負け犬の尻尾を確認なのじゃ
こんにちは。
今日も一話更新です。
大声を上げてしまったことに気づき顔の下半分を書類で隠すメーレさんに大丈夫、とハンドサインを送りジーダルに疑問をぶつけるのじゃ。
「のう、ジーダル。冒険者協会の支部、と言うのにギルマスなのかえ」
「ああ、それか。俺も駆け出しの頃聞いたことのない言葉で訳わかんなかったな」
「ぎるます、と言うのは協会設立の頃から伝わる冒険者言葉の一種のようですね。普通に支部長と呼んで構わないと思いますよ」
なるほどなのじゃ。ギルドマスターの略称ではなくギルマスという音の固有名詞であったとはの。この世界に由来のない着た切り雀なぞと一緒で転移者か転生者発信の言葉なのじゃ。
納得は得られたのじゃが、前世の記憶の復旧と同時に翻訳機能が勝手に働いておるのか言葉の違和感に気づきにくくなっておる気がするのじゃ。
あの迷惑存在め。
アレに対する怒りを感じておると訓練所へ繋がっておる通路の方から少しざわついた音が聞こえてきたのじゃ。
「ああちゃんと自分で歩けてるようだな」
レグドスが言うように犬耳ども三人組が野次馬連中とともにロビーに戻ってきたのじゃ。まあ自立歩行できておるので大丈夫。わらわも一安心なのじゃ。
三人組はわらわを見つけて顔を青くするのじゃ。余り脅えられるとわらわの繊細な心が傷つくのじゃ。そして横におるジーダルに気づき息を飲むのじゃ、まあジーダルは威圧感が強いからの。
しかし意を決したのか近づいてくるのじゃ。
「す、すまなかった。そしてありがとよ」
「感謝する。ほんとに済まなかった」
「俺たちが悪かった。もう二度とあんなことはしねえ」
脅えながらも謝罪と感謝を言葉にする。ちゃんと謝れるとは案外強い奴らなのじゃ。
ちょっと脅えすぎではないかとも思ったのじゃが、此奴らにとってはわらわはちょっとした口論をしただけで本気で殺しにくるサイコパスかなにかなのじゃ。少しやらかしておかねばと思ってはおったのじゃが、これは違うのじゃ。
「わらわの方こそちょっとだけやり過ぎだったのじゃ。悪かったの。折角拾った命ゆえ余り悪さをせずに生きると良いと思うのじゃ」
「あ、ありがとう、ございます」
「これからは真面目に生きますぅ」
「姐さんのおっしゃる通りにっ!」
ちょっと反応が過剰すぎるのじゃ。そして誰が姐さんなのじゃ! 助けを求めて横を見てもジーダルはニヤニヤ笑っておるのじゃ。このおっさんめ。
何度も謝る三人組に何度も「もういいのじゃ」と言い聞かせてやっと去らせることが出来たのじゃ。ちょっとお疲れなのじゃ。
ただ、犬耳の尻尾が下がっておるのを確認できたゆえ満足なのじゃ。
「おう、おつかれ」
ジーダルが半笑いでわらわの頭に手を置く。馴れ馴れしいのじゃ。
「ふんっ。ちょっと、特にあの前面禿には悪いことをしたと思っておるのじゃ」
「前面禿ッ。ひどい物言いだがどうしたんだ?」
「あの広い額に入っておった刺青が<洗浄>で消えておったのじゃ。指摘はせんかったがの」
<洗浄>に長時間曝されたゆえかあの刺青が手抜きじゃったか、どちらかなのじゃ。
唖然と言う顔でわらわを見るのはベルゾなのじゃ。刺青好きとかなのじゃろうか。
「<洗浄>、生活魔法を攻撃に使ったんですか?」
ああ、そっちに食いついたのかえ。言われればそうに決まっておるのじゃ。
「抵抗を抜けるように魔力を多く注いで、放ったあとも魔法陣を維持して魔力を流してとじゃな。まあ面倒なのじゃが生活魔法で締めてやると言った手前已むを得ぬところであったのじゃ」
こっそり収納空間も使ったのはノーカンなのじゃ。
そんなわらわにベルゾはため息をつく。ジーダルにベルゾにと全く失礼な奴らなのじゃ。ぷんすかなのじゃ。
「ミチカについてはもう言うだけ無駄ですね。魔力で強化するのも応用技術ですが、手元に維持している魔法なら兎も角、放った魔法の魔法陣を維持して魔力を遠隔で流すとかもの凄い高等技術ですよ」
うーむ、その方向のやらかしはまあよいのじゃ。と言うより積極的にやらかしておいても構わないのじゃ。
今回はちょっとサイコパス殺人鬼っぽくなったのが予定外なだけなのじゃ。
「しかし、俺たちがダンジョン探索に出かけている間に大分雰囲気が悪くなってやがる」
すまねえな、とジーダルが言うのじゃがジーダルが気にすることとも違う気がするのじゃ。
なんでそんなことになっておるのであろうの。新参の見習いに過ぎぬわらわがクチバシを突っ込むことではあらぬのじゃろうが、己の生活環境を快適なものにするためなら多少クチバシでつつくくらいはするのじゃ。
お読みいただきありがとうございました。