[閑話]クードンとラーリ あるいはそのころのイセンキョーの孤児院なのじゃ
こんにちは。
本日二話更新予定の一話目です(1/2)。
番外編の閑話となっております。
孤児院の裏庭に木剣の打ち合わさる乾いた音が響く。壮年の男と少年が木剣で打ち合い稽古をしているのだ。
軽く担ぐように木剣を構える男に余裕があるのに対して少年は息が上がっているようだ。
「ほら、足を止めんな! 息が上がったって相手は待ってくれやしねーぞ」
「おおー!」
男は力を振り絞って飛びかかる少年の木剣の根本を打ち、姿勢が崩れた少年の足を払って地面に転がす。そして額のあたりを木剣の先で軽く小突く。実戦であればそれで死んだという記だ。
「雑になり過ぎだ」
「くっ」
「最初の方の動きは悪くねえが軽戦士は足が止まっちまえばそれまでだ。剣技の練習よりまず息が上がんねえよう体力をつけな」
少年は息を少し整えて立ち上がり男に軽く一礼する。
「そうだな。ありがとうございました」
礼を言ったりするときの妙な礼儀正しさがこの孤児院の子ども等の特徴だな、そんな感想を持ちながら片耳の男クードンも頷く。
下がるラーリから目を離して素振りを始めるがすぐに様子を見ていた他の子ども等が寄ってきて中断される。
剣の振り方を教えてくれなどという男の子等に剣の握り方などを教えてやったり軽く遊ぶ程度のチャンバラにつき合ってやったりとクードンは自分の面倒見の良さにちょっと苦笑する。
「俺はなにやってんだろな」
自身の店が消え去ったクードンは本人諸共消え去ったフォルデン商会のフォルデンと並んで特別交易監督官のゴドノローア卿が屋敷とともに消え去ると言う超常的な大事件に関係していると見られる微妙な立場に置かれているのだ。
事件が尋常を逸脱しているが故に憶測と共に遠巻きにされるだけではあるのだが、身の置き場がないクードンは神殿が再開する春までの間用心棒として孤児院で暮らさないかというマーリィの申し出をありがたく受けたのだ。
地上げで脅していたチンピラの頭を用心棒に、とは皮肉の効いた申し出だとは思ったのだがマーリィの申し出を蹴る勇気が持てなかったと言うのが実際のところである。
地上げの仕事も下見をした時点で手下どもへはマーリィには絶対に手を出さず、毎日通うことで動きを封じることだけに専念しろと命じたのだ。
端的に言えば一目見ただけで恐ろしかったのだ。クードンは魔力に優れた方ではなかったが強さを見る勘所は確かと自認していた。その自信もあの人消しの魔女を名乗った少女に相対したことで少し揺るいではいるのだが。
それでもクードンはマーリィに感じた恐怖が現役時代に熟達の冒険者二十人掛かりで討伐したデーモンペルソナルと言う悪魔族から感じたものに勝ると言う己の判断には疑問を抱いていないのだ。
「クードンのおじさん、お話聞かせて」
「おう、どんなのが聞きたい?」
夕食を孤児院で子ども等と摂ると大抵食後にはお話をねだられる。クードンとしても実は悪い気はしないことであって、面白可笑しく自分のや他人の冒険譚を話すのは楽しいのだ。この中にラーリのように本当に冒険者を志すような莫迦がいるのかどうかはわからないがちょっとした苦労話や失敗譚なども混ぜて話してやるのが子ども等には受けているようだ。
「おじさんはどうして冒険者をやめちゃったの?」
「冒険者をやめた話は聞いてもしゃべってもつまんないぞ。代わりに今日は海の魔物の話をしてやろう」
予想外のことを聞かれ少し顔を歪めたクードンだがにこやかに別の話をしだす。余りに人のいいおじさんの姿にラーリはちょっと呆れ顔をする。
「俺も二三度しか海を見たことはないし、海の魔物と戦ったことはないからジープラント王国から来た冒険者に聞いた話だ……」
充分な食事、暖かい部屋、穏やかに子どもたちにお話を聞かせる大人。ほんのちょっと前まで飢えていたのが嘘のようだ。なんとなく納得行かないものを感じてラーリはクードンを睨むのだが、いつしか他の子ども等と一緒に彼の話に聞き入っていた。
子ども等が寝床に向かった後、クードンは一人裏庭で木剣を振り始める。子ども等によって中断した素振りの続きだ。
途中からは仮想の敵に対して振り下ろし、受け流し切り上げる。実戦を想定した一人稽古だ。それをラーリが覗いていることに気づく余裕もあるのだが無視して一頻りやり抜く。
初冬の気温の中でも汗ばみ、背中から湯気が上がる。
「どうした?」
クードンは<洗浄>で汗を流し、座って稽古を見ていたラーリにそう声をかけた。
「随分と熱心なんだな」
「ああ、ここに来たばっかの時は鈍りきってお前と立ち会うだけで息が上がっていたからな。ちーと鍛え直さなきゃならねえ」
少し不満げに見上げるラーリにクードンは苦笑して答えた。
「結局俺には剣しかねえ」
そう言ってクードンは木剣を構えて剣先を見つめる。
剣先から更にその先の何か遠くを見つめるようなクードンにラーリは問いを重ねる。
「じゃあなんで冒険者を辞めて地回りの頭みてーなことやってたんだよ」
「なんだ、夕食後のお話の続きか?」
皮肉げに答えながらも先を続ける。
「まともに死にたくなったのさ。ダンジョンの深層でまともじゃない死に方ばかり見てきてよ」
死に方、と言われて少し驚いたように見上げるラーリから心情をこぼして少し照れたように視線を外しクードンは調子を軽くしながら続けた。
「まともに死ぬためにはまともに生きようと思ってよ、貯めた金で商売を始めるつもりだったのさ。それで買ったのがあんな場所の店ってんだからしょうがねーわな。いいように口車に乗せられたんだが、それもまあ商売の才覚がなかったってことさ」
「結局腕っ節しかねーんだから用心棒や地回りみたいなことをするしかなかったのさ。買っちまった店を放り出す勇気がありゃ良かったんだろうがよ。その点ですっぱり未練を断ち切ってくれたあの嬢ちゃんには感謝すべきかもな」
クードンは肩をすくめてそう話を締めくくった。
クードンに用心棒などの仕事を回して後援してくれたのがフォルデンで、そのフォルデンが上にのし上がれる好機だと言うのなら内容的に気に入らない仕事でもやる。それが彼の筋目と言うものだったのだが、それを言っても言い訳に過ぎないと口から出すことはなかった。
「それでいい年したおっさんがこれからどうすんだい」
「いい年をしたおっさんだが冒険者に復帰するのさ。お前が本気で冒険者見習いになりたいなら春にはローケンキョーに連れてってやるよ。俺には見習いの面倒を見る余裕はないだろうが、昔馴染みが生きてりゃ信用できる奴を紹介してやる」
ラーリの頭にぽんっと軽く手を置きそう言った。クードンのこれからを訊くのはつまり自分の行く末への不安があるからだろう。
「ああ、俺は冒険者になりたい」
思いの外強くラーリは答える。
「強く、なりたい。守られるんじゃなくて守れるよう」
「ああそうだな」
冒険者でなくとも人として強くあることはできる、そんな言葉は届かないであろうから言うだけ野暮だ。
「ま、あの嬢ちゃんにも甘いところがあるから心配かも知れんが今のお前が心配したところでなんにも出来やしねー。まずは春までしっかり身体を作るこった」
少しおどけた風に言って建物に入ろうとするクードンにラーリは驚いたような顔を向けた。
「甘い、ところ?」
一日で全てをひっくり返して行ってしまったアーネ、あるいはアーネであったものの甘いところに思いがつかなかったのだろう。
夜の闇で大きく見ている、と言ったのはあの少女自身だったが隣にいたラーリにも絶対的な存在に見えていたのだと気づいたクードンは少し安心したように笑った。
「俺が生きてるだろう」
「えっ」
「フォルデンのこともゴドノローアのこともあの嬢ちゃんは把握していた。裏を取るって名目はあったけどよ、実際には別に俺を生かしておく理由はねえ」
ラーリが驚いたように頷くのを確認してクードンは続ける。
「人として会話をした相手も気にかけることなく消してしまえるのか、あの嬢ちゃんは俺を使って自分自身を試したのさ」
そして結局消さなかった。その甘さによってクードンは長らえているのだ。
「本性は優しい娘なんだろう」
そう言って軽く頭を降るとクードンは建物の中に戻っていった。
その背中にラーリは口の中だけで答えた。
ああ、アーネは優しい子なんだ。
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