人消しの魔女なのじゃ
いらっしゃいませ。
序盤かつ日曜なので今日も三話投稿させていただきます。
お付き合いいただければ幸いです。
次話以降投稿予定19時21時となっております。
「のう、ラーリ。其方が最近ちょくちょく院から抜け出しておるのは地上げしておる連中を探っておるのかそれとも連中にわら、わたしたちを売っておるのか。どちらじゃ」
「なっ」
昼ご飯はいつものようにないのじゃが、夕には南瓜が食べられるとあって少し浮かれた様子の子らからそっと離れ裏庭で考え事をしておるラーリの背後からわらわは声をかけたのじゃ。
と、同時にジャブの要領で繰り出した手でラーリの上着の襟を掴み、足を払って引きずり倒す。そのまま襟でラーリを抑えつつマウントポジションなのじゃ。ここら辺は専門ではないがボクシングを始めてから他の格闘スポーツもよく見るようになっておった成果じゃな。
夢の世界で記憶を鮮明に見ることが出来ると気づいてから名勝負十選などの格闘動画を鑑賞し直したのも生きておるのじゃ。いや格闘技観戦も大事なわらわの記憶の一部であるので見直すのは当然なのじゃぞ、うむ。
ただ、ラーリの着古したチュニックのような上着が考えていたより更にボロ過ぎで襟から破れそうであったゆえ力加減が必要であったことと、わらわが軽すぎてマウントの意味が余りなさそうなことは想定外なのじゃ。
「な、なにを」
「一人で抜け出しておることはまあよい。物乞いをするなり荷運びなんぞの手伝い仕事をみつけるなりして一人だけでなんぞ食ろうておってもそれは其方の勝手なのじゃ」
驚きに目を見開くラーリをわらわも目に力を入れて見返す。勝手という言葉に衝撃を受けたような表情のラーリにわらわは少しだけ笑んだ。
孤児院の子どもたちのリーダー格で帰属意識も高いラーリに一人で何かするのは勝手、と言い放つのはちょっと心が痛んだのじゃが精神攻撃は基本なのじゃ。ではなくラーリの心境などを犠牲にして手っとり早さを求めた結果なのじゃ。大丈夫なのじゃ、わらわは許しを請わぬ派ゆえ。
「じゃが、地上げに来ておるチンピラどもとこそこそ話をして小さい子たちやマーリィを売り飛ばそうとしておるのなら、わらわはラーリ、其方と雖も始末をつける覚悟をしておるのじゃ」
顔を近づけてそう言ったわらわにラーリが必死に話し出す。こういう風に言えば自分が裏切り者じゃないと示すために話し出すことはわかっておったのじゃ。
「違う! 俺はみんなを助けたくって!」
ラーリが弁解気味に話す内容はアーネが持っていた情報からわらわが推測したものと大凡変わりがないのじゃ。
地上げの実行を請け負っておるのがクードンと言う冒険者上がりの男で冒険者を引退した後自分について来た同じく冒険者崩れの連中を使って地回りのようなことをしておるらしいのじゃ。ついて来た子分がそこそこおることと新興勢力で既存組織の隙間に割り込んでおることを考えると中々有能な男なのじゃろう。
で、冒険者に憧れておるラーリはこれに引っかかったのじゃな。ラーリが言うには地上げより前から声をかけてもらっていたとのことじゃがそれは仕事前の下準備であったのであろう。
「土地がきちんと納まるところに納まれば小さい子は他の街区の神殿に行けるしやる気があるなら俺とか年嵩の連中はクードンさんの所で面倒を見てくれるって」
「へぇ、ラーリは冒険者じゃなくて地回りのチンピラになりたかったんだ。それはラーリの勝手だけど他の子を巻き込まないでちょうだい」
わらわ渾身の演技力で冷たい声色と表情でそう言うとラーリの表情がもう泣き出しそうなものになる。襟から手を離し立ち上がって冷たい態度のまま埃を払うわらわにラーリが必死に釈明してくるのじゃ。悪い大人にいいように騙されて利用されただけで素直な仲間思いの子どもであることは判っておるゆえ正直少々心が痛いのじゃ。
「あたしには一から十までラーリが騙されているだけにしか見えないわ」
ラーリの弁明をそう言って断ち切る。
「ラーリは自分で疑問を持たなかったの?」
うなだれるラーリにそもそもクードンは冒険者を辞めて危険の少ない街中の仕事を始めたんだよね、毎日マーリィを脅しに来る子分だか弟分だかって冒険してないよね、それとも女子どもを脅しつけるのがラーリの憧れる冒険者の仕事なの? とまくし立てると「そうだよね」と言って両手で顔を覆ってうずくまったのじゃ。
「第一、他の街区に移すなぞ簡単に出来るならマーリィが先にしておるのじゃ。其奴らの言うことはなにも信用できぬのじゃ。それともマーリィより其奴らの方を信じるのか、ラーリは」
まあ、わらわは今現在あまりマーリィを信じておらぬのじゃがそれはそれなのじゃ。
ラーリの方はアイデンティティが揺るがされ過ぎたのか違う違うと言いながら泣き始めてしまったのじゃ。ここらへんはやはり子どもじゃな。そしてここが落とす頃合いなのじゃ。
仕方ないなぁと呟き昨日頭に乗せてもらったタオルという名のボロ布をラーリに渡すときょとんとした目でわらわを見る。ちなみにマーリィの<洗浄>に巻き込まれておるのでボロくはあるけど清潔なのじゃ。
「ごめんね。ラーリが本気であたしたちを裏切って売るなんて思ってないよ。でも、騙されたままだとなにも出来ないじゃない。だから自分で疑問を持ってもらわなきゃだったの」
精神に打撃を加えて揺さぶって弱ったところにこちらの考えを正しいものとして叩き込む、そして救いの手を差し出す。悪い宗教のようなやり口なのじゃ。最悪な気分なのじゃ。
「……。今のままではなにも出来ないって、なにか出来ることがあるのかよ」
強い子じゃな。失点を取り戻す気になっておるようなのじゃ。それに対してわらわは重々しく頷く。
「無論あるのじゃ。ゆえにわらわに協力するがよい!」
「あ、ああ。なんでもする。でもさっきから気になってんだけどアーネ、言葉遣いがなんか変じゃね?」
お、おおぅ。最初の方は誤魔化そうと思っておったが途中からあきらめてしまっておったことがバレていたようなのじゃ。
うーむ、どうすべきか。どうせ全部土台からひっくり返すゆえアーネのままで押し通すことは難しいのじゃ。ならばどう言っておくかのう。
わらわは右手を前に突き出した厨二病ポーズで宣言する。
「わらわは最早アーネであってアーネにはあらざるのじゃ。アーネは孤児院の其方等を救う力を求め悪魔に魂を売り払い、今のわらわは『人消しの魔女』なのじゃ!」
お読みいただきありがとうございます。