人消しの魔女ってサブタイトルは前回じゃなくて今回使うべきだったのじゃ
ようこそおいでませ。
本日更新二話目です(2/3)。
次話を21時に投稿予定となっております。
『人消しの魔女』
大地に恵みをもたらす豊饒の御子が癒しの旅の途上で訪れた城市にて悪辣な企みを友愛や親切の装いの裏に隠したその城市の人々に騙され利用され、最後には力をも奪われて、信じていた人々に嘲弄された挙げ句城外に遺棄される。
力を失った御子の最期の誓願が届きその魂は復讐の神の御許へと捧げられ、御子は魂無き『人消しの魔女』となった。
魔女となって別人の面で再び訪れた城市では人々は力ある来訪者を喜び、豊饒の御子のように騙して利用し尽くしてやろうと嘲りと侮蔑を笑みに隠して魔女に相対する。しかしその人々はただ消えていった。
魔女は『人消しの魔女』。
人を煙のように消してしまうのがその力である。消えていく同胞を前にあるものは怒り暴力を持って魔女を殺そうとし、あるものは慈悲を請い、あるものはただ逃げ出そうと走る。そのいずれも虚しくただ消えていく。誰も見過ごされることなく『人消しの魔女』は城市を巡る。巡り巡る。
近隣で最も栄えていたその城市は一夜にして無人の廃墟と化した。唯一御子を侮蔑しなかった山羊飼いの老人一人を残して。
この話はその山羊飼いが伝えたものである。
そして『人消しの魔女』は天に還る魂を持たぬゆえ復讐を果たしても死ぬこともできず、消した人々の魂を繋ぎ止めたまま荒野を彷徨っていると言われる。
この『人消しの魔女』と言うお話はこの世界で前世におけるハーメルンの笛吹に相当するようなメジャーなお話なのじゃ。午前中に絵本を読んでおった子がいたゆえ思い出したのじゃ。
ちなみに絵本も安くはない、紙がそこまで高くないゆえ絵本などが木版で刷られる程度には普及しておるのじゃがそれでも孤児院には分不相応な高級品なのじゃ。それなのになぜあるかと言えばマーリィが教材として持ち込んだものなのじゃ。
マーリィによる謎事案の一つゆえわらわは気にしないのじゃ。しかし、もうちょっと別の楽しいお話もあるじゃろうにとは思うのじゃ。
と思ったのじゃが、聞き分けのない子どもに「人消しの魔女に消されちゃうよ」とか言うのに使うゆえか。納得して自己解決なのじゃ。
わかりやすい二つ名を名乗れたのじゃ、と厨二病ポーズを決めて満足気味なわらわをラーリが胡乱なものを見る目で見ておるのじゃ。ぬう、黙って協力してもらえるよう洗脳もとい説得したと言うのに。
「すぐに解るのじゃ」
わらわへの信頼度が下がる前に話を断ち切って今後の方策なのじゃ。
「いつも五つの鐘が鳴ったらラーリが裏庭の塀を越えて抜け出し、その四半刻後くらいにチンピラどもがマーリィを脅しに来るのじゃ。これはラーリが孤児院の現状なぞをチンピラどもに報告しておると言うことなのじゃな。いつも抜け出せると限らぬゆえ行かなければチンピラどもが帰ってしまったりはせぬのかの」
「あ、ああ。いつも俺が話をした後神殿の方に行くよ。俺が行かなくても少し待った後神殿に行くはずだ。代わりに夕方クードンさんの店の方に抜け出せなかった報告に来いって言われてる」
自分の行動が把握されていたことが驚きなのかさっきまでの胡散臭そうな表情から一気にまじめなものになる。いや、わらわでなくとも気づくのじゃ。アーネとしてのわらわも毎日のように決まった時間にいなくなるラーリのことが気になっておったのじゃ。マーリィは入り口に当たる礼拝所の方に詰めておるゆえラーリの行動に気づくことは難しいのじゃろうが。
「上手に演技が出きるとは思えぬゆえ今は行かないでおくのじゃ。そしてチンピラどもを帰り道で片づけた後夕刻にはその店へ行ってみるとするのじゃ」
では寒い裏庭にもう用はないのじゃ。あっさり片づけるなどと言うわらわをギョッとした目で見るラーリを連れて廚に行く。時間ができたので南瓜を煮る準備だけしておくのじゃ。火の前を離れることになるゆえ準備だけなのじゃ。
「か、ケータは相変わらず堅いのじゃ」
「貸せよ。切るのは俺がする」
「じゃあ種を取るのはお任せなのじゃ。ふふふーん」
南瓜の他に同じく中庭の菜園から取ってきたネギのようなものやハーブの類もザクザク切る。塩の在庫が切れかけておるのでこの葉っぱたちは重要なのじゃ。
そのような作業をしつつラーリに気になっていたことを訊いてみる。
「のうラーリ、昼過ぎにここの現状を話しに行ったときにはなんぞ小遣いくらいもらっておったのか。あるいは食べるものなんぞ」
「いや、そんなものをもらってたらチビたちになにか食わせてやってるさ」
むっとした感じでラーリが返すが、あのチンピラどもホントにクソみたいなチンピラじゃな。
「ラーリがそうするであろうことは判っておるのじゃ。怒るでない。ただな、クードンどももそれが判っておるゆえ孤児院の子等に食わせぬために普通ならやるお駄賃程度も渡さんかったのじゃろうと思っただけなのじゃ」
クードンらがやっぱり良い人だとか考え出すと面倒ゆえ釘を差しておくのじゃ。
「抜け出してお金を稼いでいるなら小さい子たちに食べ物を買ってくると思っておったゆえわらわはなにも持ち帰らぬラーリのことを疑ったのじゃ。じゃが買ってきておったならマーリィが気づいたじゃろうな」
「そうなのか」
「ゆえに、じゃ。奴らはマーリィを警戒しておったのじゃろう。マーリィに其方が内通しておることを気づかれぬようにするためだけに小さい子等を餓えさせてもなんとも思わぬ連中と言うことなのじゃ。口先では子どもたちのことを気にかけておるとか言っておったかも知れぬがの」
「ああ、もう判ったよ。確かに遣いっぱしり程度の仕事でも銅貨二、三枚の駄賃は貰うもんな。俺はなにやってたんだろ」
「騙されておる時は中々それに気づかぬものなのじゃ。あまり気にするでない」
なんであいつ等のために働くことだけで満足して駄賃の少しも貰わなかったんだろう、などとぼやくラーリを元気づけるがこの世界では世間に出る年齢になってきておるのだからもう少し警戒心を持つべきであろう。孤児院の生活は過酷に見えてその実優しく慈愛に満ちた聖職者であるマードたちに守られて育つゆえ規律正しくはあるものの人の悪意には疎いところがあるのじゃ。
出て行くわらわにはもうなにも出来はせぬのじゃが。
気にしてもわらわにはなにもできぬのじゃ。気持ちを入れ替えて今やるべきミッションをこなすとするのじゃ。
「そろそろ表側の塀にでも登って準備するのじゃ」
表の塀に登るのはマードたちや神殿の男性聖職者たちがおった頃であればめっちゃ叱られた後反省室行き間違いなしの行為なのじゃが見咎めるべき大人がおらぬゆえスルーなのじゃ。
「なあアーネ。さっき始末するなんて言ってたけどよ…」
塀に乗り移るためまず登っていた庭木の上でラーリが口ごもる。まあこれからなにをするのかも判らぬまま連れてこられておるのじゃから色々不安なのも当然じゃな。
「お、来たのじゃ。彼奴らが礼拝所の方に行ったら塀に乗り移って出待ちとしゃれ込むのじゃ」
どう煙に巻くかと思案しておったら塀の向こうを歩く三人のチンピラが確認できたのじゃ。しかし、木の上から塀越しに見える分だけでも判るのじゃが、チンピラどもはがに股っぽい変な歩き方をしておるのじゃ。前世でも似たような連中は同様な歩き方をしておったのじゃが世界を越えたフォーマットなのじゃろうか。驚くべきことなのじゃ。
「なあ、アーネ。あの人たち、じゃねーやあいつ等もクードンが冒険者を退くときについて来た元冒険者で豚鬼や大鬼と渡り合える実力があるって言ってたんだ。お前あいつ等相手になにをしようって」
「声が大きいのじゃ」
指を口の前に立ててラーリを止める。
チンピラ歩きに関する発見に一人感心するあまりラーリのことを忘れておったのじゃ。あのチンピラ歩きはダンジョンで魔物と戦う者のものではなく街を徘徊する者の歩法ではないかと思うのじゃが、まあそれはよいのじゃ。
「彼奴らは銅貨二、三枚の駄賃をケチりおったからのう」
「は?」
わらわはニヤリと笑う。
「彼奴らの中に山羊飼いはおらぬ。それだけのことなのじゃ」
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