼント買ったことがあるからさ」
今日二回目の思考の停止だった。一回目から一分もたっていなかった。
同じだ、私とまったく一緒だ。
「ビックリした?」
「は、はい」これ以上言葉が出なかった。
「じゃあ、彼氏作ろうか?」
今日は厄日かもしれない。三回目の思考の停止だ。
「………」
言葉が何も出なかった。自分は社交的でないし、いきなり作るなんて無理だ。それでも葉子さんはどんどん言葉を続けていく。
「今、流行っているサイトで[未来からの手紙]ってところに悩み事を書いてメールを送ると答えが返ってくるの」
「はぁ。」
葉子さんが何を言っているのか理解ができない。
「そのサイトを作った人が未来から来た人って噂で何でもわかるらしいの。彼氏がほしいって送ればきっといい答えが返ってくるよ」
言われるがままにメールを送るとすぐに返事が返ってきた。
本文には知らないアドレスが書いてあるだけだった。
葉子さんはうれしそうに、
「ほらほら、きっとそれが未来の彼氏だよ」
と言っていた。私はまだ思考が回復してなく、社交辞令的に
――はじめまして。突然のメールごめんなさい。私は如月雪花と言います。友達を探しています。よろしければ返事をください。
送信。
送ってしまった。
葉子さんはうれしそうに何かを言っているが私はそれどころではない。
停止している思考で何とか店を出てそこでやっと思考が回復した。
そして、はじめて気がついた。
いや、正しい記憶が戻ってきたというのかもしれない。
私は…今誰と居たのだろう?
結局、しばらくの間メールの相手から返事は来なかった。
翌日、起きるとメールが二通――美月とハジメから――入っていた。内容はいつも通りデートに一緒にいこうだった。
今日は美月の誕生日だから初めて参加を決意(プレゼント渡したらすぐ帰れる)して、すぐに返信した。朝食をとり終えて部屋に戻ったときには二人から返事が来ていた。
美月のほうは、
「ハジメが時間とか決めるから、連絡待っててね」と。
ハジメからは、
「十時に駅前」
と、来ていた。
早い集合と思いながら時計を見ると、かなり急いでも間に合わない時間だった。急いで財布と携帯と美月のプレゼントを鞄に入れて家を出た。
結局間に合わず、駅前に着いたのは十時五分過ぎだったが、ハジメしかいなかった。
「あれ、美月は?」
「その、…すまん、十時集合ってのは嘘だ。少しお前と話したくて、お前には早く来てもらった。」
ハジメの久しぶりに見る真面目な顔、久しぶりに聞く真面目な声。かなり深刻そうな感じだ。思い切ってたずねてみた。
「どうしたの、美月とケンカしたの?」
「違う、お前のことだ。…、お前、俺たちに気を使ってるだろ?」
「だ、だって、恋人同士の間に割ってはいるほどでしゃばりたくないし、デリカシーが無いって思われたくないし…」
いくらでも出てきそうな私の言い訳。
少しの間。
「なあ、ちょっと前のように三人でつるめないのか?」
その一言に絶句した。ハジメと美月に気を使っていたはずなのにいつの間にか私が気を使われていた。出来ることなら一緒にいたい。でも、無粋なまねはしたくないから逃げていた。
…逃げていた?
初めて自分の気持ちを認識した。そして第一声が、
「ごめん、二人…から逃げて…た」
正直すぎたと思ったが、私らしい言葉だったのか、ハジメはうれしそうだ。
「雪花はいつも正直だな。だから、人付き合いが苦手なんだよな」
ハジメはニヤニヤ笑いながら後ろを向いて
「さて、これでいいか?」
とたずねた。
ハジメの後ろの壁に隠れていた美月が出てきた。
美月は苦笑しながらこっちに手を振っている。私も苦笑しながらごまかすように、
「おっ、おはよ、これ誕生日プレゼント」
唐突だったと後悔しながら渡した。
美月は目をパチクリさせながらも、
「ありがと、大事にするね」
といつも以上の笑顔で受け取った。やっぱり、美月の笑顔は女の私から見てもかわいいと思う。
本来はここで帰る予定だったけど、さっきのハジメとのやり取りで帰らないで少しくらい一緒に遊ぶ方が良いと思ったから遊んだ
昼時、その辺のファーストフード店にいた。なんでも二人が見せたいものがあるとか何とか。
しばらくして、ハジメは何枚もの絵が書いてある紙、美月は文字が書いてある紙。
あれ、ハジメの紙に書いてある絵見たことがあるような。
「あっ、これ」
驚いた、この二日間の私は本当に驚きすぎ。
「よかった、知ってたのね」
「それなりに有名なんだな」
二人の書いたものは私がこの前読んだ兄妹の恋愛小説の続きだった。
「えっ、これ、うそ、もしかして二人が作者なの?」
「ぴんぽーん、でもね、本当は私たち続編書く気無かったの。これからは兄妹二人の問題だと思ったからね」
「じゃあどうして」
「二人に本当の運命の相手を見つけてあげたかったんだよね。夢見がちな女の子とか言わないでよ」
作るじゃなくて、見つけるという表現が出来るほど二人は作品に愛着があるんだな。と、感心していると、
「だから、雪花に一読者としてこれを読んでほしいの。まだ大まかな流れしか出来てないんだけど感想を聞かせてほしいの」
「ついでに、俺の絵もな」
二人はそういって私の鞄に紙を詰め込んだ。それが終わると、ハジメは
「さて、次はどこ行く?」
本当にせっかちなんだからと思いつつ、
「私はこれで帰るわ」
「「はぁ?」」
二人同時だった。
「二人がよくても誕生日くらいは気を使わないと私が許せないの」
「「はぁ」」
ため息も二人同時だった。似たものカップルに思わず苦笑。
「わかったわ、次までにそれの感想聞かせてよね」
「おっと、絵の感想も忘れずに」
本当に似たものカップルだ。やっぱりその方が気が合うのかな、メール送った子も私と気が合うのかな。と、考えてると二人が、
「じゃ、またな」
「またね」
シンプルな言葉が二人は本当の友達だといってるような気がした。
「ばいばい。また今度誘ってね。」
そういって二人と別れた。
結局、長い春休みの間に三人で遊んだのはこれが最初で最後になった。
家に着くと少し小説を読んで夕食をとって眠りについた。疲れたのかすぐに夢の中に落ちていった。
私はこの日を境に病気になったのかもしれない。だって、次におきたのは二日後だったのだから。
「う……ん」
あれ、時計を見るとまだ夜の十一時。二時間も寝てない。水でも飲もう。
台所に行くと母さんがいきなり泣きついてきた。
「どうしたの、大丈夫、どこか悪いところ無い。急に二日間も寝てて心配したんだから」
「ちょっ、ちょっと、どうし…えっ、二日間、寝てた、私が」
本当だった。美月とハジメと遊んだ日から二日間たっていた。
それから、今日はもう寝て明日病院に行くことになった。
しかし。
次に起きたのが三日後。
起きていたのが四時間。
次に起きたのが二日後。
起きていたのが二時間。
次に起きたのが四日後
起きていたのが五時間
…………
何日も寝て何時間か起きているを繰り返しながら三月三十一日をむかえた。
これ以降はしばらく普通に暮らせるようになった。
何日かぶりに目覚めたら三月三十一日の昼過ぎになっていた。今日までの長い春休みを私は寝て過ごした。
たぶん久しぶりの朝、携帯には美月とハジメの他になんと、<未来からの手紙>に教えてもらったアドレスからメールが来ていた。驚いて急いで見た。受信した時間はついさっきだった。
――はじめまして。返事が遅くなってしまってごめんなさい。僕は詩月四方といいます。こう言ったら怒るかもしれないけど、最初、僕は返事をする気はありませんでした。メールのいたずらとかも多いからです。
でも色々あって返事を送る決心がつきました。こんな僕でよかったら返事をください。
「――――」
嬉しい、楽しい、喜ばしい。気がついたら叫んでいた。母さんがびっくりして部屋をものぞいたけど、気にならなかった。すぐに返信して彼の返事を待った。
それから彼と一日中、いや、入学式まで毎日メールをしていた。しかも、同じ高校で同じ特別クラスだ。五日後のことが楽しくてたまらなかった。
そして、四月五日。
入学式で彼を見つけた。
~幕間~
少し時間は戻り三月中旬。雪花が寝ているとき。
日本、いや、世界屈指の大企業羽月グループの会長と秘書が如月家を訪れた。
雪花の両親はその出来事におどろいていた。
「あ、あのどのようなご用件で」
会長を名乗った女性は凛とした態度で口を開いた。
「はじめまして、私は羽月グループ会長を勤めさせていただいております羽月葉子と申します。本日はご多忙の中突然家を訪ねてしまい申し訳ありません。単刀直入させていただきます。あなた方の娘、雪花さんはある病気にかかっています」
あまりにも唐突な宣告。しかしながら、雪花の親もそう感じていた。
「過眠症ですか?」
「お調べになったのですね。確かに過眠症に似ていますが実際は違います」
「では、なんの病気でしょうか?」
葉子は切れ長の目を雪花の親に向けこう言った。
「それを教える前にこれから言うことを信じていただきたいのです。それが出来ないなら語っても意味の無い話ですので」と。
雪花の親はその目に圧されることは無く、はっきりと答えた。
「酷い手ですね、娘の事を考えるなら嫌とはいえませんよ」
「申し訳ございません。怨まれようとも嘘は一切つきません」
「信じます。是非話してください」
長い長い話だった。
――――。
信じがたい内容の話だった。
「確かに、信じられない話ですね」
話を聞き終わり一息つき信じられないという表情の雪花の両親と、その顔は信じてもらえなかったと落胆する葉子。
「………」
「しかし、娘の今の状態を見ると信じないわけにはいかない内容です。お願いします、娘を救ってください」
雪花の両親は信じることを選んだ。だから、葉子もそれに応える。
「任せてください、きっと、お父様が救ってくださいます」
「ありが――」
「まってください、まだお礼は言わないでください。雪花さんが治ってから改めてお礼を聞かせて下さい」
「わかりました。でも、本日の礼だけは述べさせてください。ありがとうございました」
「こちらも突然の訪問申し訳ありませんでした」
雪花の家からの帰路、葉子と秘書は先ほどのやり取りの話をしていた。
「葉子、バレるかもしれないけどいいの?」
「いいえ、あの人たちは姫には言わないと思うわ」
「なんで?」
「あなたもわかってるんでしょ?」
「目がいい感じだったからね」
二人とも根拠がある答えは持っていない。けれど、信じるしかない。運命を捻じ曲げるために細く脆い綱を渡らなければならないのだ。
「そうゆうことよ。でもこれで、彼女が眠り姫だと確定したね」
「うん、本当は今まで一パーセントくらいは疑ってた。でも、今日のことで百パーセント信じることになったよ」
「お願いね、二ヵ月後はあなたが先頭にたつことになると思うから」
葉子は秘書に軽い口調で言った。
「任せて」
秘書も軽く返した。
「信じてるわよ。次期羽月グループ会長さん」
「晴れ姿が見せられないのは残念だわ」
「そんな対したものでもないでしょ」
「うわ、ひどい」
「ふふ、冗談よ。貴女なら、きっと大丈夫。私が信じてるんですもの」
「…その、ありがとね」
「なにが?」
「私を信じてくれて」
「何言ってんの、可愛い妹を信じない姉は居ないわよ」
「うん、ありがと」
二人はどこか悲しそうな声だった。
2・四方の場合 ~旅立ち~
僕が彼女の存在を知ったのは三月の中頃。
連絡をしたのは三月の終わり。
出会ったのが四月の始め、高校の入学式だった。
そして、離れ離れになったのは、四月の終わりだった。
だけど、今も助けようと努力している。
僕――詩月四方――は中学を昨日卒業してある事情により、一人暮らしをしながら、かなり優秀な進学校の特別クラスに進学することが決まっている。入学式までの春休みは長いが、引越しやら何やらでかなり忙しい。
「はぁ、進学校で勉強できるのは嬉しいけど何でこんなことに」
僕は引越しの準備をしながらそのことを思い出していた。本当に不思議でファンタジーな出来事を。
二月、某高校入試当日。
ジリリリリリリリリィィ。
「四方ー、朝よ、早く起きなさい」
いつも通り目覚まし時計と母さんのダブルアタックで目が覚めた。どんなに眠くても入試に遅れるわけはいかない。寒い中いつもより早く目を覚まして食卓に向かった。朝のニュースでは天気がどうとか、株式がどうとか、連続通り魔がどうとか、なになに選手がどうとかなどといつもと変わらないニュースが流れていた。
朝食をとって、洗面一式をやり終えて食卓に戻ると母さんが真剣にニュース――さっき見た通り魔事件――を見ていた。
「母さん、どうしたの」
「これ、隣町じゃない。送っていこうか」
「いいよ、危なかったら人の家にでも飛び込むからさ」
「ならいいけど、気をつけなさいね」
「はいはい、いってきます」
「がんばってね」
などと簡単な会話を済まし少し不安ながら家を出た。母さん――養母さん――にこれ以上心配はかけられないからな。僕は自分を育ててくれた詩月家の両親に感謝している。だから絶対に迷惑はかけない、かけられないと心に誓っている。
高校入試という一つの区切りの日に義理の両親への思いを再確認した。
家と試験会場の中間あたりで僕はうずくまっている女性を見かけた。性格なのか迷わず近くに駆け寄り、そして、……絶句した……。彼女は腹部から血を流し、苦しんでいた。急いで携帯電話から三桁の番号、一一九番にかけた。冷静な判断が出来ず向こうの人の答えにも支離滅裂な会話しか出来なかった。永遠に感じるような五分間のあとサイレンと共に救急車が来て彼女を乗せた。発見者の僕も同乗することになった。
病院についてすぐに手術が行われ、その間に警察の人に簡単な質問を受けた。しばらくして母さんが必死に、泣きそうになりながらやってきた。
「大丈夫、怪我は無い?」
母さんに泣きながらたずねられ、入試に行かないで事件に巻き込まれたのを悲しく感じた。
「大丈夫、…だけど入試に行けなくてごめんなさい」
僕も泣いてしまった。迷惑や心配をかけた自分が恥ずかしかった。
「そんなこといいのよ」
母さんの優しさが嬉しくも痛かった。
警察の人は母さんに「息子さんは無事です、犯人にも見られてないだろう」などと伝えて、病院から出て行った。
しばらくして、彼女の手術が終わった。そこまでひどい怪我ではないらしく、僕はすぐに来てくれといわれ、母さんは先に家に帰り、僕は一人で病室に向かった。
コンコン。
中から「どうぞ」と聞こえた。病室にいたのは新大卒くらいの女性で化粧はしていなかったが自然の美しさを持っているタイプだった。
「はじめまして、私は羽月葉子と申します。今日は助けていただきありがとうございます」
喋り方から育ちのよさがわかる。僕が無言でいると
「そういえば、学生の方ですよね。本日はお休みさせてしまい申し訳ありませんでした」
ちょっと、カチンときた。
「入試だったんだよ!」
思っていたことが口から出ていた。羽月さんは申し訳なさそうな顔押したあと笑顔で「そうだ」と言った後、こう言った。
「私の学園で良いならまだ入試ぐらいなら平気ですよ」
意味がわからなくポカンとしていると、こう続けた。
「私が理事を務める私立葉桜学園高等部なら何とか入試が受けれますよ?」
葉桜学園高等部といえば日本トップクラスの学生たちが集まる高校だ。
「衣食住、学費、生活費は全額こちらが負担します。考えていただけないでしょうか?」
考えるまでも無い、これなら両親に負担も迷惑もかからない。
「受けさせてください」
「えっ、両親と相談しなくて平気ですか?」
「今日帰ったら相談します」
後には引けない。
「わかりました。では、これから入試を始めても平気ですね」
「はい」
「一時間ほど待ってください。部下を呼びますので。会場はこの部屋でかまいませんね」
「はい」
「わかりました。準備が出来次第およびいたします」
「はい」
そういって病院の7ロビーの一角で他の患者さんの邪魔にならないように勉強を始めた。
幸い、頭はいいほうなので葉桜学園はなんとか合格圏内だったが、金銭面の都合であきらめていた。だから、このチャンスは逃せない。それから無心で勉強し、約束の一時間後になり、特別入試は終了した。
「すごいですね」
シンプルだがもっともな意見を羽月さんは漏らした。
「今まで見た中でトップの点数ですよ。文句無しに特別クラスに入れますよ」
「本当…ですか?」
ここまで話がうますぎるから少し疑って聞いてみると笑顔で、
「はい、私立葉桜学園高等部特別クラスへの入学を許可します。色々な書類は明日中に届きますので確認してください。何か質問はありますか」
「いえ、無いです。本当にありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ命を救っていただきありがとうございます。それでは後日また会いましょう、……四方君」
最後に何か言いかけたことが気になったが、今は高校が決まったのが嬉しかった。
その晩、夕食のあと。
「父さん、母さん話があるんだ。聞いてください」
父さんはテレビから離れ、母さんは洗い物を切り上げて近くに来た。
「僕は今日特別な処置を行ってもらい私立葉桜学園高等部の入試を受けて、合格しました。ですから、中学卒業後にすぐに向こうに行きたいと思っています。勝手に決めてごめんなさい。でも、このチャンスを無駄にしたくなかったし、向こうにいる間の金銭面はすべて学園がもってくれるから誰にも迷惑がかからないと思って勝手に決めました」
少しの間を置いて、
「ずいぶんと急な話だな。それにいつ私たちがお前がいて、迷惑と言った」
父さんが始めて怒鳴った。
「あなた、落ち着いてください。四方もなんで急に」
「本当にごめんなさい。でも…」
他人という言葉は辛すぎて出てこなかった。
「子供だもの、一人立ちの時期はいつか来ます」
「わかっている。ただ、少し早かったから驚いてるだけだ。反対はしていない。がんばってこい」
「ありがとう…ございます」
それ以外言葉は出なかった。
「あなたの家はここにあるからたまには帰ってきなさい」
義理とはいえ、最愛の両親の激励の言葉に涙が出そうになり、
「ありがとうございます。ではおやすみなさい」
と言って急いで部屋に戻り、そして泣いた。嬉しさの涙はとても気持ちよかった。
現在――。
「うん、やっぱり不思議だ。漫画や小説、ゲームくらい出来すぎているよな」
とぼやきながら作業を進めていた。
入学式まで一ヶ月近くあるが、羽月さんのほうが僕の住みやすい家がどんなのか判らないから、早めに来て探して欲しいと言うからOKしたら、
「明日から二、三日なら特に用事がないので伺います」
と言ってきたせいで急いで荷物を作るにいたっている。
作業中に如月雪花という人からメールがあったがイタズラだと思い無視した。
たいして持ってく物もなく夜の八時前には終わった。
水でも飲みに行くかなと思い居間に向かう途中に、
ピンポーン。と来客を継げるベルが鳴った。ドアの前にいたから確認せずにあけると四人の来客がいた。一人は羽月さんで、もう一人は羽月さんに良く似た女性、他の二人は両親より少し年上の夫婦だった。
「あら、お久しぶり」
笑顔の羽月さんと、なんと表現していいか判らないが、悪印象だけは持っていない夫婦のギャップに少し違和感があった。
奥から出てきた母さんが
「あら、お久振りでございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
初めて聞くような母さんの丁寧な言葉遣いに少し変な感じがした。
羽月さんは僕のそんな感情を見抜いたのか、財布からカードを出して、
「もう準備できてる?出来れば夜のうちに向こうに行きたいから友達と思いっきり遊んできていいわよ。私たちは大人同士の話し合いがしたいからね」
その言い方にちょっと(ムッ)と来たが、実際にここにいても意味はなさそうなので何人か誘って食事に行った。
中学時代の友達と過ごした時間は気を使わなかったからかなり楽しかったのと、向こうでは気の合う仲間が出来るかわからない不安に襲われた。
一方その頃詩月家では――
詩月家夫妻と羽月グループ名誉会長夫妻と羽月葉子と羽月蛍の六人がいた。
最初に口を開いたのは四方の義父だった。
「お久しぶりです、兄さん」
「すまない、うちの子をここまで育ててくれて感謝する」
「いえ、子供に恵まれない私たちには宝物です」
四方の両親と葉月夫妻は感謝を告げあった。
「そう言ってもらえると助かる。さて、葉子さん、彼らにも真実を話すのだろ?」
葉子は四方の両親をまっすぐに見つめ、口を開いた。
「はい、ここまでお父様を育てていただきありがとうございます。今から言うのは真実です。ですから、何も言わずに聞いてください」
「わかりました、お願いします」
長い長い話だった。
――――。
信じがたい内容の話だった。
「なんと、あの子にはそんな運命があるというのですか?」
四方の義父は感嘆の声を出した。
「はい。本人から聞いた事ですのでまず間違いは無いです」
「そうですか。一つ質問をいいですか?」
「はい」
「なぜ、羽月家ではいけなかったんですか?」
四方の義母の問に葉子は一瞬横に目をそらし、絞り出すように、
「………。申し訳ないです。それはこの場ではお話できません」と告げた。
「そう…ですか。わかりました。では、四方の事をお願いします」
四方の義母は最後の問に納得は出来かねたが、四方を最高の環境に送る決意を告げた。
「はい、お任せください。責任を持って、成長させます」
「ありがとうございます。では、そろそろ――」
家に帰ってくるとそこは、
「宴会してる」
あれ、ちょっと難しい話をするような雰囲気だったのに。
「あら、四方君もう戻ったの?」
羽月さんと良く似た女性が話しかけてきた。
「はぁ」
「すぐに出発できる?うちの親酔うと使い物にならないから早く行きたいのよね」
「いつでも行けますけど、ただ挨拶だけはちゃんとしたいです」
「当たり前じゃない。それぐらいの余裕はあげるわよ。車呼ぶから色々と準備してきてくれる?」
そう言うとその女性は携帯電話で話し始めた。
てきぱきとしっかりしてる人だなというのと、どこかでみたことがある気がした。
「よし、父さん、母さん、葉子行くよー」
えっ、急すぎ。色々準備どころか挨拶も出来てない。
「に、荷物取りに行ってきます」
「はいはーい、ついでにうちの家族も呼んできてくれる、来そうにないから」
「はい」
僕は急いで手荷物を取って戻ってきた。
玄関には両親と羽月さんたちがもう待っていた。
僕は緊張しながら、
「父さん、母さんお世話になりました。長期休暇は出来るだけ戻ってきます」
「いってらっしゃい」
「元気でな」
「はい」
一礼をし、十五年間育った家を後にした。
それ以来家には帰っていない。
外には車が二台止めてあった。一台には運転手らしき人と、SPらしき人が乗っていた。
夫婦のほうは人が乗ってる車に乗り込んで、羽月さんたちに話しかけてきた。
「葉子、蛍お前たちは自分たちで帰るんだな?」
「はい、三人で本家のほうに行きます」
「わかった、私たちは明日こっちに用があるから近くのホテルに泊まる」
「わかりました。では、また後日」
「うむ」
簡単な会話のあと夫婦を乗せた車はいってしまった。
羽月さんは車の後部座席のドアをあけて僕たちに、「のって、のって」と促し、自分は運転席に座った。
僕は何となく口を開いた。
「あの、羽月さん」
「「はい」」
二人同時の返事に戸惑ったのがわかったのか隣の女性が、
「あ、自己紹介がまだだったわね。アタシは羽月蛍って言うの。葉子とは双子なんだよ。よろしくね、四方君」
「よろしくお願いします、蛍さん」
差し出された手を握って握手をした。
「うふふ、弟がいたらこんな感じなのかな」
「さあねぇ、もっとも父さんが「跡取りだ」って言いながら鍛えまくるんじゃない?」
「それでひねくれ者の誕生か、素直な子に育って良かったね四方君」
「はぁ」
ちょっと勢いに飲まれてるなぁ。でも、楽しいや。
「あっ、トイレ休憩にSAに寄るわ」
「「はい」」
二、三分して駐車したら僕と二人は十五分後軽食出来る場所に集合する約束してわかれた。
葉月姉妹は四方が少し離れたら先ほどまでとは変わって真面目な顔で話していた。
「葉子、これで良いの?」
「ええ、お父様の前では私たちの本当の関係はまだばれるわけにはいかないわ。だから、ちょっと、なれなれしい姉妹でごまかすのが最良の判断でしょう」
「そうね、それにしても、私は素がそんな感じだけどあなたが辛くないの?」
「あと、二ヶ月以下の辛抱だから大丈夫よ」
「あと、二ヶ月…」
「眠り姫が本格的に生まれるまでしか、私はここにいる気はないわ。あとは、あなた達が何とかしないといけないの」
「そうね。あっ、姫のほうには今日会ったんでしょ?」
「ええ、あなたみたいな感じで話すのは難しかったわ。でも、彼女は催眠状態だったから誰とどのように話してたかは覚えてないけれど、見知らぬ人にメールを送ったのは覚えてるわよ。そして、お父様はそれには返事をまだしてないと思うわ」
葉子は事前に雪花と会い、自分の望む未来を模索していた。
「ふぅ、それにしても複雑な気分ね」
「何が?」
「十五年ぶりにあった人の恋路を手伝うのは…」
「…もしかして、好きになったの?」
「ううん、もし、彼が私と長い間暮らしてたら好きになってたかもしれない。きっと、人の運命は簡単には変わらないもんなんだよ」
蛍は寂しそうな顔でそういった。
「……」
その言葉に葉子は心配な顔をしたが、すぐに蛍は笑いながら、
「あははっ、安心して、アタシは彼より葉子の望みをかなえるほうが重要だと思うし、裏切るとか、自分勝手な行動を取るとかは絶対にしないよ」と、強く言った。
「…ありがとう、ごめんなさい」
「いいの、いいの。アタシたちはもう十五年来の姉妹じゃん。みんなでこの問題を解決しよう」
「ええ」
「じゃ、そろそろ行こうか?」
「ええ」
僕は二人より早く用を済ませ、軽食出来る場所につき、盛大なあくびをしていた。
「ふぁ~」
眠い。そろそろ日付が変わる時間だもんな。葉子さんは運転してて平気なのかな。辛いなら、ここで仮眠とる案でも出そうかな。
「お待たせ~」
蛍さんが手を振りながら二人はこっちに来た。
二人が着席後僕はさっき思ってた事を聞いた。
「あの、色々と聞いていいですか?」
「う~ん、レディにプライベートを聞くのは感心しないわね。」
「何でもどうぞ」
冗談を言う蛍さんとそれをさらりと受け流す葉子さんは見ててかなり面白い。
「まず、僕が若い女性二人しかいない家に泊まっていいんですか?」
「はっ、まさか、私と葉子を襲う気ね」
蛍さん、即ボケに走りますか…。
葉子さんはそれを聞こえないかのように、
「私は四方君を信じてるから平気よ。そうね、もし万が一襲ったら両手両足の骨をはずして青汁の風呂にでも放り込むわ」
えっ?さらりとすごい事いわなかった?
「それもそうね、私たちは仮にも羽月グループの跡取り姉妹だから君より腕っ節も強いわよ」
「跡取り姉妹ならなおさら世間体とかも平気ですか?」
「きゃ~、明日の一面は「羽月グループ跡取り姉妹の夜食は美少年!」に決まりね」
スパーン!「いっった~」
葉子さんの平手が蛍さんの後頭部を叩いて良い音をたてた。
「ほ・た・る・ちゃん、名前の通り蛍みたいにお尻を光らせてあげよっか?ただし、真っ赤にね」
こ、こわい。葉子さんは敵に回したらいけない。さっきの青汁風呂も本気でやりそうだ。
「ご、ごめんなさい。ホント勘弁してください。お願いします」
「まったく、で、世間体はぜんぜん平気。むしろ、そんなの週刊誌とかで取り上げると、取り上げた会社自体がつぶれる事は間違いないってわかってるはずだから」
「わかりました、じゃあ、次の質問ですが、葉子さんは仮眠取らなくて平気ですか?」
「なんで、葉子の心配しかしないの~?ひいきだ~」
「私が運転してるから聞いてるんでしょ?」
僕がうなずくと、蛍さんは「わかってるよ~」と言った。どこまで冗談でどこまで本気か、つかみどころのない人だ。
「私は仮眠は要らないわ。事故も起こさないわよ」
「本当ですか?」
「信じてないわね、なら、四方君は眠り姫って知ってる?」
確か、童話であったよな。
「はい。知っていますけど、それが何か?」
「私はね、眠り姫とはまったく逆なの。絶対に眠らない眠らず姫なのよ。ね、蛍?」
一瞬だが蛍さんはものすごく驚いたような顔をして笑顔でこう返した。
「そ、そうよ、葉子は絶対に眠らない。眠ったら私が青汁風呂に入ってあげる」
これは冗談なのか?さっきも葉子さんはいきなり冗談を言ってきたけどどうなんだろう?でも、ここは、僕が折れるしかないか。
「わかりました、眠らず姫って事を信じます。でも無理はしないでくださいね」
「四方君、それ信じてる人の言葉じゃないわよ」
蛍さんの手痛いツッコミとは別に、葉子さんは
「でも、心配してくれてありがとう」と笑顔で言ってくれた。
その笑顔に僕は思わず赤面し、
「い、いえいえ。当然のことです」とあわてていった。
葉子さんはくすくす面白そうに笑いながら、
「さて、そろそろ行こうかしら?」と促してきた。
「あ、待って、待ってフランクフルト買って来る」
そう言うなり、さっさと行ってしまった蛍さんの背中を葉子さんと見ながら、
「「はぁ」」
と二人同時にため息が出ていた。
その後家に着いたのは三時を回ってからで、僕は空き部屋に通されてすぐに寝てしまった。
翌日、アパートを見つけその日のうちに移った。その翌日には荷物も来て本格的な一人暮らしをはじめた。羽月姉妹は暇があると大抵この家に来て何かと面倒を見てくれた。
そして、三月三十一日の朝。葉子さんの唐突な提案で友達が一人出来た。
三月最後のこの日も葉子さんがやって来て、雑談している。
「ねぇ、[未来からの手紙]ってサイト知ってる?」
「知りませんけど」
「そのサイトの管理人が未来から来た人らしくってメールを送ると何でも教えてくれるの」
「ふーん」
「興味なし?」
「特に知りたいこともないんで」
女の人が好きそうなちょっとオカルト形のサイトの話だなと思いつつ聞き流していると、
「なんで?新学期から一緒になるクラスの子を知りたいって送ればアドレスくらい教えてもらえるわよ」
珍しく葉子さんが食いついてる。でも、それって犯罪な気がするんだけど。
「もう、わかったよ」
「むっ、だんだん生意気になってきたわね」
「義理の両親ってのが判ってから迷惑をかけないようにずっと気を使ったきましたから」
そんなこんな言いながらメールを送ると返ってきたのは見覚えのあるアドレスだった。
これって、如月雪花っていう子のじゃ無かったか。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
――はじめまして。返事が遅くなってしまってごめんなさい。僕は詩月四方といいます。こう言ったら怒るかもしれないけど、最初、僕は返事をする気はありませんでした。メールのいたずらとかも多いからです。
でも色々あって返事を送る決心がつきました。こんな僕でよかったら返事をください。
送信。
葉子さんは嬉しそうに笑ってる。
「うふふ、女の子だといいわね」
「な、何言ってるんですか」
このときの僕は顔を真っ赤にしていたと思う。
「さて、やることやったし帰ろう」
「えっ、これだけのために来たんですか?」
「これだけなんてこと無いわ。大事な恩人に友人の一人くらい紹介したいからよ」
葉子さんの後ろには携帯電話。
もしかして。
「葉子さん?」
「ノーコメントよ」
わざとらしくはぐらかす葉子さんに対し、僕は、
「えっと、ヒントをくれてありがとうございます」
「あら?何のこと?」
僕は頭を下げて葉子さんを見送った。
それからすぐに如月さんから返事が返ってきた。
そして、入学式までの僅かな間、毎日メールをし、当日本人に会うのが、とても楽しみになった。
四方の部屋からの帰り道。
「おつかれ、葉子」
「そんなこと無いわ」
「無理しちゃって。あと、一ヶ月でしょ?うまくいくかな?」
「きっと行くわ。そう信じさせて」
「そうね」
「あの子達の長い春休みが世界の命運を決めるなんて誰が思うでしょうね」
「誰もそうは思わないでしょうね。でも、私たちだけは知っている。それでいいじゃない」
「ふふ、蛍は強くなったわね」
「葉子の鍛え方が半端無くすごかったからね」
「「あははは」」
運命を捻じ曲げる。葉子の目的はただそれだけ。