ちょっとやり過ぎたのじゃ
こんにちは。
本日から一話更新ですが、よろしくお願いします。
困ったように左右を見回すメーレさんをおいてわらわは犬耳ども三人組の後について訓練場とやらに行くのじゃ。通路も基本魔法具で照明されておるのじゃ。
ロビーの横から入る通路を少し歩くとすぐに訓練場に着くのじゃ。通路が少しスロープになっておったので半地下になる訓練場は中庭ではなく天井がある体育館形式で広さの割に閉塞感があるのじゃ。
大きな建物は大抵コの字やロの字になっておって中庭があるのは採光のためなのじゃがそういう明かり採りの窓の類はなく、おそらく換気も魔法の風が流れておるのじゃ。贅沢じゃが貧乏性なのじゃ。魔法の力で空間を余すところなく使おうというせせっこましい性根で設計されておるのじゃ。
まあリングを置くなら野外よりこの方が適しておるゆえ悪くはないのじゃが。
「……ッ!」
「ぉぃ……」
ん、そんなことを考えておったら犬耳どもが何か言っておったようなのじゃ。
「ん、ちょっと考え事をしておったのじゃ。まあ所詮、其方等を生活魔法で撫でてやるだけのことなのじゃ。さっさと始めるとするかの」
「手前! こっちが言ったことはわかったのかって言ってんだ」
「聞いておらんかったと言っておるのじゃ。人の言葉を解せんのかえ」
酒臭いおっさんどもが目を血走らせていきり立っておる。見苦しいことなのじゃ。
訓練場は広く、他に訓練しておるものなどがおったのじゃが騒がしくしておる所為で皆こちらを見ておるのじゃ。ロビーから着いてきたらしき野次馬もおるの。
「俺を犬扱いしたことを後悔させてやる。生きてることを後悔するようなめに遭わせてやるぞ」
「へへオイタが過ぎるおちびちゃんにここが子供の遊び場じゃないことを教えてやるぜえ。ちいと厳しくなあ」
下卑た笑いを見せる犬耳どもに指を一本立てて軽く言いやるのじゃ。
「其方等には無理じゃの。そして重要なことゆえひとつ訂正しておいてやるのじゃ」
「ああっ?」
「此処、ではなくこの世界全てがわらわの遊び場なのじゃ!」
一瞬毒気を抜かれたような顔をしたが抜けた分に勝る怒気を漲らせ、犬耳を手で制して頭格らしい男が一歩前に出てきたのじゃ。がっしりとした体格なのじゃが、髪の毛が頭頂近くまで後退しておる。その無駄に広い額に幾何学的な刺青を入れておるのじゃ。
「俺が、」
「愚か者どもめ、なのじゃ!」
前面禿が言い掛けたところで鋭い声を上げて遮ったのじゃ。手間を掛けさせるのではないのじゃ、全く。
「三対一なのじゃ。其方等風情がいちいち一人ずつ相手にせよなぞ増上慢に過ぎるのじゃ」
「ははっ」
「ーーッ!」
一瞬笑ったかと思うと言葉にならぬような叫びを上げて突っ込んできたのじゃ。ちゃんと三人ともなのじゃ。
「<洗浄>」
魔力を多めに注いだ<洗浄>の水球が前面禿の頭を包み、魔力を注ぎ込み続けるゆえそのまま水球は頭部を包み込み続けるのじゃ。
前面禿は口から大きなあぶくを吐き出した後握っていた剣を放り出して地面に転がり、転がりながら顔の前の水を掴もうとするのじゃが、水ゆえ掴めようもないのじゃ。のたうちながら自分の顔を水ごと掻きむしり、ひっかき傷から薄い血煙が水に溶け出すのじゃが<洗浄>ゆえあっという間に血の濁りは消えていくのじゃ。
これは実はそう簡単なことではないのじゃ。人に限らず魔力を持った生き物は魔法にその魔力で抵抗できるのじゃ。生活魔法は消費魔力が小さいのが売りゆえ攻撃的に使おうとしても普通に弾かれるのじゃが、魔力を多く注ぎ込むことでそれを補っておるのじゃ。効率の悪い使い方なのじゃ。
豚鬼戦において豚鬼大尉に魔力を大量充填した雷弾を撃ったのも威力を上げるためだけでなく魔力抵抗を打ち破るためでもあったのじゃ。
それは兎も角こういう継続的な使い方も効率が悪いのじゃ。生き物の生きようとする力は強いゆえ思いがけぬ抵抗力を示したりするものなのじゃ。で、あれば継続的なものほど途中で打ち破られやすくなるのじゃ。
こういった話はマーリィから聞いた内容でわらわ自身は魔法を撃たれた経験がないゆえそういうもの、と理解しておるだけなのじゃがの。
ちなみに講義内容は継続的な効果の魔法毒は無害と誤認させないと途中で無効化される可能性が高い、というものであったのじゃ。
「う、うわあああ!」
痙攣しておる前面禿とわらわとの間で何度か視線を行き来させた後、奇声を上げて髭面が突っ込んでこようとした。のじゃがその瞬間に転ぶ。
「<埋土>」
「なっ? なんだ」
そう<埋土>で土を盛り上げたのじゃ。次の瞬間に転んだ髭面が立ち上がる隙もなく更に地の下に落ちて行ったのじゃ。
「<掘土>」
「ぶべっ」
生活魔法だけで撫でてやると言っておったのじゃが、あれは嘘なのじゃ。面倒くさいゆえ<掘土>にあわせて空間範囲指定で土を収納し、<埋土>にあわせて収納した土を展開することで埋める土を増量するのじゃ。
「<掘土><掘土><埋土><埋土>」
「……ッ!」
そうなのじゃ。豚鬼戦後に陣地構築に収納空間を使っておれば魔力枯渇で倒れることもなかったと気づいて悔しい思いをしたのじゃ。
人は失敗を積み重ねて成長してゆくものゆえ仕方ないのじゃ! 今は髭面の上に土を積み重ねるのじゃ。
というわけで所謂早すぎる埋葬という奴なのじゃ。
「あっあぁ」
一人残った犬の獣人は変な声を上げた後、持っていた斧を投げ捨てて転がるようにわらわの方へ来て膝をつき、左手で右手首を持ってこちらに捧げるような姿勢をとったのじゃ。利き手を相手に捧げる土下座に相当する降伏の姿勢なのじゃ。
「た、助けてやってくれ。謝る! 心から謝るからバッジを助けてやってくれ!」
「構わないのじゃ。ほれ」
意識の端っこで維持していた<洗浄>を打ち切る。正直打ち切り忘れておったのじゃ。
「水は消え去っておるはずゆえ、胸を強く早く押してやるのじゃ。やり方はわかるかえ?」
「ありがてえ!」
叫ぶと犬耳は前面禿に駆け寄って胸骨圧迫っぽい救命作業を始めたのじゃ。やり方はちゃんとしておるようなのじゃ。わらわとしては多分、なのじゃが。
「髭の方もとっとと掘り出してやるが良いのじゃ。ただ先が尖ったスコップではやりすぎて身に刺さることがあるゆえ気をつけるのじゃ」
野次馬どもにそう言いおいてわらわは立ち去るのじゃ。
いやはや調子に乗ってちょっとやり過ぎたのじゃ。最初にちょっとやらかしておくのじゃ、とは思っておったのじゃが殺ってしまうのは流石にどん引きなのじゃ。
ちゃんと蘇生されるとよいのう。
「てへっ、失敗失敗なのじゃ」
軽く反省しながらメーレさんの待つカウンターへと向かうのじゃ。
お読みいただきありがとうございました。