<治癒>を習得するのじゃ
こんにちは。
今日も一話更新です。
よろしくお願いします。
「どう話していくかのう。まず、<治癒>を使うときはの、先ほど少し話をした応用的な魔法陣の使い方で、魔法陣を弱めることで効果と魔力消費の両方を引き下げて使うのじゃよ。下げ方で軽傷用の<軽癒>から<中癒><重癒>と呼び分けておる」
ふむふむなのじゃ。しかしその理由が解らぬのじゃ。
「なので<軽癒>を見取ってもきちんと構成すると<治癒>になる訳だのう。これがやらかす原因じゃわい。元々の<治癒>は魔力消費が大きすぎて普通の祈祷師では発動できんから見取らせるのはちょっとした悪戯前提なんじゃよ」
「なるほど、見取ったはずが重すぎて発動できず困る、と言うわけなのじゃな」
老リーディンは苦笑しながら頷くのじゃ。
「見取れておる時点で合格ゆえやり方をそこで偉そうに教えてやる訳よ」
「悪趣味じゃのう」
「しかし、発動できてしまうと相手が死ぬ虞があるのでのう」
「ふぇ? <治癒>で死ぬのかえ?」
意味が分からないのじゃ。
「魔法治療は施術者だけでなく被術者も魔力を使うんじゃ。無論魔法の規模にあわせてのう。弱めておらぬ<治癒>は断たれた手足も断たれた部位があれば継ぐことが出来るし、指程度の欠損なら再生されるほどの効力があるのう」
ふぅ、と息を継いで続けたのじゃ。
「その効果に見合った魔力を吸い出されて生きておられる人間も発動できる人間並みに稀少であろうよ」
「なっ、なるほどなのじゃ」
ちょっと落ち着くために茶を喫すのじゃ。ふう落ち着くのじゃ。見ると老リーディンも新しい茶をポットから注いでおるのじゃ。
しかし、やらかすというのが殺らかすレベルであったとは怖い話なのじゃ。
「治療時、怪我人にはクズ魔漿石を握らせてから<軽癒>や<中癒>を使う。<重癒>なら用心のために普通の魔漿石だのう」
一服して少しおちついた老リーディンが話を再開するのじゃ。
なるほどのう。きちんと聞いておくべきことなのじゃ。魔法治療が神殿や聖堂から余り外部に広がらないのは修得難易度だけでなく特殊な使い方の部分にあるのかも知れぬのう。
ちなみにこの国ではほとんどおらぬはずなのじゃが、ストールベリ王国であれば治癒魔法を使う冒険者も少ないながらおるのじゃ。しかし、それはちゃんと神殿に登録された祈祷師や祝祷師で神殿に収入の一部を上納しておるはずなのじゃ。
「錬金術で作られる回復ポーションもそのためにクズ魔漿石を原料に加えてあるのう。そして上級ポーションがバカみたいに高いのは魔漿石を使っておるからでのう」
ポーションは使ったことどころか見たこともないのじゃが、そういうものなのじゃな。しかし錬金術か、面白そうじゃのう。言い方からしてこの老リーディンは使えるのかも知れぬのじゃ。
まあ今はそれより習える祈祷なのじゃ。
「早速教えるが、<軽癒>なんぞはちゃんとした<治癒>があった上での技術だからのう。たまに<軽癒>しか使えん奴がおるのよ、本来存在せん<軽癒>の祈祷として認識しておるのじゃろうのう」
そう言うと老リーディンは祭文と魔法陣をわらわに見せてくれたのじゃ。話が早いの。
修得は簡単なものなのじゃが、問題は実践なのじゃ。
「いや、そんな簡単に修得できるもんでもないんじゃがのう。一体どんな教育を受けたらその歳でそんだけの祈祷を入れておけるようになるのやら呆れるわい」
苦情はマーリィまで、なのじゃ。ただ頭の中の情報の整理と検索と言った管理能力は十八歳の三千香に由来するものかも知れぬのじゃ。それもマーリィの厳しい詰め込み教育の上での話ではあるなのじゃが。
しかし、一応<治癒>自体を試すと発動は出来るのじゃが確かに魔力の消費が半端ないのじゃ。<地回操循>に匹敵するのう。用心に魔漿石を握っておいて己に<治癒>を掛けると暖かい癒しの力が身体を巡るのが分かるのじゃ。そして確かにその癒しの力を生み出すのに魔力が消費されるのじゃが、わらわが怪我をしておらぬ所為か危惧したほどの消費にはならなかったのじゃ。
老リーディンが呆れた顔でわらわを見ておったのじゃが、そこのところは全く気にせぬのじゃ。
「しかし、<軽癒>は難しいのじゃ」
「嬢ちゃんの魔力管理は柄杓で注ぐべきところを手桶でやっておるようなもんじゃな。まず魔力を薄くした魔法陣を定量化するんじゃ。見本は見せてやるわい」
なかなか丁寧に教えてくれるものなのじゃ。
「そしてその魔法陣に魔力を過不足なく丁度注ぐ、うむ、そうじゃ」
魔法陣を魔力過剰で何度か崩壊させつつ十度を数える頃にはなんとか成功したのじゃ。まあ一度成功しておけば魔法陣構築の方に問題はない以上大丈夫なのじゃ。
「では<中癒>と<重癒>も儂が見本に丁度の規模の魔法陣を作るゆえ同じようにするんじゃ」
「うむ、もう問題はあらぬゆえ任せるとよいのじゃ」
ふぅ。まあ<軽癒>ほど手こずりはせんかったのじゃ。
「怪我を見て魔法陣の規模を調整できれば魔力の無駄もないんじゃが、まあ嬢ちゃんはその定量化した陣でやることじゃわい」
「うむ、治療でやらかしはせぬに越したことはないのじゃ」
「よし、じゃあのう。魔力はまだ大丈夫かのう?」
訊かれてわらわは己の魔力の流れに意識をやるのじゃ。うーむ。
「まあ問題ないのじゃ。<治癒>で思うたほどは使わんかったゆえの」
そう答えると老リーディンは胡散臭そうにわらわを見たのじゃ。正直に答えただけなのに理不尽なのじゃ。
ふと気付いたように老リーディンが疑問を口にしたのじゃ。
「そう言えば、杖を持っておらんのは見て分かるが焦点具を使わぬのじゃのう」
「使ったことがないのじゃ。やはりあった方がよいのかえ」
魔力を流す時に目印となる補助具じゃと聞いたことはある気がするのじゃ。使う魔法の封じられた魔法具があればそれを焦点具として利用することでより楽に発動できるとかそんな話であったかの。
「汎用の焦点具なんぞは大して違いを感じんな。使い慣れておるから使わぬとなにやら落ち着かぬ気がする、程度のことだのう。しかし、例えば<治癒>であれば生命の魔漿石に<治癒>の魔法陣を刻んだ焦点具があればこれは全然違うの。焦点具の質に依ろうが、魔力の消費量も効果も目に見えて改善するわい」
「ふむ、興味がわいたのじゃ。気がけて見ておくとするのじゃ」
生命の魔漿石は一つあったのう。豚鬼戦で<賦活>を使うときに用いたが、あれも一種焦点具としての使い方であったかも知れぬの。
そんなことを考えておったら老リーディンはまた別の魔法陣なぞを出してきたのじゃ。
「まあ魔力がまだあるならそれでええわい。<治癒>以外の治療系魔法も被術者の魔力を必要とすることだけは覚えておくのじゃぞ。そしてその負担を軽減して使わねばならんのじゃわい」
つまり、<治癒>以外も教えてくれるのじゃ。ありがたいのじゃ。
「<鎮痛>は物理治療を行う際の痛み止めじゃ。儂は物理治療の技術を知らんので無意味じゃと思っておったがこの歳になると足や腰が痛むときこの祈祷で助かっておるわい」
そう言いながら笑っておるのじゃ。老人ジョークは乗っていいものやら悪いものやら分かり難いのじゃ。ちなみに物理治療とは魔法ではないと言う程度の意味で前世での物理療法とは異なるのじゃ。
実際<治癒>があるのなら無意味な祈祷である気もするのじゃが、少しひねった使い方もありそうなのじゃ。人の命のかかった実験なぞやる気はないのじゃがの。
「<平穏>は心を落ち着かせる、言ってみれば心的な治療魔法だの。どんなものであっても高ぶった感情を平静状態に戻すんじゃが、そう言う感情が高ぶった状態で<平穏>を受け入れてくれるはずもなし。抵抗を打ち抜く必要があるのじゃわい」
攻的に使うことを考えると微妙なのじゃな。老リーディンも微妙な顔をしておるのじゃ。
こうやって『癒しと慰めの祈念詞』の祈祷を一揃伝授してもらったのじゃ。
毒の治療が<浄毒>で病気の治療が<平癒>なのじゃが、効かぬ種類の毒や病気もあるそうなのじゃ。ゆえに迂闊に毒や病気を治せるなぞと言ってはならぬのじゃ。
と言う風に都合十余りの祈祷の伝授を受けてわらわはなかなかの治癒系魔法使いになったのじゃ。
ちなみに既に知っておった<強壮>と<毒見>が含まれておったのじゃが、<強壮>は祭文がかなり異なっておったのじゃ。面白いものなのじゃ。
<治癒>より強力な祈祷も伝承上はあるはずなのじゃが、名前しか伝わっておらぬそうなのじゃ。まあ<治癒>ですら弱めねば使い勝手が悪いことを考えると実用に耐えぬものであるのじゃ。
「よし、正式に『癒しと慰めの祈念詞』の伝授も終えたし他に上位の祈祷もできるゆえ取り敢えず一等祝祷師として登録しておくぞい」
「ふぇ。それは聞いておらんかった気がするのじゃ」
やりきった顔の老リーディンに言われてちょっと吃驚なのじゃ。
「正式に伝授してやると言うたじゃろう。正式には神殿に属しておらんものには伝授できようはずがないわい」
「言われれば納得行くような行かぬような話なのじゃ」
にやっと笑みをこぼす老リーディンに対してわらわは憮然とするのじゃ。
「もう伝授は済んでおるゆえ諦めよ。祝祷師は別段冒険者としてふらふらしておっても構わぬゆえ、ちーっとした奉仕活動をしたり貢納金を納めたりするだけじゃわい」
「仕方ないのかのう。少し釈然とせぬのじゃ」
「この国の神殿にはきちんとした制度がないゆえ貢納金は好きに払うとよいわ。祝祷師の活動で生活魔法を学びにくるものが増えておるのは神殿への貢献となるゆえ物納に準じて査定しておいてもよいぞ」
「要はその治療なんぞにこき使おうという話かえ。まあその程度ならよいのじゃ」
くっくと笑い老リーディンは付け足したのじゃ。
「まあそれもあるがのう。強力な祈祷をまき散らすお嬢ちゃんが神殿に属しておらぬ野良祝祷師では互いに立場がないわいな」
ふむ、そう言うものでもあるのじゃな。しかし、祝祷師と言うものの名は知っておってもどういう立場であるのかはよく分からぬのじゃ。
お読みいただきありがとうございました。