神殿訪問なのじゃ
こんにちは。
今日も一話更新です。
少しでも楽しんで読んで頂けるなら幸いに存じます。
宿はちょっと上等すぎる気がしたのじゃが、まあ已むを得ぬのじゃ。
壮麗な石造りの建物にお仕着せの門衛が扉の開け閉めのために控えておるのを見て、一回ジーダルたちの宿を聞いてみた方が良かったかも知れぬと思ったのじゃ。まあ話してみたならば従業員は流石によく教育されておってわらわのような子どもにも無礼な態度を取ることもなく、紹介状のおかげもあってちゃんと宿を取れたのじゃ。
高い宿代ではあるのじゃがとりあえず六日分先払いしたのじゃ。ここでは六日で一週なのじゃ。
メイドにかしずかれながら摂る食事には慣れぬのじゃ。内容的には素材が悪くないものであるのはわかるのじゃがそれだけじゃの。
寝台も良いものじゃが無尽庵であれば貴族の持ち物だった寝台で寝ておるわらわが驚くほどのものではないのじゃ。高級なところでどう振る舞うかを商業組合から値踏みされておる可能性もあるのじゃが、気にはせぬのじゃが。
なんにせよよく眠って朝餉もしっかり摂って今日もお出かけなのじゃ。
城市が広いゆえ朝市も複数箇所で開かれることは聞いておったのじゃ。その一つを見て回り価格の傾向を把握するのじゃ。
一応メーセルキョー以降は市場の価格傾向を確認しておるのじゃがやはりここでは食料品が高めなのじゃ。あと海の魚が売っておるのは嬉しいの。少しテンションがあがるのじゃ。
しかし昆布なぞは売っておらぬのじゃ。これは要確認なのじゃ。
と、まあ見るだけで切り上げて今日は神殿に行くのじゃ。
孤児院があるのであればとりあえず食料品を手土産を持って行くのじゃが、ないことがわかっておるからの。まあ喜捨をすればよいのじゃ。
たどり着いた神殿の建物自体は古いが立派なのじゃ。昔はきちんと崇められておったのじゃろうか。
まずは礼拝所に向かうのじゃ。礼拝所にはおばちゃんのマードがおったゆえ挨拶をして祀られておる諸神に祈りを捧げるのじゃ。神像があるのは北方諸国群で人気のある冬の大神や氷雪の神と言った神々じゃの。
そっと卵を探すとステンドグラスが卵形なのじゃ。それにも祈りを捧げるのじゃ。
この卵が神殿の、そして神殿から分派した西方聖堂会のご本尊なのじゃ。元々神殿の教えは支配域を広げておった拡大期の帝国で支配下になった民族の信仰を組み込んでいくために作られた人工宗教なのじゃ。帝国は信仰が民族の拠り所となり将来の反乱の苗床になると言う虞から宗教を統一したいと考えたのじゃが、それを断行すればまさにそれが再びの戦を呼ぶこともわかっておったのじゃな。
ゆえに新たに支配地となった地域の神殿や社に卵の意匠を一つ祀ることを求めたのじゃ。最初はそれだけなのじゃ。
この卵は未だ盈ちぬ神の卵、やがて来る救世の神の揺りかご、まあ未来仏信仰のようなものなのじゃ。
そして卵を聖印として掲げる司祭たちが中央から派遣されてくるようになり、同時に各地の次期聖職者たちを中央の神学校へ招き教育して送り返す。それを繰り返すことでいつの間にか各地で主に祀られておる神は違えど根本は皆卵を祀っている同じ宗教、に作り替えることに成功したわけなのじゃ。
最初にこの仕組みを考えた者はなかなかに壮大な考えを持っておったものなのじゃ。
ちなみに西方聖堂会は神殿組織の腐敗に対して起こった宗教改革の結果生まれたものなのじゃが、そう言う経緯で起こったものは原理的になるものなのじゃ。諸神への信仰を否定し卵のみを崇める原理主義になっておるのじゃな。
聖堂会、の名は卵形の礼拝堂を作りそれを聖なる卵の御堂、略して聖堂と呼ぶからなのじゃ。当然聖堂には卵の聖印しか祀られぬのじゃ。
祈りを捧げながらこんなことを考えておってはいかんのじゃ。マーリィになぜか見抜かれて怒られるのじゃ。
この話自体はマーリィに聞いたことなのに理不尽なのじゃ。
しかしまあマーリィはおらぬゆえ安心して祈りを捧げるわらわを見ておったマードにメーセルキョーの正神殿のリーディンからもらった紹介状を渡し、この神殿のリーディンへの面会依頼を言付けたのじゃ。
普通なら三日から一週間後くらいまでに面会の約束が出来るのじゃ。
「すぐお会いになられるそうです。ご案内いたしますね」
ゆっくり神像の造形なぞを眺めて評価しておったら戻ってきたマードにそう言われたのじゃ。ちょっと吃驚なのじゃ。
暇か。暇なのかの。
断る理由もないゆえマードについて行きながら世間話をするのじゃ。なんでもこの神殿には下働きの老僕を含めても五人しかおらぬそうなのじゃ。しかもリーディン以外は通いなのじゃそうなのじゃ。それでは確かに孤児院なぞ運営できよう筈もないのじゃ。
人手不足で手作業を諦めて<洗浄>を使って掃除しておるゆえ逆に綺麗な神殿内を歩き、立派な扉の前まで来たのじゃ。
「リーディンの聖務室はここです」
「案内感謝するのじゃ」
マードは扉の前まで案内してくれると扉は開けずに戻っていったのじゃ。これはマードにとって面倒ゆえあんまり会いたくない上司と言うことであろうかの。
「失礼するのじゃ」
「おう、珍しい紹介状持ってきたのはお嬢ちゃんか」
司祭服を粋に着崩した白髪頭のおじいちゃんなのじゃ。痩せ気味なのじゃが、相当元気そうなご老人で歴史のありそうな執務机や調度類に囲まれておるのがなかなか様になっておるのじゃ。
「うむ、フォ・マイセのリーディンにお会いする価値のある方だと言われたのじゃ」
「あいつは学林で教えておった頃の学生でな。ちょっとばかり儂を買いかぶっておるのさ」
「マール・ミルクで教鞭を執っておったとはすごいのじゃな」
マール・ミルクは中央にある神学校なのじゃ。そこにおける神学解釈が大凡神殿全体のものになるゆえ名だたる神学者が未来のリーディン相手に教鞭を執る傍ら論を争わせておるところなのじゃ。
「ふん。異端の嫌疑で教壇を逐われ、今はここの神殿長をあてがわれたただの爺さ」
論の行方によっては神殿内の力学さえ変わるゆえ厳しい政治的な派閥闘争でもあるのじゃ。その体質ゆえに西方聖堂会のような改革派派閥が袂を分かって独立するようなことにもなるのじゃ。聖職者なぞと言いつつ生臭い話なのじゃ。
「ああ、すまん。客人に椅子も勧めんで。そこに座ってくれ」
そう言いながら老リーディンも執務机から立ち上がり応接卓へと移動したのじゃ。足下にあったらしい火鉢を持ち上げて運ぼうとしておったゆえそれはあわててわらわが取り上げて運ぶのじゃ。
「失礼するのじゃ」
火鉢を卓の横に置き、わらわもリーディンの前の長椅子に腰掛けるのじゃ。
「マードは、あれだ。本当のマードではのうて数少ない信徒さんの御内儀なんぞが交代でやってくれとるんで茶とかは期待せんでくれ」
「なるほどのう、この国でのリーディンは大変であるのじゃな」
「しかし悪くないぞ。皆が無条件に信じておったものをここでは誰も信じておらん。それでも世の摂理は続くのだ。実に面白いわい。あとは諸事に煩わされず好きに物書きの時間が取れておったのう」
「ほう、それは興味深いのじゃ。話を聞かせて貰いたいものじゃの」
ふむ、追放されて世を拗ねておるだけの老人ではないようなのじゃ。確かに面白そうな人物なのじゃ。
「儂も話をするのは考えをまとめる助けになるゆえ聞き手がおるのは嬉しいんだがのう。時間が取れておった、と過去形で言うたであろう」
「うむ?」
「なんでか突然生活魔法を教えてくれと言う冒険者たちがよく来るようになってのう。そしてここのリーダは祭文を教えることが出来ないんじゃよ」
「おお、それはご苦労さまなのじゃ」
つまりリーディン一人で大忙しなのじゃな。
「空いた時間はリーダに丸覚えでいいから覚えろと教え込むのに費やされておるしな」
うんざりした顔をしておるのじゃ。まあ開店休業状態から突然客が来るようになっては困ろうと言うものなのじゃ。
「ああ、勿論神殿運営の上では助かる。冒険者もなかなか興味深い話をするし、面白い。ただ忙しい、で、のう」
「冒険者の話から推測するに、お嬢ちゃんがこの生活魔法の流行の発信源だな」
「う、おそらくはそうであろうの」
ちゃんと話の出所を把握しておったようなのじゃ。流石侮れぬのじゃ。
「責任をとってちょっとばかり頼まれて欲しいことがあってのう」
「聞かせてもらうのじゃ」
余り逃げられそうではないのじゃ。
お読みいただきありがとうございました♪