獣人を見かけたのじゃ
謹んで初春のお慶び申し上げます。
今年二話目の更新です(2/2)。
街道を行く馬車から眺めておるといろんな人々が同じく街道を行き来しているのが分かるのじゃ。鉄の胸甲をきらめかせた街道巡回騎兵隊、王国逓信局の免状を掲げ馬を走らせる駅馬車、屋根のある乗り合い馬車に屋根のない乗り合い馬車、農村を巡る行商人の馬車、農村から城市に作物を売りにくる農民の馬車や牛車、あるいは人間が牽いたり押したりする荷車、騎乗して従者を引き連れた裕福な旅人、そして風を防ぐために外套を体に巻き付けるようにして進む徒歩の旅人。
そしてそれから見える光景は治安の良さと平民層の豊かさなのじゃ。マーリィの講義を思い返せば国家としての構造が大きく違うと言っておったのじゃ。話として聞くのではなく己の目で見ることは大事じゃの。
なんとなくそんなことを思っておるとなのじゃ、見逃せぬものがあったのじゃ。今すれ違った馬車の御者をしていた男の頭には犬のような耳があったのじゃ。
「みみ! いぬみみなのじゃ!」
「ど、どうしたの? ミチカ」
あ、いや興奮しすぎたのじゃ。
「今すれ違った馬車に獣人がおっての。ストールベリ王国ではついぞ見んかったゆえびっくりしたのじゃ」
「ああ、メイゼルキョルトでも見なかったね。マインキョルトなら沢山いるよ。やってくる船乗りは獣人多いから」
「西方域に多いらしいからね。海を西に行った先にある大地には獣人たちの国があって西方船はそことの交易で発達したって聞くわね」
流石にリーエさんは商売に関連した知識があるようなのじゃ。西の大陸ロメク・エフィとそこに住まう獣人、西方域との関わりも含めてマーリィの講義で教わった記憶はあるのじゃが己と余り関わりのない部分はぱっと出てこぬものなのじゃ。
「昔はレッヒズキョルトを拠点に山脈を越えて西方域の国々と交易してたからあのあたりにもその頃西方域からやってきた獣人たちの子孫が住んでるわね」
「あ、勿論冒険者の獣人さんもいるよ。船でやって来た人も地元出身の子も」
ふむふむ。さっきすれ違った人は犬系じゃったが猫系もおるのかの。そう思いつつ色々と尋ねてみたところ、わらわの獣人に関する理解は極めて浅いものであることが分かったのじゃ。
マーリィから学んだのは獣の要素を持ち身体能力に優れるが魔法は基本的に不得手。例外的に魔法が得意なものは逆に魔力が高く特殊な魔法を操る。西の大陸が故郷で優れた船乗りとして知られる。と言ったあたりなのじゃ。
そしてわらわが知らなんだ範囲で思いがけなかったことと言えばその獣の要素の濃淡についてなのじゃ。耳としっぽがついておる程度のものしかわらわの想定になかったのじゃが、獣の頭部が人間の身体に乗っておるようなエジプト神話の神様めいたスタイルのもの、そして獣が単に後ろ足で立ち上がった長靴を履いた猫のようなものもおるそうなのじゃ。
「魔法なのか何か特殊な能力なのか完全な獣に変身できる獣人もいるらしいよ。見たことはないけど」
「いいのう。撫でたりもふもふしたりしてはいかんのじゃろうかの」
「な、仲良くならないと無理かな。大分仲良くね」
そうなのかえ。仲良くならねばならぬのじゃ。どこかで至高のブラシを入手せねばならぬのじゃ。これは忘れぬように脳内予定表に書き込んでおくのじゃ。
「はぁ。マインキョルトでペルを紹介したげるよ」
「ペル? 変わった響きの名前なのじゃ」
モリエがため息混じりに冒険者仲間らしい名前を出してくれたのじゃ。
「本名はペルジェンデ。ここらへんだと女の名前はエの音で終わるでしょ、でも獣人はまた違う仕組みなの。よくわかんないけど獣人の名付けでペル、ここらへんの名付け方でジェンデなんだって」
色々あるものじゃな。ここいらの社会が獣人にとって住みやすいものか否かはまだ判断がつかぬが独自の文化を継承しておるようなのは間違いないのじゃ。
わらわのミチカもこの地の名付けルールを逸脱しておるのじゃが、金髪のおかげで異国人であることが一目瞭然ゆえどうこう言われることもなかろうなのじゃ。
「ペルはサーデとマーセの一歳上で一応見習いがとれた冒険者だよ。双子たちと仲がいいの」
なにやら少し歯切れが悪いのじゃ。わらわが疑問に思っておると御者をしておるオルンが答えをくれたのじゃ。
「ペルはいいんだが、モリエはペルが一緒にパーティ組んでる人等が苦手なのさ。俺もまあ好きじゃねーけどな」
「陰口になるから言いたくないけど、嫌い」
「殴ったり使いっぱしりみたいなことでこき使ったり見ていて愉快じゃねぇんだけどさ、見習いの時からこうやって厳しく育ててやってんだ、とか言われると俺たちみたいな駆け出しじゃ意見も言えねぇ」
冒険者にも色々あるようじゃな。春から冒険者見習いになると言っておったラーリはよい先達に恵まれるとよいのじゃが。
「元から他のパーティ内部のことに口を挟むのはマナー違反」
ぷりぷりしつつもモリエはそう言うのじゃ。そう言う業界の不文律がなければ助けてやりたいのじゃな。
「どうのこうの言うのは逆効果でよ。双子等やモリエが仲良くしてて同情してるとわかってるからわざと俺たちの前で殴ったりするんだ」
「聞いておるだけで腹立たしい連中じゃの」
「うん……」
この後はちょっと言葉少なに馬車の上で揺られておったのじゃ。
確かにマインキョルトに近づくにつれ、と言う感じで獣人を見かける比率が高くなっておるのじゃ。ただ、いぬみみにせよねこみみにせよどちらかと言えば貧しい階層に属しておるのが見て取れることが多く、この国に入って豊かで先進的な部分にばかり目がいっておったわらわにとって少ししょっぱい気分にさせられるものであったのじゃ。
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