生活魔法伝授の会なのじゃ
こんにちは。
もう一月の終わりが近いですね。
まだ2019年もしくは平成31年と言うことに慣れてないのですが。
「うーん、まあいいか」
ゲノールがわらわを上から見下ろしながらなにやら言ったかと思うとわらわを抱え上げたのじゃ。
レディに対してなんという所業なのじゃ! とは言うものの、まだ抱え上げられて運ばれておる方が楽でいいのじゃ。悔しいのじゃ。
わらわを抱えて歩き出したゲノールに一応言っておくのじゃ。
「文句を言いたいところなのじゃが、我慢して礼を言っておくのじゃ」
「なんだ、そりゃ」
歩きながらゲノールがゲノールたち第三隊の縄張りが入って左手の方の棟だとか教えてくれたのじゃ。ゲノールとしてもなんぞあったならば来い、と言うことらしいのじゃ。
警邏隊の世話になることもなかろうがの。
流石に門の前で降ろして貰ってそこからは自分で歩くのじゃ。
「おかげで何となく休めたのじゃ。釈然とせぬところもあるが感謝しておくのじゃ」
「だからなんだよそりゃ」
「其方はさっき言われておった言付けを伝えに行ってよいのじゃ。神殿は目の前ゆえの」
わらわの提案に少し悩む素振りを見せてゲノールは言うのじゃ。
「どうせ神殿にうちの連中が屯してるからな。あれらも連れて帰らねえと」
「確かにそうじゃの」
「なんで、ここでちょっと待ってもらえるか。ひとっ走り支隊長の執務室に行ってすぐ戻ってくら」
うむ、なにやら過保護な気はするのじゃが断るほどの理由もないのじゃ。
「分かったのじゃ。では待っておくことにするゆえ行ってくるのじゃ」
「応」
くるりと踵を返し、ゲノールは出てきたばかりの建物へ駆け込んでいったのじゃ。腰の軽い男じゃの。むさ苦しいゆえ結構なおっさんだと思っておったのじゃが、案外若いのやも知れぬのじゃ。
言葉通りすぐに駆け戻ってきたのじゃ。警邏隊は隊長でも身体が資本なのじゃろうの。
「ふむ、まあ折角治したのじゃ。その後すぐ殺されてしもうたなぞとは聞きたくあらぬゆえよろしく頼むのじゃ」
「ああ、俺も治療費を自腹だからな。それなりの成果は欲しいさ」
確かにそれは切実なのじゃ。
さて、神殿への帰途なのじゃ。が、当然三十秒ゆえ深入りせぬように別の話題を、なぞと考える必要もなく帰り着いたのじゃ。
「ただ今戻ったのじゃ」
「マーティエお帰りなさいー」
「お帰りなさいませ」
リーダとマードの母子コンビから丁寧に迎えられるのじゃ。わらわも職位の高低が余り分かっておらぬのじゃが、リーダたちも分かっておらぬゆえ丁寧な気がするのじゃ。まあよいのじゃ。
ガヤガヤとしておった冒険者二人と警邏隊の隊員たちがわらわとゲノールが帰ってきたのが分かってこちらに注目しだしておるのじゃ。
そんな中、ゲノールが軽く舌打ちしたのじゃ。うむ、あの副官がおらぬのじゃ。使えない方ではなく怪しい方であったようなのじゃ。
しかしまあそれはわらわが何かする筋合いのことではないのじゃ。わらわはわらわの仕事をするとしようかの。
「では生活魔法の伝授と参るのじゃ。リーダよ、修得の希望は取りまとめ終わっておるかや?」
「はい、ここにー」
ふむふむ。やはり基本は<洗浄>じゃな。警邏隊は夜回りもしておるゆえ<光明>の需要も高いようなのじゃ。そう考えると魔術の方は生活魔法ほど敷居が低くないのであろうかの。
冒険者の方は二人で手分けをして十種全部をとりあえず覚えていくようなのじゃ。五種ずつではなく<洗浄>は二人とも修得するつもりのようで五種と六種なのじゃ。
「俺とこいつにさっき言ってた大声の、<遠声>か、それを。そしてこれとこれに<早足>をお願いする」
ゲノールが書き付けの木札を覗き込み指さしてそう言ってきたのじゃ。リーダがそれを書き足していくのじゃが、つまりこういうやりとりを先にしておくべき副官がわらわが治療に向かうやどっかに消えたのじゃな。
「そういえば警邏隊の隊員というのは世襲なのかや。先代の話をさっきしておったが」
「そう決まってるわけじゃないが、まあ親父が警邏隊の隊員だったって奴は多いな。土地勘というか地元民との繋がりは重要だから地元の家の次男、三男って奴も多いぜ。役人組と呼ばれる連中はまた別だがな」
「私の次兄も警邏隊員ですよー」
リーダがそう言ったので吃驚してマードを見ると苦笑して頷いたのじゃ。神殿の聖職者はプライベートを持ち出さぬものなのじゃが、そこらは通いであるゆえであるのじゃろう。
「へえ、誰だい?」
「兄はミッグルと言いますー」
「ほう、第四隊の。……。ああ、ズークさんとこの御内儀と三男坊か! 神殿の人の格好をしていると分からんものだな」
まあ女の人は特にベールで髪を隠すゆえ分かり難くはあるのじゃが、そう言うところがモテぬのじゃ。まあどうでもよいのじゃ。
ではしっかりやるとするかの。と言うことで皆礼拝所の長椅子に行儀良く座って貰うのじゃ。
「魔法陣を認識しながら祭文を祈祷することによって生活魔法は発動し、その後は魔法の名前を祈るのみで発動できるようになるのじゃ。しかし、なのじゃ。祭文は意味のない音の連なりではないのじゃ。古い言葉ゆえ意味を取ることは出来ぬじゃろうが、神への感謝や祈りの詞なのじゃ」
皆、神妙に聞いておるのじゃ。リーダとマードの方がちょっと驚いた顔をしておるのじゃ。あの老リーディンめ、手を抜いて魔法陣と祭文の復誦だけで教えておったのかの。
「祭文の意味を文節ごとに教えるゆえ、その祭文の詞を胸の内に置いて古い言葉による祭文を復誦するのじゃ。まずは清浄を司る水の神々への祈祷である<洗浄>なのじゃ」
魔法陣の見本は数があるわけではないゆえ実践による伝授は数人ずつなのじゃが流石生活魔法なのじゃ。皆問題なく修得していくのじゃ。
「すげえ! 俺初めて魔法使ったぞ」
「俺もだ。確かに<洗浄>ですっきりしたら俺の男前の度合いが更に上がったようだぜ」
「鏡を見てこい」
むさ苦しい男たちがキャッキャと喜んでおるのじゃ。げんなりする光景なのじゃ。
「生活魔法は神の恩寵あって魔力の消費が少ないのじゃ。しかし、厳しければクズ魔漿石を使うのじゃ。魔法具があれば焦点にすることによってより楽に使えることも覚えておくとよいのじゃ」
魔法陣から再構築しても生活魔法ほど消費魔力が小さくならぬゆえ祭文か魔法陣の装飾に見える部分になにか秘密があるのじゃ。あと魔法具はどうなるかは分からぬのじゃが宣伝しておくのじゃ。
「また自力で出来るからと言って調子に乗って魔力を枯渇させれば倒れ、時には命に関わるのじゃ。初めて魔法を使うものは特に気を付けるのじゃ」
最後には注意を喚起して〆なのじゃ。己がしょっちゅう枯渇したりしかけたりしておることは心の棚に上げておくのじゃ。
「あのっ、他に<着火>を教えて下さい」
「あ、俺には<微風>を」
終わったと思ったら隊から補助の出ない自費で幾つか伝授依頼があったのじゃ。冒険者に教えておるところを見ておったからなのじゃろう。実演販売のような効果なのじゃ。
まあ、無論丁寧に教えてやるのじゃ。
自費であっても追加で習いたがるのは<洗浄>の水球が大きめだった魔力に余裕があるものが主なのじゃ。当然なのじゃ。
「本気で色々ありがとうな。来週もマーティエなのかは知らんが、これからもよろしく頼む」
ゲノールがそう言って隊員たちを連れて退去するのじゃ。隊員たちも口々に感謝なぞを述べていくのでうるさいのじゃ。まあ、純朴で悪くない筋肉ダルマどもであったのじゃ。<洗浄>でむさ苦しさも少し軽減されたしの。
「ありがとうね」
「うん、生活魔法って便利だね」
こちらは男女二人の冒険者たちなのじゃ。名前はパードとレイデで、伝授中のちょっとした世間話によると真鍮の鑑札のオルンたちと同程度の冒険者のようなのじゃ。
二人とも補助的な魔術を幾つか使う小器用なタイプなのじゃ。そしてそれゆえ<洗浄>の規模から見て魔力は多めのようであったのじゃ。
「けど、警邏隊に祈祷治療をしてるのが驚きだったわ。冒険者にもして欲しいなあ」
「祈祷を使えるものが足りなすぎるゆえ難しいじゃろうが一応リーディンとギルマスに言っておいてみるのじゃ。確かにポーションが高いのであれば駆け出しの冒険者たちには厳しい話であろうしの」
「そうですね」
すごく実感が籠もっておるのじゃ。
「では冒険者協会であったときもよろしくなのじゃ」
二人ももう帰るようなのじゃ。神殿で冒険者の話を延々と聞くわけにもいかぬしの。
「こちらこそ」
「よろしくねー、マーティエちゃん」
「マーティエは神殿の職位名なのじゃ。冒険者としてあった時はミチカで頼むのじゃ」
「うん、わかったわ」
お読みいただきありがとうございました。